「現在の目標は娯楽を提供することだ」とトゥペロ・ミュージック・ホールのオーナー、スコット・ヘイワードは語る。「チリも積もれば山となるってやつだね。
できるだけ多くのチリを集めようとしているんだ」

3月のパンデミックによってアメリカのライブ・ミュージック市場が停止して以来、初めてベテランDJのD-Niceが生でパフォーマンスを行なう機会を得た。外出禁止条例発令中は人気のClub Quarantine Instagram Live Sessionsで自宅にいることを啓蒙していたD-Niceが、フロリダ州ハランデール・ビーチに飛んだ。ここで行なわれた第一回ドライブ・イン・フィールドフェストに集まったファースト・レスポンダー(災害などの負傷者に最初に対応する救助隊、救急隊、消防隊、警察などのこと)のために無料のDJセットを行なったのである。

このドライブイン・コンサートはメリーランド州バルチモアのプリークネス・インフィールドフェストの中止が決まったあとで企画された。ただし、押し合いへし合いで大騒ぎするファンの前ではなく、ガルフストリームパーク内のレーストラックの外の駐車場に駐車された200台の車の前でのパフォーマンスだった。

【動画】ソーシャル・ディスタンスを保って駐車場でDJイベント

大きな集まりが制限される中、ライブ会場やイベント・プロデューサーたちがスタートしたドライブイン・コンサートが著しい成長を見せるトレンドとなっている今、D-Niceはこの形態でのパフォーマンスを行なったメジャーなパフォーマーの一人だ(このイベントの生配信のホストを務めたのがザ・ルーツで、イベント中はバーチャルな投げ銭用の瓶の蓋が開けっ放しだった)。D-Niceはこの2カ月間、Club Quarantineでコンピュータ画面に向かって型破りなパフォーマンスを行なってきた。それでも彼は、車の中に座っている大勢の観客の前でパフォーマンスするのはまだ慣れないと言う。

「車の中にいる観客の前でのプレイに自分を慣らすなんて本当に奇妙だった。車の中の人たちの動きに慣れるまで15分くらいかかったよ」とD-Nice。「コール&レスポンスがクラクションの音で交わされるんだが、これに慣れたら一気にパーティー気分が盛り上がったね」と。

車1台の料金が40ドル(約4300円)で、ステージ前のVIP駐車場だと80ドル(約8600円)

D-Niceだけではない。
キース・アーバンもシティ・コンサート・シリーズの一環として、5月14日にナッシュビルのファースト・レスポンダーに向けて小規模の無料ドライブイン・コンサートを行ない、巨大コンサート企業のライブ・ネイションが主催するアメリカ国内初のドライブイン・コンサートを実現した。現在、有料のドライブイン・コンサートが順調に成長を続けている。テキサス・レンジャーズは6月にダラス郊外の新しい野球場で4組のアクトによるコンサートを8回行なう予定だ。車1台の料金が40ドルで、ステージ前のVIP駐車場だと80ドルだ。

最初の4公演は数分で完売し、追加した4公演も数時間で完売した。ニューハンプシャー州デリーのライブ会場トゥペロ・ミュージック・ホールは2回目のドライブイン・コンサートを予定している。またロックバンドのSpaffordは24日にアリゾナ州メサのドライブイン・シアターでドライブイン・コンサートを行なう。カリフォルニアのカントリーのフェスティバル、テイルゲート・フェストは今年8月に3回目を迎え、ディエクス・ベントレーがヘッドライナーに決まっているのだが、パンデミック以前に冗談半分でドライブイン・コンサートのアイデアが出ていた。

四半期の収支報告会で投資家たちにこの夏にドライブイン・コンサートを試す予定だとライブ・ネイションCEOのマイケル・ラピーノが宣言してから数週間、デンマークでの600台収容の最初のドライブイン・コンサートが完売した。すべて計画通りに進んでアメリカ本土での同様のコンサートが増加し、ライブ・ネイションが同社所有の劇場でこういったコンサートを上演するとなると、ソーシャル・ディスタンスを保つために車のポッドスタイル配置を採用すると同社は言う。

ライブ・ネイションでアメリカ国内の会場統括社長トム・シーがローリングストーン誌に次のように教えてくれた。「我々の最終目的はファンとアーティストをつなげて長く記憶に残る瞬間を作り出すことであり、それを実現するために世界各国にチームを設置してユニークな方法を模索している。
どんな場合にも適用できる万能な方法はないとは言え、我々は会場を持ち、独自の流通システムも確立しているので、人々が新しい方式を受け入れる速度に合わせて公演回数を増やすことが可能だ。アーティストとファンが楽しみ、従業員とクルーも仕事があるので喜ぶ。我々にとってウィンウィンだ」と。

1回のコンサートでは300台が限界だと考えている

フロリダのドライブイン・コンサートをオーガナイズした1/ST LIVEの業務執行社員ジミー・ヴァーガスは、同社がアメリカ国内にドライブイン・コンサートを広げていく計画を立てていると言う。1/ST LIVEの親会社である北米のエンターテインメントと不動産を扱うストロナック・グループは、国内に多数の競馬場を持っているため使用できる不動産が有り余っている状態で、制度的な問題がなければ、競馬場のあるサンフランシスコやロサンゼルでもドライブイン・コンサートを広げていきたいと考えているのだ。ファースト・レスポンダーのためのD-NiceのDJコンサートは無料だったが今後のコンサートでは有料チケットを発売したいと、ヴァーガスは語る。

しかし、ヴァーガスは1回のコンサートでは300台が限界だと考えている。この台数を超えるとカーラジオでコンサート音源を聞いているのと変わらないと言う。コンサートらしさを感じるには他の車で視界が遮断されてはいけないのだ。ただし、これだと1回のコンサートの収益が少なくなる。各種小売業者および飲食業者とのスポンサーシップやパートナーシップによって利益を得る方法も考えられるが、これは普通のコンサートから収益を得るよりも大きなチャレンジとなる。「アーティストとファンの期待をどのように扱うかがカギになる。
まだ完全に実現していないが、今やっていることがそれに最も近い形だ」とヴァーガス。

これはパンデミックで輝きが損なわれつつある夏の楽しみを実現する画期的なアイデアだろう。ライブ・ミュージックにチャンスを与える希望として、また2020年の収入激減期を救う措置として、ドライブインでパフォーマンスを行なうトレンドがアメリカ国内で急速に広がっており、今後もドライブイン・コンサートが多数発表されるはずだ。ただし、これは利益率の高い商品ではないし、高い利益を期待することも間違っている。ローリングストーン誌が話を聞いたアーティスト、会場オーナー、イベント・オーガナイザーは、これはファンが安心して外出して、コンサートを安全に楽しむきっかけにすぎないと口を揃える。上手く行けば利益が少し生まれるだけだろう、と。

「現在の目標は娯楽を提供すること」

トゥペロ・ミュージック・ホールのオーナー、スコット・ヘイワードはパンデミック中に最初にドライブイン・コンサートを開催した一人だ。今月始めに75台駐車できるトゥベロ社の駐車場で行なったコンサートの一つがソールドアウトになったあと、複数のコンサートを行なうと発表し、そのほとんどがほぼ完売に近い状態になった。ここでは車1台につき料金が75ドルで、食べ物と飲み物を別途販売する。さらにニューハンプシャー州のソーシャル・ディスタンス規制が緩和されるに従って、会場内にレストラン屋台を設置することも考えていると言う。トゥペロは1日に複数のコンサートを行なって、それを生配信することで利益を得たいとも願っている。

【画像】駐車場のオーディエンスを前にパフォーマンするアーティスト

しかし、この投機も通常のコンサートがもたらす収益に比べたら微々たるものだ。
ヘイワードはアウトブレイクの第二波に備えて今後準備していくと言う。つまり、ドライブイン・コンサートをできるだけ多く開催して、冬に第二波が襲ってきて再びソーシャル・ディスタンス条例が施行されたときに、従業員に支払えるだけの十分な収益を確保したいのだ。それでも、ライブ会場がコンサートを開催するリスクを十分に承知しているヘイワードは、ニューハンプシャー州が許可しない限りはこれまでのようなコンサートを開催しないと明言する。

「かつてやっていた仕事と同じことをするのが目標ではなかった。現在、月間30万ドルのチケット売上が見込まれていて、これはアーティストを助けるためのライブを企画して実現するための資金だ。閉店するより何かをする方がいい。現在の目標は娯楽を提供することだ。それで経費が支払える利益があれば最高だが、チリも積もれば山となるってやつだね。できるだけ多くのチリを集めようとしているんだ」とヘイワードが説明する。

さて、テキサス・レンジャーズだが、去年ビリー・ジョエルやポール・マッカートニーのコンサートを開催したグローバル・ライフ・パークで、チケット1枚40ドルで数百台の車を集め、食べ物も飲み物も物販も提供しないパターンは他と比較するのが難しい。「業界的に今は不安定な時期で、我々はクリエイティヴなやり方を求めている。これらのコンサートは、人々に外出してもらい、雇用を生み出し、それを維持するためのクリエイティヴな事業だ」と、テキサス・レンジャーズのスポーツ&エンターテイメント部門執行副社長シェーン・デッカーがローリングストーン誌に語った。


コンサートでの体験はコンサートの内容によって異なる。多くの会場が車の配列をジグザグにするなど、車同士の距離を保ちつつ、他の車の視界を遮らない方法を採用している。

「観客の前で演奏できる機会というのは安堵をもたらす」

トゥペロと1/STはPAと無線伝送を併用してこれまでのコンサートよりも臨場感溢れるサウンドを提供しているし、レンジャーズは観客が車を出ないようにラジオ配信に限定している。また、レンジャーズと1/STは地理上フェンス(地図上でエリアを限定する仮想壁)でラジオ配信範囲を限定することで、駐車場の外からアクセスできないようにしている一方で、トゥペロはこれよりもアクセス可能範囲が広い。さらに、こういう技術が常に完璧とは限らない。1/STが行なったD-Niceのライブの場合、ステージから遠くなればなるほど、PAからのラジオ配信にディレイが生じたと、ヴァーガスが言う。

これがライブ・ミュージック業界の資金難に対する答えになるかは別として、ドライブイン形態は3月以来初めて生でアーティストを観る、生でアーティストが演奏するという感覚をファンとアーティスト両者に与えてくれたのは事実で、ツアーに戻りたいと願うアーティストにとっては歓迎できる方法だ。1970年代にトッド・ラングレンとユートピアで活動していたベーシストのカシム・スルトンは、ニューヨークからニューハンプシャー州デリーまで4時間ドライブしてトゥペロの2度目のドライブイン・コンサートに参加する。

また、スルトンはソーシャル・ディスタンスを保つために、バンドではなくソロで演奏する予定だ。そして、これで大金を稼ぐことも期待していない。会場までの往復の経費が出ればそれでいいと言うのだ。彼にとって今は再びライブを出来ることが最も重要なのである。
「音楽業界でプロとして音楽を演奏するようになって今年で44年目だが、今年は3月からずっと自宅にいる。自分が望んでそうしているのではなくて、そうしないといけないからだ。これは自分にとって異様なことで、強制的に自宅にいることに違和感を感じる。だから観客の前で演奏できる機会というのは安堵をもたらすんだ」とスルタンが教えてくれた。
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