今回、HIROSHI(Vo, Gt)に話を聞いたのは、プロモーション活動がだいぶ落ち着いてきたタイミングで、改めて『Emulsification』という作品について振り返ってもらった。さらに、今作を制作するにあたって影響を受けた6曲を彼にピックアップしてもらい、それぞれの楽曲についてのコメントももらっている。かなり意外な曲も挙げられているので、そのあたりも楽しんでもらいたい。
―アルバム『Emulsification』のリリースからしばらく経ちましたが、周囲の反応はいかがですか?
「私はこの曲が好き」「僕はこの曲がいいな」って、みんなが一枚のアルバムとして聴いてくれていることが純粋にすごくうれしくて。今、シングル至上主義みたいな風潮があるなかでアルバムを出す、しかも13曲も入れたことには、自分の耳で聴いて、自分の意志で何がいいか悪いかを決めてほしいという思いがあったので、それがちゃんと伝わっていることもうれしいですね。
―前作『Too Much Is Never Enough』のときとは違いますか?
そうですね。アルバムを楽しみにしてゲットしてくれている人の数がけっこう増えたし、出会ったミュージシャンからも「いいアルバムができたね」って言ってもらえて、長いことみんなに愛してもらえるアルバムができたというか、じんわりとみんなに染み込んでいってる感じがします。
―今、改めて『Emulsification』という作品を振り返ってみてどうですか。
今まで曲を作っていくなかで、よく言えば多様性がある部分と、なんだかまとまりのない部分を同時に自分に対して感じていて。でも、今回はそこにまとまりをもたせるというよりも、「なんで自分はFIVE NEW OLDの音楽に対してまとまりがないと感じるんだろう」って自分自身と向き合いながらアルバム作りに臨んだんです。
―なるほど。
制作のプロセス自体は変わってないんですけど、より深く自分を見つめ直すことで新しい発見ができたし、そうやって生み出されたものに驚きや変化を感じるようになって、なおかつ「これは自分のものだ」って言えるようになるっていう、いろんな発見があったアルバムでした。
―外からアイデアを持ってくるというよりは、自分たちのなかにあるものを引き出す作業だったと。
あとは、メンバーに支えてもらったことも大きかったです。今までは自分自身の中にあるものに固執している部分があったので、最後まで自分でやり通したいっていう気持ちが強かったんですけど、バンドも成長して大きくなったので、メンバーに任せることによって自分の負担が減ったし、その分、自分は音楽でどんな思いを伝えていきたいのかっていうところによりフォーカスできるようになりましたね。結果として、自己を見つめ直しながらも、自分の手が回らなかったところをメンバーが代わりに担ってくれたことで、むしろ広がりが生まれたっていう。
―より”バンドになった”という。
うん、チームで作ったアルバムだなっていう感覚がこれまで以上にあります。
成熟した姿を収めることができた理由
―サウンド的な意味でのバンド感っていうのはこれまでのほうがあったかもしれないけど、今作を聴いて、「遂に”FIVE NEW OLDになったな”」っていう感じがしたんですよね。もちろん、今後も変化するし、進化もしていくんだろうけど、「ここがFIVE NEW OLDのスタート地点なんだ」っていう感覚があります。
そうですね。
―そして、楽曲ごとのクオリティの向上が半端ないです。ご自身ではどう感じていますか。これまでよりも楽曲が練られている自覚ってありますか。
考え方はすごくシンプルだったし、凝ったことをしようっていう気持ちはあまりなくて。あったのは、よくメンバーにも言ってたんですけど、「この曲に対してまだ乳化(Emulsification)できることはあるかな」っていう感覚だったんですよね。奇をてらうんじゃなくて、もっと何かを共存させられないか、みたいな。
―なるほど。
あと、ライブとかを通じて音楽的な経験値も随分積ませてもらってきたので、必要なものとそうじゃないものの見分けがある程度つくようになって。
―曲ごとのフックがすごく明確になっていますよね。これまでは、サウンドはかっこいいけど、楽曲としてもっと引っかかる部分がほしいなっていう気持ちが正直あったんです。でも、今回はそうじゃない。
いろいろ曲を作っていくなかで、聴く人のことが思い浮かぶ瞬間が増えたんです。ずっとONE MORE DRIPな音楽を、日常にひと時の彩りをっていう気持ちでやってきて、その言葉がこれまで以上に意味を持ってきたというか。

Photo by Kana Tarumi
―制作にはけっこう時間をかけているんですか?
いや、そんなに。今回はアジアツアーを回りながら曲を作っていたので、昔みたいに腰を据えて「さあ、やるぞ!」っていう感じではなかったですね。レコーディングも、アジアツアーが終わって1週間後ぐらいに始まって、終わるのもめちゃ早かったですね……早いっていうのは期間的なことだけではなくて、朝、スタジオに入って夕方には終わるっていうことがよくあったんですよ。エンジニアさんと「今日、終わるの早いね。
―録りたいものが明確になってた?
よりよい音でレコーディングをしていくなかでの試行錯誤はもちろんあるんですけど、スタジオで1時間悩む、みたいなことはなかったので、そういう意味では早かったです。
―そういう話を聞くと、今作がタイトにまとまった内容になっているのはより納得がいきます。そうやって作ったものが、前作よりもいい売上を残せているのはうれしいですね。
そうですね。今回アルバムを手にした人が5年後も聴いていたくなるようなアルバムになればいいなと願っているので、トレンドに乗るというよりも、時が経っても廃れないアルバムであればいいなと思ってます。
―確かに、流行りのサウンドを引き合いに出して語ることもできる作品ではあるけど、今回そこは全く重要ではなくて、作品自体が純粋にいいっていう。トレンドに逃げてないというか、頭でっかちにならずにいい音楽を作ることを念頭に置いてできたのが今作なのかなと。
もちろん、今、人が求めているものに対して敏感でいるというのも音楽を職業にしている人間にとっては大事なことだとは思うんですけど、やっぱり、いいものは時代を超えると思うし、このアルバムを作ってようやく、自分たちもそういうものを作り上げることを目標にしているっていうことが見えてきましたね。前からそういう気持ちはあったんでしょうけど、それをちゃんと掴めたというか。
「歌って踊るアーティストに対するリスペクトが変わった」
―FIVE NEW OLDはライブも進化していますよね。
煙に巻いて逃げるっていう(笑)。まあ、まだ続きがあることを感じてもらえたらいいなって。あのツアーは国内だと3本しか回ってなかったので、このツアーの先にアルバムがあるし、日本のファンの人たちとも会える機会はちゃんとあるから、そこにつなげたいなっていう思いがあって。でもそれ以上に、何かサプライズをして、「え⁉︎」って思わせたかったんです。でもあれ、大変だったんですよね。前が見えなくて(笑)。
―あの演出は本番一発勝負?
一応、リハーサルはやりましたけど、最初はステージ袖に帰れなかったです。「ここ、どこ⁉︎」って(笑)。
―進化つながりで話を続けると、「Keep On Marching」のMVでは本格的にダンスをしていて。
そうですよ! 前に、「踊ったほうがいいよ」って(筆者から)アドバイスをもらったんで(笑)。
―え、マジで⁉︎ あれがきっかけだったんですか(笑)。実際に踊ってみてどうでした?
いろんな部分で見え方が変わったし、パフォーマンスの緩急の付け方もだいぶ意識するようになりました。あと、歌って踊るアーティストに対するリスペクトが以前と随分変わりましたね。
―「これは半端ねえぞ」っていう。
楽器を演奏するのと全然違う難しさがあるし、自分の動きのひとつひとつが変わりましたね。曲作りにも影響してきそうです。体でどうリズムを取るかとか、仕草ひとつでフレーズが生まれたり、よりフィジカルにメロディや曲を生み出せそうな感じがします。あのMVの一回で終わらず、定期的に習ってみたいなって。
―絶対いいと思う! 今回のMVはいかにも踊ってますって感じで、それはスタートとしてはバッチリなんですけど、僕の理想としては、ライブも含めて普通に歌って踊る人になってほしいですね。
次のアドバイスが(笑)。
―それだけでもバンドとして新しい見せ方ができそうな気がして。そうでなくても、FIVE NEW OLDのライブはもっとショーの要素が強くなっていきそうな予感がします。音源とライブで別の景色を見せてくれるようになったらより楽しくなりそうですよね。
僕たちもそこを目指していきたいっていう気持ちがあって。乳化していくというか、バンドでありながらエンターテイメントをしていて、エンターテイメントなんだけどバンド感があるっていう。そこは大事にしていきたいです……乳化ってめっちゃ便利な言葉なんですよ(笑)。
―今作は乳化というコンセプトが最初にあったんですよね。
そうですね。作ってから考えるんじゃなくて、考えてから作るっていう。
―それがあったから作りやすかったというのもあるんですか。
めちゃめちゃありますね。冷蔵庫を開けて、何を作るかわからないまま野菜を炒めるより、何を作るか決めてから作るほうがいいっていう、ごくごく当たり前のことをやったっていう感じです。スケッチのように作っていくよさもありますけど、今回はこれまでやらなかったことをやってみたって感じですね。

Photo by Kana Tarumi
―それにしても、なんだかFIVE NEW OLD周りに仲間が増えてる感じがしませんか?
今年はそんな年だなって気がしますね。
―自然と人が集まりだしているような印象を受けます。それをきっかけにまたポジティヴな科学変化が起こるのかなと。
音楽に限らず、交流する人が増えた気はしてて。単純に音楽仲間が増えたっていうよりも、この先の人生でいろんなことを語り合っていくだろうなと思える仲間が増え始めた感じはしますね。それはすごい財産だと思います。
―作品に参加してもらうとか、一緒にライブをする以上の。
もちろん、今回アルバムに参加してくれたホーンズのみんなも、(高橋)海くん(LUCKY TAPES)も、是永(巧一)さんもそうなんですけど、音楽がどうだからここに来てくれたっていうだけじゃなくて、一緒にツアーを回ったり、家に遊びに行ったり、そういうパーソナルな交流があったからこそこのアルバムに入ってくれたし、より意味があるのかなと。
―今のFIVE NEW OLDは、また次の作品でポジティヴに変わっていくんだろうなっていうのが伝わる活動をしていますよね。歩みはゆっくりかもしれないけど、しっかりと結果を残しているというのは、ファンも応援していて楽しいでしょうね。
誠実に僕らの音楽と向き合ってくれる方がすごく多いので、そういう人たちのことは改めて大切にしていきたいと思うし、応援してくれている人たちのことを信じているからこそ、自分たちもより積極的に進んでいきたいと思います。
『Emulsification』を制作するにあたってHIROSHIが影響を受けた6曲
The 1975 - Give Yourself A Try
「ロックが死んでる」と言われている今、彼らにはバンドであることは何かということをもう一度気づかせてもらった部分があります。自分たちのルーツに立ち返るきっかけを与えてくれた曲ですね。この曲の歌詞は、「何歳の頃はダメなことをして」とか「こんな大人になるなよ」ってことを歌ってるんですけど、そういう歌詞も自分自身を振り返るきっかけになりました。
Queens of the Stone Age - The Vampyre of Time and Memory
『Emulsification』の「Set Me Free」という曲で、今までになかったセンチメンタルな部分を出していて。それは別に最近この曲を聴いていたからというわけではなくて、若い頃に聴いてたことを自然と思い出して。それで、デモ出しのときにみんなに聴かせたら、「めっちゃ『The Vampyre of Time and Memory』っぽい!」ってなって。今まで、こういう枯れたサウンドは出してこなかったけど、自分の中から自然に出てきたものをそのまま形にしたら、メンバーみんなが反応してくれて、「やろうよやろうよ」って後押ししてくれたことからいい学びをもらいました。FIVE NEW OLDとしては表現してこなかったけど、個人的に書いてる曲にはこういうものもあったりするので、もっと積極的にやってもいいんだなって思わせてくれました。
Lizzo - Juice
この曲が入ってるアルバム『Cuz I Love You』はメンバーみんな聴いてて。今回、是永さんと一緒にやった「Pinball」が今の形になったのも彼女からの影響がすごく大きいんですよ。すごく80sっぽいビートなんだけど、フロウは今のトラップっぽかったり、そういう乳化具合がうまい。あと、これまでの風潮だったらネガティブに捉えられてしまったかもしれないルックスを、彼女はポジティブな武器として世界に向けて発信していて、そうやって自分の全てをさらけ出すマインドっていうのも今、アーティストが発信していく上で重要なポイントなのかなって。そういう部分で影響を受けた気がしますね。ビリー(・アイリッシュ)とかもそうですけど。
松田優作- YOKOHAMA HONKY TONK BLUES
これはすごく学ばされた曲です。この時代の人たちって、欧米の楽曲に対する憧れがすごく感じられるんだけど、これは乳化の大事な部分でもあるんですけど、ちゃんと自分の文化にローカライズしているっていう、その加減がすごいんですよ。70年代の日本人にあった欧米に対する憧れと、それをどうやって自分のものにしていくかっていうこととひたむきに向き合ってやった結果なんですよね。自分たちもこういう、時代を超えるものを作りたいって思わせてくれた曲です。音楽ってやればやるほど、音楽的な部分と同時にその人自身がどうであるのかっていうところが重要になってくるじゃないですか。そこで、人間そのまま、素材そのままをぶん投げられる松田優作さんはカッコいいですね。
Panic! At The Disco - High Hopes
彼らの音楽は2000年代後半の高校生の頃によく聴いてたんですけど、今も常に時代にフィットさせながら第一線に立ち続けてる姿を見て、自分たちのルーツをもう一回見つめるという意味で改めて刺激をもらってます。彼らのスタイルは変わってるけど、マインドは何も変わってないんですよ。今回、それをすごく感じたし、「こういう曲が書けたらいいな」と思って「Keep On Marching」を書きました。The 1975の新曲「People」もそうで、みんなが「まさか!」と思うようなことをやるんですよね。自分たちの感覚が凝り固まってしまうことに対して警鐘を鳴らしてくれてるような。だから、今回のアルバムがうまくまとまったからこそ、次にそれをどう壊していくかっていうところに目を向けられるようになった部分はありますね。
Relient K - Must Have Done Something Right
今回、『Emulsification』のCDにポップパンクの曲が1曲入ってるんですけど、ある日、メンバーと一緒に帰ってるときに、こういう昔の音楽を聴いてたんですよ、「懐かしいわー」とか言って。それで、「今、こういうのやったらどうなるんだろうね。試しに1曲作ってみてよ」って言われたので、家に帰ってから1分ぐらいでパーッと作って聞かせたら、「オッケー! アルバムに入れよう」って(笑)。こういうパンクっぽい曲を入れることで、自分たちのルーツは忘れてないっていうことを示したかったし、あとは単純にお遊びができたらなって。距離と時間を置いて聴いてみたことで、この時代のバンドのよさを改めて感じました。
<INFORMATION>

『Emulsification』
FIVE NEW OLD
トイズファクトリー
発売中
FIVE NEW OLD "Emulsification" Tour
2019年10月24日 広島Cave-Be
2019年10月26日 高松DIME
2019年10月27日 名古屋BOTTOMLINE
2019年11月9日 大阪・味園ユニバース
2019年11月22日 福岡 DRUM Be-1
2019年11月23日 熊本 Be.9 V2
2019年11月24日 周南 LIVE rise
2019年11月29日 東京・EX THEATER ROPPONGI
※東京・大阪公演はホーンセクションを迎えてスペシャル編成でお届けします。
https://fivenewold.com/