ニューアルバム『10 Songs』を先ごろ発表したトラヴィス。UKロック屈指の優れたソングライティングは今作でも健在だ。
制作背景を掘り下げるべく、中心人物のフラン・ヒーリィにインタビューを行った。

トラヴィスの4年ぶり9枚目のアルバムは、『10 Songs』と、素っ気ないくらいにシンプルなタイトルを冠している。だが、そんな佇まいに騙されてはいけない。ブリットポップが終焉しようとしていた時期にデビューしたこの職人気質のスコティッシュ・バンド――フラン・ヒーリィ(Vo)、ダギー・ペイン(Ba)、ニール・プリムローズ(Dr)、アンディ・ダンロップ(Gt)――はここに、四半世紀の間にコツコツと生み出してきたお馴染みの輝かしいギターロック・アンセムの数々に、勝るとも劣らない10の新たなスタンダードを披露。アメリカーナからグラムロックまで多彩なスタイルを引用しながら、丁寧にアレンジを施したこれらの曲のオーセンティシティは、不動のメンバーの絆とミュージシャンシップの賜物だ。また本作は、2003年の『12メモリーズ』以降複数のメンバーで行なっていたソングライティングを、再びフランが一手に担う形で制作。少々込み入ったその背景、そして、ソングライターとしての彼の矜持を、フロントマンに存分に語ってもらった。

―前作『Everything At Once』(2016年)を発表してからあなたたちは、出世作『The Man Who』(1999年)のリリース20周年を記念して、全編を演奏するツアーを行ないましたよね。あの時代を振り返り、名曲の数々を繰り返しプレイしたことは、新作に向かう気持ちに何らかの形で反映されましたか?

フラン:音楽的には、一切影響はなかったよ。でも、『The Man Who』を作った時の自分のフィーリングを思い出したという意味では、影響はあったね。僕はそのフィーリングをしばらく忘れちゃっていたんだ。というのも、息子が生まれてからの14年間、僕は父親業を最優先していた。
バンドと家族における自分の役割を両立させることはできないから、どちらかを犠牲にするしかないと感じて、家族を選んだっていうこと。だから、それまでは全曲僕が書いていたんだけど、ほかのメンバーも曲作りに参加し始めたのさ。ところが1年半前だったかな、まさに『The Man Who』の再現ツアーをやりながら『10 Songs』の曲作りを進めていた頃に、息子にこう告げられたんだ。「パパ、僕は大丈夫だから、バンドに専念してよ」と。僕もかつては男の子だったから分かるんだけど、少しずつ親の手を離れていく通過儀礼というか、そういう時期が訪れていたんだね。それで、今回から再びバンドにフォーカスを絞った。そのことがアルバムには如実に表れていると、僕は実感している。ここ数枚を振り返ってみても、最高の曲の集まりになったと思う。父親であることから解放されて、新たなエネルギーを得たんだよ。

―となると、着手するにあたって、自分が全曲を書くことをダギーとアンディとニールに伝える必要があったはずですが、バンド内でどんな会話があったんでしょう?

フラン:まず僕らは、アルバムに着手するにあたってあれこれミーティングをするようなバンドじゃない。世の中には色んなタイプのバンドがいるけど、僕らはオーガニックなバンドであって、ビジネスをやっているわけじゃないからね。ただ今回は、「自分の言葉しか歌いたくない」と最初からみんなにはっきり伝えたよ。
他人の言葉を歌うのは、僕にとって本当に難しいことなんだ。僕らはカバーもほとんどやらないし、アルバムで一度歌うだけならまだしも、ツアーが始まれば、繰り返し歌わなくちゃいけない。でも、みんな理解してくれたよ。それに、こうしてクリエイティヴな主導権を握ったことで、同時に大きな責任も負う。だからこそ、僕は100%自分をバンドに捧げることができた。

僕はソングライターになるべくしてなった人間

―確かに本作には、長いキャリアの中であなたが書いた、最も素晴らしい、最も美しい曲の数々が含まれていると感じます。

フラン:まあ、悪くない出来だよね(笑)。

―そのひとつの「Butterflies」であなたはソングライターとしての心境を論じていて、”蝶を捕らえること”を曲作りのメタファーに用いています。美しい蝶がどこに行けば見つかるのか、だいたい見当はついているものなんでしょうか?

フラン:そうだな、その質問に答える前に触れておきたいのは、ソングライターって本当に特別な種類の人間だということ。一種の使命を負っているというか、世の中には生まれつき医者になるべき人、弁護士になるべき人がいて、中には支配者やリーダーになるために生まれた人もいる。例えば英国の首相のボリス・ジョンソンとかね。初めて彼の顔を見た時、”うわ、こういう男は嫌いだ”って思ったものだけど、そういうポジションに就くべくして就いた人だ。


とにかく、同じように、僕はソングライターになるべくしてなった人間で、歴史を振り返ってみると、ソングライターのルーツは数百年、数千年前まで辿ることができる。カルチャーにおいて非常に重要な役割を果たしてきたんだよ。かつてはシャーマンと呼ばれたり、魔術師と呼ばれたり、名前は違ったけどね。つまり、ほかの人には分からないことが見えたり聴こえたりして、それを王様に伝えるのさ。”こんなことが起きようとしています”とか。これはすごく興味深いことで、例えば『10 Songs』からの先行シングルは「A Ghost」と題されているよね。あの曲をリリースする1カ月ほど前に、ローリング・ストーンズが「Living on a Ghost Town」というシングルを発表し、ブルース・スプリングスティーンが数週間後に、今度は「Ghosts」というシングルを発表した。示し合わせたわけじゃないのに、このところ”ゴースト”があちこちで語られているんだよ。どういうわけか、ソングライターたちはどこかから”ゴースト”というメッセージを同時に受け取っていたんだ。聴き手の受け止め方次第で、色んな解釈ができるんだろうけど。

―なるほどね。

フラン:そんなわけで、蝶はどこに行けば見つかるのかっていう話に戻るけど、それは僕自身の中にある特別な場所なんだ。
そこでじっと静かにしていて、トランスに近いような状態に自分を置いて、こう、メロディを繰り返し頭の中で鳴らしながら、自分自身の周りをぐるぐると回るようにして……。そうしているうちに、何かが動いた気がする。何かが起きた気がする。そして、すーっと言葉が生まれ出てくるんだよ。それは”真実”とも呼べるのかもしれない。僕らは、普遍的真理を探し求めているんだ。僕自身にもうまく説明できない、こんなプロセスを踏んでいるから、10曲書くのに4年もかかっちゃうんだよ(笑)。すごくオールドファッションなやり方で曲を作っていることは間違いないね。で、究極的に僕らは曲を売っているわけなんだけど、だからといって、売るために作っているわけじゃない。昔からソングライターたちは曲を作っていて、ある日そこに誰かがやって来て、”これ、売れるじゃん”と言って、その周りにビジネスが形成されたというだけ。僕らはただ、昔からやっていることを続けているだけなんだ。

―曲の意味はあとになって見えてくる、ということですね。


フラン:う~ん、「なんでこんなことを書いたんだろう?」って思うこともよくあるよ。そもそも。自分が書いた曲が果たして自分のものなのか否かっていうところも、定かじゃない。蝶との比較で言えば、僕は蝶を捕まえて、つぶさに観察してから逃がして、記憶からその蝶を描いて、出来た絵をみんなに見せる――という感じなんだ。で、中には「僕も同じような蝶を見たよ」と言ってくれる人がいる。つまり、その曲に共感してもらえたってことだ。

例えば、「Ninas Song」には”最高の父親たちは、なぜみんなどこかに消えちゃったんだろう”というフレーズがあってね。これも意図せずして生まれたんだけど、僕はシングルマザーに育てられた一人っ子で、6歳か7歳の頃に「パパが売ってるお店に連れてって」とせがんだことがある。僕はとにかく父親を必要としていて、どこかに行けば手に入るものだと思い込んでいたんだろう。だからこそ僕は、14年間バンドではなく息子を選んだんだよ。自分にはいなかった父親になってあげたかったのさ。スコットランドは女家長制の国で、女性たちが仕切っているから、男尊女卑的な思想は僕には一切ないんだけど、やっぱり子供には父親が必要だ。
なのに彼らはどこにも見当たらない。”いい男たちはどこに行っちゃったの?”と女性たちに訊ねたら、きっとみんな溜息を吐くだけだろうし(笑)、これもまた普遍的真理なんだよ。

ここにある10曲は本物なんだ

―では、『10 Songs』というタイトルは、10曲全てに同じだけの重みと価値を与えていることを意味するのでしょうか?

フラン:うん。それもあるし、ソングライターたちに敬意を表していて、かつ、単なる”売り物”と何らかの意義がある本物の曲を、差別化したいという気持ちが込められている。フェイクニュースと真実を差別化するような感じだね。「ここにある10曲は本物なんだ」と。正真正銘のダイヤモンドであって、キレイにカットしたガラスじゃない。だから、すごくシンプルなんだけど、非常に深遠でもあって、それが伝わればいいなと願っているよ。たとえ長い時間を要するとしても。

―アルバムを締め括るのは「No Love Lost」という曲です。”愛は少しも失われていない”と、この上なくオプティミスティックで心強い終わり方だと思うんですが、書いた時に「これがエピローグだな」と確信したんですか?

フラン:そうだね。この曲には、3つのセットになっている箇所が幾つかある。3つの単語で構成されたタイトル然り、”No fear, no regret, no shame(恐れも、後悔も、もない)”という箇所然り。そして、窓ガラスをつたって落ちる3つの雫が出てくるよね。これは僕と妻と息子であり、3人の関係を表しているんだ。ほら、雨の日にバスに乗っていて、窓ガラスの表面で揺れている雨粒をじっと観察しちゃうことってあるだろう? 幾つかの雫がまるで競争するようにしながら落ちていって、途中でひとつになって、大きくなって、さらに一緒に落ちて、最後は消えてなくなるというのが、僕にとっては人生のメタファーにように思えたんだ。だからこの曲は、ほかの人たちとつながる運命だとか、人々が一緒に歩んでいく年月について歌っているんだよ。

―ちなみに、最近のあなたは常に真っ赤なジャンプスーツを着ていますよね。ビデオの中でも、インタビューを受ける時も。どんな意図があるんですか?

フラン:意図はふたつある。まず、去年一度黒いジャンプスーツを着てライブをやったことがあって、初めて思い通りに体を動かすことができたんだよね。僕はステージで結構動き回るから。それですっかり気に入って、今度は赤のジャンプスーツを見つけた。赤なら、ステージから遠く離れている人にも僕の姿がよく見えるだろうし、制服があれば毎回服装を考える必要もなくなるから(笑)、「これで行こう」と決めたのさ。そして、特にこのアルバムにぴったり合うイメージなんじゃないかと思った。赤は重要な色だし、これは重要なアルバムだから、赤いジャンプスーツを着ることで僕は、「ねえねえ、聴いてくれよ!」と訴えているんだよ。

トラヴィスのフラン・ヒーリィが語る、「本物」を追求するソングライターとしての矜持

トラヴィス
『10 Songs』
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