今、世界に必要なのは愛だ。
そしてイヴ・トゥモアの音楽は、つまるところまっすぐに貫かれた愛の音楽である。
FUJI ROCK FESTIVAL 2023への出演が決定したイヴ・トゥモア。2018年、2019年と来日があったが、今回がコロナ禍以降初のショーとなる。そして、明らかなグラムロック化を果たして以降初のステージであり、日本のフェスへの登場も初だ。
イヴ・トゥモアは常に、エクスペリメンタルな音楽家として紹介されてきた。しかし、イヴ・トゥモアのやっていることは実験ではない。「この人がいなければ、この人がいなくなれば、私の生に意味が見いだせなくなる」。切迫した思いを託した、徹底的に叙情的な愛の表現こそが、その音楽の核にある。

Photo by Jordan Hemingway
イヴ・トゥモアは、アメリカ合衆国・フロリダ州マイアミ生まれの電子音楽家/プロデューサー/パフォーマー、ショーン・ボウイのソロプロジェクト。テネシー州ノックスヴィルで育ち、17歳より音楽制作を始める。
初期の作品には、何を考えているかわからない不気味さと、センチメンタルな感触が同居するアンビエント性が目立った。例えば『When I Fails You』収録の「Slow(Subvutis Version)」はカイリー・ミノーグ「Slow」を思い切りサンプリングした半ばリミックスと言っていい楽曲だが、ダンスビートを押し出してエロスを強調した原曲の雰囲気は一切残していない。ピアノのアルペジオのループに変調したカイリーの声が絡むノンビートの演出は、幽玄な気配であたりを包み込む。同時に、どこか寂しい郷愁が音の間を漂っている。
まず、変化を遂げたのは『Safe In The Hands Of Love』の時だ。
『Heaven To A Tortured Mind』ではバンド色をより強調し、グラムロックに急接近する。元々、ディーン・ブラントやアルカにも通ずるエキセントリシティを感じさせる作家であったし、生演奏と電子音を混ぜた折衷的なサウンドを生み出していたとはいえ、ここまでの大きな変貌には誰もが驚きを覚えた。騒がしいギターの渦と、電子処理の施された機械的なファンクのリズム。そして、渇きと同時にねちっこさを湛えるショーン・ボウイの声。その音楽は、70年代のデヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックの現代版を思わせる刺激的かつ虚無的な世界をイメージさせる。
ピュアネスが炸裂するライブショー
2021年のEP『The Asymptotical World』でさらなるロックアンセム化を推進した後、『Praise a Lord Who Chews but Which Does Not Consume』では、ニューウェーブ/ネオサイケ的なサウンドへ移った。「God Is A Circle」や「Fear Evil Like Fire」から聞こえる、ディストーションのかかったベースの太みや分厚くギラついたギターの単音フレーズ、4度と6度の間を行き来するコード・プログレッションは、70年代後半から80年代初期にかけてのPILやジョイ・ディヴィジョンを思わせる。「Lovely Sewer」のチープでプラスチックかつ残響の深いドラムサウンドで16分のハイハットを刻むパターンは、キュアーの「One Hundred Years」そっくりだ。
ショーン・ボウイは、蛇の表情のように感情の読み取りにくい声をしている。だからこそ、直線的なリリックが歌に乗った時に突き刺さる。変態質に思えるイヴ・トゥモアの音楽だが、そこに乗せられる言葉と感情は実はストレートそのものである。例えば『The Asymptotical World』の「Jackie」。”Hey,Little Jackie / When you wake up,do you think of me?”(ジャッキー、目覚めた時に僕のことを考えてくれる?)と冒頭から抑えた声で語りかけ、コーラスで”I aint sleeping / Refused to eat a thing”(眠っていないし、何も食べたくない)と、自身のひどい状態を歌い上げる。「Meteora Blues」では、乾いたアコースティックの上で”I'll always pray to an empty sky”(空っぽの空に向かっていつでも祈るだろう)と叶わない思いを打ち明ける。ボウイの言葉は、恋を知ったばかりの少年のように無様で愚かで実直で切実なのだ。”Everybody told me you are creep”(お前はクズだってみんなが言う)、”I hear the angels lie, too”(天使たちも嘘をつくのを耳にする)と疎外感が溢れ出す「In Spite of war」では、”I just wanna know/Will you be by my side?”(俺はただ知りたい、君は俺の味方なのか)と、スネアの連打と押し寄せるギターに乗せて率直な言葉を吐き出す。驚くべきピュアネスが、音楽の中から溢れてくる。
そのピュアネスがより強く炸裂するのがライブショーの現場だ。2022年のグラストンベリーでのライブの様子がYou Tubeにアップされているが、そこではショーン・ボウイの純心さが滲み出ていた。
ギタリストのChris Greattiはエクスプローラー型のギターで伸びやかにソロを弾き、ベーシストのGina Ramirezは太いベースラインをはじきながら蛍光イエローのアウターを上下に揺らしている。ギターの音はオーディエンスのアクションを呼び起こし、相互作用で場の熱をあげ、ドラムとサンプラーが呼応する。長身のショーン・ボウイがそうした全ての気配を司る使者のように、声をあげる。「Operater」の後半では、ショーンが「Be!Be!」と叫ぶと観客は「Aggressive!!」と応える。ライブ会場全体が、少しずつ少しずつ、アグレッシブな気配を充満させていく。熱気と熱狂の中、ボウイは気取った態度を見せずに、観客を見つめ、体を揺らしながら、手を差し伸べるように歌っていた。
2022年のグラストンベリーでのライブの様子(フル版はこちら)
最新作の最後の曲「Ebony Eye」では、心地よく揺らぐブレイクビーツと天国から降り注ぐ光のごときサンプリングフレーズと共に、ボウイのピュアネスが強く激しく押し寄せてくる。
”Ebony Eye
Swing your arms
In the October air”
”漆黒の瞳よ
腕を揺り動かして
10月の空気の中で”
この、母音を多く含む柔らかさの中で「b」の音がアクセントとなる反復フレーズは、愛を一つのシーンに凝縮させたかのような美しさを誇っている。10月の空気を感じる腕の動きに、生の全てが宿っている。その無限の気配は、イヴ・トゥモアのライブの舞台ではっきりと現れる。ボウイの美しい声が、イヴ・トゥモアの美しい音が目の前で鳴り響けば、そこに生の意味は生まれるだろう。計画性や持続可能性を無視した生の充実が、あなたの意識と体を覆い尽くすだろう。そして、真っ直ぐな愛だけが最後に残るだろう。
もう一度言おう。

イヴ・トゥモア
『Praise A Lord Who Chews But Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)』
国内盤CD:発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13252
LP国内仕様盤、輸入盤CD、限定輸入盤2LP:2023年4月28日リリース
※国内盤CD・日本語帯付き仕様盤LPは、日本限定カラーのTシャツセットでも発売
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13253
FUJI ROCK FESTIVAL23
2023年7月28日(金)29日(土)30日(日)新潟県 湯沢町 苗場スキー場
*イヴ・トゥモアは7月28日(金)出演
フジロック公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/