2019年2月、第61回グラミー賞の最優秀新人賞を受賞したデュア・リパは、「音楽は人を幸せにする力を持っているのに、ミュージシャンが対照的にメンタルヘルスの問題に苦しむのは皮肉だ」と、クリエイティブ業界でのメンタルヘルス・ケアの向上を訴えています。特に、女性のアーティストはソーシャル・メディアに対する大きな不安に苦しんでいること、芸術を仕事にしている女性たちの自殺する割合が一般的な割合よりも約70%も高いことを指摘し、音楽業界もそれに対応すべきだと主張しています。彼女が所属するマネージメント会社のタップ・ミュージックは、メンタルヘルスの周知活動や自殺防止の支援を行なっている団体に10万ポンド(約1400万円)の寄付を計画していることを発表しました。
デュア・リパの言う「女性のアーティストはソーシャル・メディアに対する大きな不安に苦しんでいる」という点に関しては、最近では元KARAのク・ハラさんの自殺の一因でもあり、真剣に考えなければならない問題です。2017年のセキュリティブランド「ノートン」の調査では、日本人女性の46%が何らかの「オンラインハラスメント」の被害にあっており、32%の人がネット上のセクハラを経験していることがわかりました。オンラインハラスメントの被害の上位3位は、「悪意のあるゴシップやうわさ話」(46%)、「誹謗中傷」(34%)、「セクハラ」(32%)になります。これにより、被害を受けた女性の15%が、うつや不安神経症を発症してしまっています。
2018年CDC米国立衛生統計センター(NCHS)は、成人女性の10人に1人がうつ病であり、有病率は男性の2倍であるとしています。うつ病の発症には、心理学的、社会学的、生物学的な、さまざまな因子が関係するといわれています。
この中で最も影響しやすく、きっかけとなりやすいのがストレスです。
USCアネンバーグ・インクルージョン・イニシアティブがポピュラー音楽業界を対象にした調査によると、2012~2017年の間にリリースされ、ビルボード・ホット100にランクインした600曲を分析した結果、女性アーティストの作品は22%で、ソングラティングに女性がクレジットされているのは12%しかありませんでした。プロデューサーということになると、男性と女性の割合はなんと49:1で男性のほうが圧倒的に多いことがわかりました。
2016年、雑誌『ビルボード』のウーマン・イン・ミュージックを授賞したマドンナは「私はドアマットとしてあなたの前に立っている。つまり女性のエンタテイナーとして立っている」「あからさまな性差別や女性蔑視、いつまでも続くいじめや容赦ない虐待に直面しつつ、34年にわたってキャリアを続けてきた私の力を認めてくれたことに感謝しています」とコメントしました。
同じ2016年にビョークは「音楽業界において女性は恋人について歌うシンガーソングライターとしてしか認められていない」等と、音楽業界における性差別を批判する長文をフェイスブックで発表し「すべての女性が多様であれる権利を」と訴えています。
2018年にはグラミー賞を主催する全米レコード芸術科学アカデミーの会長が「これからミュージシャン、エンジニア、プロデューサーになりたい女性、あるいは業界の幹部として働きたい女性は、もっと頑張りが必要です」と発言し、P!NK、チャーリーXCX、シェリル・クロウら多くのアーティストから批判され、さらには業界の女性重役たちの連名により、会長の辞任を要求する公開書簡が発表されました。その書簡では、音楽業界に携わっている女性が「頑張る必要がある」という発言は、とてつもなく間違っている上に侮辱的で、これまでに女性によって生み出されたり、女性とともに生み出されたりした膨大な作品をまったく忘却している、と非難しています。また、そこでは、過去のグラミー賞での女性の受賞者の明らかな少なさや、音楽版権管理業界での女性社長はこれまでに1人しかいないことなどが指摘されています。
その後、2019年の第61回グラミー賞では、H.E.R.が最優秀R&Bアルバム賞を、カーディ・Bが女性ラッパーとして史上初めて最優秀ラップ・アルバム賞を、そしてケイシー・マクグレイブスが最優秀アルバム賞を受賞し、2020年の第62回では、ビリー・アイリッシュやリゾが主要部門に複数ノミネートされる等、変化の兆しが見られます。
こうした問題は、もちろん日本も例外ではありません。
<参照>
■デュア・リパ、クリエイティヴ業界におけるメンタル・ヘルスの意識向上を訴える
NME 2019.10.7
https://nme-jp.com/news/79741/
■日本人女性に対するオンラインハラスメントの実態が明らかに 日本人女性の3人に1人がネット上でセクハラ被害に遭遇 2017.11.28 16:15 ノートン広報部
https://www.atpress.ne.jp/news/144195
■「うつ病の性差について」杉山暢宏・田名部はるか 信州医誌 p185 2018
■音楽業界のジェンダーギャップ、女性の裏方は皆無
JON BLISTEIN
Rolling Stone Japan 2018.02.01
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/27982/1/1/1
■「私はドアマット」 マドンナ、音楽業界での女性差別を訴える
ELLE 2016.12.13
https://www.elle.com/jp/culture/celebgossip/a247128/cce-madonna16-1213/
■ビョーク、音楽業界における女性差別についての長文のテキストを公開。全文訳を掲載
NME
https://nme-jp.com/news/31335/
■音楽業界の女性重役ら、グラミー賞会長の「女性は頑張るべき」発言を受け辞任を要求
Rockinon .com 2018.02.09 18:00
https://rockinon.com/news/detail/173014
■世界経済フォーラムが「ジェンダー・ギャップ指数2018」を公表 内閣府男女共同参画局総務課
http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2018/201901/201901_04.html
<書籍情報>

手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』
発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029
本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。
手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。
Official HP
https://teshimamasahiko.com/