2010年代の音楽を考えるうえで、定額制配信サービスの普及は欠かせない。すでに全米では売上の75%を占め、ビジネスからコンテンツ、視聴スタイルまでCD時代の常識を塗り替えてきた。


Apple Musicのラジオ局「Beats 1」でDJ兼クリエイティブ・ディレクターを務めるゼイン・ロウも、その可能性を信じる一人。本邦初の電話インタビューで、ストリーミングの「聴き放題」がもたらした変化と、思い描く未来像を語ってもらった。

ストリーミング時代のラジオでゼイン・ロウの哲学はどう変わった?

ー2003~2010年頃、日本からオンラインでBBC Radio 1にアクセスし、あなたの番組をチェックしていた日々は特別な体験でした。いつもジャンルや新旧、アンダーグラウンドからメインストリームを問わず選曲していましたよね。ニルヴァーナがかかったかと思えば、ペンドゥラムやプラン・B、リンプ・ビズキットもかかったりする。

ゼイン:嬉しいよ、ありがとう。

ーそういう原体験がある私からすると、あなたがBeats 1に移った今も世界中のリスナーに最高の曲を届けているのは自然の成り行きのように見えます。あなたにとってもそう思えるプロセスだったのでは?

ゼイン:いや、実はそうである部分と、そうでない部分があったんだ。ロンドンでやってたラジオ番組からの流れを汲み、さらに幅広い音楽を取り入れたプログラミングをする、という意味では自然なことだった。もともと、僕がやって来た番組のクロスジャンル的な……仮にジャンルがあるとすれば”great”だっていう考え方を気に入ってもらえたからこそ、僕に声がかかったわけで。ジミー・アイオヴィンがいつも言ってたのは、何はともかく”greatな”ものでなきゃダメだってこと。つまりジャンルを自ら狭め、縮こまってしまってはいけない。
それより、いいものを作ることだけ考えるべきだと。その部分は僕の考えと一緒だったんだ。

ゼイン・ロウが語る2010年代「音楽の環境はより健全になり、人々の意識も変わった」

Beats 1
Apple Musicと共に開設されたラジオ局。ロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドン在住のAppleのDJたちが24時間年中無休でライブ配信しており、Apple Musicのサブスクリプションがなくても聴くことができる。エルトン・ジョンの「Rocket Hour」、フランク・オーシャンの「Blonded Radio」、チャーリーXCXの「The Candy Shop」といった著名アーティスト/DJ がパーソナリティを務めるライブ番組、独占インタビューのほか、世界各地の最新の音楽事情が楽しめる。2019年8月には、星野源が自身の番組「Pop Virus Radio」で日本人初のホストを務めた。

ーでは、考えが異なっていた部分というのは?

ゼイン:僕はもともとラジオ、テレビ、レコーディング・スタジオでずっとやってきた人間なので、アーティストやバンドとの音楽や情報の共有、ディストリビューション、関係性というのは、ニュートラルな空間に存在してると思ってたんだ。というか、それに慣れていたし、Radio 1でやってた時も全体のタイムラインの中で自分達がどういう役目を負っているかわかっていた。ところが(Apple Musicに来て)すぐに気づいたのは、ストリーミング・サービスの透明性が、僕らとアーティスト、そしてサブスクライバーであるファンとの距離を、「こんなに?」と思えるほど近いものにしていることだった。その結果、これまでのように待ってられなくなった。音楽が手渡されるのを待ってるわけにはいかない、アーティストを待たせることもできない。すべてがより速く、アーティスト主導でなきゃだめなんだ。
アーティストが出したいと思う時に出せる、ファンが聴きたいと思う時に聴ける場がストリーミングだということ。その辺がこれまでとは考え方を変える必要があった点かな。似ている点もいっぱいあったけど、「どこで」それを行うかが違うんだ。

ーサブスクリプションで聴くことが当たり前になっている今、プレイリストだけでは表現できない「文脈」をラジオは伝えることができますよね。あなた自身はリスナーとして、ラジオからどういった影響を受けてきたんでしょうか? 

ゼイン:ニュージーランドにいた頃、当時ロンドンに住んでた兄貴がティム・ウェストウッドのRap Showを録音して送ってくれて、それをテープがダメになるまで聴いていた。ジャイルス・ピーターソンからの影響も大きかった。そして、当然ながらジョン・ピール。彼は音楽に対する恐れが一切ないんだ。そのおかげで大勢のアーティストをブレイクさせてきた。「John Peel Sessions」はニュージーランドでも聴けたから、本当に愛聴したものだよ。僕は子どもの頃からラジオが大好きだった。ごくパーソナルな体験ができるというのもあるけど、それ以上に自分のクリエイティヴィティを発揮する場と捉えていたんだ。
スタジオでレコードを作ることの延長にラジオがあった。ラジオでかかることで、音楽をさらに特別なものにしたいっていうか……。

ーというと?

ゼイン:ライブ・ミックステープというか、DJセットみたいな感覚の番組を昔から作りたかったんだ。そこでは何が起こってもいい! 1曲から次の曲へと続いていく感覚……Beats 1はそういうステーションであってほしい。僕にチャンスをくれたジミー・アイオヴィンもそうだし、Apple Musicのスタッフもよりディープな音楽体験を求めている。ディストリビューション・モデルとしてのストリーミングは本当に素晴らしい。あらゆるものが同時に手に入るし、アルゴリズムもよく出来ている。そこにいけば音楽があり、発見できるものがある。さらに重要なのは、人間がレコメンドする音楽のガイダンスだ。しかも僕やエブロ・ダーデン、ジュリー・アディヌーガ、マット・ウィルキンソンといったDJだけじゃなくて、エルトン・ジョンまで曲を選んでくれるんだもの。Q・ティップもそう! セイント・ヴィンセント、ビリー・アイリッシュ、ドレイク、ザ・ウィークエンド、フランク・オーシャン……こういったアーティストたちが、愛情を込めて自分の番組を作り上げてくれた。彼らはみんな、リスナーをエキサイティングな音楽に導きたい、みんなが知らない音楽があることを知らせ、夢中にさせたいと思っている。


今日もさっきまで「blonded RADIO」を聴いてたんだ。そしたらアラン・トゥーサンまでかかってね。フランク・オーシャンや(共同ホストの)ルーフ・アクセスの選曲は「僕のために」かけてくれてるんじゃないかと思うほどディープだった。そんなふうにリスナーとコネクトしてシェアできる場を、僕らはアーティストのために作りたいんだ。リスナーは気に入ったらライブラリに加える。そうすればアルゴリズム自体に影響を与えることになるわけだ。しかもその影響は双方に及ぶ。それって最高じゃないか!

「音楽への恩返し」インタビュアーとしての信念

ーあなたは昔から曲をかけるだけではなく、アーティストのインタビューにも力を注いできましたよね。スタジオの中でやることもあれば、電話を通してやることもある。インタビューを行う際、あなたが大事にしていることは何ですか?

ゼイン:僕が大事にしているのは、そのアーティストが何を言いたいのか――つまり彼らの「真実」。彼らが今という時間の中でどういう位置に立っているのか、もしくは腰掛けているのか。それを言葉にして伝え、ファンとストーリーをシェアする手助けをするのが僕に与えられた機会なんだ。
その意義を真剣に受け取め、ありがたく思ってやっているよ。インタビューをする時は、まずは音楽から入っていく。音楽を聴いて受けるインスピレーションを入口として、そこからアーティストの中に入り込み、人間的なストーリー、彼らが一人の人間として言いたいことにたどり着けるようなインタビュアーでありたい。DJを始めた頃は、音楽づくりのプロセスばかりに目が向いていた。でも今はそのアーティスト側の視点に思いを寄せて、「何がこういう音楽を作らせたのだろう?」と考えるようになった。そのストーリーをアーティストが心を開いて喋ってくれるよう、それをなるべく多くファンに知ってもらえるよう、できる限りの”honesty(誠意)”と”curiosity(好奇心)”を、たとえ一瞬だとしても忘れない。それから、みんなが知りたいと思ってる好奇心を満たしながらも、アーティストに対する健全な程度の”empathy(共感、理解)”を大切に。いつもそう思っているよ。

ーあなたがBeats 1に移ってきたばかりの頃、リック・ルービンにインタビューしていたのが今も印象に残っています。

ゼイン:あれはRadio1の最後の頃だよ。Shangri-La(リックのスタジオ)のツアーをしてもらった時だね。

ーそうでしたか。
他にも大勢のアーティストにインタビューしてきたと思いますが、強く印象に残っている人を挙げてもらえますか。

ゼイン:いっぱいあるけど、ジェイ・Zとの対話はどれも印象深い。インタビュー相手として本当に興味深く誠実で魅力的なので、彼と話す機会をいつも楽しみにしている。2013年にイギリスで行ったカニエ・ウェストとのインタビューもよく覚えてるよ。Beats 1に移ってからだとアデル。とても深いところまで掘り下げられた、忘れられないインタビューだった。ウィークエンドにようやく話を聞けた時のことも忘れられないよ。あれはいまだに彼がカメラの前で行った唯一のインタビューなんだ。スタジオで話し始めて6分くらいで、すごくいい話ができていると自分たちでも感じた。彼から「もうインタビューは始まってたの?」と聞かれたくらいさ。そのくらい、自然に会話が成り立っていた。

ー素晴らしいエピソードばかりですね。

ゼイン:カニエとは今年、ワイオミング州でまた話を聞くことができたよ。他にも2019年だったらトム・ヨーク、ボン・イヴェールとのインタビューが印象的だ。レディー・ガガとの初めての会話も、お気に入りの一つだよ。そう考えると、本当に恵まれていると思う。相手と腹を割って話すことでこちらも多くを学べるからね。何百万もの人々にインスピレーションを与えるような音楽を作れるアーティストっていうのは、やっぱり人間としても魅力的なのさ。僕にとって音楽は、若い頃からずっと友人のような存在だった。つらい時期を乗り越えられたのも音楽のおかげだ。逆に人生の誇らしい瞬間を彩ってくれたサントラでもあった。だから、そんな音楽にお返しがしたいんだ。アーティストとファンの相互関係を築く手伝いをすることでね。そのインタビューがアーティストやファンにとっても、僕自身にとっても、音楽を体験する上での価値をプラスするものになってほしいんだよ。

グローバル化がもたらす可能性「星野源はすごい才能」

ーApple Musicではアメリカやイギリスの音楽だけでなく、アフリカやアジアなど世界各地の音楽も揃っています。コリィ・テイラー(スリップノット)のプログラムでBABYMETALの「KARATE」がかかったとき、Beats 1は文字通りグローバルなラジオ局なのだと実感しました。

ゼイン:まだ始まったばかりだけど、すでに「こんなすごいことってある!?」と言いたくなるような経験をさせてもらっているよ。昔から多くの人々が、世界の遠い地域にもエキサイティングな音楽があるに違いないと探し続けてきたわけだけど、今ではストリーミングにおけるグローバル・ディストリビューションのおかげで、ひとつフリックするだけでそういう音楽を発見できる。誰かに決めてもらわなくてもね。「誰か」というのはレーベルだったり、レコードショップだったり。君も言うように、ストリーミングはグローバルな体験スペースだ。今や世界中からスーパースターが生まれている。日本、韓国、南アフリカ、ラテンの世界、ヨーロッパ全土……フランスではPNLが大成功しているし、日本のBAD HOPが向こう1年間で巻き起こす旋風もすごいことになると思うよ。

(ラテン系の)バッド・バニー、オズナ、J・バルヴィン、アフリカのバーナ・ボーイ、BLACKPINK、オーストラリアのギャング・オブ・ユース――彼らは長いこと、自分たちの国や地域で強力なストーリーを築き上げてきた。それが今や世界のあらゆるところで聴けるんだ。Apple Musicがあれば、どこにでも連れて行ってもらえる、なんでも聴けるんだもの。「世界には他にどんなエキサイティングな音楽があるんだろう?」と僕の好奇心はとどまることがないんだよ。しかも毎週のように、世界中の新しいアーティストに出会える。Beats 1はスタート当初からそれをモットーにしてきた。Apple Musicとともに、全世界の音楽のストーリーをリスナーに提供し、作りあげていこうと。ドメスティックだけでなく、グローバルなレベルでね。

ーこの記事が載る雑誌のカバーを飾るのは星野源です。あなたの番組にもゲストで出演していましたが、彼の音楽についてどう思いますか?

ゼイン:ゲンが日本で大スターだっていうのは以前から知ってたよ。でも新しいEP『Same Thing』を聴いて本当にぶっ飛ばされたんだ。スーパーオーガニズムとの曲は最高だし、「Aint Nobody Know」というR&Bっぽい曲もすごくよかった。成功して当然の、すごい才能の持ち主だと思う。ゲンとのケースも、グローバルな体験としてのストリーミングの良い例だ。Apple Music Japanのセンスのいいスタッフが「ゲン・ホシノって知ってる?」と紹介してくれて「いいね!」と話は進んだ。互いに何かをしたいという気持ちが、こういう素晴らしいコラボレーションの場を作ってくれる。(くしゃみ)ごめん、今のは息子。車に乗ってるんだ。ポケモンGOをやってるよ。

ゼイン・ロウが語る2010年代「音楽の環境はより健全になり、人々の意識も変わった」


ー(笑)。

ゼイン:とにかく美しいコラボレーションさ。ゲンの曲をポスト・マローンとサマー・ウォーカーの間にかけるのは、完全に理にかなっている。こんなエキサイティングなラジオ番組はない、というくらいに。あとはBAD HOPに夢中だよ。ヒップホップが日本人にコネクトし、大きな変革を起こしていると聞いて嬉しいね。さっき君が名前を挙げたBABYMETALも、オルタナティブなグループの中で、最もエキサイティングなライブアクトの一つだと言っていい。

ゼイン・ロウから見た2010年代「今ほどエキサイティングな時代はない」

ー2010年代の音楽シーンを、あなたはどう総括しますか?

ゼイン:いい質問だね。実際、歴史上で最も大きく変化した10年だったんではないだろうか。アーティストとファンの関係が最もヘルシーでエキサイティング、そして直接的になった10年だったと思う。対話としての音楽の環境はより健全になり、人々の意識も変わった。ここ10年でアーティストは自分の本音をずっと素直に表せるようになり、透明性が深まった。特に、(ひと昔前まで)オープンになることに不安があったようなことに関しても、今では音楽やアーティストの方がずっとオープンにそのことを口にしていて、それが「何が社会的に認められ、正しいのか?」という概念そのものを変えた。まさに音楽が先頭に立って社会を導いていたのがこの10年だった。

ーおっしゃる通りです。

ゼイン:それ以外にも、アーティストのキャリアを築く方法そのものが、この10年でずっとアーティスト寄りになった。そして2000年には明らかになっていたことだが、ファンとアーティストが本当に求めているのは、自分たちが「どう音楽を聴くか」「何を聴くか」「どうやってその音楽を手に入れるか」を自分たちでコントロールするということ。それがストリーミングによって、ずっと合法的に可能になった。今では、そんな彼らの「願望」を中心に音楽業界そのものが作られるようになり、所有権も移った。そうやって出来上がったフリースペースでは、アーティストとファンが直接出会い、知り合い、信頼関係を築き上げている。そんな環境や出会いの中からキャリアを築き、新しいビジネスが生まれることもある。ミレニアムを迎えた時点では、そんなアーティストとファンの対話に、業界がどう関与できるのかという部分で、一種の摩擦も起きた。そのことで音楽そのものがちょっと停滞してしまったところがある。どちらにとっても決して安定した時代でないことは変わらないのだけどね。でも、ものすごい速さで動く、エキサイティングな今の状況を見ると、これから先は進むしかないと思う。ここ10年のように停滞することはないはずだ。

ー話を聞いているうちに、これから音楽がどうなっていくのか楽しみになってきました。

ゼイン:今ほど音楽のファンであること、そしてアーティストであることがエキサイティングな時代はないんじゃないかな。僕はそう信じて疑わないよ。

ゼイン・ロウが選ぶ、2019年のベストアーティスト

・ビリー・アイリッシュ

ゼイン・ロウが語る2010年代「音楽の環境はより健全になり、人々の意識も変わった」


若いのにクリエイティヴで、自分のヴィジョンを持ち、それを兄と家族というごく少人数の人間だけで作り上げているのはすごいよね。ディテールにこだわり、自分たちのヴィジョンを形にして届けることを何よりも大事にしているからこそ、そんな思いやりがファンにも届く。曲も素晴らしいよ。彼女のソングライティングには透明性がある。嘘を言わないんだ。それが若い世代だけでなく、あらゆる年齢層から支持されている理由じゃないかな。そしてハードワーカーだ。2019年という時代にアーティストとしていかに存在すべきか、その素晴らしい見本だと思う。

Zane Lowe (ゼイン・ロウ)
1973年生まれ、ニュージーランド出身。グラミー賞ノミネート歴を誇るプロデューサー兼DJ。MTV UK、XFMに在籍したあと、英国BBC「Radio 1」で13年間に渡って番組のホストを務め、アデルやエド・シーランのブレイクに貢献。2015年にAppleの音楽部門に移り、Apple MusicとBeats 1を統括するグローバルクリエイティブディレクターとして活躍中。自身で編成しているオリジナル番組は、世界100カ国以上でオンエア。ニッキー・ミナージュ、ザ・ウィークエンド、エルトン・ジョン、チャーリーXCX、フランク・オーシャンなど、アーティストがホストを務める番組も統括している。

Edited by Toshiya Oguma
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