UK出身の社会派シンガー・ソングライター、デクラン・マッケンナが約3年ぶりのニューアルバム『ゼロス』(ZEROS)を9月4日にリリースした。この混沌とした時代に、21歳の若き才能は何を歌うのか?

デクラン・マッケンナはまだ18歳だった2017年に、バンドを引き連れて3度来日している。
まずは6月に1stアルバム『What Do You Think About The Car?』のプロモーションで訪れ、ファンとメディア関係者を対象にした小規模なライヴを行ない、次に8月のサマーソニック・フェスティバルに出演して、さらに12月に単独来日が実現。大型新人として、彼はそれほどの期待を背負っていた。なにしろ、中学に通いながら楽曲を公開していたこのロンドン出身のシンガー・ソングライターは、グラストンベリー・フェスティバルの新人コンペティションで優勝し、2015年6月、16歳にして同フェスの舞台を踏んで、レコード会社間の争奪戦を経て大手レーベルと契約。BBCの”サウンド・オブ2017”のロングリストにランクインするなど、追い風に乗ってデビューに至ったことはご承知の通りだ。

しかも、来日のインターバルはほんの数カ月だというのに、振り返ってみると彼は来日するたびにパフォーマンスの質を上げ、アルバムへの高評価に押された育ち盛りのアーティストの勢いを突きつけていたと記憶している。いい意味で未完成で、いかようにも変化し得る柔らかさを湛えていた6月のデクランに対し、19歳の誕生日を目前にしていた12月の彼はすでに、1stの収録曲を少々窮屈に感じているように見えた。そして次にどんな作品を作るにしろ、大きな進化を遂げるだろうことも想像に難くなかった。

2014年、当時15歳だったデクランがセルフ・リリースしたシングル「ブラジル」は、FIFA(国際サッカー連盟)の汚職と同年のサッカーW杯を批判した歌詞が話題に

果たして、先頃お目見えした2nd『ゼロス』でのデクランは目覚ましい成長を遂げ、シャイニーでカラフルな真新しい服をまとっている。そう、前作がブリットポップに連なる標準的なインディ・ギター・ポップだとしたら、ツアー・バンドとレコーディングした、ラウドでグラマラスでサイケデリックなスペース・ロックで満たした本作では、さらに20年遡って70年代ロックにインスピレーションを見出している。アーティストとしてはデヴィッド・ボウイボブ・ディラン、パティ・スミスの名前を挙げるが、ナマのバンド・アンサンブルを強調したのも、「1枚の作品を通して同じバンドが演奏していて、そのエネルギーが前面に出ている」70年代の作品の影響だという。

「1stのツアーをやってみて、次はライヴのエネルギーを反映させたいと思ったんだ。前作のレコーディングも気に入っているけど、中にはひとつひとつの楽器パートを録っていくよりも、フルバンドで演奏したほうが良かったと思う楽曲もあった。
それもツアーを経験したからこそ学んだことで。本当にたくさんのライヴをバンドとやったから、彼らにレコーディングに参加してもらうのは自然な流れだった。ステージでの相性もすごく良かったし、ミュージシャンとしても、友達としても、成長を共にした仲間だからね」

「The Key to Life On Earth」のMVには、デクランとそっくりの俳優アレックス・ローサー(『このサイテーな世界の終わり』『ブラック・ミラー』)が出演

プロデューサーもそういう狙いに叶った人物に白羽の矢を立てた。ナッシュヴィル在住のアメリカ人、ジェイ・ジョイスだ。ブランディ・クラークやミランダ・ランバートらの作品を手掛けて、カントリー・ミュージック/アメリカーナ界のど真ん中で大活躍している人だが、元々ロックバンド出身。ケイジ・ジ・エレファントの諸作品を始め、インディ・ロックのプロデュース作品も多い。デクランがジェイの名前を知ったのもケイジ・ジ・エレファントの3rd『Melophobia』(2013年)がきっかけだったそうで、「今回やろうとしていたライヴ・レコーディングをお願いするには適任だと思ったんだけど、実際やってみてすごくウマも合ったし、人当たりが良くて、面白いアイデアもたくさん提案してくれたよ」と彼。そのジェイが所有する古い教会を改築したスタジオで誕生した『ゼロス』には、前述した通りに、実に華美で濃密なサウンドスケープが広がっている。ヘヴィなギター、シアトリカルなピアノやザイロフォン、満艦飾のシンセ……。総じて濃い口の音に負けじと、1stでのいたって自然な歌い方から一転、声に対しても意識的なアプローチをとった。

「自分の声にもう少し独自性が欲しいと思ったんだ。サビとか、盛り上がっていくところで、どうやって感情を見せるか。
叫ぶのか、それとも話しているように歌うのか。曲の意図を汲み取り、物語を伝えるためにはどう声を使ったらいいのか。ケイト・ブッシュやニック・ケイヴみたいに表情豊かなヴォーカリストを参考にしたよ。自分をシンガーだと感じたことはあまりなくて、歌よりギターのほうが得意だけど、自分の声を最大に活かしたかったのさ」

ストーリーテラーとしての影響源は「70年代に描かれた未来」

それは、ロールプレイング的なヴォーカル、とも呼べるのかもしれない。というのも、リリシストとしてのデクランにもちょっとした変化が見て取れる。普段から政治的な発言も多く、前作では性的マイノリティ差別、右派メディア、宗教的抑圧といった題材を取り上げた彼はしばしば”社会派”と評されてきたのだが、今回選んだのは、ストーリーテラーのスタンス。具体的な問題提起よりも、巧みにストーリーに落とし込む形をとった。

「僕は引き続き、世界で起きていることを観察し、話題にしている。事象を観察してそれに対して社会的発言をするのは、僕の音楽の大きな一部でもあるからね。でも今回はストーリーと人に焦点を当てていて、自分の周りで起きていることの観察を元に、それをストーリーとして伝えたり、みんなが共感できるようなキャラクターを曲の中で描きたかった。特に、同じような悩みを抱えている今の若者が共感できる人物像だね。それは僕とういわけでも、特定の誰かというわけでもない。
ある感情や思想、人生観や世界観を伝えるための器のようなもので、そうすることで曲に独自の表情が生まれるんだよね」

確かに本作に描かれているのは、未来への不安を抱えて、生き難さと向き合う同世代の若者たちの姿だ。少年時代を送ったロンドン郊外での人間関係・力関係に社会の全体像を重ねる「The Key to Life On Earth」、自分の居場所を見つけられない青年に宛てた「Daniel, You Are Still A Child」、リアルとフェイクの境界が曖昧なSNSの怖さを風刺する「Beautiful Faces」、気候変動に言及した「Twice Your Size」……。殊に後半にかけてはディストピアンな世界が繰り返し描写され、スペイシーなサウンドに加え、隕石やロケットといった宇宙絡みのボキャブラリーも相俟って、レトロ・フューチャーなSFに近い感覚を醸す。この点においても、70年代が重要なレファレンスになったという。

「僕は70年代のSF的なものがけっこう好きで、人類が初めて宇宙に行って、それがポップ・ミュージックやロックにも大きな影響を与えて、デヴィッド・ボウイやT・レックスの作品が生まれた。今は古く感じるかもしれないけど、ヴィジュアルも含めてああいうのを今っぽく表現したらどうなるだろうと思って。それと、”なぜ”という部分だね。なぜ僕たちは空を見上げて、宇宙を題材にしたSF的なものに魅力を感じるのかって。音楽的な部分で言うと、当時の”迷っている感覚”とか”真空空間にいる感覚”を、今に当てはめたらどうなるのだろうかって考えた。仮想現実やSNSに対する感情と重なるものがあるのかなって。環境問題もより現実味を帯びているし、すごくピンときたんだ。実際子供の頃から宇宙にすごく興味を持っていて、その壮大さに夢中だったから、7歳の時に思案していたことに大人になってから回帰したんだろうね」

つまり本作は、一種のコンセプト・アルバムだと言っても過言じゃない。
70年代に人々が想像した未来を飛び越えて、現実がSFと化した今、社会という虚空で途方に暮れている21世紀のトム少佐とロケットマンたちに居場所を与えているデクラン。その壮大なヴィジョンは、彼に期待して間違っていなかったことを物語っている。

現実がSFと化した今、「ミレニアル世代の社会派」デクラン・マッケンナは何を歌うのか?

デクラン・マッケンナ
『ゼロス』
2020年9月4日全世界同時発売予定
2,200円+税
歌詞・対訳・解説付き
国内盤のみボーナス・トラック2曲収録
購入・試聴:https://SonyMusicJapan.lnk.to/DeclanMcKennaZEROSJP!RS
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