60年代にデビューし、ブラジル音楽を世界に広めた巨匠ピアニスト、セルジオ・メンデスが5年半ぶりとなるオリジナル・アルバム『イン・ザ・キー・オブ・ジョイ』を11月27日にリリースする。本作の日本盤には、今や日本を代表するラッパーの1人となったSKY-HIによる「サボール・ド・リオ」のリミックスバージョンが収録される。
これは、よくあるレコード会社主導による企画ではなく、セルジオ自らが望んで実現したもの。そこで今回、セルジオとSKY-HIにご登場いただき、今プロジェクトの経緯について話をしてもらった。

―今回、セルジオが来日されたのは何のためですか(取材が行われたのは今年初め)。

セルジオ:フィリピンで2公演があるついでに、プロモーションのために日本へ寄ったんだよ。

―てっきりSKY-HIのライブ(「SKY-HI TOUR 2019 -The JAPRISON-」)を観るために来たのかと思いました。

SKY-HI:あっはっは!

セルジオ:もちろん、それもあるよ! いいライブだった。

SKY-HI:サンキュー!

―どんなショーでしたか?

セルジオ:グレイト! ワンダフル! エネルギーがすごかったし、振付やサウンドも素晴らしくて、美しかった。

SKY-HI:光栄です。

―そもそも2人はどうやって知り合ったんですか。

セルジオ:今回コラボした「サボール・ド・リオ」は、パーカッションをブラジル、ボーカルをLAでレコーディングした。レコーディングを終えたときに、わたしのバンドのシンガーでもある妻に「若い日本人のラッパーにパフォーマンスしてもらう別バージョンをつくりたい」って話したのが始まりなんだ。それで、昨年日本に来て、レコード会社のスタッフにそのアイデアを伝えたところ、3本のビデオを見せてくれたんだよ。
それでSKY-HIのビデオを見たときに、「彼だ!」って。彼のエネルギーやスタイルが気に入った。楽曲の方向性は決まっていなかったけど、直感で彼だと思ったんだ。

―そうだったんですね。

セルジオ:それで彼に会いに行って曲を聴いてもらったところ気に入ってくれた。そこでわたしは、「完全に自由だから。好きなことをラップしてくれていいよ」って伝えたんだ。彼はこの曲をユニークに解釈してくれて、そのおかげでさらにスペシャルな曲になった。すごく幸せだよ。

―そもそもなぜラッパーを指名したんですか。

セルジオ:元々、わたしはラップが好きなんだ。最初のラップ体験は2006年で、(ブラック・アイド・ピーズの)ウィル・アイ・アムと会ったときに、彼がプロデュースを名乗り出てくれて、「それは面白いね!」って言ったんだ。
ラップはリズムが面白い。それでウィルとアルバムを制作するなかで、彼はQティップ、ジャスティン・ティンバーレイク、ジョン・レジェンド、エリカ・バドゥをわたしに紹介してくれて、違うカルチャーの人たちと一緒に音楽をすることになった。あれは楽しかったね。で、話は戻るけど、この曲を書いたときに、日本人のユニークなラッパーを迎えたいって思ったんだ。結果として、完璧なものになったし、マジックだったね。すごくいいコンビネーションになった。

ウィル・アイ・アムがプロデュースした、セルジオ・メンデスの2006年作『タイムレス』

―歌というよりも、言葉の響きに惹かれる部分があったんでしょうか。

セルジオ:コンビネーションだね。SKY-HIはすごく音楽的で、彼はメロディを愛している。それと同時に彼にはリズムもある。日本語ラップとブラジル音楽の組み合わせはユニークだし、他とは違う。これは初めてのことだと思うよ。


―こんな世界的なアーティストからオファーをいきなり受けたSKY-HIさんはびっくりしたでしょうね。

SKY-HI:びっくりしましたね。最初はなんでそうなったかわからないし、何を求められてるかもわからない。とりあえず、「来週ぐらいに来日するからそこで会うのはどうか」っていう話になったので、「じゃあ、ちょっと会ってみましょう……」みたいな(笑)。で、実際にセルジオと会って、彼がそのときつくっていたアルバムの音源を聴かせてもらって、お話をして、ようやく「あ、そういうことか。すごいこともあるものなんだな!」って。だけど、そのあと中華料理屋に行って料理を食べ終わる頃には、これは楽しくできるじゃないかっていう気持ちになってましたね。

―SKY-HIさんのご両親もセルジオの大ファンなんですよね?

SKY-HI:そうなんですよ。今回の話を聞いてものすごく喜んで興奮もしていましたが、うちの両親の特異性なのか、僕のライブで初めてセルジオに会ったときも、親父が「セルジオー! 大ファンだよー」とか言うし、お母さんも「私は大学であなたの曲を演奏してたのよ」とか普通にオープンマインドで話しかけていて、妙に物怖じしないんですよ。変に「わー!」って緊張しないのがうちの両親らしいなと思いながら、遠く離れたところからその様子を見てました(笑)。

―ご家族とセルジオが一緒に写ってる写真をTwitterで拝見しましたけど、旧知の仲みたいな雰囲気でしたね。

SKY-HI:本当ですか⁉(笑)親父はブラジルにいる期間が長くて、僕は彼からシュラスコを教えてもらったし、向こうでセルジオのライブを観たことをよく自慢されたりしてましたね。


セルジオ・メンデスとウチの両親#JAPRISON 初日 pic.twitter.com/uDextVgAjC— SKY-HI(AAA日高光啓) (@SkyHidaka) February 4, 2019
―セルジオは過去に、日本の女性ボーカリストとよく仕事をしていましたよね。

セルジオ:昔、化粧品会社のキャンペーンで「サマーチャンピオン」という曲を浅野ゆう子さんと録音したら、その曲がすごく人気になって、2カ月ぐらいかけて全都道府県を回ったことがある。沖縄から札幌までね!

SKY-HI:あっはっは!

―なんでそんなに長かったんですか⁉

セルジオ:わからないよ(笑)。とにかく日本は大好きで、55年の間に何度も来ているよ。文化もカルチャーも全部好きだ。剣道も相撲も好きだけど、野球はいまひとつだな(笑)。芸術、建築、映画、食べ物……とにかく日本が好きなんだ。第二の故郷だよ。だから、日本の若いアーティストと仕事するのは光栄なことなんだ

60年代に世界的ヒットを記録した、アルバム『セルジオ・メンデス&ブラジル66』収録曲「マシュ・ケ・ナダ」

―先ほど、ブラック・アイド・ピーズの話が出ましたが、セルジオは日頃から新しいアーティストを探しているんですか。

セルジオ:すごく興味があるね。ブラジルでボサノヴァを始めたとき、当時はアコースティックギターとボーカルだけで構成されていたんだけど、そこにわたしはトロンボーン2本とサックス1本を加えた。そんなふうに、わたしは何か違うものを組み合わせるのが得意で、とにかく何か違うものをつくるっていうビジョンが昔からあるんだ。
だから、素晴らしいミュージシャンと仕事をすることには常に興味があって、たくさんのミュージシャンとアイデアを交換するんだよ。例えば、ウィルが曲を書いて、ジョン・レジェンドが歌詞を書いて、わたしが演奏する。そういうコミュニケーションやコラボレーションのプロセスがすごく好きなんだ。なぜなら、わたしはいつでも学びたいからね。

―今もまだ学んでるんですか。

セルジオ:もちろんだよ。毎日、たくさん学ぶことがある。

―セルジオはこれまでいろんなミュージシャンと共演されてきたと思うんですが、そのなかでも一番ヤバかったのは誰ですか?

セルジオ:うーん……もちろん、ウィル・アイ・アムはグレイトだったし、フランク・シナトラもよかったな。

―フランク・シナトラはどういう方でしたか?

セルジオ:(日本語で)渋い。

―あはは! 

セルジオ:彼と一緒にワールドツアーに3回行ったけれど、すごい経験だったよ。

―では、「サボール・ド・リオ」の解説をお願いします。僕は中毒性の高いメロディが印象的だと思いました。


セルジオ:わたしも好きだよ。これはすごくシンプルだけどキャッチーな曲だよね。そこにSKY-HIが新たなエッセンスを加えてくれたことで、すごくユニークな曲になったと思うよ。

―これは「リオのフレーバー」という意味のタイトルですが、SKY-HIさんもそういうところを意識したんでしょうか。

SKY-HI:というよりも、原曲から受け取った感覚をそのまま落とし込むというテンションでしたね。スタジオで「これがリオだね~!」なんて言いながらスタッフと原曲を聴いていたのですが、そのとき東京はもう秋に差し掛かっていて、かなり冷え込んでる頃だったのにリオを感じられるというのが面白かったんですよ。それと同時に、リオの空気のなかにどうやったら自分と東京の要素を入れられるか、どうやったら世界中の誰が聴いてもリオを感じて踊れるようなバイブスを出せるかっていうことを考えました。こうやって携わらせてもらう以上、原曲のままではダメだろうし、セルジオは「好きにやっていい」って言ってくれたけど、原曲からあまりにかけ離れたものにもしたくはなくて。そうやって考えて考えて考えて、スタジオに入ってからは何も考えない、みたいな(笑)。最終的には、みんなで踊りながらつくりました。

―そうだったんですね。

SKY-HI:日々、いろんな問題を抱えながらみんな生きていると思うんですけど、それでも人は踊れるし、「世界を躍らせる、世界で家族になる」という思いが常に僕にはあるから、みんなのことを応援したいという思いもありました。

―では、サウンド面で意識したのは?

SKY-HI:もし、スタジオに窓がついていたらまた違ったノリになってたと思います。というのも、東京のスタジオはほとんど地下のダンスホールのようになってるので、そういう環境も大きかったなと。それぐらい原曲に対してナチュラルなマインドにしてもらってましたね。あと、最後にパーカションをたくさん足したらもっと楽しくなりました。それが僕の好きなリオのフレーバーなんだと思う。実際にそれがリオのマナーかどうかは別として。

―では、セルジオとは一切相談せず?

SKY-HI:ほぼ出来上がってる状態で一度聴いてもらったぐらいですね。

―セルジオは聴いてみてどうでしたか?

セルジオ:グレイトだね。リミックスをもらってすぐに聴いて、「イェ~!」って感じだったよ。

―お互い、ミュージシャンとしてどのように見ていますか?

セルジオ:SKY-HIはユニークでエキサイティング。特別なエネルギーを感じるね。あと、いいヤツ! 怒りが全くなくて、ただ喜びがあるんだ。

―人間的な部分も大きいんですね。

セルジオ:イェ~。ブラジル音楽は喜びと祝い。そこに怒りはないからね。リオのカーニバルでは人々が10日間ストリートで踊り続けるんだけど、それは日々の生活の祝いだし、彼はそのことを理解してる。だからこそ、この曲はうまくいったんだと思うよ。ほかと違っていて、フレッシュで、新しくて、リアル。

セルジオの新作『イン・ザ・キー・オブ・ジョイ』の収録曲「イン・ザ・キー・オブ・ジョイ feat. バディ」

―SKY-HIさんから見て、セルジオはレジェンドという言葉だけでは表現しきれないほど偉大なアーティストだと思いますが。

SKY-HI:そうですね! どういう立場で物を言えばいいのかわからなくて難しいですけど……セルジオは僕を人間に戻してくれる感じがします。踊るためのダンスミュージックではなく、セルジオが僕を人間に戻してもらえるからこそ踊ってしまうっていう感じ。

セルジオ:そういえば、この曲はミュージックビデオもすごくいいんだよ。小さな子供たちが出てきてすごく美しいんだ。素晴らしい曲と素晴らしいビデオ。日本でのすべてが大成功だったと思う。

―こうやって話を伺っていると、お2人の関係は今後も続いていきそうな気がします。

SKY-HI:そうなりたいですね。

セルジオ:本当にそうだね。間違いない!

セルジオ・メンデス×SKY-HIが語る、ブラジル音楽と日本語ラップのスペシャルな出会い

Photo by Yusuke Baba

セルジオ・メンデス×SKY-HIが語る、ブラジル音楽と日本語ラップのスペシャルな出会い

セルジオ・メンデス
『イン・ザ・キー・オブ・ジョイ』
2019年11月27日発売

デラックス・エディション[CD 2枚組]:3850円
通常盤 [CD]:2750円

CD収録曲
1.サボール・ド・リオ feat. コモン
2.ボラ・ラ feat. ホジェー&グラシーニャ・レポラーセ
3.ラ・ノーチェ・エンテーラ feat. カリ・イ・エル・ダンディー
4.サンバ・イン・ヘヴン feat. シュガー・ジョアンズ
5.ムガンガ feat. グラシーニャ・レポラーセ
6.イン・ザ・キー・オブ・ジョイ feat. バディ
7.ラヴ・ケイム・ビトゥイーン・アス feat. ジョー・ピズーロ
8.キャッチ・ザ・ウェイヴ feat. シェレイア
9.ロマンス・イン・コパカバーナ
10.ディス・イズ・イット feat. エルメ―ト・パスコアール&グラシーニャ・レポラーセ
11.タイム・ゴーズ・バイ feat. シェレイア
12.タンガラ feat. グラシーニャ・レポラーセ&ギンガ

日本盤ボーナス・トラック
13.サボール・ド・リオ -SKY-HI Remix-

デラックス・エディションCD収録内容
オールタイム・ベスト
1.マシュ・ケ・ナダ
2.おいしい水
3.プリミティーヴォ
4.ラメント
5.パイス・トロピカル
6.レザ
7.コンソラサォン
8.君に夢中
9.カエル
10.なつかしき丘
11.恋のおもかげ
12.コンスタント・レイン
13.ソー・メニー・スターズ (星屑のボサノヴァ)
14.トンガ
15.愛をもう一度
16.ファンファーハ (カブア-レ-レ)

日本公式ページ:
https://www.universal-music.co.jp/sergio-mendes/
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