ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。クルアンビン、ジェイムス・ブラウン、細野晴臣、ヴルフペック、Jingoの楽曲考察に続き、第5回となる今回はザ・フィアレス・フライヤーズの楽曲「The Baal Shem Tov」を徹底考察する。


今回も前回に引き続き、アフロものを取り上げたいと思います。アフロものと言ってもアフリカ産のものではなく、ヴルフペックの別働隊、ザ・フィアレス・フライヤーズによるアフロ・ビート風の「The Baal Shem Tov」です。

もしかすると「鳥居の野郎ときたら、このところすっかりヴルフペックづいてやがんな!」なんてことを思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そんな方にはハッキリとこう言っておきたい。おっしゃるとおり!

ザ・フィアレス・フライヤーズを日本語に訳すと「恐れ知らずのヒコーキ野郎」といったところでしょうか。その名の通り、メンバーはパイロットよろしくお揃いの黒いジャンプスーツとサングラス、ブーツを着用しています。これはフライヤーズのプロデューサー的な役割を担うヴルフペックのリーダー、ジャック・ストラットンによるアイディアだそうです。

リズム・コンシャス度はヴルフペック以上と言っても過言ではないフライヤーズの以下のメンバーから構成されています。ヴルフペック1の人気者、ジョー・ダート(Ba.)、限りなくレギュラーに近い準レギュラーとでも言うべきヴルフペックのサポートメンバー、コリー・ウォン(Gt.)、スナーキー・パピーからの刺客、マーク・レッティアーリ(Gt.)、そして、当世きってのファンキードラマー、ネイト・スミス(Dr.)の4人。ギター、バリトン・ギター、ベース、ドラムというシンプルな構成のインスト・グループです。ここで補足しておくと、ネイト・スミスはジャンプスーツではなく黒いベストを素肌の上に羽織っています(ミニモニのミカを思い出しました……)。ギター、バリトン・ギター、ベースをそれぞれ同じ角度でスタンドに固定した状態で演奏されるのが定番です。
ヴルフペックと同様、曲によってゲストが参加しますが、今回取り上げる「The Baal Shem Tov」では「限りなくレギュラーに近い~」ジョーイ・ドーシックがエディ・ハリスのごとくワウ・ワウ・ペダルをかましたサックスで参加しています。作曲も彼のペンによるものです。

ところで! 曲名の「The Baal Shem Tov」ってどう読むんだろう? ていうか、そもそも何のこと? と思ってググってみたところ、Baal Shem Tovはハシディズムの創始者とされるユダヤ教思想者イスラエル・ベン・エリエゼルの通り名ということがわかりました。日本語表記はバアル・シェム・トーブが一般的なようです。定冠詞がついているので「あのバアル・シェム・トーブ」もしくは「バアル・シェム・トーブという名の人物」というようなニュアンスなのでしょうか。

そんなことを意識してこの曲を改めて聴いてみるとジョーイによるサックスの旋律が東欧系ユダヤ人、アシュケナジムのコミュニティで生まれた音楽であるクレズマーのようにも聴こえます。ジャックの父親は不動産の仕事をする傍らでクラリネット奏者としてクレズマーバンドを率いており、ジャックも13歳の頃にバンドにドラマーとして参加していたそうです。また、ジョーイ・ドーシックの祖母はホロコーストの生存者とのこと。ちなみにヴルフペックも取り上げた彼の「Grandma」は彼女のことを歌った曲です。

「The Baal Shem Tov」のリズムの土台になっているのは、冒頭でも少し触れましたが、フェラ・クティに代表されるアフロ・ビートです。フライヤーズのプロデューサー、ジャックがかつて作成したFunkletというファンクのビート・パターンを解説したサイトではフェラ・クティの「Expensive Shit」やトニー・アレンの「Same Blood」が取り上げられていました。また、ネイト・スミスも自身のビートのみで構成されたアルバム『Pocket Change』収録の「Ghost Thud(For Mr. Allen)」でアフロ・ビートを披露しています。
タイトルの「Mr. Allen」はトニー・アレンのことでしょう。この曲でのパターンが「The Baal Shem Tov」で踏襲されていると考えて良いかと思われます。

YouTubeに上げられたヴルフペック関連の動画に寄せられたコメントで一番多いのはやはりジョー・ダートを礼賛するものです。しかし「The Baal Shem Tov」ではネイト・スミスを称える声のほうが多いです。たしかに凄まじい演奏なのでそれも頷けます。

何がすごいって右手でシェーカーを振り、右足でキックのダブルを決め、左手でスネアをしばいて細かいゴーストノートを入れつつ、左足でハットの開閉をコントロールして演奏しているところです。この左足によるハットが特に凄い。俄には信じがたく、思わず友人のドラマーに「ハットって左足だけでこんな音を出せるものなの?」とLINEで質問してしまったほどです。というのも、左足のみでハットを演奏するというと、落ちサビなどで手持ち無沙汰になったドラマーがなんとなく「チッ、チッ、チッ、チッ」と鳴らす程度のものという先入観があり、「チー」という音価の長い音が出せるとは認識していなかったからです。友人は両手に持ったシンバルを合わせて「シャーン」と鳴らすのと同じ要領だよと解説してくれました。ハイハットの原型となったのは角度のついた2枚の板につがいのシンバルを取り付け、足元で踏んで演奏するソックシンバルと呼ばれる楽器で、元々はスティックで叩くものではありませんでした。そういう意味では左足のみで演奏することはオリジナルに近いといえるかもしれません。


スネアを叩く左手の動きはほとんどギターのカッティングのようです。動画で観ることのできるコリー・ウォンの柔らかい右手首とネイト・スミスの左手が対になったアングルはさしずめ脳みそへのご褒美といったところでしょうか。

ネイト・スミスの演奏は躍動感があって熱っぽいのだけれども、どこかメカっぽいところがあって、ディス・ヒートのチャールズ・ヘイワード的な端正でクールな面もあるように感じます。「The Baal Shem Tov」でシェーカーを振る動きなんてGIFアニメのループのようです。名人の演奏はホットで人間的な面とクールで機械的な面が同居しており、一概にどちらとは割り切ることができない。そんな印象を持っています。

アフロ・ビートの躍動感はファンクのそれとはまた少し異なったものです。句読点的なものをつけずにループしていく様はある種、しりとり的と言えるかもしれません。「こぶたぬきつねこ」という『おかあさんといっしょ』で有名な歌があります。「こぶた たぬき きつね ねこ」という具合に歌詞がループ状のしりとりになった歌です。アメリカ産のファンクはJBがいうところの一拍目を強調する「The One」だったり、2拍目、4拍目を強調するバックビートなどが読点的な役割を担っており、目鼻立ちがくっきりしたところがありますが、アフロ・ビートはしりとりのループに近く、「こぶたぬきつねこぶたぬきつねこぶた……」というようにフレーズ同士が溶け合ってリズムの細かいグリッドが前景化しているように感じます。

当連載の前回分で取り上げたJingoの「Fever」にはクラーベの元になった6/8拍子のベルパターンが隠されているというようなことを書きました。
4/4拍子のアフロ・ビートにもクラーベが隠されています。フェラ・クティの代表曲「Zombie」は2-3クラーベが、「Expensive Shit」は3-2クラーベがリズムの背骨になっています。「Chop & Quench(Jeun Ko Ku)」はもっとあからさまに3-2クラーベが演奏されています。「The Baal Shem Tov」も3-2クラーベがリズムの土台になっていると言えます。

クラーベは様々な音楽で聴くことができるリズム・パターンです。アフロ・キューバンではクラベスの演奏によってパターンがそのまま提示されているし、ボ・ディドリーは3-2クラーベをギターリフに転用して多くのヒット曲を生み出しました。ニューオーリンズのセカンドラインもクラーベが応用したリズムパターンです。

5つの打点からなる3-2クラーベの5つめの音は拍子でいうところの4拍目あたります。そこで一旦緊張が解かれるような感覚がありますが、アフロ・ビートにおいては4拍目で着地せずに勢いを保った1拍目へとなだれ込んでいきます。時間割に例えるのなら10分休憩(地元愛知では「放課」と呼ばれていました)を取らずにぶっ続けで授業が行われるようなものです。そこがずばりしりとり的だと言いたい。

またクラーベを細分化することでリズムを細かく震わせて、より陶酔的な感覚をもたらしているようにも感じます。
ボ・ディドリー・ビートがミッフィーちゃんだとしたら、アフロ・ビートはピーター・ラビットと例えることができるかもしれません。つまり同じウサギを描くとしてもピーター・ラビットのほうが線が多い、あるいは描き込みが細かいということです。

「名人の演奏はホットで人間的な面とクールで機械的な面が同居しており、一概にどちらとは割り切ることができない」と書きましたが、これはアフロ・ビートにも当てはまることで、ホットかつクールという割り切れなさが魅力だと感じております。


鳥居真道
ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖


1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」

<ライブ情報>

トリプルファイヤー
「アルティメットパーティー7-1」
2019年11月22日(金)渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:トリプルファイヤー(ワンマン)
時間:開場18:30/開演19:30

「アルティメットパーティー7-2」
2019年11月29日(金)渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:トリプルファイヤー(ワンマン)
時間:開場18:30/開演19:30

前売(1日券)3500円(ドリンク代別)
チケット:7月21日(日)10:00より発売
ぴあ(Pコード:159-985)
ローチケ(Lコード:73830)
e+:https://eplus.jp/triplefire/
O-nest店頭

トリプルファイヤー公式tumblr
http://triplefirefirefire.tumblr.com
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