カニエ・ウェストが「音楽業界とNBAは現代の奴隷船。俺は現代のモーセ」とツイートしたのが9月15日のこと。
彼はレコード会社への批判や原盤権の所有などについてTwitterで連日投稿。さらにグラミー賞のトロフィーに放尿する動画をアップし、レーベルとの契約書を公開するなどして波紋を呼んでいる。大統領選出馬でも物議を醸しているカニエだが、今回の戦いは彼にとって吉と出るかもしれない。3人のスターによる前例を振り返りながら、その理由を解説する。

●【動画を見る】カニエ・ウェスト、グラミー賞トロフィーに向けて放尿

18年前、カニエ・ウェストは本人が言うところの「世界で一番イケてるラップレーベル」ロッカフェラと契約を結び、たいそうご満悦だった。

カニエはこの時点ですでに超人気プロデューサーだったが、ヒップホップの重鎮はフロントマンとしての才能に疑問を抱いていた。「ラッパーとしてはまるで評判が良くなかった」。2002年、Complex誌とのインタビューでカニエ本人もこう語っている。「あいつが本当にラップできるなら、さっさとDef Jamと契約してるか、さもなくばロッカフェラに所属してるはずだ」と、キャピトル・レコードの重役が言うのを耳にしたこともあるそうだ。ロッカフェラとの契約で、カニエはアンチな連中を打ち負かした。彼はまた、2004年のデビューアルバム『ザ・カレッジ・ドロップアウト』を含む初期6枚のソロアルバムの原盤権も手放した。

先頃、カニエは自らの記念すべきレコード契約をTwitterでさんざんこき下ろし、複数の契約書のスクリーンショットを投稿した。
その中のひとつ、2005年に改訂されたロッカフェラとの契約書には、カニエの最初の何枚かのアルバムは「全世界において、また半永久的に……完全に(ロッカフェラの)所有物である」と記されている。彼はユニバーサル・ミュージック・グループ――2004年にロッカフェラを吸収合併し、カニエの最初の6枚のアルバムをリリースした――に批判の矛先を向け、「まずは自分の子供のために原盤権を獲得し、すべてのアーティスト契約が改訂されるまで、あらゆる法的手段を講じて訴えていくつもりだ」と述べた。

pic.twitter.com/3S8Lr6DEjk— ye (@kanyewest) September 16, 2020

今や億万長者となり、自分がレコード会社を必要とするよりもレーベル側が自分を必要とする立場となったカニエだが、当時の契約内容は彼にとってもはや都合がよくない。

カニエの業界に対する激しい反発に驚いた方は、きっと業界の動向をご存知ないに違いない。彼は昨年ロッカフェラとユニバーサル、音楽出版会社EMIを相手に訴訟を起こした。EMIとの訴訟はその後和解が成立したが、彼は新設の会社Please Gimme My Publishing Incとともに原告側に立った。そして今度は同じように、録音楽曲の著作権、いわゆる原盤権を求めてユニバーサルに戦いを挑んでいるのだ。

Twitterに投稿されたカニエの最後通牒が、アーティスト・コミュニティから広く同情を買うことはあるまい。ひとつには、カニエが公表した契約書によれば、ユニバーサルは彼の6枚目のスタジオアルバム『イーザス』(2013年)の前払い金として800万ドル(約8億4500万円)、さらにサンプリング・クリアランス料とアルバム制作費として追加で400万ドルを支払っていたからだ。ユニバーサルは『The Life of Pablo』(2016年)の際にも、製作費/サンプリング・クリアランス費として300万ドルを事前に払っている。どんな大人気スターでも、所属レーベルからそんな金を渡されることはまずない。

だが、少なくとも本人がいう原盤権の獲得という目的の一部については、カニエも楽観視していいだろう。
以下、その3つの理由を見ていこう。それぞれ3人の別のスーパースターが絡んでいる。

1. レバレッジ(例:マイケル・ジャクソン

カニエのツイート攻撃の中でとくに驚きだったことのひとつは、「俺がいくらでも金を積めると向こうも知っているから」ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)は彼のマスター音源の売値を提示しないのだ、とする彼の意見だ。今年末までに、全世界の音楽ストリーミング購読者はおよそ4億6000万人に達するだろう、と本人も主張している――10年後には20億人にまで膨れ上がるだろう。今回の件には、こうした情報が深くかかわっている。

世界中で雪だるま式に増える音楽ストリーミング購読者数の「生涯価値」は、人気アーティストの作品の金銭的価値に直接作用する――ひいては、アーティストが所属するレコード会社の企業価値にも直接影響を及ぼす。こうした理由から、ユニバーサルがカニエのカタログに売値をつけたがらない可能性は高い。一歩間違えれば、数年先には巨額の金を失うかもしれないのだから。そうしたプレッシャーに加え、親会社のVivendiは2023年までにUMGの新規株式公開を行い、UMGを手放そうと計画している。ユニバーサルが抱えるスーパースターの作品数が多ければ多いほど、同社の企業価値も上がるというわけだ。

となると、カニエは交渉の際に独自のレバレッジを考える必要がある。原盤権を取り戻すために、金銭以外に何を差し出せるか? ユニバーサルにとって、カニエが表立って同社を去る――とりわけライバル会社に移籍することだけは絶対に避けたいだろう。
だがそうした可能性がユニバーサルにさらなる痛手をもたらすのは、それはカニエがこの先もヒットを飛ばし続ければの話だ。今現在、カニエはゴスペル音楽の製作に傾倒しているが、もっとも最近リリースされた宗教色の薄いアルバム(2018年の『ye』)は商業的にはいま一つだった。

とはいえ、気分が乗ればカニエもいまだヒットを生み出す力がある。リル・パンプとの子供じみた「I Love it」(2018年)は、性的な方向に走りすぎた現代のヒット曲をあえてパロディしたのか?と首をかしげたくなるほど奇妙な曲だった(「俺はセックス病/すぐヤりたい」……いやはや)。にもかかわらずこの曲も大ヒット、複数の国でチャートNo.1を獲得し、Spotifyでは今日まで5億回以上再生されている。もしカニエがこの先もまだやれるとユニバーサルに証明できれば、きっとレーベル側も原盤権の返還に向けておおよその時間軸を話し合う姿勢は見せるだろう。

マイケル・ジャクソンの場合がまさにそうだった。1982年、音楽史に名を遺したアルバム『スリラー』のリリースを受け、長年彼の弁護士を務めたジョン・ブランカ氏は彼のソロ時代の原盤権をソニーミュージックから勝ち取った。今現在、ジャクソンのソロ時代の名作(『オフ・ザ・ウォール』『スリラー』『バッド』等)のマスター音源はすべて彼の遺産管理団体MJJ Productionsが所有している――ただし、全世界のディストリビュートはソニーが行っている。

2.法がカニエに味方するかもしれない(例:プリンス)

ここ最近のカニエ論争は、プリンスの一件と似ている部分がある。90年代中期、ワーナーブラザーズ・レコードからマスター音源を取り戻すことができなかった、あの一件だ。あの後プリンスは頬に「SLAVE(=奴隷)」と書くようになった。
プリンスの件でしばしば見過ごされているのは、2014年に彼がこの戦いで勝利を収めた理由だ――最終的に彼は原盤権を手にし、その後ワーナーブラザーズに使用許可を与えるという形をとった。

2014年といえば、プリンスの傑作ソロデビューアルバム『プリンス』のリリースから35年目にあたる。アメリカ著作権法――1976年に制定され、1978年に施行された――の第203条によれば、レコーディングアーティストはレコードのリリースから35年経過後、特定の状況のもとで、著作権奪還の目的でレコード会社との契約解除を通知することができる。業界内のうわさによれば、ワーナーは厳しい選択を迫られたようだ。第203条をめぐってプリンスと裁判で争い、勝訴して――敗訴すれば音楽業界に危険な前例を作ることになるが――原盤権を保持するか、あるいは今このタイミングで手を結ぶか。同社は後者を選んだわけだ。

これがカニエにどう作用するか? 現在、アメリカの音楽業界を揺るがす第203条絡みの集団訴訟が2件持ち上がっている。訴えられたのはユニバーサル・ミュージック・グループと(原告団の代表はジョン・ウェイト)、ソニーミュージック(原告団の代表はニューヨーク・ドールズのメンバー、デヴィッド・ヨハンセン)。いずれの訴訟でも、原告団のミュージシャンの代理人を務める法律事務所Blank Romeは声明を発表し、第203条の35年ルールは「音楽業界のレコード会社にとって、予想される収入源に大きな痛手となることを意味する」と、鋭い警告を発した。

35年ルールにのっとれば、カニエが契約解除を提案してマスター音源の権利を手にするのは最短でも2039年(すなわち、『ザ・カレッジ・ドロップアウト』のリリースから35年後)ということになる。だが、彼の弁護団が総力を挙げてこの点を突けば、少なくともユニバーサルも聞く耳は持ってくれるだろう。

3.カニエが望むレコード契約は、すでに存在している(例:テイラー・スウィフト

カニエの新たな使命は、カニエ本人だけのものでないことはお分かりだろう。
9月20日、カニエはこのようなツイートを投稿した。「すべてのアーティストが団結すべき時だ……俺はマスター音源を手に入れるだろう、音楽業界で一番力のある弁護士もいるし、金もある。だが全アーティストが自由を手にし、公平に扱われなくてはならない」

これに加え、カニエはレコード会社や音楽出版会社との契約書のひな型として、新たな「ガイドライン」をツイートし、業界全体で定着させたいと述べた。そのガイドラインとは、(1)アーティストが各種著作権を所有し、レコード会社や音楽出版社に短期で「リース」する。(2)収益の取り分は8:2とし、アーティストが80%(あるいはそれ以上)を手にする、という内容だ。

おそらくカニエはすでに後期の作品の原盤権を所有していると思われるが、それを抜きにしてもこの2本柱の「ガイドライン」は、同じスーパースターのテイラー・スウィフトが大手レコード会社と結んだ契約と非常に似通っている。2018年末、スウィフトはユニバーサルおよびレパブリック・レコードと「今後のマスター音源はすべて自分が所有する」という新たな契約を結んだことを発表した。ご存じの通り、『ラヴァー』以前のマスター音源はスクーター・ブラウン氏が握っている。10年前、ビデオミュージック・アウォードでの悪名高き因縁にもかかわらず、カニエはスウィフトに、昔のマスター音源を取り返せるよう手を貸そうと約束しているのだ。

カニエの「ガイドライン」のもうひとつの提案は、音楽業界でも真剣に検討されるべきだ――レコード会社がSpotifyの株を所有している場合、株でもうけた金が個々のアーティストに分配され、ロイヤルティに盛り込まれるという考えだ。

ユニバーサルと契約しているアーティストは、UMGがSpotify株を売却する日を待ちわびている。カニエの情報源によれば、その価値は現在20億ドル(約2100億円)以上にのぼるそうだ。
ひとたびユニバーサルがSpotify株を手放した場合、会社に入る金の分け前が所属アーティストの銀行口座に確実に振り込まれることになっている。それはなぜか?

テイラー・スウィフトが手を回したおかげだ

※ティム・インガムはMusic Business Worldwide誌の創設者兼発行人。2015年以来、世界の音楽業界の最新ニュースやデータ分析、雇用情報を発信している。ローリングストーン誌で毎週コラムを連載中。

この投稿をInstagramで見るALL THE MUSICIANS WILL BE FREE ! Kanye West(@kanyewestt_official)がシェアした投稿 - 2020年 9月月16日午前10時21分PDT
編集部おすすめ