この映画は昨年6月に発表されたソロ・アルバム『ウエスタン・スターズ』を曲順通り披露したライブ・パフォーマンスを収めた作品ではあるが、単なるコンサート映画ではない。
そもそもアルバム『ウエスタン・スターズ』自体がファンを驚かせる新たな顔を見せた作品だ。「グレン・キャンベルやジム・ウェッブといった70年代の南カリフォルニアのポップ音楽に影響を受けた」の言葉通り、ストリングスやホーンを全面的に導入したサウンドが彩る西部の広い空間を舞台に、登場人物の心理を細やかに描く物語集で、これまでのブルースとはかなり異なる音楽を聞かせたのだ。その挑戦は高い評価を受けたが、発表後のツアーは行われず、「アルバムを補完するように聴衆とコミュニケートする別の方法」を考え、それが形になったのが、この映画『ウエスタン・スターズ』なのである。
20年近くコラボが続く共同監督トム・ジムニーとブルースはパフォーマンスに関係者の声を交えるという音楽映画の定番とは異なるものを求めていた。そんな或る日ブルースはふとひらめき、わずか数時間で曲間に語るナレーションの台本をすべて書いてしまったという。それらの言葉の大半は曲作りの具体的な過程や逸話ではなく、その登場人物を作り出した感情の根源を掘り下げる。「そうしたら突然まったく別の種類の映画になって、俺たちを興奮させたんだ。俺たちの音楽のために聴衆とうまくコミュニケートできると思える映画にね」と、この映画はコンサート映画とそのアーティストの人生とキャリアについての黙想を組み合わせ、曲とその作り手の間にある深い私的なつながりを明らかにする作品となったのである。
そのモノローグ部分はそれぞれがジムニー監督によって短い映画のように作られているが、主にカリフォルニアのジョシュア・トゥリー周辺で撮影された映像で、西部のイメージが多く使われ、年老いた西部劇俳優やスタントマンからヒッチハイカー、野性の馬の管理人までが登場するアルバム全体の世界を視覚化している。カバー写真が動き出したかのように、広々とした西部の砂漠を馬が走る光景を空撮したオープニングをはじめ、随所でその映像美に息を吞むはずだ。
そんな屋外撮影の部分とは対照的に、ライブ・パフォーマンスはニュージャージー州の自宅農場にある築140年の古い納屋という情緒ある建物の狭い空間を会場に用いた。
そして、映画の進行と共にひとつの物語が浮かび上がっていく。「変わること。どうやって自分自身を変えられる?」という問いかけへの答えを探す道程である。孤独を求める傾向があり、愛する者を心ならずも傷つけてしまう男の旅であり、自分の壊れた部分を認め、その壊れたかけら同士でひとつにぴったり組み合わされる相手を探し求め、その愛を受け入れ、人生を楽しむことを学ぶまでの物語だ。それは我々の物語でもあり、ブルース自身の人生とも重ね合わせられる。

Western Stars © 2019 Western Stars Film, LLC. All rights reserved.
モノローグのなかでも「暗闇の中を歩き続けるんだ。次の朝はそこにあるんだから」という言葉がとりわけ印象に残るが、映画の後半には、彼を暗闇から引っ張り出し、陽射しをもたらす存在として、舞台上でも隣に立ち、新婚旅行の極私映像まで披露される妻パティ・スキャルファの存在がクローズアップされる。その彼女は終盤でブルースと1本のマイクを分け合って「ストーンズ」と「ムーンライト・モーテル」を一緒に歌うが、これらは孤独な男の視点の曲で、アルバムの録音はデュエットではなかった。ここで女性の歌声を加えることで曲に異なった意味が加えられる。この映画は単なるアルバムの再現ライブでは決してないと今一度強調しておきたい。
なお、新たに取り組んだストリングスとホーン入りのサウンドだが、とりわけ低音部の厚みにまさに体に響く迫力がある。是非とも中低音の出る良いオーディオ・セッティングで視聴していただきたい。


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ブルース・スプリングスティーン
『ウエスタン・スターズ』
10月9日発売
9月30日デジタル先行配信
ブルーレイ ¥4,980(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBCユニバーサルエンターテイメント
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