フォール・アウト・ボーイ、パニック!アット・ザ・ディスコ、アラニス・モリセット等のTシャツやポスターなど、各種グッズの製造と販売を請け負うManhead MerchのCEOであるクリス・コーネル氏は、この商売がどんな苦境や障害にも耐えうると長年信じていた。

しかし新型コロナウイルスの影響でコンサート業界が壊滅的なダメージを受けると、彼の会社は収益の70パーセントを失ってしまった。
「景気が最悪の時でさえ、人々はコンサートに足を運び、グッズにお金を落としていました」。彼はそう話す。「私はこのビジネスが無敵だと信じていました。しかし現在の状況は、この業種に従事するすべての人を打ちのめしました」

【写真を見る】コロナ直撃、ライブハウスも壊滅的打撃

コンサート業界の繁忙期である今の時期に、Manhead Merchはここ数年で最大級の収益を見込んでいた。しかし、クライアントのアーティストたちが次々にツアーを2021年以降に延期するなかで、Manheadは他の同業者たちと同様に、極めて苦しい状況に追い込まれている。ツアーでの売り上げが最大の収入源となっている大半のマーチャンダイザーにとって、相次ぐコンサートの中止は死活問題となっている。また販売店の大半は営業を自粛しているため、現在ではオンラインショップが頼みの綱となっている。「ツアーの中止や延期によって、グッズの売り上げは激減しています」。コーネル氏はそう話す。「これといったプロモーションをすることなく、通販の売り上げが30パーセント増加していることが支えになっています。また官民連携資金を受け取ることができたので、リストラをすることなく1年間持ちこたえられればと思っています。しかし、いくら通販の売り上げが順調とはいえ、今年の収益目標の達成には程遠いことには変わりありません。
ツアーの延期によるダメージは極めて深刻です」

Manheadの経営状態は破綻寸前とまではいかないものの(「不測の事態のための資金を用意していて正解でした」とコーネル氏は話す)、コンサート業界が通常の状態に戻る時期が不透明となっていることは、あらゆるマーチャンダイザーにとって大きなストレスとなっている。過去数十年間で、ツアーはミュージシャンにとって不可欠な収入源となったが、それに伴うグッズ販売ビジネスも大きく拡大した。正規にライセンスされたグッズの売り上げをトラッキングする団体Licensing Internationalの発表によると、2018年の音楽グッズ業界の市場規模は35億ドルとされており、その前年から約5億ドル増加している。しかしコンサート業界と同様に、その数字が今年は減少すると見られている。

コーネル氏によるとサプライチェーンにも影響が出ており、印刷工場が閉鎖したり、倉庫からの商品発送ができなくなっているケースもあるという。しかしパンデミックが長引いていることで、支障はむしろある程度抑えられている。Manheadが提携しているアーティストの大半がツアーに出ている最中に現在の危機が訪れていたならば、同社は大量の在庫を抱えるか、バンド側に同社への支払い義務が発生していただろう。コーネル氏はアーティストの大半がまだツアーを開始しておらず、同社がそういった問題を回避できたことは不幸中の幸いだったとしている。

eコマースへの移行を進める業者も

影響を受けているのはアーティストのツアーグッズのメーカーだけではない。Governors  BallやRolling Loud等のフェスティバルのグッズ製造および販売を手がけているThe Bright Pursuitのオーナー兼クリエイティブディレクターのエヴァン・ブレア氏曰く、同社は3月から4月上旬にかけて毎日のようにツアーの中止や延期についての連絡を受け、現時点でのキャンセル数は16件に達しているという。日程が秋に延期されたものを含め、同社は今のところ22のフェスティバルのグッズ販売を担う予定だが、それらが実際に開催されるかどうかは不透明なままだ。

選択肢が少ないなかで、ManheadとBright Pursuitは通信販売に力を入れている。
トリー・レーンズの最新アルバム発売に合わせたグッズのドロップに携わったBright Pursuitは、今後数カ月でより多くのインフルエンサーたちと同様の企画を実施する予定だ。

カリフォルニアのオレンジカウンティに拠点を置くグッズメーカーのAbsolute Merchは、何年も前からeコマースへの移行を進めている。創設者でCEOのビリー・キャンドラーは、eコマースはツアーに依存するビジネスよりも遥かに安定していると主張する。同社はパンデミック以前から、損益の75パーセントをeコマースから得ていた。しかし同社はベテランから新人まで様々なアーティストからの数十万ドルの支払い遅延に直面しており、キャッシュフローは停滞してしまっている。「ツアーがキャンセルになり、グッズの代金が支払えないバンドから責任を押し付けられている私たちは、経済的損失を被っています」。キャンドラーはそう話す。

幸運にも、Candlerのeコマースビジネスは順調だという。「クライアントの多くがグッズの通販に注力しようとするなかで、当社の4月の収益は過去最高レベルに達する勢いです」。また彼はこう付け加えている。「先月からはビジネス基盤を完全にeコマースに切り替える方向に舵を切りました。コンサートビジネスが復活すればありがたいことに変わりはありませんが、現実的に言って、どのみち何もかもがそういう(eコマースへと移行する)道を辿っていたはずなんです」

フリーランスのグッズ販売業者たちも影響を受けている。
デラウェア州ウィルミントンに住むインディペンデントのマーチャンダイザー、ドミニク・ヴァラキャロ氏はは、収入の75パーセントをツアーに依存している。彼の本職はツアーでのグッズマネジメントであり、今年に20周年記念ツアーを予定していたベイサイドや、バッド・レリジョンとのツアーを控えていたアルカライン・トリオとのツアーから、最大で4万ドルの収益を見込んでいたという。

そういった展望を持っていたヴァラキャロ氏は、家族と住む家を先日購入したばかりだ。しかしツアーによる収益が望めなくなった今、彼の家族は日々の食費や家賃、光熱費の支払いにも苦労している状況だという。現在の唯一の収入源はオンラインストアのMerchnowであり、彼は失業手当を申請するとともに、Live NationのCrew Nation救済プログラムに申し込んでいる。

「バンド側からツアーの中止を初めて告げられたのは月曜の朝でした」。ヴァラキャロ氏はそう話す。「そして金曜の時点で、仕事を共にしているすべてのバンドが同様の決定を下していました。今は何もかもが不透明ですが、私はこの状況が少なくとも今年いっぱいは続くと考えています。私たちには多少の蓄えがありますが、この危機が終わるまで持つかどうかはわかりません。大人数による集会の禁止が解除されても、足を運ぶ人はいないでしょう。8月には事態が改善していると見込んでツアーの再開を検討しているバンドもいますが、ワクチンができるまで外出を控える風潮は続くでしょうから、客足は望めません。
私のようなグッズ販売を生業としている人間にとって、それは致命的なことなんです」

小さな企業ほど大きなリスクに晒されている

コンサート開催なくして、グッズ販売業者がどのくらい持ちこたえられるのかは定かでない。コーチェラやSummerfest等のメジャーなフェスティバルやコンサートにおける販売時点管理や在庫調査を担うテック企業、atVenuのCEOを務めるデレク・ボール氏は、いくつかの小規模なマーチャンダイザーや、メジャーレーベル3社のグッズ部門と仕事を共にしている。ボール氏によると、小規模な会社ほどパンデミックによる倒産リスクが高いという。

マーチャンダイザーの中には、既に従業員を一時的に解雇しているところもある。アリソン・クラウス、スティーヴン・タイラー、ミスフィッツ等のグッズ販売を手がけるBandmerchは、本誌の問い合わせに対する自動返信メールによると、政府からのアップデートがあるまで従業員の大半を一時帰休させているという。同社からの正式なコメントは得られていない。

「メジャーレーベルの一部であるマーチャンダイザーは、事態が今後どうなろうとも乗り越えられるでしょう」。ボールはそう話す。「言わずもがな、より小さな企業にはメジャーレーベル3社によるバックアップなどはありません。小さな企業ほど大きなリスクに晒されています。そういった会社の中には、過去15年間に渡ってある大型フェスのグッズ販売に頼ってきたところもあります。その機会が失われた場合、彼らの先行きは当然不透明になります」

ユニバーサルミュージック・グループの一部であるBravadoは、アメリカ国内で最大のマーチャンダイザーの一つだ。
CEOのマット・ブラシック氏は、店舗や通販での売上に対するツアーグッズ収入の比重についての問い合わせには回答しなかったが、Bravadoにとってツアーが大きな収入源であることは認めている。感染拡大があと1カ月先であったならば、Bravadoは膨大な量の在庫を抱えていたはずだが、同社はManheadと同様にそういった事態は回避している。

それでも、Bravadoが受けたダメージはゼロではない。例えばビリー・アイリッシュはワールドツアーを開始したばかりだったが、パンデミックによってわずか3公演後にツアーの中断を余儀無くされてしまった。手元に残ったグッズをより建設的に扱う方法について、同社は今後正式にコメントを発表する予定となっている。

ブラシック氏によると、世界最大のレコード会社がバックアップするBravadoは、小規模なマーチャンダイザーが経験しているような深刻な事態を免れることができており、今のところ解雇された従業員は1人もいないという。同社はWeve Got You Coveredというイニシアチブを発表し、アーティスト公認のマスク販売による利益をミュージシャンへの支援基金に寄付すると明言した。

ブラシック氏がCEOとなって以来、Bravadoはeコマースビジネスの比重拡大に取り組み続けており、パンデミックはその方向性をさらに推し進めるきっかけとなった。「こういった事態に強くなるにはどうすべきか? 私たちはそういう考え方へとシフトチェンジしつつあります」。ブラシック氏はそう話す。「幸いなことに、当社は過去数年間eコマースビジネスの拡大に取り組んできたため、そういった方向転換はスムーズです。我々のビジネスが影響を受けることは間違いありませんが、この状況から生まれてくる機会もあるはずだという前向きな見方をしています」

大手レーベルの関連業者はレジェンドたちのグッズ販売で耐えしのぐ

ソニー・ミュージック・エンターテインメントのマーチャンダイザーであるThread Shopの上級副社長で代表を務めるハワード・ローも、その考えに賛同している。
eコマースビジネスの比重がより高い同社では、バンドル販売、マスクを含む新製品の開発、ヴァーチャル空間でのコンサートと連動したグッズの考案等に取り組んでいる。Thread Shopは去年、ビートルズやジミ・ヘンドリックス、レッド・ツェッペリン等のツアーが望めないアーティストのグッズ販売権を獲得したが、それらはeコマースで堅調なセールスを記録しており、通販売上の成長率は2桁に達している。

Bravadoと同様に、従業員の一時帰休または解雇を回避できているThread Shopは、より小規模なマーチャンダイザーよりもこういった危機に強い体制を確立している。ローはコンサートビジネスが復活するまでの間、Thread Shopがツアーに出ないアーティストたちのグッズ販売に注力していくとしながらも、どんなマーチャンダイザーもツアーグッズの販売なしにはビジネスを長期間続けていくことはできないとしている。

「ツアーの欠落はあらゆるマーチャンダイザーにとって痛手ですが、当社はソニー・ミュージックとしっかり連携しており、各レーベルとも頻繁にやり取りを交わしています」。ルーはそう話す。「アーティストの新作が発売される際には、私たちはグッズの販売機会やバンドルについて提案しています。それは単なるビジネスではなく、新作のプロモーションとして非常に有効な戦略となっています。それでも長期的に見れば、マーチャンダイザーが生き延びていくにはツアービジネスが不可欠です」
編集部おすすめ