音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている ~アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス~」。第29回は、統合失調症をテーマに産業カウンセラーの視点から考察する。


2019年9月に亡くなったシンガーソングライター、アウトサイダー・アーティストのダニエル・ジョンストンは、多くのアーティストに影響を与えました。特にカート・コバーンは過去のインタビューの中で彼を「最も偉大なソングライター」と称賛し、1992年のMTV Video Music Awardsの授賞式には、ダニエル・ジョンストン のアルバム『Hi, How Are You』のジャケット写真がプリントされたTシャツで出席したほどでした。他にベック、ザ・フレーミング・リップス、デス・キャブ・フォー・キューティー等にもカバーされ、アンダーグラウンドでカルト的な人気を得ていた彼ですが、長年に渡って統合失調症と双極性障害に悩まされていました。日本では、お笑いコンビ「松本ハウス」のハウス加賀谷さんも、自身が統合失調症であることを公表しています。

統合失調症は、100人に1人が発症するという実はとても身近な病気で、妄想や幻覚、まとまりのない発語、ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動(固まったり同じ行動を繰り返したり等)、陰性症状(意欲の欠如、情動表出の減少)などが発生します。ハウス加賀谷さんの場合は、中学生の時に後ろの方から「臭い」という声がするようになり、席が一番後ろで背後に誰もいない時でもその声が後ろから聞こえてきたといいます。『ボクには世界がこう見えていたー統合失調症闘病記』(小林和彦著・新潮社)には「すれ違う人が皆、僕に殺意を持っているような気がして、『殺さないでください、殺さないでください』と会う人会う人に頼みながら歩いて行った」と、著者の小林和彦さんの、生々しい妄想の実体験が書かれています。

「わたし中学生から統合失調症やってます。」(ともよ著・合同出版)での成重竜一郎医師の解説によると、統合失調症は「脳が感じ過ぎてしまう病気」です。脳は日常的に膨大な情報や思考を処理していますが、通常はそれらの多くは意識されず、必要なものだけを処理します。ところが統合失調症にかかると、原因は不明ですが、このシステムとバランスに不具合が生じ、普段であれば不要だとみなされる情報や思考が意識され、その辻褄を合わせるために脳が勝手に意味づけをしてしまい、幻覚や妄想が生じます。また、処理しなければならない情報が多すぎる状態が続くと、興奮し過ぎた脳は疲弊し、徐々に機能が低下してきて「集中できない」「活動性が下がる」「感情の表出が乏しくなる」などの症状が出てきてしまいます。

どんな病でもそうですが、統合失調症は早期診断・早期治療を行うことで、より早い回復が見込めます。
ただ統合失調症は、例えば血液検査や画像検査などで診断できるものではなく、総合的に症状を診て判断しなければならないこと、また、本人の病識のなさや、周囲の無理解、精神疾患や精神医療への偏見などから、適切な医療へのアクセスが遅れてしまうという問題があります。治療は薬物療法と精神科リハビリテーションの両輪でやっていくことになります。ハウス加賀谷さん、松本キックさん著の「統合失調症がやってきた」(イーストプレス)の中で、仕事が順調で状態の良かったハウス加賀谷さんが、病気であることを知っていた友人たちから「そんなにたくさん薬を飲まなくても大丈夫だよ」「薬なんか、早く止められるように頑張れよ」と言われ、自分の判断で薬の量を減らしてしまい、それをきっかけにして良好な状態が崩壊していく様子が書かれています。うつ病や双極性障害なども同じですが、薬の増減を自己判断で行なったり、周囲が安易に「薬に頼るな」というようなことを言ったりしてはいけません。

また、「リカバリー」という考え方があります。これは「人々が生活や仕事、学ぶこと、そして地域社会に参加できるようになる過程であり、またある個人にとってはリカバリーとは障害があっても充実し生産的な生活を送ることができる能力であり、他の個人にとっては症状の減少や緩和である」(国立研究開発法人・国立精神・神経医療センター)ということです。つまり、症状を緩和することはもちろん必要ですが、症状があったとしても、本人が求める生き方を追求できて、また周囲もそれを支えていく、ということが大切だということです。病気になったのは誰のせいでもありません。周囲の人に必要なことは、不安と苦しみを感じている当事者の気持ちに寄り添い、相互理解と信頼関係を保ち伴走することです。

ハウス加賀谷さんとコンビを組んでいる松本キックさんは、加賀谷さんが統合失調症を患っていると知っても、それをそのまま受け入れ、自然体で接してきましたが、それが加賀谷さんを救ってきました。松本さんは「統合失調症をはじめ精神疾患の当事者を受け入れる世の中というのが、まだまだ足りていないですね。なぜかと言うと、やはり(統合失調症のことを)まだまだ知らないからというとこで、まずは知ってもらうという活動をしていかないといけないと思います」と語っています。
統合失調症をはじめとして、精神疾患やメンタルヘルスに関する知識と、当事者を受け入れる意識と仕組みは、まだまだ社会には不足しています。より一層、理解と支援が広がっていくことを願います。

参照
ローファイ・ミュージックの先駆者 ダニエル・ジョンストンが58歳で逝去。その半生を辿る
udiscovermusic 2019.12.09
https://www.udiscovermusic.jp/news/lo-fi-pioneer-daniel-johnston-dead-at-58
『統合失調症がやってきた』(ハウス加賀谷 松本キック 著 イースト・プレス)
『ボクには世界がこう見えていたー統合失調症闘病記』(小林和彦著・新潮社)
『わたし中学生から統合失調症やってます。』(ともよ著・合同出版)
『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き』(医学書院)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療センター 精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部
https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiiki/about/recovery.html
統合失調症を知っていますか? 症状と回復への道のり
NHKハートネット 福祉情報総合サイト 2018.12.5
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/149/


<書籍情報>
100人に1人という身近な病気 統合失調症を改めて理解する必要性


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。
保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
https://teshimamasahiko.com/
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