多種多様なボーカリストを迎えながら、今やその時々で「面白い」と思ったコラボレーションを実現するプロジェクトに成長したSawanoHiroyuki[nZk](サワノヒロユキヌジーク)。その最新作『odd:I』(映画『七つの大罪 怨嗟のエジンバラ 後編』主題歌)がここに完成した。
今回のインタビューでは、ゲストボーカルに岡野昭仁ポルノグラフィティ)を迎えた本作についてはもちろん、澤野弘之の音楽やアニメとの歴史についても貴重なエピソードとともにがっつり語ってもらった。

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ー今現在、澤野弘之はどんな音楽家であると思っていますか?

[nZk]を始めた頃は、劇伴作家であることを強く打ち出していたと思うんです。もちろん今も昔も劇伴作家であることには変わりないんですけど、かねてから”作曲家””音楽プロデューサー”として幅広くいろんな活動をしていきたい想いはあったので、それが最近はNAQT VANEの活動やSennaRinのプロデュースなど含め実現できているなと。劇伴作家という括りで言うのであれば、従来の劇伴作家の枠を超えた活動をしていきたいと思っています。

ーたしかに今の音楽活動の幅広さを見ると”作曲家””音楽プロデューサー”が最もピンと来ますね。そこに至るまでのストーリーも掘り下げたいのですが、澤野さんのデビュー作って何になるんですか?

最初にテレビで放送される作品にちょこっと参加したのは、2005年の『牙狼〈GARO〉』という、パチンコなどにもなっている特撮ドラマ。
それとほぼ同時期にドラマ『Ns'あおい』にも参加していて、そのふたつが自分の劇伴作家としてのスタートになった作品ですね。なので、僕のアニバーサリーイヤーのイベントなどをやるときは、2005年からカウントした数字になっているんですけど、ものすごく細かく言うと、その2年前ぐらいにアーティストへの楽曲提供などの仕事をしたことはあるんです。

ー澤野さんは、小室哲哉さんや坂本龍一さん、久石譲さんなどの影響を受けて映画音楽やインストゥルメンタルに傾倒するようになり、劇伴作家としての道を歩み始めたんですよね。そして、今、お話頂いた作品でのデビューに至るわけですが、その前に下積み期間があったんですか?

下積み期間というか、すぐに劇伴の仕事をしたかったんですけど、最初はそういう機会に恵まれなかったんですよね。なので、いわゆるポップスの作曲家の人たちと同じようにコンペに出す、歌モノの曲をいくつも制作していたんです。その当時所属していた事務所から半年ぐらいで「100曲書きなさい」と言われて、100曲書いたりしていました(笑)。
それが修業期間というか、結果的に自分のためになったんですよね。そこで書いた曲を後々自分の作品に使ったりもしているので。

ーその後『牙狼〈GARO〉』『Ns'あおい』に参加してからは、劇伴の仕事が次々と舞い込んでくるようになったんですか?

『Ns'あおい』の選曲家の方がわりと若い作家を起用するタイプで、僕に興味を持ってくれたんです。その後もその方が担当する作品に呼ばれるようになったんですけど、『Ns'あおい』の次のクールの作品が『医龍 Team Medical Dragon』だったんですよ。その『医龍』が劇伴業界的に良い反響をもらえたことで僕の名刺代わりになって、そこからはコンスタントに劇伴の仕事をオファーしてもらえるようになりましたね。

ーそこから幾多数多のドラマや映画の劇伴を手掛け続けているわけですが、同時にアニメ業界でも、今回の映画『七つの大罪 怨嗟のエジンバラ 後編』主題歌に至るまで凄まじい数の作品に携わっているじゃないですか。
この状況は想定されていました?

想定していたわけではないんですけど、自分が劇伴の道へ進むきっかけとなった存在の中にジブリの久石譲さんがいたり、菅野よう子さんが手掛けられていた『攻殻機動隊』を観ていたりしたので、アニメの音楽をつくりたい気持ちは元々強かったんですよ。わりかし初期の頃はアニメの仕事がたくさんあったわけじゃなくて、2010年の『機動戦士ガンダムUC』きっかけでいろんなオファーをもらえるようになったんですけど、それ以前から「自分も久石さんや菅野さんのようにアニメ作品に関わりたいな」と思っていたんです。

ー元々、アニメは好んでよく観ていたんですか?

観ていましたよ! 僕が高校の頃に深夜アニメが流行って『ベルセルク』とか……大人向けアニメと言っていいんですかね。シリアスだったり、バイオレンスだったり、ちょっとエロいシーンもあったり、そういうアニメを「上の世代向けのアニメだな」と思いながら観ていて。『攻殻機動隊』なんてまさにそういう作品ですよね。あと、僕は大友克洋さんの監督作品もすごく好きで追いかけていました。


ー以前から菅野よう子さんの影響も受けていると仰っていましたが、彼女の音楽のどんな部分に魅了されていたんでしょう?

それこそ『攻殻機動隊』や『カウボーイビバップ』『∀ガンダム』『WOLF'S RAIN』などで菅野さんの音楽に触れてきたんですけど、それまで僕が好きで聴いていた久石さんや坂本さんや小室さんやASKAさんの音楽は、ある程度その人のカラーが見えるというか、何作品か聴くと個性や傾向などを感じたんですよ。それは劇伴作家の人たちにも言えることで。ただ、菅野さんの音楽は作品ごとに全然バラバラのジャンル感で、しかも格好良く突き詰めてあれだけクオリティの高いモノを毎回創り上げている。最初に『カウボーイビバップ』の音楽を聴いて「ジャズファンク系に強い人なんだ」と思っていたら、その後『攻殻機動隊』の音楽に触れたらエレクトロニカだったんで「なんだ、この人!」ってすごく衝撃を受けて。そんな感じであらゆる洋楽的なアプローチを臆さずアニメ作品に持ち込んでいたから「この人がアニメ全体のレベルを上げているな」と思っていたんですよね。

ー菅野よう子が音楽を担当しているアニメは間違いない。
そう思わせる存在になっていきましたよね。また、今語られていた制作スタイルの影響は、澤野さんが手掛けるアニメ作品の劇伴やテーマソングからも感じ取れます。

それまでのアニメの音楽って「アニメっぽい」と感じさせるものがわりかし多かったじゃないですか。その枠組みを取っ払ってアニメやその音楽を格好良くしていってくれている人だなと感じていたので、それには物凄く影響を受けていますね。なおかつ、劇伴の中に洋楽的な歌モノもバンバン入れて、まるでコンピレーションアルバムのようなサントラを創り上げていた人なので、それで「僕も劇伴に歌モノを入れたい」と思うようになりましたし。菅野さんってその後の『マクロスF』でめちゃくちゃ大ヒットして、アイドルポップ路線の音楽でより多くのファンを獲得したと思うんですけど、僕はどちらかと言うと洋楽的なアプローチをしていた菅野さんのアニメ音楽に影響を受けて、それを追求したくて今でも続けているんです。


ー澤野さんもアニメ音楽に限らず「え、ここでそんなアプローチするの?」と驚かせるような楽曲を届けていきたい感覚は強いんですか?

自分なりにですけどね。予想できる流れだと思わせておいて、ちょっとひねくれた要素を入れたりしたい……したいというより、そういうクセかな。それは菅野さんの影響よりも、学生時代に作曲家の人のところでレッスンを受けたりしていたんですけど、その先生がひねくれていたので、もしかしたらその影響かもしれない(笑)。自分なりにポップな曲を書いて持っていくと「つまんないね。もうちょっと捻って面白いことを」って言われて。それが悔しくてなんかしらヘンな要素を入れるようになっていったんですよね。なので、今も「こういう音楽をお願いします」と言われても、あたりまえにそれをリファレンスして創るよりも「こんなことするんだ?」と感じてもらえるような捻りを入れる。それは意識的にも無意識的にもやっていると思いますね。

ー今のお話ともリンクすると思うんですが、ご自身でもターニングポイントとして捉えている『機動戦士ガンダムUC』。ガンダムシリーズは歴史が長い分だけ音楽も「こうでなければいけない」ある種の縛りがあると思うんですけど、澤野さんはどのようなマインドで臨まれたんですか?

過去のガンダム作品も観ていたんですけど、劇伴はそんなに注目して聴いていなかったんですよ。どちらかと言うと、映像と物語、あとは主題歌。TM NETWORKの「BEYOND THE TIME」(『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』主題歌)とか、森口博子さんの「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」(『機動戦士ガンダムF91』主題歌)とか、そっちのほうに気持ちを持っていかれていたので。唯一、菅野さんの『∀ガンダム』の音楽は聴いていましたけど、そういう過去のガンダムの劇伴に引っ張られるよりは、自分が考えるガンダムの音楽を創ればいいと思っていたので、わりかし気負わずに臨めたんですよね。

ーその結果、澤野さんはガンダムフリークに限らず、多くのアニメ関係者やファンに注目されるようになりました。個人的には『機動戦士ガンダムUC』と澤野さんの世界観の親和性の高さに驚かされたのですが、元々それぞれが持つ素養の相性も良かったのかもしれないなって。

あと、タイミングも良かったのかもしれない。自分の『機動戦士ガンダムUC』以降に創っている曲は、メロディの書き方が変わっていっているんですよ。ハリウッドの影響を受けたりしていて、極端にメロディアスなメロディをあんまり書かなくなったんです。でも『機動戦士ガンダムUC』のときって劇伴作家歴5年目ぐらいで、日本人が好きそうなメロディアスな音楽を追及していたタイミングだったので、それが上手く合致して世に出せたと思うんですよね。なので、あと数年タイミングがズレていたら、最初のサントラのメインテーマみたいな曲は生まれていなかったかもしれないから、あのタイミングで創れてよかったなって。

ーその後も『機動戦士ガンダムNT』『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』といったガンダム作品だけでなく『進撃の巨人』『甲鉄城のカバネリ』『86―エイティシックス―』等々SFやファンタジー要素の強いアニメ音楽を手掛け続けています。

自分では「親和性が高い」なんて思っていないんですけど、でも純粋にSFは好きなんですよ。昔から海外のSF映画とかよく観ていて、そういったスケールのデカい作品の影響を受けて、自分もそういう作品に関わりたいなという気持ちをずっと持っていたので、今挙げてもらったようなアニメ作品の音楽を創っているときは本当に楽しいんです。それこそスケールの大きいオーケストラの曲を創りたかったとしても、日本の日常系ドラマだと浮いちゃったりする。でも、アニメだとスケールの大きい作品が多いから違和感なく響かせることが出来る。そういう意味では、自分の追求する音楽を素直にアプローチできる場所でもあるんですよね。歌モノの曲を劇中でバンバン流しても面白がってもらえますし。

ーこれまで数えきれないほどの楽曲をアニメやドラマの為に生んでいるわけですが、1作品に対し何十曲も制作したり、監督やプロデューサーからダメ出しされて作り直すこともあったり……心折れそうになる瞬間とかないんですか?

それがですね、これまでまったくリテイクがなかったわけじゃないんですよ? 僕は根に持つタイプだからリテイクされたら忘れないので(笑)。でも、これだけの本数を手掛けさせて頂いているわりには、かなり少ないほうだと思います。自分が「これだ!」と思ったものを提出して「オッケー」をもらったものがほとんど。自分からすると、打ち合わせをして方向性さえ掴めば、そこからあまりにも作品とブレた音楽を創ることなんてないと思っているんですよ。過去にドラマ音楽で「なんか違うんだよな~」みたいなことを言ってリテイクするプロデューサーとかもいたんですけど、僕自身は「この作品にはコレだ!」と思って創っているので、それが「違う」となるんだったら、極端な話「そもそも選んでいる作曲家が違うんじゃないですか?」みたいな(笑)。

ーそれを言い切れるのは格好良い(笑)。

実際にそこまで傲慢を通すわけじゃないんですけど(笑)、それぐらいの想いでこちらは創っているんですよね。だから「リテイク」と言われて「はい、分かりました。すぐ創り直します」という気持ちにはなれないというか、それぐらいの想いで1曲1曲に取り掛かっている。その甲斐あってか「コレだ!」というモノをぶつけて、それを受け止めてもらえているケースがほとんどなので、リテイクで心が折れそうになった瞬間とかはないですね。

ーまた、澤野さんは劇伴と共にテーマソングも多く手掛けてきています。その歴史を語る上で欠かせない存在が[nZk]だと思うんですけど、このプロジェクトはどのような流れで立ち上げられたのでしょう?

音楽を始めるきっかけ自体はASKAさんや小室さんだったので、劇伴を手掛けていく中で「歌モノの曲を創りたい」という欲求がずっとあったんですよね。それをどこかしらで形にしていけないか相談しようと思っていたタイミングで、僕が劇伴に歌モノの曲を取り入れるようになっていたこともあって、ソニーさんから[nZk]の提案があったんです。ただ、最初はボーカリストを毎回変えていくプロジェクトになると思っていなかったんですよ。

ー最初から今の形をイメージしていたわけじゃなかったんですね。

ボーカリストを固定して、それこそ最初の『A/Z|aLIEz』(アニメ『アルドノア・ゼロ』エンディングテーマ収録)はイツエ(当時)のmizukiさんだったんで、mizukiさんとやっていくのかなと思っていたんですけど、3作品目から楽曲によって変えていく流れになって。まだそのときは新しい人たちと一緒にやっていくプロジェクトだったんですけど、3枚目のアルバム『R∃/MEMBER』でキャリアのあるメジャーな方たちとコラボしてみようと。それが面白くてシリーズ化していったら、ASKAさんにも参加してもらえるまでに至りました。それが実現したときは感無量でした。そんな感じで徐々に形を変えていったので、今やそのときそのとき「面白い」と思ったコラボ企画を実現する自由なプロジェクトになっていて。もう「[nZk]はこうだから」みたいなことは考えなくなりましたね。

ーそんな[nZk]の最新作、ゲストボーカルに岡野昭仁(ポルノグラフィティ)を迎えた「odd:I」(映画『七つの大罪 怨嗟のエジンバラ 後編』主題歌)が完成しました。

先ほど話したアルバム『R∃/MEMBER』で初めて岡野さんに参加してもらって、そこからお付き合いさせて頂けるようになったんですけど、岡野さんがソロプロジェクトをスタートさせたときにTVアニメ『七つの大罪 憤怒の審判』の主題歌を担当されることになって、それで僕に楽曲提供をご依頼いただいたんですよ。そういう流れもあったので、今回映画『七つの大罪 怨嗟のエジンバラ 後編』主題歌の依頼が[nZk]に来たときは「今度は逆にこちらから岡野さんにお願いしよう」と。

ーピンポイントでお声掛けしたんですね。

今回の映画は前編後編があって、制作サイドから「前編は女性で、後編は男性でお願いしたい」と言われていたんですよね。それで、この流れで男性ボーカルなら、岡野さんと一緒にやる形がいちばん綺麗だなと思ったんです。あと、岡野さんは声にすごく魅力のあるボーカリストだから、その印象は学生時代に聴いたポルノグラフィティの「アポロ」から変わらないんですけど、岡野さんだからこそ出るパーン!と広がるエッジの効いたあの歌声。で、ロックだけじゃなく、どんなジャンルの音楽でもちゃんと表現できる才能。だから、今回の「odd:I」をどう響かせてくれるのかも楽しみだったんですよ。

ーその「odd:I」、仕上がりにはどんな印象を?

これまで岡野さんとご一緒してきた楽曲は、ミドルなモノでもリズムは立っていて、壮大に歌ってもらう、ちょっとロックの要素も感じるような内容だったんですけど、今回は今まででいちばんバラード寄りの楽曲になっていて。そこで岡野さんがどんな歌声を聴かせてくれるのかと思っていたんですけど、どのパートも改めて「さすがだな」と感銘しつつ、今までの岡野さんと創ってきた楽曲とは違ったサウンドに仕上げてもらえたなと感じました。あと、今回は作詞でSennaRinにも参加してもらっていて、彼女の歌詞の独特な世界観、普段はそれを彼女が歌うのがあたりまえなんですけど、逆に作詞家として関わり、それを岡野さんが歌うことでどんな化学反応が起きるのか。そこも新たな試みだったんですけど、しっかりこの曲の世界を広げてくれましたね。

ー『七つの大罪』も澤野さんにとって縁深い作品になっていると思うのですが、どんな思い入れがあったりしますか?

『七つの大罪』ってアニメ化されてから来年で10年経つんですけど、最初に関わった頃はそこまで長く続く作品になるとは思っていなかったので。それは『進撃の巨人』も同じなんですけど、これだけ長い付き合いとなった作品のひとつの完結編。次から新たなシリーズが始まるので、物語の区切りを飾る感覚で今回の主題歌「odd:I」は書かせて頂きました。

ーでは、最後に、澤野さんの今後の展望について伺いたいのですが、どんなモードで音楽活動をしていきたいと思っていますか?

最初の話に繋がるんですけど、作曲家、プロデューサーとしての自分をどれだけ確立していけるか。そこが大事になってくるのかなと思うので、[nZk]もそうですし、SennaRinやNAQT VANEもそうですし、まだ詳細は話せないんですけどアーティストに楽曲提供する機会も頂けていますし、そこで自分がどういうプロデュースワークや歌モノのアプローチをしていけるか、またその活動の幅を広げていけるか、というところを意識して活動していきたいなと思っています。ただ、そっちをやるから劇伴はやらないという話ではなくて、劇伴は自分の中で歌モノにはない楽しさや刺激をいつも感じさせてもらっているので、今後も「やっぱり澤野の劇伴は面白いな」と思ってもらえる作品をちゃんと創っていきたいですね。

<リリース情報>

SawanoHiroyuki[nZk]が語るアニメ音楽への姿勢、ポルノ岡野昭仁との化学反応


映画『七つの大罪 怨嗟のエジンバラ 後編』主題歌
「odd:I」by SawanoHiroyuki[nZk]:Akihito Okano(ポルノグラフィティ)
Music by Hiroyuki SAWANO
Lyrics by 茜雫凛
配信URL:https://sawanohiroyuki.lnk.to/odd.I
2023年8月8日(火)より配信開始

澤野弘之オフィシャルサイト:http://www.sawanohiroyuki.com/
SawanoHiroyuki[nZk] オフィシャルサイト:http://www.sh-nzk.net/
ポルノグラフィティオフィシャルサイト:https://www.pornograffitti.jp/