本作は、前々作『ネオ』から続いている「エレクトロとオーガニックの融合」という、ここ最近のKIRINJIの路線の延長線上にあるもの。
そうしたサウンドの変化・進化に伴い、堀込高樹の書く歌詞世界も確実に変化を遂げている。初期の人を食ったようなシニカルかつ難解な言葉遊びは影を潜め、世知辛い現代社会に対するメッセージ・ソングや、「老い」に対して正面から向き合った楽曲など、これまで以上にストレートな内容のものも多い。結成から23年。今年50歳を迎えた堀込率いる彼らが、今なお新たなことにも果敢に挑戦していくモチベーションは一体どこから来るのだろうか。堀込高樹と千ヶ崎学に訊いた。
サウンドで意識したのは「レンジ感」
─本作『cherish』は、『ネオ』から始まった「エレクトロとオーガニックの融合」の総仕上げという感じがしました。
堀込:前作『愛をあるだけ、すべて』を作り終えて1年経たないうちから制作に入ったので、やっぱり前のモードは残っていました。あのアルバムは評判も良かったし自分でも作っていて楽しかったので、この感じでもう1枚くらいは作れると思い、それを推し進めたという感じです。打ち込みの割合も、もしかしたら前作より増えているのかもしれません。そういう、エレクトロと生のバランスみたいなことも意識しましたが、今回はより「レンジ感」というものを考えながら曲を作ったり、アレンジやミックスをしました。
─「レンジ感」は確かに変化を感じました。特に低音の作り込みが、これまで以上に緻密になされていますよね。
堀込:高域を広げるのは割と簡単というか、痛くない程度に「ヌケ」を良くすればいいのですが、低域はダブつきやすい。ちゃんと締まった感じで、大きな音で鳴らした時に心地よくなるポイントを見つけることが大事でした。
─その辺りを意識するようになったのは、やはり昨今のシーンの動向を踏まえた上で?
堀込:それもありましたし、サブスクのプレイリストなどで他の楽曲と並んだ時、「下が軽いなあ」と思うことがJ-POPの曲にありがちで。特に千ヶ崎くんはベースだから、そういったことに対してプレイヤーとしてもリスナーとしても敏感だと思います。「どのくらい下が出ているか?」という感覚は僕より鋭いので、そこは彼と相談しながら作り込んでいきました。
千ヶ崎:前作までは、自分のベースに関しては自宅で録ることが多かったのですが、今作は高樹さんのホームスタジオで録りました。そういう意味でもコミュニケーションは密になったと思います。顔を突き合わせながら、結構細かいところまで相談し合って作った曲が多いです。低い波長というのは、音像の中で様々な影響を及ぼします。ミックスの中でも、エネルギーの半分は低音が占めるので、そこをどう扱うかというのは、レンジが広くなればなるほど重要になってくる。
─当然、使う楽器やフレージングも変わってきますよね?
千ヶ崎:明らかに変わってきます。KIRINJIでは今、ほとんど5弦ベースを弾いているのですが、5弦の開放弦まで使うことって、以前はそれほどありませんでした。それが今はアレンジの段階で、その音まで含まれた発想に高樹さんがなっている。ただし、そういう重低域をこれまでと同じような感覚で弾いてしまうと音程感が薄れてしまうので、フレージングはもちろん録り方にしても、「どうやったら締まった低音になるか?」ということは意識しましたね。
─聴覚上、低い帯域になればなるほど音程が取りにくくなりますからね。
千ヶ崎:そうです。なのでベースに含まれている倍音をどう処理するか、それも踏まえた上での機材選びになってきます。ベースの場合はDIボックス(※)が今はものすごく重要。最近はどの現場に行っても、ベーシストがDIを何個も持って来ていて、さながら「DI展示会」みたいになっているとエンジニアから聞きます(笑)。ライン録音が主流になればなるほど、最初の入り口であり、レンジ感を決めるDIの役割が大きくなって来ているのだと思います。
※ダイレクト・インジェクション・ボックス:エレキギター、ベース、キーボードなどの楽器を、直接ミキサーに接続する為のインピーダンス変換機
─割と長い間、BOSSとCOUNTRYMANが定番でしたよね。
千ヶ崎:そうですね。真ん中をきっちり録ることが優先されていたというか。今は、人間の耳では聞き取りにくい帯域までをもどうやって押さえておくか?という感じ。Pro Toolsのレベルが上がっているというのもあって、そこをちゃんと録れるかどうかが、のちのミックスにも大きく影響してくる。なので、そこはより気をつけました。
「killer tune kills me」に見る現在のモード
─ちなみに、アルバムの『cherish』というタイトルの由来は?
堀込:「killer tune kills me feat. YonYon」の歌詞の最後でYonYonが、”I want to cherish my tune”と歌っていて。要約すると”思い出を大切にしたい”ということ。僕はチェリッシュと聴いてぱっと思い浮かぶのは、フォークデュオくらいだったのですが(笑)、「そうか、cherishって大切にするという意味なのか。良い言葉だな」と改めて思ったんですよね。
ただ、実際にアルバムで歌われている内容は、あまり「cherish」していないというか(笑)。むしろ、「cherishな状態が欠けている世の中だからこそ、その言葉が求められている」という逆説的な内容だと思います。例えば、「『あの娘は誰?』とか言わせたい」では、華やかな曲調ですが「貧困」について歌っている。
─「cherish」が欠けた状態だからこそ、その存在感が際立っているというか。ともあれ今作では、かなりメッセージ性の強い歌詞が増えましたよね。
堀込:今の世の中、純粋なラブソングを作る気にはやっぱりなれなくて(笑)。どうしたってその時の時代の空気やムードからは影響は受けます。今話したような「貧富の格差」もそうですし、思想信条の違うもの同士の断絶……ちょうどレコーディング中は、日韓関係が緊迫した時期だったんですよね。どうしても、そういったムードに影響は受けてしまう。
─今回、YonYonさんの韓国語ラップをフィーチャーした経緯は?
堀込:韓国のラップや歌モノって、パリッとしていて聴いていて気持ちいいなと以前から思っていました。その矢先に彼女がSIRUPと一緒にやっている「Mirror(選択)」をたまたまラジオで聴いて「カッコいいな」と。そうしたらある日、InstagramにYonYonさんからフォローされて。いつか機会があったらよろしくお願いしますなんて話していたら、ちょうどいい曲が出来たので「これ幸い」とばかりにお願いしました。
昔から韓国にはKIRINJIのお客さんが結構いらっしゃるので、そういう方々はもちろん、日本のポップスに興味を持っている方たちにもぜひ聴いてもらいたいと思いました。
─弓木さんがメイン・ボーカルのシングルというのは、実は「killer tune kills me」が初めてなんですよね?
堀込:KIRINJIのファンの方で、ライブにもよく足を運んでくださる人なら、弓木さんが歌ったり、コトリンゴさんがいた頃は彼女が歌う曲も存在していることを、ご存知だと思いますが、ラジオやテレビでシングルしか聴いたことがない人は、僕らのことを「男性ボーカル・バンド」としか思っていないかも知れないな、と。弓木さんはパーソナリティもすごく魅力的だし、ウィスパーじゃないんだけど、歌い上げてもいない。普通に歌っている声が、すごく綺麗で印象的なんですよね。こんなに素晴らしいボーカリストがいるのに世に出さないのはもったいない。ちょうど彼女も「弓木トイ」という個人のプロジェクトを立ち上げたところなので、タイミングとしてもいいかなと思いました。
─この曲の歌詞に目を向けると、終わってしまった恋を「昔夢中になって聴いたキラーチューン」になぞっています。高樹さんは別のインタビューで、「ひとつの音楽に対して、今は10代の頃のようにどハマりできないな、という気持ちを感じていた」「『あんな経験って、もうできないのかな』と、少し寂しさを感じる部分があったりして」とも語っていましたが、それって音楽以外でも感じますか?
堀込:例えば映画を観ていても、「あ、この感じは前にもあったよなあ」とか考えてしまって、以前よりも夢中になれないときがある。
─(笑)。
堀込:僕が歌ってたら、そう聴こえていたかも知れないけど、弓木さんとYonYonの声だと、一気に甘く切ない素敵なポップスになるのが面白いですよね。
今は、毒気のある言葉をわざわざ歌にするのも違う
─例えば前作に収録された「時間がない」では、当時49歳だった高樹さんの「残りの人生」について歌っていました。今作でもこの「killer tune kills me」をはじめ、「休日の過ごし方」や「隣で寝てる人」など高樹さんの年齢だからこその「リアル」があります。実際、今年50歳を迎えたわけですが、何か思うところはありますか?
堀込:「休日の過ごし方」は、自分がもし結婚もしないで一人でミュージシャンとして生活していたらどんな感じかな?ということを思い浮かべながら書いた曲です。独身の友人は結構多いのですが、彼らはみんなアイドル好きになっちゃって(笑)、イベントへ行ったり、小さなライブハウスに通い詰めたりしているんですけど、でも彼らはちょっと前まで、休みの日となると映画へ行ったり美術館へ行ったり、そのあとオープンしたばかりの話題のカフェへ行って、休憩がてらお茶して……みたいな過ごし方をしていた(笑)。最近、日曜日にカフェに行くと、一人で来てお茶を飲んでいる人が増えましたよね。
─”約束はない 予定はあっても 映画と本屋とカフェ”というライン、独身中年としては刺さりまくりました(笑)。そういえば去年だったか、日刊ゲンダイで中年男性が一人でフジロックへ行く現象について取り上げられていましたよね。記事の内容には賛否両論ありましたが。
堀込:へえ、そうなんですね。僕も去年テントエリアに泊まっていたら、隣が一人用テントで。静かに過ごしていらっしゃいました。俺も独身だったらこういうことしたいなあと思いましたけど。
─千ヶ崎さんは、この辺りの高樹さんの歌詞をどう思いましたか?
千ヶ崎:”自由の刑に処せられたプリズナー”は強烈ですよね。
堀込:(笑)。僕も結婚する前とか、そんな感じでした。会社勤めもしていて、彼女もいない時期だと休みの日にキリンジの曲を作って、でもそれだけだと息が詰まるから気分転換に外へ出かけて。
千ヶ崎:「時間が有り余る感覚」ってもうなくなっちゃいましたよね。そういえば学生の頃とか、美術館の横の噴水近くで昼寝とかしてたな。
堀込:ちょうど僕はその頃、川崎に住んでいたんですよ。二子玉川を過ぎて高津とかその辺りだったから、意味なく鶴見や浜川崎とか行っていました。東芝の工場に勤めてる社員だけが使う鶴見線に乗って。
千ヶ崎:あと、「隣で寝てる人」は、聴けば聴くほど面白い曲(笑)。ちょっと「silver girl」の続編のようにも感じました。この辺りの描き方が、歳を取るにつれて高樹さんの中でどう変わっていくのかは楽しみですよね。興味が尽きない(笑)。

Photo by Takanori Kuroda
─歌詞が変わってきたのは、お子さんが大きくなったことも関係していますか?
堀込:音楽の趣味は日々変わるし、もちろん息子の影響も受けるけど、歌詞に関しては「変わった」という自覚があまりないです。ただ、いっときよりも毒気がなくなったとは言われますよね。でも、世の中に毒気のある言葉が溢れているから、わざわざここでそういうことを歌にするのもなんか違うよな、という気持ちはずっと続いていて。
千ヶ崎:でも、毒気を吐きたい性質というのは高樹さんの中に、おそらく今もあるわけじゃないですか。
堀込:(笑)。
千ヶ崎:表層には現れていなくても、その毒は歌詞の中から時々感じますし、むしろそこが僕はすごく好きなんですよね。
新鮮な気持ちで作曲に挑まないと、完成までたどり着かない
─ところで今回、サウンド的にはどの辺の音楽が共通言語になっていました?
堀込:ラファエル・サディークの新作『Jimmy Lee』とか。話には出なかったけどビリー・アイリッシュとかね。あんなに低音がブワッと出ている楽曲が、普通にみんな聴いていて「かっこいい」と言われている状況にはインスパイアされました。他にはポスト・マローンの、ちょっとロックっぽいテクスチャなんだけどローもたっぷりある感じ……今は、完全にそっちにシフトしているんだなって思いますし、実際そういうものを気持ちいいと感じるようになってくると、従来のポップスの音像だとちょっと物足りなくなってくるんですよね。
─アルバムの中で、特にアレンジや音像などが振り切れた楽曲というと「善人の反省」になりますかね。
堀込:あの曲は最初、ローファイ・ヒップホップみたいなアレンジにして、2分くらいでお茶を濁そうかなと思ったんですよ(笑)。
千ヶ崎:確かレコーディングの最後に出来たんですよね。高樹さんのアレンジって、いつも完成形がはっきり分かるくらい最初の段階から作り込んであるのですが、あの曲は珍しくそうじゃなかった。ピアノとメロディと、仮のループ・パターンくらいで送られて来ました。でも、たまにはこういうのに自由にベースを当ててみて、あとからギターや歌を乗せていくっていうのもやり方としては面白いなと。KIRINJIではほんと、初めての試みだったし。
堀込:ただ、最初から最後までローファイ・ヒップホップだけだとさすがに飽きるなと(笑)。もう少し面白みのあるものにしたいと思って、ギター・ソロに対してメロディを乗せてみました。要するに、ジャズでいうところのヴォカリーズというか。ああいうノリで出来ないかと思い、歌詞カードを見ながら歌とギターを同時に考えていきました。
─歌詞から作るのって、珍しくないですか?
堀込:実はここ何作か、サビやBメロはしっかりメロディを作り込みつつ、ヴァースに関しては先に歌詞を書いて、それをもとにメロディを派生させるということをやっています。今作だと「killer tune kills me」の、弓木さんが歌っているパートはそういう作り方ですし、「『あの娘は誰?』とか言わせたい」のサビ以外もそう。基本的に歌詞を書いてから、それをどうメロディにしていくか? という発想で作っています。
─なぜそういうやり方にシフトしたんですか?
堀込:Aメロからサビまで全てメロディをかっちり決めてしまうと、なんかニューミュージックっぽくなっちゃうんですよ。今の日本のポップスって、2拍3連や5連符のように、譜割に特徴のあるものが増えていますよね。中村佳穂さんやSIRUPにもそういう曲があって、やっぱりすごくカッコ良いい。彼らはラッパーではないけど、リズムの取り方が明らかにヒップホップ以降の発想なんです。そういうものを、自分でも何か出来ないかなと思ったところから始まった試みです。
─これもまた別のインタビューで高樹さんは、「以前(『DODECAGON』の頃)はそれまでのキリンジに対し、どうやって別のイメージを備え付けるかが念頭にあった。でも今回の場合は、現在の音楽シーンにどれくらい寄せていけるかという意識のほうが強い」と話していました。「現在の音楽シーンにどれくらい寄せていけるかという意識」は、単純に新しい音楽への好奇心からきているのか、あるいは「危機感」のようなものなのか、最後にお聞かせください。
堀込:危機感のようなものは特にありませんが、ただ作る時に新鮮な気持ちで挑まないと、完成までたどり着かないんです。例えばピアノで曲を作り始めるとして、ミドルテンポのいい感じの曲が出来たと。「最近、こういうのやってなかったから仕上げてみるか」という感じで始めても、途中で嫌になってくる。「これだったらドラムを録って、そこにベースを重ねて、ピアノはこんな感じで」っていうふうに先が見えてしまうと盛り上がらないというか。
─下手したらボツになるかも知れない、くらいの緊張感があったほうが作り甲斐があると。
堀込:「これが出来たら大変なことになる!」みたいな気持ちで制作に当たるというか、自分でもどうなるか分からないような、今話した「善人の反省」みたいな曲もそうだし。そういうところに面白さを感じているのでしょうね。
KIRINJI
『cherish』
2019年11月20日リリース
初回限定盤ボーナスDVD:
「killer tune kills me feat. YonYon」、
「Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS」のミュージックビデオを収録。

[初回限定盤] [SHM-CD+DVD]
[通常盤] [SHM-CD]
KIRINJI TOUR 2020
2020年2月28日(金) 札幌 PENNY LANE 24
2020年3月5日(木) 広島クラブクアトロ
2020年3月7日(土) 福岡 イムズホール
2020年3月13日(金) 仙台 Darwin
2020年3月18日(水) 大阪 Zepp Namba (OSAKA)
2020年3月20日(金・祝) 名古屋クラブクアトロ
2020年3月24日(火)、25日(水)LINE CUBE SHIBUYA (渋谷公会堂)
2020年3月28日(土) 沖縄 桜坂セントラル
KIRINJI公式ページ:
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