この春、多才なラッパー・田村なみちえは東京藝術大学を首席で卒業した。

亀を片手に地元・茅ヶ崎の小出川のほとりでラップするMV「おまえをにがす」を見たとき、あまりのシュールさに笑いながらも私は何を笑っているのだろうというような、なんとも言えない気分が湧き上がった。
重低音のベースが効いたトラックにのせ「逃す」「苦い」「何が」という言葉が繰り返されることで差別語「nigga」が浮かび、はっとする。

ユーモアと高い批評性を持った楽曲は、リスナーである私達のこれまでとこれからの振る舞いに鋭い光を当てる。ライフワークである着ぐるみの制作や文芸誌への寄稿に加え、3月7日に行われたライブでは親交のある鎮座DOPENESS、兄のNASA、妹のまなと共作したキレのいい新曲「UNKOHINERIDASHIT」を発表するなど勢いは止まらない。

「藝大に入って周りから外国人いじりをされたり『ナマステ』って挨拶されたりして、お前らがやってる茶化しは全然面白くないよということを『国人ラップ』という曲にして2016年の大学祭で発表したのがラッパーとして最初のパフォーマンスでした。

元々、皮肉やブラックジョークが好きなんです。特に『ごっつええ感じ』が好きで中学生の頃にTSUTAYAで借りて全部見ました。差別を逆手に取るようなヒップホップ文化はその頃勉強していたコンセプチュアルアートとの相性も良いし、直接言うよりも伝わるかなと思って。

そもそもナマステって言われてもこっちは面白くないんですよ。見た目だけの判断だし、自分と信頼していない相手との関係性の中でそのような発言をされても失礼でしかない。

このようなコンセプトで、私の立場で言うことと、学祭でやることの必然性を感じた瞬間これだと思いました。学祭のノリに包まれてよく見えたのもあると思うけど評判はすごくよかったです。それから外のイベントにも少しずつ呼ばれるようになったり、学校の課題でもラップを使うことが多くなったりしてパフォーマンスできる曲も増えていきました」

アルバム『毎日来日』は、新進気鋭のアーティストがリリースしたアルバムに贈られる『APPLE VINEGAR -Music Award-』2020で自主制作盤初のノミネートを受け3月13日よりデジタルリリースが始まった。
韻を踏んだ数字と言葉の連なりが加速するアカペラ曲『あ1』や、某テレビ番組にインタビューを受けた経験を基にした『Y〇Uは何しに日本へ?feat.まな』など11曲が収録されている。

”Y〇Uは何しに日本へ?
さっさと俺の前から引っ込んで
what do you think tell me that seriously
ちゃんと言いたいこと言うヒップホップで。
 (中略)
プライベート強行突破 対人関係 想像困惑?
虜になるun想像の余地 合法の境地 妄想の合意
興味もないのに関わんな
マネーの為だけなら腹たつわ
けどお構い無しに話しかける
「すみません、よくわかりません」”

「このCDは、父親が骨折したのと、卒業制作費、学費のために製作を始めました。お母さんがCD-Rに焼いて、おじいちゃんがジャケットを手で折っておばあちゃんが発送しています。ノミネートされて嬉しさもありますが自分のアウトプットをもっと効果的に展開していく必要があると再認識しています。そしてこれからは表現を通じて人にどう寄り添うか考えたいです」

「手近にあるものをまず考え直したいっていうのが今世の人生におけるコンセプト」

この日は茅ヶ崎にあるインドカレー店「DURGA DINNING」でカレーとチーズナンを頬張りながらのインタビューとなった。ふっくらしたナンからチーズが溢れ、ひと口かじるとスパイスの甘さが広がる。うまい。

兄妹三人で結成されたヒップホップ・ユニットと同名の代表曲「TAMURAKING」で印象的なのは、連呼されるタイトルだ。MVの冒頭でもタイトルの「TAM」「A」「KIN」にアンダーラインが引かれている。

「兄妹3人の共通言語としてユーモアとか下品な話とかがあって、ユニットも兄妹との遊びの延長ですね。家族LINEで”お客さんが来るからあったかいもの用意して”って送ったら、兄から”今俺うんこしたんだけどこれでいい?”って返ってくるんです(笑)。
普段からこういうことを言っているうちに品のなさの質が上がってきて、結果『TAMURA KING』というアウトプットになった、みたいな。私は品のないこととシリアスなことが並んだときの落差で笑っちゃうのかもしれない。

いつも頭に浮かんだ言葉から曲を作っていて、歌詞は私、TAMURAKINGのビートは兄の担当です。音楽性に関してはいつも自分に根元があって、人の影響を受けることはありません。こういうコンセプトのラップがないなと思ったからラッパーになったし、手近にあるものをまず考え直したいっていうのが今世の人生におけるコンセプトで。家族と話したり、兄も妹もクリエイターだから一緒にふざけたりしていれば何か出来上がる。

『おまえをにがす』は兄が新しいカメラを買ったからMV撮ろうよってビートを作って、私が歌詞を書いて、フィーチャリングする相手がいないから亀を持ったんです。あの亀には曲がバズった後に”ニガス”って名前をつけました。

いいなと思っている曲は、ショッピングモールにあるハローキティのポップコーン自販機で流れるポップコーンマシーンの歌『ハローキティ』と、近所を走るイケダの灯油の車が訪問販売のときに流してた『明るい街』。キティの曲はフルバージョンで聴くとサックスのソロがあるんですよ(笑)。特に灯油の曲は家の近くを通って、その瞬間だけ子供の合唱が流れるっていう風情も情緒もすごい。当時あれが来ないと冬が始まりませんでした。


だからリスナーが亀を見て『おまえをにがす』を思い出すとか、テレビを見ようとした時に『Y〇Uは何しに日本へ?』を思い出してくれるようになったら、私もハローキティ勝ちできるんじゃないかなって」

私がテレビ番組の街頭インタビューをしていた頃、見た目で判断した相手からイメージ通りのコメントをもらうことは求められる仕事のひとつだった。街頭インタビューのインタビュアーは台本と自分の言葉の境界を曖昧にさせて喋っているうちに、自分の思いそのものもどこか曖昧になる。曖昧な話し手は、作り手にも受け手にも代替可能な存在だ。

しかしそれを自分の言葉で批判できる田村なみちえには替えがきかない。

春が来る。私が私に対して蓋をしていた疑問がゆっくり起き上がっていくのを感じた。

なみちえ、ハローキティからヒップホップの必然へ

『毎日来日』
なみちえ
Namichie
配信中

なみちえ、ハローキティからヒップホップの必然へ

Photo by Renge Ishiyama

なみちえ
1997年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ・在住の22歳。着ぐるみなどの立体造形を中心にラップ・詩・歌・身体パフォーマンスを用いる。その表現は単純に二分化されている知覚にグラデーションを起こすための装置である。ソロ、バンド(グローバルシャイ)、ユニット(TAMURA KING)の3形態で音楽活動を行う。
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