2019年、フジロック・フェスティバルに出演し、大いにオーディエンスを沸かせたヴィンス・ステイプルズ。ケンドリック・ラマーやタイ・ダラー・サインら、ヒップホップ・シーンを沸かせるスターたちとも共演する一方で、フルームのツアーに参加したり、ゴリラズの楽曲に招かれたりと、彼の自由なクリエイティヴィティに惹かれるミュージシャンも少なくない。


ヴィンス・ステイプルズの楽曲はアバンギャルドな魅力を放ち、常にこれまでに聴いたことがないような規格外のサウンドを届けてくれる。アメリカの西海岸に拠点を置く彼らしく、ウエストサイド特有のリラックスした雰囲気を放ちながらも、有刺鉄線が張り巡らされたようなヒリヒリしたヴァイブスがヴィンスの楽曲の持ち味でもある。今回のインタビューは、2019年12月7日・SOUND MUSIUM VISIONでのライブを控えた前日に行ったものであり、一部、ヴィンスらしいユーモアも交えて答えてくれた。

―また日本に来てくれて嬉しいです。今回の滞在はどんな感じですか?

前回、フジロックで来日した時よりも自由な時間が多いスケジュールだから、もっと楽しめると思う。クールな滞在になると思うよ。とにかく金を遣いたい! あと、teamLab Planetsに行く予定。

マネージャー あと、キル・ビル・レストランにも行く予定だろ?

―「権八」ですね。

そう。そこで映画も撮らなきゃ。俺の単独主演で『キル・ビル3』をね。

―2019年のフジロックでのステージはいかがでしたか。


あんなに人が集まってくれるなんて思ってもみなかった。何千人ものオーディエンスが来てくれて。今回のライブはクラブが会場だから、とっても楽しみ。ちょうどアメリカでも、小さい規模のライブを増やしたいと思ってたところだから。

―まず、あなたの音楽的な魅力について教えてください。いつもあっと驚くようなサウンド・アプローチに挑戦していますよね。個人的に大好きな曲はジェイムス・ブレイクがプロデュースした「War Ready」なんですが、アンドレ3000のヴォーカルをサンプリングしていて、これまでに聴いたことがないような楽曲に仕上がっていました。

あの曲は、大半はジェイムス・ブレイクのアイデアがもとになってるんだ。僕がビートをもらった時は既にほぼ出来上がっていて、自分でちょこっとアイデアを加えただけ。

―普段、どうやって「こういう曲を作ろう」というアイデアを産み出しているのですか?

特にアイデアを探しているというわけではなく、「こんなことをやってみたい」という強い想いがあれば、「ちょっとくらい失敗してもいいか」という気持ちになるんだよね。そのマインドが新たな作品に繋がってると思う。時にはいいものが出来るまでに辛抱強く待たないと行けない時もあるけど。
ジェイムス・ブレイクとの「War Ready」の時は割とそうだったかな。

あと、素晴らしいプロデューサーとの出会いも大事。自分の「こんなサウンドにしたい」という思いを信じて具現化してくれて、かつ一緒に新しいことにチャレンジするリスクを厭わないプロデューサー。幸いなことに、LAを拠点にしているとそういう素晴らしいプロデューサーを出会う機会にも恵まれてるんだよね。

―基本的には、オーガニックな出会いが新たな挑戦に繋がっているという感じでしょうか。

そうだね。例えば『Big Fish Theory』(2017年)に収録されている「Yeah Right」という曲があるんだけど、アルバムをリリースする前、フルームのオーストラリア・ツアーに、(シンガー/プロデューサーの)ソフィーと俺が一緒に参加したんだ。みんな結構早く寝ちゃうんだけど、俺とソフィーは朝6時くらいまでずっと音楽の話をしたり実際に楽曲を作って過ごしたりすることが多かったんだ。ある日、夜中にフルームのInstagramを見たら、まだ起きてるってことが分かって、深夜3時くらいにオーストラリアのスタジオを借りてみんなで曲を作った。それが「Yeah Right」になった。もちろん、寝なきゃいけない時間は過ぎてるんだけど、「今、ここに集まってるヤツらと一緒に曲を作ったら、これまでとは異なるクリエイティヴィティが生まれてヤバいものが出来そうだ」と思うと、やっぱり時間は関係なくなってしまうよね。

クリエイティヴィティに場所や時間は関係ない

―では、生活しながらも常に何かに刺激されて新しいプロジェクトに挑戦している、という感じ?

そうかもしれない。
俺にとっては、新しいことにチャレンジするって全然つらいことじゃないから。自分のキャパシティやものの見方に従って、常に音楽を作ったり何かをクリエイトしたりしている。だから自分がどれだけクリエイティヴでいられるか、そういう意味でオープンな状態でいられるようにするってことが大事だと思う。もちろん、間違いだって犯すしいつもパーフェクトな状態じゃない。でも、そうい続けることによってクールな作品が出来ていくんだと思う。

―前作のアルバム『FM!』は地元であるロングビーチに捧げる、という内容でしたが、ご自身にとってロングビーチとはどんな場所でしょうか?

いい場所だよ。結構静かだし、食事も美味い。とにかく駐車場が足りてなくて、カモメ問題もあるな。俺は「スカイ・ラット(空飛ぶネズミ)」って呼んでるんだけど、あいつらがどこにでもいる。小さい街だし、みんな知り合いって雰囲気だよ。ラップ・レジェンドもたくさんいて、スヌープ・ドッグにネイト・ドッグ、他のドッグズもみんなロングビーチ出身だし、ウォーレン・Gもいる。他にもサブライムやキャメロン・ディアスまでいるからな。


―どんな子供時代を過ごしていましたか?

子供時代はみんなと変わらないと思う。学校に行って、誕生日パーティーをやって……みたいな。でも、ロングビーチで過ごした子供時代が、確実に今の自分のものの見方にも影響を与えていると思う。

―ちなみに、一番最初に買ったヒップホップのCDが何だったか覚えていますか?

ヘル・ノー! 覚えてないよ。でも、(カニエ・ウエストの)『Graduation』だと思う。母親がクリーンな内容だと思って、ウォルマートで買ってくれたんだ。実際、カニエはカース・ワードを使いまくってるんだけど。だから、聴いている時に母親が部屋に入ってきたらCDを途中でストップしてたよ。

―最近、新たにYouTube上で「The Vince Staple Show」をスタートしていますよね。まだ「So What」と「Sheet Music」の2エピソードしか公開されていませんが、今後もとても楽しみです。一体どんな目的でスタートしたものなのでしょうか?

『FM!』は、インタールードやスキットを外したらわずか7、8曲で構成されているアルバムで、俺にとってはEPの拡大版って感じだった。ボリュームは少ないけどコンセプトがしっかりしていたし、お世話になった人々やアーティストたちに対して自分の感謝を示すような内容になっていたから、高い評価も得られたんだと思う。
つまり、『FM!』は目的がはっきりしていたんだ。対して「The Vince Staple Show」は目的なくスタートしたもの。”何か”に対する憧れの気持ちを形にしたっていうか。だからもっとシンプルな形の表現なんだよね。しかもつい最近になって着手したプロジェクトでもある。最初にアイデアを思いついたのは半年くらい前かな?

―「The Vince Staple Show」のディレクターを務めるのは、かつて「Fun!」のMVも手掛けたカルマティック氏で。

カルマティックが本当に素晴らしいヤツでさ、彼の世界観はとにかく最高なんだよ。今ではリル・ナズ・Xの「Old Town Road」のMVを手掛けてるし、アンダーソン・パークの「Bubblin」やリゾの映像なんかも手掛けてる。彼は今、子供が産まれたばっかりでダディ・モードになってるね。

「The Vince Staple Show」の制作舞台裏

―クレジットを見ると、台本もあなたとカルマティックの共作になっているのですが、どのようにストーリーを書いているのですか?

正直言うと、俺は特に何も書いてない。カルマティックは俺の考えを汲んでくれるのがすごく上手くて、俺が「ねえ、こういうことがやりたいんけど」って伝えると、それがどんなにクレイジーでもとりあえずやってみてくれる。俺がどんなにボンヤリとアイデアを伝えても、撮影して形にしてくれるんだ。
たまにイマイチな時もあるけど、逆に良い仕上がりになる時もある。大体の時は上手くいくんだけどね。

―次のアルバムはこの「The Vince Staple Show」がベースになるのでしょうか?

これはアルバムではなくて、短い曲をフィーチャーしているだけの独立したプロジェクトだよ。ちょっとしたオマケって感じが強いかも。前からもっと映像のプロジェクトをやりたいと思ってたんだ。次のアルバムは作り始めたばかりで、今はまだアイデアがたくさん湧いている段階。まだ全然想像が付かないな。いいものに仕上がると思うけど。

―今回の映像プロジェクト含め、ショートムービー調の「Prima Donna」のMVや、視覚的なトリックが面白い「Fun!」のMVなど、あなたの作品はいつもヴィジュアル面も強烈で工夫を凝らしていますよね。フジロックのステージの時も、背面にいくつもの映像が映し出されていました。好きな映画や映像作品があれば教えてください。

俺は常にたくさん映画を観ているタイプじゃないし、自分が好きな映画は必ずしも「いい映画」じゃないんだよね(笑)。特に80年代のバカげたコメディ映画が好き。『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』とか『ビバリーヒルズ・コップ』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『National Lampoons Van Wilder(原題)』とかね。子供時代はたくさんのTV番組や映画を観ていたな。こういう作品って、ある意味、人生のピュアさを反映しているような感じがしたんだ。だから、子供の頃はマヌケなコメディ映画が好きだったのかも。

―2018年に「Get the Fuck Off My Dick」を発表したときに「早期引退のために200万ドルを募る」といった趣旨のクラウドファウンディングのページを立ち上げて話題になりました。結局、早期引退に関してはジョークだったわけですが、自身の将来のキャリアについて考えることはありますか? 本当に早いうちに引退したいと考えている?

50歳にもなってラップするなんてまっぴら、とは常に思ってる。

―先日、ジェイ・Zは50歳の誕生日を迎えたばかりですが。

でも、ジェイ・Zだって前ほどはラップしてないじゃん。それに彼はビリオネアなんだからそんなにラップする必要もないだろ。俺は金銭的な問題さえなければそんなに働き続けたくないよ。俺はすでに今でも背中の痛みとかを感じてるくらいで、自分が50歳になったときにまだステージ上で飛び跳ねている様子なんて想像できない。きっと50歳になる頃には郵便局とかで働いて、子供と一緒に……そうだ、俺、子供は欲しくないんだった。

―なるほど。2019年を振り返って、最大の出来事は何でしたか?

2019年最大の出来事……(マネージャーに向かって)何だと思う?

マネージャー 家を買ったじゃない

そうだ。まだ全ての工程が終わったわけじゃないんだけど、家を買ったんだ。ロングビーチにほど近い場所で。今の家はそんなに綺麗じゃなくて、ソファの上には服が散らかってるし、大家が家に入ってくるたびに恥ずかしい思いをしてる。でももうそんな生活は終わりだ。

―じゃあ新しい家の中に立派なスタジオも作って、さらに音楽制作が捗りそう?

スタジオなんて作らないよ。今はいいマイクといいパソコンがあれば十分レコーディングできるから。でも、新しい家にはXbox用とプレイステーション用の部屋をそれぞれ作る。俺はよく友達と深夜までゲームをするんだけど、新しいゲームを試すために別々の部屋があったら最高だよな。あと、俺の夢としては子供たちにEスポーツを教える仕事がしたいんだ。それで子供たちをリッチにしたい。俺のレーベル・スタッフは柔術をやってるから、それを教えてもいいかも。ムエタイとか空手もかっこいいよね。
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