世界の最前線に触れてきた編集者、若林恵が主宰する黒鳥社が毎日更新しているマイクロSNSコンテンツ「blkswn jukebox」と、1年ぶりのニューアルバム『極彩色の祝祭』を発表した孤高のロックバンド、ROTH BART BARONのコラボが実現。さる10月27日にトークセッション「コロナ時代の新たなバンドカルチャー」がYouTubeでライブ配信された。


当日はROTH BART BARON(以下、ロット)の首謀者こと三船雅也と、「blkswn jukebox」編集部員である若林と小熊俊哉(Rolling Stone Japan編集スタッフ)の3人で議論。「クリエイティブを共有するためのコミュニティ」「プロデューサーは自分たちのファン」「インディ規模で世界レベルの音を作る方法」「どうやったら配信ライブは応急処置を超えられるのか?」など、音楽の未来を考えるためのヒントがいくつも飛び出した。

パンデミックは業界構造の行き詰まりを浮き彫りにした。世界は元通りにならないだろうし、これまでのやり方はもはや通用しない。そのなかで、常に時代の先を行くと言われる音楽はどのような未来を描こうとしているのか。これからも文化をサステインさせるためにはどういった方法があるのか。トークの模様を振り返る。

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ROTH BART BARONに学ぶ、コロナ時代の新たなバンドカルチャー

左から若林恵、三船雅也、小熊俊哉(Photo by Yuri Manabe)

僕たちの強みは機動力

若林:実際にアルバムの制作に入り始めたのはいつ頃だったんですか?

三船:去年の末ぐらいです。中国でコロナの話が出始めたくらいの時期でした。

若林:でもその時は、まさかこんな大事になるとは思ってなかったでしょう?

三船:まさか思わなかったですね……。

小熊:そのなかで、アルバムタイトルにもある「祝祭」というキーワードはどういったところから浮上してきたんですか?

三船:もともとコロナの混乱が訪れる以前から、最近はタフな世界になってきたように感じていました。アメリカもああいう状況だし、UKでもブレグジットがあって、決して平和じゃない。
第一次世界大戦の直前みたいなキナ臭さというか。中国とアメリカの拮抗も、1個ドミノが倒れたら全部がパタパタと倒れていきそうじゃないですか。

だから去年、2010年代の最後に『けものたちの名前』というアルバムを出して、次のディケイドに移っていくという時、「今後、2010年代までは通用していた事が通用しなくなるんじゃないか」ということをすごく思っていたんです。それは5Gとかテクノロジーの話かもしれないし、少なくとも今まで大事にしてきたことが、意味がなくなるんじゃないかという予感というか。これは結果論ですが、コロナ禍になって以降、人々が消費行動で幸せを得ることがなってきた気がします。毎年新商品が出る悦びが存在しなくなった代わりに、流行り物を買い続けなくてもいいという解放感があるというか。

若林:ROTH BART BARONは以前からクラウドファンディング(以下、クラファン)を積極的に使ってきましたよね。パンデミックが訪れる前から、CDをリリースして、そのプロモーションをする中でお金が回っていくという従来の音楽産業のやり方が、だんだん通用しなくなってきたことはみんなわかっていたんだけど、それでも何となく行けるところまで行こうという雰囲気もあった。でも、結局それがコロナですべてストップしてしまって、これまでのやり方を変えて次のフェーズに行かなければならない状況になった。そういう中で今回のアルバムの成り立ちや、今後のツアーでも色々な取り組みがあると聞いています。

三船:そうですね。若林さんとは2年前に「P A L A C E」というコミュニティを立ち上げる時にも、CINRA.NETの対談でそういう話をしましたよね。
やっぱりミュージシャンとしては、ツアーが活動の一番メインなんです。創作をした後に、ツアーをして、お客さんと直接会いながら何公演もやって……というサイクルの中にバンドのライフスタイルがある。でも今年は、そういった1年間のスケジュールのうち三分の二を、コロナにゴソっと持っていかれてしまった。

若林:下世話な言い方をすれば、それって収入源の三分の二を持っていかれるという話ですよね。

三船:バンドにとってはそういうことです。それはミュージシャンみんなが辛いところだと思う。巨大なオフィスを構えている人たちとかは関わってる人数も多いので、停滞しているだけでも、ものすごい血が流れている状態だと思います。そういう中での僕たちの強みは機動力で、だからこそ配信ライブのアプローチも「コロナ禍の期間だけやりました」っていう形にはしたくなかった。例えば、クラファンとかで「ライブハウスが生き残るために200万円を集めたいんです」って動いても、こんなに長い間ライブハウスが開けない状態が続いていたら、そこで集まったお金って家賃に全部消えちゃいますよね。音楽ファンがサポートしたお金が、結局そのまま大家さんに入っちゃうというのは、本当に意味が分からないですし、僕らはそれと同じような活動にはしたくないなと。

若林:すごくわかります。

三船:じゃあ、この先につながるアイデアをみんなと共有できないかなと考えた時に、日本全国で十数公演のツアーをやって、その全ての現場に配信のクルーを連れていこうと。
ライブミュージックをカメラ越しに届けつつ、安全性を保ったうえで可能な限りお客さんも入れて、(現場と配信の)どちらのスタンスにもスイッチできるようなやり方ができたらと考えたんです。その経験値をミュージシャン自身が稼いでいくということを、まだ誰もやっていないから、それをやることで何か一つの結果を出せたら、よりよい未来につながるんじゃないかなと思って。

「循環」を取り戻すためのツアー

若林:そのツアーはいつから始まるんですか?

三船:11月7日からで全14公演です。厳密に言うと設備の関係で配信ができない会場もありますが、お客さんも会場キャパの半分くらい入れつつ、できるだけ全部を配信するという形で行います。

小熊:僕もコロナ以降、いろんなミュージシャンや業界関係者の取材に携わってきましたけど、「地方公演をどうするべきか?」というのはみんな頭を悩ませているみたいで。集客の制限がある以上、よっぽどチケット代を高くして売り切ったりでもしない限り、やればやるほど赤字になってしまう。だから今回、ロットがそれでも地方を回る、しかもほぼ全公演で配信も行うというのは大きなチャレンジだと思いますが、ただ配信に重きを置くのであれば極端な話、どこでも収録できるわけですよね。「配信ライブは東京公演のみ」みたいなやり方だって当然ある。それでもほぼ全公演で配信すると決めたのはなぜでしょうか?

三船:こんな時だからこそ、あえて通常通りのツアーをやりたいというのが一つと、「循環」を取り戻したかったんですよね。僕らくらいの活動規模だとしても、場所を借りてお金と人の流れを作っていかないと、いろんなところが壊死してしまうと思ったんです。当然、それは安全面との戦いにもなってきますが。

若林:今回のツアーで、スタッフは何人で動くことになるんですか?

三船:バンドが7人。
あとメンバー以外のスタッフに加えて、ABANKという映像チームが8人くらいで、全部で20人弱くらいですね。

ABANKチームによるロットの配信ライブ映像。2020年7月11日に新代田 FEVERで開催。

若林:結構な大所帯ですけど、コストもバカにならないですよね。

三船:そこはクラファンですでに達成しました。300名以上が参加してくださって、450万円以上のお金が集まりました。

若林:すごいな。参加者への返礼としては何を?

三船:今回は好きなボディとプリントのカラーをチョイスして、自分好みのバンドTシャツを作ってもらえるようにしました。例えば、若林さんがいま着ているフィービー・ブリジャーズのTシャツはボディが黒でプリントが白ですよね。そのキャラクターを何十種類ものパターンからカスタムオーダーできるという。それを僕らが自分たちで刷って、みなさんに届けるんです。

若林:えー。
300名分のシャツを自分たちで?

三船:はい。あとはツアー中の全配信ライブのチケットもリターンに入っていますね。
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実際にプリントされたカスタムオーダーTシャツの写真

ROTH BART BARONに学ぶ、コロナ時代の新たなバンドカルチャー

クラファンの「フルパッケージ」特典では、全公演のライブストリーミング映像が1年間いつでも楽しめるほか、ツアー全14公演のライブ音源/映像がダウンロード可能。ほかにも「ツアー各会場で会場でカメラクルーとして参加できる権利」「ツアー各会場のステージでセッション+映像収録してプレゼント」などユニークな特典が販売された。

「忘れられない体験」を一緒に作り出す

三船:あとクラファンのトピックとしては「バンドのライブをプロデュースできる権利」というのもあって。

若林:というと?

三船:僕らのメンバー編成やライブを行う会場、セットリストなどをその人に全部決めてもらって、その公演を僕たちが実際に開催するんです。実はつい先週(10月17日)にも、去年のクラファンのリターンとして、「キャンプ場の星空の下でロットを見たい」と言ってくれるファンのためにライブをしてきました。大自然のなかで火を囲みながらライブを観たいということで、イベントのタイトルも「The CAMPFIRE」。彼らがセットリストも全部決めて、おふるまいとして焼き芋を焼いてとか、すべて企画してくれました。

小熊:それは最高のシチェーション! 夜の野外でロットの音楽を浴びるのは気持ちよさそうです。

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「The CAMPFIRE」のライブ写真(Photo by Tân Gān-líng from "PALACE")

若林:制作にはロット側のスタッフも入るんですか?

三船:そうですね。場所のブッキングとかを手伝ったり、イベントを企画する時のノウハウはどんどん共有します。
僕自身、消費というか、クラファンでモノを貰っても、あんまりうれしくなくて、それよりも一生忘れられない体験にお金を出したい。例えば、僕はウィルコが大好きなんですけど、彼らのニューアルバムをプロデュースできるとなったら、多少高くてもサポートしたいと思うじゃないですか。

若林:やりたい! (ウィルコのドラマー)グレン・コッツェに「もっと柔らかく叩いて」とか言ってみたい(笑)

小熊:それは畏れ多すぎ(笑)。もはやそこまで行くと、アーティストとファンがある種イーブンな関係性で一緒にクリエイトしているとも言い換えられそうですよね。「ロットのライブをキャンプ場でやろう!」というのは理解のあるファンならではのアイデアで、ひょっとしたら当事者には到底思いつかない発想かもしれない。そういう意味では、「ファンとのクリエイティブ」の可能性を実践しているというか。

若林:流行りの言葉でいうと、一種のオープンイノベーションでもありそうです。

三船:そうですね。僕たちバンドが7人なのに対し、ファンの人たちは何百人もいる。その人たちが期待しているバンド像っていうのは、お互いが知り得ないまま乖離していることも多いと思うんですよ。そのなかで一般的なのは、アーティスト側が新しいバンド像を見せる、次に何をやるのかというのをファンが(受け身で)期待するという構図なんだと思うんですけど。

小熊:「アーティストとは神聖な存在で、ファンには手が届かない存在だからこそ尊い」みたいな関係というか。

三船:そうそう。でも、それを逆にファンの側から与えてもらうことで、自分たちがどんなふうに見られているのかがわかって、その新しい飛躍に目から鱗みたいなことは多いですね。僕らが一番最初にファンからライブをプロデュースしてもらったのは「プラネタリウムでライブを観たい」という企画で、それはチケットを発売したら即完したんです。そういう発想って、自分たちだけで考えるとベタ過ぎるように思えて、「ナシではないけれど、いつかやればいいか……」みたいになってしまう。そこをいい意味でキックされる経験というか。すごく覚醒する感じがします。

2019年9月に多摩六都科学館 プラネタリウムドームで開催された「The PLANETARIUM」のライブ映像

若林:なるほど。でも逆にそれってポピュリズムって言うとなんですが、ファンが見たい像に自分たちがどんどんアダプトしていっちゃう可能性もあるのかなと思ったりもしますが、どうですか?

三船:あんまりファンが求めるものを提供し続けちゃうと、どんどん血が濃くなるというか。健康的じゃないし、彼らの想像を超えられないものにもなりかねないですよね。やっぱり誰だって、自分の想像が及ばないような表現をする人のチケットを買いたいだろうし。だから、そこがを失われないようにすることには、すごく気を遣ってます。

若林:具体的に言うと?

三船:最後の一番大事なアウトプットのコアは、ちゃんとこちらから提示してあげるっていうことですね。例えば、ファンが提案したセットリストの流れは変えないけど、あえていつもと違う形でプレイしたりすることで、いい意味で期待を裏切ってみせるとか。そうやって彼らのアイデアを超えたコラボレーションを生み出すことで、忘れられない体験を一緒に作り出す。そういう意味では、普段のライブとやってることはあまり変わらないんです。

若林:企画した側の予想を超えていかないといけないと。そのバランスを保つのはなかなか難しそうです。

三船:そうですね。僕らはサイコロを転がしてみて、結果的に上手くいったわけですけど、最初は大失敗する可能性も大いにあったと思います。

「もらう/返す」から解き放たれた関係

若林:逆に、今までの試みのなかで、大失敗というのはありました?

三船:今のところはないですね。オンラインのファンコミュニティ「P A L A C E」もスタートしてから3年経って、勝手に転がるようになってきました。以前、若林さんと対談した時は本当に最初の最初で、どうなっていくのか全くわからなかった。200人ぐらいファンがいなくなることも覚悟して始めましたけど、今は結果的にいいコミュニケーションができています。

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PALACEのアートワーク(Designed by Ayako Iyobe from ”PALACE")

若林:実際、どういう感じで運営しているの?

三船:クリエイティブなことを共有することが多いです。「こういうグッズ作りたいんだけど、良いボディを仕入れられる場所を知ってる?」とか「そもそも何のグッズがいい?」とか。今日(10月27日)はちょうどアルバムの店着日なので「ショップから目撃談を送って」とか「ラジオにめっちゃリクエストするのどう?」みたいな。もっと何気ないこと、例えば僕が最近聴いてる音楽とかも共有してます。

若林:300人ほどがコミュニティ内にいらして、その中にリーダーっぽい人とか、コミットメントがより深い人とかみたいな階層はあるんですか?

三船:ありますね。熱心に動いてくれる人もいれば、ただ見てるだけの人もいるし、まだどうやって参加してのいいかわからない人もいる。あえてガイドラインも設けてないので、参加の仕方にもグラデーションがあるし、基本的にはフリーダムです。

小熊:なるほど。たださっきの例だけでいうと、ファンの人から与えてもらう話のほうが多くて、三船さんも何かしら返していかないとイーブンな関係にならない気もするんですけど。

三船:いや、そこを「もらう/返す」として捉えると、気を遣い合って破綻すると思うんです。このコミュニティに関しては、互いにお金をもらってるわけでもないし、投げっぱなしの方がいいと思ってます。

若林:とはいえ、その割り切りって勇気がいるでしょう?

三船:いりますね。ただ、最初は気を遣うこともありましたけど、300人を相手に気を遣い続けると、たぶんどこかで破綻すると思うんですよ。

若林:どこかで読んだんですが、イヌイットの社会では「人から何かをもらった時に『ありがとう』って言うな」という話があるそうで。人に何かをしてもらった時に、それに感謝するのは大事なことではあるんだけど、一方で貸し借りの関係を作ってしまう。でも、実は貸し借りの関係はできるだけ作らないようにした方がいいのかもしれない。いまのコミュニティの話もそうで、何かをしてもらったら当然返すべきだろうっていう前提で考え始めると、どんどんおかしなことになってしまう可能性はありますよね。

三船:そこが応酬になると目的が失われてしまうし、近代社会の風習に食い潰されてしまう。それは僕がやりたいことじゃないし、むしろみんなも、そこから解き放たれたくて音楽が好きになったんじゃないかとも思うんです。だからここでは、どうやったら現代の人たちの生活に合わせた健康的な関係を築けるだろう、みたいなことを考えながら転がしてます。

イメージ的にはバンを改造して、みんなでバンライフ(車中泊旅)をしている感じ。コミュニティとしての国とも接点を持ちながら、もっと自由にドライブできる環境をみんなで動かして、何か違う景色とか体験ができたら楽しいなと。「キャンプ場でライブをして、土砂降りでめちゃくちゃ疲れたけど、楽しかったね。きっと一生覚えてるよね」みたいな。

ROTH BART BARONに学ぶ、コロナ時代の新たなバンドカルチャー


若林:でも、その時の三船さんの立場って何なんでしょうね? (「P A L A C E」の)他の人たちとは明らかに違うだろうし、別にイーブンなわけでもないんだけど、上にいるっていう感じでもないだろうし……。

三船:世代的なこともあると思うんですけど、リーダー然としたリーダーみたいな感じではない気がします。さっき話したキャンプファイヤーの企画でも、焼き芋の火の近くで煙まみれになっているスタッフに「大丈夫?」って定期的に話しかけたり、裏方役に回ってます。音楽のことは責任を持つけど、それ以外のことは全体を見て、必要なことを手伝う。野菜を切る人手が足りなそうだから一緒にゴボウを切るとか、焚き火が消えてお客さんが寒そうだなというところに火を足しにいくとか、割と雑用係ですね(笑)。でも、全員がちゃんと話せるようには気を遣ってます。

若林:これは話しづらいかもしれないけど、「難しい人が来ちゃったなー」みたいなことはないんですか?

三船:今のところはないですね。気持ちはわかるけど、何か物事を始めようとするときに先ず起こりそうなリスクについて心配する人が多い気がするんです。そうじゃなくて、どうやったら新しいアイディアを実現できるか、プロジェクトに夢中になってそれが成功できた未来を強くイメージしていく。起こってもいないトラブルシューティングに気を取られてしまうのは何かがもったいないな、と。それに僕らの音楽や存在を自分のストーリーの中で完結させたい人は、そこまで近づいてはこないようにも思うし、それももちろんOKで、出来るだけグラデーションを用意して、もっと近づいてみたい人にもその深い通路を進めるようにPALACEをデザインできたらいいなと思っています。まだまだトライアルも多いですけど。

小熊:コミュニティが上手く回っているのは、そこに参加している人たちが、三船さんがここまで話してきたような思想を多かれ少なかれ理解しているから、というのも大きいんですかね。「売れたもん勝ち」「数の大きいほうが正義」みたいな考え方と別の価値観を提示しようとしていることが、しっかり伝わってるからこそなのかなと。

若林:あとは、やっぱりそこに音楽があるからなのかなと。例えば、ウィルコとかフィービー・ブリージャーズみたいな人たちが同じようなクラファンをやっていたとして、ファンは彼らの音楽が好きだからこそ参加するわけで、それを台無しにするようなことはしたくないですよね。その音楽のトーンやテクスチャーだったりを気持ちよく体験することが損なわれるんだとしたら、誰もやってる意味がないので、言語化された思想ではなく、そうした言外の感覚みたいなものが一種の合意点としてあるというのが、大きいのかもしれないですよね。

ファンがアルバム・プロデュース

若林:これまでのクラファンで一番大きなサポート額はいくらに設定したんですか?

三船:50万円ですね。「ロットと一緒にアルバムをプロデュースできる」というリターン内容で、前回のクラファンでサポートしてもらい、『極彩色の祝祭』で一緒に関わってもらいました。

若林:すごい。具体的な作業としては何をしてもらうんですか?

三船:まずは「こういうテーマでいこうと思う」というステートメントを僕が書き、それを挨拶代わりに送って構造を理解してもらって。その後、「こういうコンセプトで、こういうアートワークで、こういう曲たちがあります」「こんな感じでレコーディングをしようと思って、今バンドでセッションしてます」みたいなプライベートなインフォメーションを、その人にガンガン送っていくと。そこからやっと自粛要請期間が明けて、6月にレコーディングの最初のセッション日が決まったところで、声をかけて制作現場に来てもらいました。結局、彼女はほとんどのレコーディング現場に最初から最後まで同席していましたね。

若林:普段は仕事されている方?

三船:はい。すごくちゃんとした方です。

若林:すごいなぁ。それで50万円を払って、なぜか労働しているわけじゃないですか。しかも結構ハードな労働ですよね。

小熊:不思議な関係ですけど、でも普通に生きてたら、ロットほどのバンドを自分がプロデュースする機会なんて絶対ないですからね。

若林:たしかに。で、その方は具体的にどんなことをサジェストするんですか?

三船:例えばアルバムのアートワークも、最終的な形になる前の、もっとラフな時点から「こういうプランにしようと思ってるんですけど、何か意見があったら教えてください」って伝えておいて、メールのやり取りで向こうの意図を汲み取りつつ「この間の意見を受けて、こういうアプローチに変えてみたんだけどどうだろう?」みたいな感じでやり取りをしていて。いわゆる共同プロデュースみたいな形ですね。もちろん、実務面ではプロデュース経験の有無も関係してくるので、こちら側もサポートしつつ、彼女が思っていることやアイデアを伝えてもらいました。

若林:そのアイデアは、今回のアルバムでどんなふうに反映されているんですか?

三船:「こういう曲を作ってほしい」というオファーが一曲ありましたね。曲のデモを聞いた時に、よくボーイスカウトとかで歌われる「森のくまさん」の日本語版が浮かんできたから、それをモチーフに何かできないかと聞かれて。

若林:難しいことを言う(笑)。

三船:実は僕、クマが好きで、ヒグマが特に好きなんですよ。そういうところを汲んでもらったんだと思います。そこから僕のほうも、彼女はこの曲に小さな女の子や『美女と野獣』的なイメージが見えるんだなと受け取って、面白いなと思いながらアイデアを転がしていって曲を仕上げました。それによって生まれた「B U R N H O U S E」という曲は、最初に想定していたものと全然違う曲になりましたね。

若林:つまり人のアイデアを素直に受け止めて、自分が作ったものを捨てるみたいな話でもありますよね。ニコ・ミューリーという作曲家について誰かが言ってたんだけど、彼がすごいのは、とにかくアイデアをどんどん出すところだと。「いいのができた!」と持ってきても、相手にイマイチって言われると、すぐに捨てて次の曲を作ってくるんだって。

小熊:すごい割り切り方ですね。自分が作ったものに対する達成感やエゴより、他人の意見が上に来ると。

若林:それは極端な例にしても、人からサジェストされたものが、ある種のきっかけになって、自分が今まで考えたこともなかった扉を開いてくれるみたいことに対してオープンであるのは意外と難しいと思うんだよね。三船さんはそれに対しては、あまり抵抗はない?

三船:僕の場合、ロットの名前を背負っているのは自分一人ですけど、バンドメンバーが7人いて、みんなの意見を聞きながらセッションをして音楽を作っていくところがあって。曲作りもみんなの入り込む余地があるようにしているんです。デモの時点から「絶対にこういうふうに弾け!」みたいな、人間性を殺すようなことはしたくないので。そういう意味で、コラボレーションが好きなタイプだからこそ楽しめているのはあるかも知れないですね。もちろん、受け入れられないアイデアだったら断ると思うので、そこに嘘はないつもりです。

若林:面白い。アイデアって、じーっと考えてたら浮かぶというものでもなくて、何かの拍子にまとまるようなものじゃないですか。三船さんもさっき「転がす」と言ってましたけど、そういう待ちの時間というのは結構ありますよね。そんな時に、なんでも良いからアイデアが入ってくる状態にしておくのは大事なことですよね。今回のコワーキングには、そういう意味でいうと、新しいアイデアが入ってくる一つの契機になる可能性ってことですよね。できあがった曲を聴いて、その女性の方もすごく喜んでたでしょ?

三船:喜んでくれてるといいなーと思ってます。それと今回は、アルバムのライナーノーツもその方に書いていただきました。

若林:めっちゃ労働してる(笑)。

小熊:すごくいい文章でした。

三船:そうなんですよ。真摯にバンドを見てきた人のドキュメンタリーがそこにあって、今回のアルバムがどうやって作られのたか、すごく正直に書かれていました。僕もそれを読んで、「こういう風に見えていたんだな」と思ったし、すごく良かったです。

DIYで理想のサウンドを鳴らすために

若林:でも、やっぱり不思議ですよね。その人は50万円を支払うことで何を買ったことになるんでしょうね。普通の言い方をすれば、「三船さんが50万円である種の体験を売った」ってことになるんでしょうけれど、その説明だといまひとつしっくりこないじゃないですか。

三船:売り買いじゃないんですよね。消費できない何かを交換している感じというか。

若林:それってなんなんですかね?

三船:インディレーベルでクリエイティブなアルバムを作ろうとすると、圧倒的に予算が足りないし、(日本に住む)1億人だけじゃなくて(世界中に住む)70億人のことを考えた音楽を作るというのは、なかなか難しいと思うんです。僕らがやってるようなバンド・ミュージックは特に、アナログなスタジオや職人のノウハウを使わないと表現できないことがたくさんある。そのクオリティを実現させるためには、自分たちの経済圏だと、現状ではクラファンしか方法がなかった。業界的なしがらみに支配されることなくクリエイティブな活動をするために、自分たちで資金を確保するしかないと思ってクラファンをはじめて。そこで僕らができることは、いい音楽をいいクオリティで、何十年も耐えうる消費しきれないものに磨き上げること。だから「一緒に作っている」っていうイメージなんですよね。

若林:一方ではレーベルもお金を出してるわけで、三船さんは時間も含めて、持っているリソースを全部差し出して、何だったら持ち出しになっているかもしれない。そう考えると一種の協同組合というか、みんなが出資してシェアホルダーになって、それに対して出資分の相応の決定権を付与されて、作品やライブができていくみたいなイメージ……ってことなのかな。経済学的にはどう説明できるんですかね? でも、明らかに世の中的には、そういう方向に進んでいるような気はします。

三船:GDPで測れない何か、みたいな。

若林:ですね。いったいどういう行為なんでしょうね。不思議。

小熊:でもたしかに、今回のアルバムの音の良さは尋常じゃないですよ。こんなサウンドが日本のインディ規模で作られたというのは、もっと騒がれるべきだと思います。

若林:本当に音がいい。さっき「70億人に向けた」っていう三船さんの言葉にありましたけど、グローバルな音作りにしようっていう意図はあったんですか?

三船:そうですね。海の向こうの音楽に感動してきた僕としては、もともとバンドを始めた頃から「どうして日本と外国でこんなに音楽が違うんだろう?」というのはずっと考えていて。日本のビジネスフォーマットでは越えられない壁というか。だからこそ、その文脈に乗らない形で音楽を作れないかなと考えてきました。

それで幸運なことに、最初のアルバムからアメリカでレコーディングができて(2014年の1stアルバム『ロットバルトバロンの氷河期』はフィラデルフィア制作)、今ではテイラー・スウィフトのエンジニアをやってるジョン君(Jonathan Low)とか、ザ・ナショナル周りの人たちと出会うことができた。昔から変なアイデアを思いつくのが得意で、当時はエキサイト翻訳で英語のメールを書いて、「あなたの作る音が好きなのでやってくれませんか」みたいな小学生レベルの英文を送ってました。

小熊:そこで怖気付かずに「まずはやってみよう」となる行動力が、作品のクオリティにも直結しているし、ロットの活動を支える根底にありますよね。

若林:『極彩色の祝祭』ではダン・キャリーにエンジニアをお願いしてますよね。小熊くんともども、いま一番注目しているイギリスのプロデューサーですよ。

この投稿をInstagramで見るSpeedy Wunderground(@speedy_wunder)がシェアした投稿ダン・キャリー

小熊:ここ数年でUKロックが復活したとも言われるなかで、フォンテインズD.C.、ブラック・ミディ、ケイト・テンペストといった有力者を手がけてきた影のキーマン。彼の参加にはどういう経緯や狙いがあったんですか?

三船:今回のアルバムでは血の通った音楽というか、奇を衒わずストレートにメッセージを伝える、カッコつけない素直な音楽を作りたかったんですよね。だから、制作中はリモートでの作業もあったんですけど、レコーディングでは同じ空間でちゃんと空気を震わすバンドサウンドを作ることに集中していたんです。

それで、ロックダウンが終わった後に大きいスタジオを借りて、久々にメンバーみんなで集まり、「一緒に音を出すって楽しいね!」って初めてバンドを組んだときみたいに感動しながら録音したんです。それで音にパッションがたくさん込もったから、ミキシングではイギリスのエンジニア特有のクールさ、意地悪さみたいなものがほしいなと思ったんですよね。アメリカのエンジニアだと、このバイブスを活かし過ぎてしまう。そこをクールに料理してくれる人にお願いすることで、そっちに振り切りすぎない「クールであったかい」バランスが出せるんじゃないかと思って、ダンにお願いしました。

小熊:ダン・キャリーは自分が立ち上げたスピーディー・ワンダーグラウンドというレーベルで、サウスロンドンのローカルな新鋭たちをフックアップしたりもしていて、実は以前から話を聞いてみたかったんですよ。

若林:今度は3人でダン・キャリーにインタビューしましょうよ。つないでください(笑)。

三船:それは面白そう(笑)。

ミュージシャンは新しい社会のモデル

小熊:最後に、これから始まるロットのツアーも踏まえて三船さんに伺いたいんですけど、コロナ以降はクラファンもそうだし、配信ライブも音楽業界にとって応急処置的な側面を担ってきたのは否めないと思うんですよね。配信ライブがネガティブな意味での「代替品」を超えるためには、何が必要になってくると思いますか?

三船:僕たちアーティスト側ができることとしては、「レンズの向こう側の人に対して、どう音を伝えるのか?」をアーティスト自身が意識してパフォーマンスすること、その経験値を得ることだと思います。

若林:これまで、それは経験としてはあんまりなかったということですか?

三船:なかったですね。今年初めて養われたというか。でも、だいぶ慣れました。演奏後に拍手がないこととか。

若林:それは例えば、昔の歌謡曲の歌手とかにはあったかもしれないってことですよね。テレビが前提だった時代の人には。

三船:そうかもしれない。でも、いまはいろんな業界で「1年生からやり直し」と言われているけど、僕はその感じは嫌いじゃないんです。だから配信ライブも、応急処置というよりは「新しい要素がひとつ増えた」という捉え方をしてます。ただ、配信ライブの場合は金をかけた者勝ちというか、機材の性能への依存度が高いからものすごい格差が生まれやすい。そこが懸念事項ではあるけど、どうブレイクスルーしていくのか。自分たちマターでどこまでできるのかっていうのは大いなる実験だと思いますね。

若林:ヴィンセント・ムーンの「Take Away Show」みたいな、ああいうアイデアというか文法がまた開発されていかないとですよね。

三船:そうですね。そういった体験を映像表現とライブミュージックという形でプラスアルファできる、新しい表現が生み出せるんじゃないかっていうのは、アーティスト全員がいま考えなきゃいけないことかもしれないですね。

あと言えるのは、日本がコロナ禍に入ってからの10カ月で、ほとぼりが冷めるまで待つタイプの人と、これを機会に何か新しいことに挑戦しようとする人、戻りたがる人と進みたがる人に分かれましたよね。僕の場合は後者で、『どうぶつの森』の世界みたいなアバターの前でライブすることもやってみたい。そこがモーションキャプチャーとかで、現実とコネクトしている世界だったらなおさら。もちろん、資金が何億円あっても足りないんだけど、そこでアバター用のTシャツとかを売りたい(笑)。

若林:配信が難しいのは希少性をどうつくれるのかというところだと思うんです。生のライブは「会場キャパが100人」という物理的な制限のなかで希少性と価値が生まれていたわけで、どのステージも同じ内容だったとしても、その希少性のおかげで問題にならなかったわけですが、ツアーの全公演を配信するとなると、同じ内容を2度配信するわけにも行きませんし、セットリストも変えないとですよね。今回のロットみたいにほぼ全公演を配信するとなると「内容をどうするのか?」「衣装をどうするのか?」「何か仕掛けが必要なのか?」とか、そういう問題も出てきますよね。

三船:そこはたしかにそうですね。僕らの場合、もともと極めて自然な形で毎回セットリストが違うから、毎回違う瞬間を生み出せるだろうというのが一つ。あと、今回のツアーは会場がいろいろと面白くて。北海道だとイサムノグチの”ガラスのピラミッド”の中でやったり、他にもお寺や倉庫でやったりとか、そういった場の空気感も楽しんでもらえると思います。それと、途中にカバー曲コーナーを設けよう思っていて。以前、若林さんに相談したらテレサ・テンをリクエストされて(笑)。

若林:「香港」という曲と「悲しき自由」という曲を、この間の香港の問題を念頭に歌ってみたら面白いかなと思ったんですけどね。難しいですよね(笑)。あとは、T・レックスはどうかな、と。

三船:T・レックスはやりたいですね。「若林ナイト」をどこの公演にするのか考えないと……。

小熊:本当にやるんですか(笑)。でも、今日の話を聞いていても、「考えるよりやってみる」という三船さんのスタンスは、これからの時代、ますます強い気がします。

若林:人とちゃんとコラボレーションできるっていうのは、ミュージシャンに限らず、どんな仕事でも大切な資質になってくるんだろうなとは思うんです。それこそイギリスにブリットスクールという芸術学校がありますけど、そこで教えてるのもそれだっていうんです。ライブ公演はとくにチームワークになるわけですから、自分のポジションを知ってるだけではダメで、出演者であっても、照明やPAなどのポジションを体験させられたりするというんです。そうやって他人の意見にオープンに耳を傾けられる資質を育てていくそうなんですが、卒業生のアデルなんかでも、そういう訓練を受けているそうで、だからアデルはスタッフに対して非常にオープンでフランクなんだそうです。そういう意味では、そうした音楽家のありようは、これからの新しい社会や働き方の先行モデルになっているのかなと思ったりします。

三船:いろんなことを習得しながら自分の得意技を見つけつつ、足りないところをチームエフォートしていくのは大切ですよね。その時に一番大切なのは、何もわからないままチームを作るより、まずは全部やってみてから考えること。今だったら配信ライブも音楽も、アーティストは自分たちで全部やらなきゃいけない。この10カ月はそんなふうに焦っていろいろやって失敗しまくってる、みたいな時期でもあったんですけど(苦笑)。

若林:でも、それは何ひとつムダにならないですよね。

三船:うん。傷ついている人がたくさんいるから「楽しい」とは言いづらいけど、この状況で自分が成長している感覚はあります。新しい扉を開けている感じっていうのかな。

ROTH BART BARONに学ぶ、コロナ時代の新たなバンドカルチャー

「コロナ時代の新たなバンドカルチャー」では本編終了後、三船によるギター弾き語りライブも実施。ピクシーズ「Debaser」のカバーも披露された。(Photo by Yuri Manabe)

ROTH BART BARONに学ぶ、コロナ時代の新たなバンドカルチャー

ROTH BART BARON
『極彩色の祝祭』
発売中
視聴・購入:https://ssm.lnk.to/LoudColrsSilenceFestival

ROTH BART BARONに学ぶ、コロナ時代の新たなバンドカルチャー

ROTH BART BARON Tour 2020-2021『極彩色の祝祭』

2020年
11月7日(土)広島・クラブクアトロ|主催:広島クラブクアトロ
11月14日(土)静岡・浜松 舘山寺|主催:MINDJIVE
12月5日(土)京都・磔磔
12月11日(金)東京・渋谷 WWW <追加公演>
12月12日(土)東京・渋谷 WWW - SOLD OUT -

2021年
1月16日(土)愛知・名古屋 The Bottom Line|協催:jellyfish
1月21日(木)福岡・百年蔵|主催:BEA
1月22日(金)福岡・the Voodoo Lounge|主催:BEA
1月23日(土)熊本・早川倉庫|主催:BEA
2月6日(土)石川・金沢 Art Gummi - Guest Act:noid -|協催:Magical Colors Night
2月7日(日)富山・高岡市生涯学習センター1F リトルウィング|主催:Ishi-G 雑楽工房, Songs 音創会
2月13日(土)大阪・梅田 Shangri-La|主催:SMASH WEST
2月20日(土)北海道・札幌 モエレ沼公園 ガラスのピラミッド|主催:WESS
2月21日(日)北海道・札幌 Sound Lab mole|主催:WESS
2月23日(祝・火)宮城・仙台 Rensa|主催:Coolmine

ROTH BART BARON『けものたちの名前』Tour Final
2020年12月26日(土)・27日(日)東京・めぐろパーシモン大ホール
*5/30の延期振替公演

ROTH BART BARONに学ぶ、コロナ時代の新たなバンドカルチャー

ROTH BART BARON "POP UP STORE & EXHIBITION"
2020年11月21日~11月24日
KATA(LIQUIDROOM 2F)

ROTH BART BARON公式サイト:https://www.rothbartbaron.com/
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