昨年、avex/ cutting edge内に自身のレーベル「8902ECORDS」を設立したtricotが、結成10周年となる今年遂にメジャー1stアルバム『真っ黒』をリリースする。
タイトルもバンド名も表記されていない、文字通り「真っ黒」なジャケットが強烈なインパクトを放つ本作は、摩訶不思議なギター・オーケストレーションや複雑怪奇なリズム・セクションによる変態的なアンサンブルと、シュールでポップな歌詞の世界が絡み合う「これぞtricot!」と快哉を叫びたくなるような「あふれる」はもちろん、ヒップホップ~ネオソウル的なグルーヴを取り込んだ「なか」や、シティポップ~サイケの流れを組んだ「低速道路」など、彼らにとって新機軸ともいえる楽曲も散りばめられており、結成10年にしてなお進化し続ける姿にただただ圧倒される。
ポストロック~マスロックを基調としながら、それにとらわれないサウンドスケープで他とは一線を画してきたtricot。その世界観はどのようにして生み出されてきたのだろうか。アルバムについてはもちろん、楽曲制作のプロセスや最近ハマっている音楽についてなど、メンバー全員からバンドの”現在”について語ってもらった。
─まず、『真っ黒』というアルバム・タイトルがインパクトありますよね。
中嶋イッキュウ(Vo, Gt):12曲目に入っている「真っ黒」から取ったんですけど、この曲がレコーディングの最後の方に出来た時、すごく印象が強くて。歌入れが終わり、アルバムのカタチが見えてきた段階で「この曲がリードでいいんじゃないか?」と満場一致で決まり、「曲名もいい感じやから、そのままアルバム・タイトルにしちゃおう」みたいな。アートワークとかMVを作る時も楽というか(笑)、アイデアがポンポン浮かんできそうな気がしたんですよね。
─確かに、アートワークも斬新です。タイトルが浮き上がっているとかでもなく本当に真っ黒なんですね、かなり攻めてる。
中嶋:タイトルが決まった時からジャケットは真っ黒にしたいなと。それがどのくらいカッコいいものになるかは、出来上がったものを見てみないと分からなかったので、それ以外のパターンも並行して作ってもらったのですが、やっぱり潔いのが一番カッコいいし、tricotらしいかなと思ってこれにしました。
─(笑)。アルバム制作中は、どんな音楽を聴いていました?
中嶋:去年はサバプロ(Survive Said The Prophet)をよく聴いていましたね。一昨年ライブに呼んでもらって、昨年は自分たちの9周年の企画ライブに出てもらったんですけど、今まであまり聴かなかった感じなのに、純粋に「かっこいいな」と思えたバンドはすごく久しぶりで。個人的にはSiMを初めてライブで観たとき以来の衝撃でした。あと、楽曲の面白さでいうとTempalayもお気に入りです。
キダ モティフォ(Gt):私は一昨年からずっと、ジ・インターネットにハマってました。昔からソウルやR&Bは好きだったんですけど、一つのバンドを掘り下げて聴くみたいなことはあまりしてなくて。でも彼らの曲は、初めて聴いた時から自分のルーツみたいな懐かしさがあって。すでに体が知っているみたいなすごく不思議な感覚があってメチャメチャ聴きましたね。ちなみに昨年、tricotのインディー時代最後の音源として出した「BUTTER」(『リピート』)は、もろ彼らの影響を受けています。
ヒロミ・ヒロヒロ(Ba):私はバンドものよりも、ステラ・ドネリーやペタルなど洋楽の女性シンガーをよく聴いていました。
吉田雄介(Dr):僕はジェイコブ・コリアー。一人でよくあんなに色んな楽器が弾けるよなって(笑)。昨年リリースされた『ジェシー Vol. 2』は色んなミュージシャンが参加しているのだけど、一人であれだけ出来る人が、人を入れるととんでもないことになるんだなと思い知らされました。
あとは、彼とコラボしたこともあるスナーキー・パピーもよく聴いています。人数が多いのにうるさくないところが好きですね(笑)。あと、ここにきて何故かレッド・ツェッペリンにもハマってました。
吉田雄介の正式加入がもたらしたもの
─今作の楽曲は、どのようなプロセスで作っていったのでしょうか。以前はキダさんが持ってきたギターリフをもとに、バンドでセッションした後イッキュウさんが歌詞とメロディを考えることが多かったそうですが。
キダ:今回はそれ以外にも、まずメロディからも作ってます。「あふれる」とかがそう。
吉田:「右脳左脳」はヒロミさんのベースから作ったよね?
ヒロミ:最初にベースフレーズがあって、そこにバンドの音を乗せていく感じで作りました。あとは大体いつも通りだったんですけど、今までみたいにインストでガッツリ完成させてからメロディを乗せるんじゃなくて、ワンコーラスくらい作った時点でボーカルを入れてもらって、そのまま進めることもあれば「これは一旦置いておこうか」と思ったら次の曲に取り掛かるなど、あまりセオリーにこだわらず作れたと思います。
中嶋:何ていうか、自分たちの曲を自分たちでコンペしているみたいな。ちょっとずつ作って置いておく余裕ができたのかもしれないですね。あと、例えば1曲目「混ぜるな危険」が1分半だったり、「低速道路」は2分ちょっとだったり、短くて中途半端な作りかけみたいな曲は、これまでのtricotにはなかったタイプです。次の曲のイントロっぽい曲は作ったことありましたけど、この2曲は初めての試みでした。
─「低速道路」は、曲調も今までにない感じだなと思いました。
中嶋:やっぱり一番大きかったのは、吉田さんが正式メンバーとして加入したことかな。それで音楽的に広がったというか。もちろん、他の3人が新たに仕入れたネタも反映されてますけど、リズムパターンに関しては吉田さんのおかげでバラエティに富んだものになりました。
─前作『3』も、2曲を除いて全て吉田さんが叩いていますが、正式メンバーとしてレコーディングに参加したのは今作からですよね。やっぱりサポートの時と意識の違いはありますか?
吉田:『3』の時ももちろん、自分の意思は投影されていますが、どちらかというと3人のやりたいことを「増幅」することに徹していました。が、今回はメンバーとしてレコーディングに臨んだので、今までよりも自分勝手に叩かせてもらってますね(笑)。テイストやジャンル感は、より自分の色を出しているつもりです。
中嶋:ゼロからイチの作業を一緒にやれている感じはありました。吉田さんのドラムが入っただけで、曲の印象がガラッと変わってまうくらい存在感があって。ドラムが要になっている曲もたくさん入っていますね。
キダ:曲作りで行き詰まった時とか、視野がどんどん狭くなっていってウウーってなって(笑)、それでも考え続けた先に次の展開が思いつく場合もあるんですけど、今作ではそこで吉田が「こういうパターンどう?」「こういうのは?」みたいに色んなリズムパターンを叩いてくれて。いい意味で客観的に引いた視点でのアイデアのおかげで、自分も色んなフレーズを試せた瞬間が結構ありました。自分では思いつかなかった道を提案してくれて、そっちに進むことで新たな展開が作れたりするのはありがたいですね。
─ちなみに吉田さんは、どんな音楽に影響を受けてきたのですか?
吉田:ロックやファンクのバンドで叩いていたこともあるんですけど、サルサのような中南米系の音楽をどっぷりやっていた時期があって。ワールドミュージックが好きなんですよね。インド音楽とかも聴きますし、アレンジに煮詰まった時など、そういうところの引き出しからアイデアを引っ張ってくることが多いです。逆に、ポストロックとかマスロックとかはそんなに通っていないので、いい意味でそっちに寄りすぎないかなと思っていますね(笑)。
中嶋イッキュウの歌詞の世界
─イッキュウさんの歌詞は、シュールでアブストラクト、それでいながらどこかポップな印象ですが、いつもどうやって書いているのですか?
中嶋:基本的には、バンドでセッションして出来上がったインストを聴いて、音につられて言葉とメロディがダダ漏れする感じ(笑)。なので、自分でも後から読み返してみて「どういう意味なんやろ?」「全然わからへん」って思うくらい、フワフワしているんです。
─例えば、後から言葉を選び直すこともあるのですか?
中嶋:いや、歌詞は誰かに言われるまで全然直さないですね。なんか、直していくとどんどん辻褄を合わせたり、意味を持たせたりしてしまうじゃないですか。そうすると全部変えないといけなくなっちゃうので、意味不明なところは意味不明のまま出していますね。でも、後からライブとかで歌っていると急に意味が分かったりすることもあって。それはすごく不思議な感覚です。ちなみにタイトル曲「真っ黒」の歌詞とかは、自分でもまだ全然分かってないです(笑)。
─さっき、ヒロミさんのベースきっかけで作ったと言っていた「右脳左脳」は、歌詞の”右脳左脳がバトルしている”というフレーズが、まさにtricotの音楽性をそのまま表している気がしました。
中嶋:確かに(笑)。この曲は「よそいき」(『3』収録曲)みたいにしようって言ってなかったっけ?
ヒロミ:そうだね。作り始めてから、そういう立ち位置の曲になりそうやなって思って。
─「あふれる」の歌詞も、バンドのスタンスを表明するような歌詞ですよね。
中嶋:この曲はメジャーデビューシングルだったので「これぞtricot」みたいな曲が欲しいとスタッフからのリクエストもあり、自分たちの今までの曲を改めて分析してみました。「やっぱり疾走感のある曲がいいよな」とか、「こういう曲の、こういう部分がテンション上がるよな」とか、ライブでの感触なんかも思い出しながら作っていきましたね。さっきも言ったように、この曲はtricotではおそらく初めてメロディから作っていて、そういう新しいチャレンジも楽しかったです。
─「なか」は、ちょっとジャズっぽい要素やネオソウルっぽいタメの効いたリズム感、ダビーなサウンド・プロダクションなど新機軸ともいえる要素が散りばめられていますよね。
中嶋:この曲は、キダさんがギターをルーパーで重ねながらアンサンブルを広げ、そこにドラムやベースをセッションで重ねていきました。「ここはAメロっぽい」「ここはサビっぽい」「さっきのところに、今のセクションを繋げたらいい感じになりそう」みたいな感じでワンコーラス分だけまず作り、そこに歌を乗せてから次の展開を考えて……というふうにリレー方式で仕上げましたね。
「秘蜜」で見せた新境地
─スタジオのセッションと、DAWソフトでのポストプロダクションを繰り返しながら作っていく感じですか?
中嶋:そうです。DAWソフトは携帯にインストールしてあるガレバン(GarageBand)を使っているんですけど、みんながスタジオ入りする1時間前に私一人がまずスタジオに入って前回のスタジオ音源に(GarageBandで)歌を入れて、そのデータをメールでメンバーに送り、「この続きを、このあとスタジオでやりましょう」みたいな。
─最初にDAWでデモを作ってバンドでブラッシュアップしたり、スタジオでセッションしながら仕上げていったりするバンドは多いと思うんですけど、そうやってリレー方式でアレンジを詰めていくのは結構珍しいパターンかもしれないですね。
中嶋:確かに。アナログなんだかデジタルなんだかよく分からないですよね(笑)。私は結構、コツコツ作業するのも好きなんです。みんなでやると、ちょっと気を使ってしまうというか。みんなの時間を使ってしまうのも悪いなと思うので、こういうやり方が向いているのだと思います。
吉田:ドラムに関しては、ブレイクビーツっぽいノリを出したいなと思って、人じゃなくて機械のつもりで叩いてましたね。ネオソウルっぽいフレーズだけど、音色はそうじゃない感じ……打ち込み間違えたような雰囲気が出たらいいなと思いました(笑)。全体的にあまり今っぽくないドラムの音色に、今回は敢えてしているんです。ぱっと聴きは気づかないかも知れないけど、よく聞くと「なんかおかしいぞ?」みたいな。
─そして、今回もキダさんのフリーキーなギターが満載です。こうしたフレーズはいつもどんなふうに思いつくのですか?
キダ:Twitterで呟くくらいの軽いノリで、「ちょっと一言だけ」みたいなフレーズを思いついたらボイスメモにどんどんストックしていて。曲を作るときは、その中から良さそうなものを広げていく感じです。ただ、自分一人で最初から最後までどうにかすることはしてなくて。それ(ギターのフレーズ)を聴いて、みんなが思いついたアレンジをどんどん入れて欲しいんです。なので、セッションで作る方が、自分は向いているなと思っています。
中嶋:私は「秘蜜」のアレンジが好きですね。ギターもベースもドラムも面白いし、tricotの曲としてはちょっと新しさもあって。展開でバーンとやっちゃってるのはtricotっぽいなと思うんですけど(笑)、そこから開けていく展開がすごく気に入っています。その前のサビと、それ以降のサビが全く別物のアレンジというか。メロは同じなのに、部屋の中と外くらい景色が変わっているんですよね。
ヒロミ:「ワンシーズン」も「秘蜜」に通じるところがあるかも知れない。ベースと歌から始まるのも今までになかったパターンで新鮮やし、全体的な空気感もちょっとダークな感じが気に入っています。
─今年はバンド結成10周年という節目の年でもありますが、最後にこれからの展望をお聞かせください。
中嶋:たまたまこの時期に合わせてメジャーデビューしたわけではないんですけど、その前に吉田さんが入って4人体制になり、海外にも一通り行って、日本も47都道府県をこのメンバーで回れたし、バンドも周囲の環境も固まりつつ、どんどん広がっている感じがします。なので2020年は、この先の活動も楽しみになるようなスタートを切れるといいなと思っています。
<INFORMATION>
『真っ黒』
tricot
8902ECORDS
1月29日発売
タイトルもバンド名も表記されていない、文字通り「真っ黒」なジャケットが強烈なインパクトを放つ本作は、摩訶不思議なギター・オーケストレーションや複雑怪奇なリズム・セクションによる変態的なアンサンブルと、シュールでポップな歌詞の世界が絡み合う「これぞtricot!」と快哉を叫びたくなるような「あふれる」はもちろん、ヒップホップ~ネオソウル的なグルーヴを取り込んだ「なか」や、シティポップ~サイケの流れを組んだ「低速道路」など、彼らにとって新機軸ともいえる楽曲も散りばめられており、結成10年にしてなお進化し続ける姿にただただ圧倒される。
おそらくそれは、前作『3』でも全面的にバックアップし、今作から正式メンバーとして加入したドラマー吉田雄介の貢献もかなり大きかったはずだ。
ポストロック~マスロックを基調としながら、それにとらわれないサウンドスケープで他とは一線を画してきたtricot。その世界観はどのようにして生み出されてきたのだろうか。アルバムについてはもちろん、楽曲制作のプロセスや最近ハマっている音楽についてなど、メンバー全員からバンドの”現在”について語ってもらった。
─まず、『真っ黒』というアルバム・タイトルがインパクトありますよね。
中嶋イッキュウ(Vo, Gt):12曲目に入っている「真っ黒」から取ったんですけど、この曲がレコーディングの最後の方に出来た時、すごく印象が強くて。歌入れが終わり、アルバムのカタチが見えてきた段階で「この曲がリードでいいんじゃないか?」と満場一致で決まり、「曲名もいい感じやから、そのままアルバム・タイトルにしちゃおう」みたいな。アートワークとかMVを作る時も楽というか(笑)、アイデアがポンポン浮かんできそうな気がしたんですよね。
─確かに、アートワークも斬新です。タイトルが浮き上がっているとかでもなく本当に真っ黒なんですね、かなり攻めてる。
中嶋:タイトルが決まった時からジャケットは真っ黒にしたいなと。それがどのくらいカッコいいものになるかは、出来上がったものを見てみないと分からなかったので、それ以外のパターンも並行して作ってもらったのですが、やっぱり潔いのが一番カッコいいし、tricotらしいかなと思ってこれにしました。
色んなところで「表示エラーなんじゃないか?」って言われてる気がしますね、avexさんすみません……という感じです(笑)。
─(笑)。アルバム制作中は、どんな音楽を聴いていました?
中嶋:去年はサバプロ(Survive Said The Prophet)をよく聴いていましたね。一昨年ライブに呼んでもらって、昨年は自分たちの9周年の企画ライブに出てもらったんですけど、今まであまり聴かなかった感じなのに、純粋に「かっこいいな」と思えたバンドはすごく久しぶりで。個人的にはSiMを初めてライブで観たとき以来の衝撃でした。あと、楽曲の面白さでいうとTempalayもお気に入りです。
キダ モティフォ(Gt):私は一昨年からずっと、ジ・インターネットにハマってました。昔からソウルやR&Bは好きだったんですけど、一つのバンドを掘り下げて聴くみたいなことはあまりしてなくて。でも彼らの曲は、初めて聴いた時から自分のルーツみたいな懐かしさがあって。すでに体が知っているみたいなすごく不思議な感覚があってメチャメチャ聴きましたね。ちなみに昨年、tricotのインディー時代最後の音源として出した「BUTTER」(『リピート』)は、もろ彼らの影響を受けています。
ヒロミ・ヒロヒロ(Ba):私はバンドものよりも、ステラ・ドネリーやペタルなど洋楽の女性シンガーをよく聴いていました。
吉田雄介(Dr):僕はジェイコブ・コリアー。一人でよくあんなに色んな楽器が弾けるよなって(笑)。昨年リリースされた『ジェシー Vol. 2』は色んなミュージシャンが参加しているのだけど、一人であれだけ出来る人が、人を入れるととんでもないことになるんだなと思い知らされました。
あとは、彼とコラボしたこともあるスナーキー・パピーもよく聴いています。人数が多いのにうるさくないところが好きですね(笑)。あと、ここにきて何故かレッド・ツェッペリンにもハマってました。
吉田雄介の正式加入がもたらしたもの
─今作の楽曲は、どのようなプロセスで作っていったのでしょうか。以前はキダさんが持ってきたギターリフをもとに、バンドでセッションした後イッキュウさんが歌詞とメロディを考えることが多かったそうですが。
キダ:今回はそれ以外にも、まずメロディからも作ってます。「あふれる」とかがそう。
吉田:「右脳左脳」はヒロミさんのベースから作ったよね?
ヒロミ:最初にベースフレーズがあって、そこにバンドの音を乗せていく感じで作りました。あとは大体いつも通りだったんですけど、今までみたいにインストでガッツリ完成させてからメロディを乗せるんじゃなくて、ワンコーラスくらい作った時点でボーカルを入れてもらって、そのまま進めることもあれば「これは一旦置いておこうか」と思ったら次の曲に取り掛かるなど、あまりセオリーにこだわらず作れたと思います。
中嶋:何ていうか、自分たちの曲を自分たちでコンペしているみたいな。ちょっとずつ作って置いておく余裕ができたのかもしれないですね。あと、例えば1曲目「混ぜるな危険」が1分半だったり、「低速道路」は2分ちょっとだったり、短くて中途半端な作りかけみたいな曲は、これまでのtricotにはなかったタイプです。次の曲のイントロっぽい曲は作ったことありましたけど、この2曲は初めての試みでした。
─「低速道路」は、曲調も今までにない感じだなと思いました。
中嶋:やっぱり一番大きかったのは、吉田さんが正式メンバーとして加入したことかな。それで音楽的に広がったというか。もちろん、他の3人が新たに仕入れたネタも反映されてますけど、リズムパターンに関しては吉田さんのおかげでバラエティに富んだものになりました。
─前作『3』も、2曲を除いて全て吉田さんが叩いていますが、正式メンバーとしてレコーディングに参加したのは今作からですよね。やっぱりサポートの時と意識の違いはありますか?
吉田:『3』の時ももちろん、自分の意思は投影されていますが、どちらかというと3人のやりたいことを「増幅」することに徹していました。が、今回はメンバーとしてレコーディングに臨んだので、今までよりも自分勝手に叩かせてもらってますね(笑)。テイストやジャンル感は、より自分の色を出しているつもりです。
中嶋:ゼロからイチの作業を一緒にやれている感じはありました。吉田さんのドラムが入っただけで、曲の印象がガラッと変わってまうくらい存在感があって。ドラムが要になっている曲もたくさん入っていますね。
キダ:曲作りで行き詰まった時とか、視野がどんどん狭くなっていってウウーってなって(笑)、それでも考え続けた先に次の展開が思いつく場合もあるんですけど、今作ではそこで吉田が「こういうパターンどう?」「こういうのは?」みたいに色んなリズムパターンを叩いてくれて。いい意味で客観的に引いた視点でのアイデアのおかげで、自分も色んなフレーズを試せた瞬間が結構ありました。自分では思いつかなかった道を提案してくれて、そっちに進むことで新たな展開が作れたりするのはありがたいですね。
─ちなみに吉田さんは、どんな音楽に影響を受けてきたのですか?
吉田:ロックやファンクのバンドで叩いていたこともあるんですけど、サルサのような中南米系の音楽をどっぷりやっていた時期があって。ワールドミュージックが好きなんですよね。インド音楽とかも聴きますし、アレンジに煮詰まった時など、そういうところの引き出しからアイデアを引っ張ってくることが多いです。逆に、ポストロックとかマスロックとかはそんなに通っていないので、いい意味でそっちに寄りすぎないかなと思っていますね(笑)。
中嶋イッキュウの歌詞の世界
─イッキュウさんの歌詞は、シュールでアブストラクト、それでいながらどこかポップな印象ですが、いつもどうやって書いているのですか?
中嶋:基本的には、バンドでセッションして出来上がったインストを聴いて、音につられて言葉とメロディがダダ漏れする感じ(笑)。なので、自分でも後から読み返してみて「どういう意味なんやろ?」「全然わからへん」って思うくらい、フワフワしているんです。
「あふれる」や「potage」は、その中でも比較的わかりやすい方かなとは思うんですけど。選んでいる言葉がどの曲も印象深いというか、メッセージが強い感じがあるので、今回はそういう気持ちが強かったんだなと自分では思います。
─例えば、後から言葉を選び直すこともあるのですか?
中嶋:いや、歌詞は誰かに言われるまで全然直さないですね。なんか、直していくとどんどん辻褄を合わせたり、意味を持たせたりしてしまうじゃないですか。そうすると全部変えないといけなくなっちゃうので、意味不明なところは意味不明のまま出していますね。でも、後からライブとかで歌っていると急に意味が分かったりすることもあって。それはすごく不思議な感覚です。ちなみにタイトル曲「真っ黒」の歌詞とかは、自分でもまだ全然分かってないです(笑)。
─さっき、ヒロミさんのベースきっかけで作ったと言っていた「右脳左脳」は、歌詞の”右脳左脳がバトルしている”というフレーズが、まさにtricotの音楽性をそのまま表している気がしました。
中嶋:確かに(笑)。この曲は「よそいき」(『3』収録曲)みたいにしようって言ってなかったっけ?
ヒロミ:そうだね。作り始めてから、そういう立ち位置の曲になりそうやなって思って。
アルバムの中でいいアクセントになったなと思います。
─「あふれる」の歌詞も、バンドのスタンスを表明するような歌詞ですよね。
中嶋:この曲はメジャーデビューシングルだったので「これぞtricot」みたいな曲が欲しいとスタッフからのリクエストもあり、自分たちの今までの曲を改めて分析してみました。「やっぱり疾走感のある曲がいいよな」とか、「こういう曲の、こういう部分がテンション上がるよな」とか、ライブでの感触なんかも思い出しながら作っていきましたね。さっきも言ったように、この曲はtricotではおそらく初めてメロディから作っていて、そういう新しいチャレンジも楽しかったです。
─「なか」は、ちょっとジャズっぽい要素やネオソウルっぽいタメの効いたリズム感、ダビーなサウンド・プロダクションなど新機軸ともいえる要素が散りばめられていますよね。
中嶋:この曲は、キダさんがギターをルーパーで重ねながらアンサンブルを広げ、そこにドラムやベースをセッションで重ねていきました。「ここはAメロっぽい」「ここはサビっぽい」「さっきのところに、今のセクションを繋げたらいい感じになりそう」みたいな感じでワンコーラス分だけまず作り、そこに歌を乗せてから次の展開を考えて……というふうにリレー方式で仕上げましたね。
「秘蜜」で見せた新境地
─スタジオのセッションと、DAWソフトでのポストプロダクションを繰り返しながら作っていく感じですか?
中嶋:そうです。DAWソフトは携帯にインストールしてあるガレバン(GarageBand)を使っているんですけど、みんながスタジオ入りする1時間前に私一人がまずスタジオに入って前回のスタジオ音源に(GarageBandで)歌を入れて、そのデータをメールでメンバーに送り、「この続きを、このあとスタジオでやりましょう」みたいな。
─最初にDAWでデモを作ってバンドでブラッシュアップしたり、スタジオでセッションしながら仕上げていったりするバンドは多いと思うんですけど、そうやってリレー方式でアレンジを詰めていくのは結構珍しいパターンかもしれないですね。
中嶋:確かに。アナログなんだかデジタルなんだかよく分からないですよね(笑)。私は結構、コツコツ作業するのも好きなんです。みんなでやると、ちょっと気を使ってしまうというか。みんなの時間を使ってしまうのも悪いなと思うので、こういうやり方が向いているのだと思います。
吉田:ドラムに関しては、ブレイクビーツっぽいノリを出したいなと思って、人じゃなくて機械のつもりで叩いてましたね。ネオソウルっぽいフレーズだけど、音色はそうじゃない感じ……打ち込み間違えたような雰囲気が出たらいいなと思いました(笑)。全体的にあまり今っぽくないドラムの音色に、今回は敢えてしているんです。ぱっと聴きは気づかないかも知れないけど、よく聞くと「なんかおかしいぞ?」みたいな。
─そして、今回もキダさんのフリーキーなギターが満載です。こうしたフレーズはいつもどんなふうに思いつくのですか?
キダ:Twitterで呟くくらいの軽いノリで、「ちょっと一言だけ」みたいなフレーズを思いついたらボイスメモにどんどんストックしていて。曲を作るときは、その中から良さそうなものを広げていく感じです。ただ、自分一人で最初から最後までどうにかすることはしてなくて。それ(ギターのフレーズ)を聴いて、みんなが思いついたアレンジをどんどん入れて欲しいんです。なので、セッションで作る方が、自分は向いているなと思っています。
中嶋:私は「秘蜜」のアレンジが好きですね。ギターもベースもドラムも面白いし、tricotの曲としてはちょっと新しさもあって。展開でバーンとやっちゃってるのはtricotっぽいなと思うんですけど(笑)、そこから開けていく展開がすごく気に入っています。その前のサビと、それ以降のサビが全く別物のアレンジというか。メロは同じなのに、部屋の中と外くらい景色が変わっているんですよね。
ヒロミ:「ワンシーズン」も「秘蜜」に通じるところがあるかも知れない。ベースと歌から始まるのも今までになかったパターンで新鮮やし、全体的な空気感もちょっとダークな感じが気に入っています。
─今年はバンド結成10周年という節目の年でもありますが、最後にこれからの展望をお聞かせください。
中嶋:たまたまこの時期に合わせてメジャーデビューしたわけではないんですけど、その前に吉田さんが入って4人体制になり、海外にも一通り行って、日本も47都道府県をこのメンバーで回れたし、バンドも周囲の環境も固まりつつ、どんどん広がっている感じがします。なので2020年は、この先の活動も楽しみになるようなスタートを切れるといいなと思っています。
<INFORMATION>
『真っ黒』
tricot
8902ECORDS
1月29日発売
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