日本でもっとも聴かれている洋楽アーティストはマライア・キャリーかもしれない。なんといっても、彼女には「恋人たちのクリスマス(「All I Want For Christmas Is You」)」がある。冬になれば、子どもから大人まで耳にする、愛されしホリデーアンセムだ。
R&Bのスーパースター、マライアの影響力はワールドワイドだ。ビヨンセら後輩から尊敬を受けるのみならず、アリアナ・グランデやジャスティン・ビーバーとのコラボも行っている。アジアでの人気も高く、90年代に大旋風をまきおこした日本では「もっとも売れた洋楽アーティスト」の栄光を手にしている。影響力の大きさをあらわすように、楽曲カバーした邦楽アーティストは、クリスタル・ケイから怒髪天、なにわ男子の大橋和也まで、ジャンル問わず幅広い。韓国でも、K-POPグループのfromis_9が「恋人たちのクリスマス」、BTSが「Beautiful」のカバーを披露している。
樹立した記録は数しれない。1990年デビュー以来、アルバム総売上は2億枚以上。米ビルボードでのナンバーワンヒット獲得数は、女性として最高の19曲(全体でもビートルズに次ぐ歴代2位)。
マライアの偉大さをふりかえってみると、アジア人気がひとつの鍵になっている。今でも突出した人気を誇るフィリピンをふくめたアジア諸国といえば、米国とくらべてバラード好きと言われている。そして、21世紀を代表するバラード名手こそ、マライアなのだ。まず強力なのは、5オクターブにわたる「天使の歌声」。高音域を地声のような音質でくりだすベルティングの歌唱派として、セリーヌ・ディオン、ホイットニー・ヒューストンと並ぶ史上最高のシンガーの一人と評されている。くわえて、マライアを特別にしているのは、みずから作詞作曲をてがけるシンガーソングライターであること。完璧主義で知られる彼女は、バックボーカルによるハーモニーまで緻密に構成する。天性の歌声と緻密な構成力、このふたつが揃うことによって、言語の壁をこえる極上の聴き心地を完成させているのだ。
最大級のレガシーは、ヒップホップを21世紀のポップミュージックに組み込んだことにある。才能を発掘したレーベル社長と結婚し「音楽界のシンデレラ」として名声を得たマライアだが、90年代後半に別離して以降、ヒップホップ要素が濃い作風へと転換していった。たとえば、本人も最高傑作と語った6thアルバム『Butterfly』収録の「Honey」は、マライア流の「心地よさ」はそのまま、リスナーを踊らせる低音のヒップホップビートを響かせている。
「R&Bやヒップホップといったアメリカのブラックミュージックが世界的影響力を持つにいたった理由のひとつが、マライア・キャリーなのです。これからも、たくさんのフィリピンのスター歌手がマライアを模範していくでしょう。K-POPにも、R&Bとヒップホップの影響がみてとれます。韓国にも台湾にも、ベルティング歌唱のディーヴァが存在している」(『Why Mariah Matters』アンドリュー・チャンのインタビューより)
今や日本にも根づいたラップミュージック、あるいはラップ調歌唱も、マライアの影響なしに語れないかもしれない。
マライア来日伝説、ファン第一の姿勢
規格外のスーパースターとしての魅力もはずせない。離婚してからは、ソファで寝ころびながらインタビューを受けるなど、女王様キャラとしても話題をあつめていった。スーパーフェミニンでセクシーなビジュアルでもおなじみだ。日本のキャラクター、ハローキティ好きとしても有名で、豪邸にグッズ専用のバスルームをかまえたり、ぬいぐるみを持ちながらライブしたこともある。
【写真ギャラリー】マライア・キャリー 90年代の来日時秘蔵ショット(全14点)

1993年の初来日時

1996年3月、東京ドームでの初来日公演より

1998年の来日時
じつは、スターとしても、日本に決定的な変化をもたらした。
ほかにもステージに同伴する羊を希望するなど、数々の来日伝説をつくってきたマライアだが、いつなんどきも共通していたのは、ファン第一の姿勢だという。
「マライアを見ていて素晴らしいと思ったのは、ファンを最も大事にして、何事においてもファンを第一に考えるという姿勢、それが一番ですね」「騒がせたいのも、ファンのみんなに喜んでもらいたいってことだと思うんです。ファンの近くに行きたい、そういつも言ってました」(当時の来日を担当したソニー・ミュージックレーベルズ 白木哲也氏)
実際「わがままな女王様」イメージを守りつつ、ファンサービスは欠かさない人でもある。近年の日本のテレビでも、大ファンの青山テルマを驚かすために壁をつきやぶって登場するサプライズ企画をこなした。
『Music Box』30周年、ファンとの絆をもたらした名曲
「『Music Box』をつくったことは一生の思い出です。ファンと永遠の絆をつむいでくれたこの音楽が、私の人生を変えてくれた」(マライア・キャリーの公式Instagramより)
ファン想いのマライアが大切にしている作品こそ、このたび30周年記念盤がリリースされる『Music Box』だ。大成功デビュー後の1993年、制作コントロールをにぎりながらヒットを志向した3rdアルバムで、全世界売上は3000万枚にのぼる。そのうち260万枚を売り上げた日本でのスターダムを確立した作品でもある。
『Music Box』30周年記念作品のDISC1にはオリジナル・アルバム11曲、DISC2に未発表音源やリミックス音源含む計15曲、DISC3に1993年アメリカNYで行われた自身初のコンサート『This Is Mariah Carey』ライブ音源10曲を収録(CD通常盤は3枚組、輸入盤アナログは4枚組)。さらに日本盤のみのスペシャル・ボーナス・ディスクとして、DISC3のフル・ライブ映像ほか、当時のスペシャル・インタビュー映像、ミュージック・ビデオ4本、さらに1996年東京ドームで行われた初来日公演での「ヒーロー」ライヴ映像をDVDに特別収録した豪華4枚組「完全生産限定盤」も発売される
真の「シンデレラストーリー」も、このアルバムにあるかもしれない。日本で90年代に「MDウォークマン」、2010年代に「ゲーム・オブ・ウォー」のCM、およびTBS系「平昌オリンピック」主題歌となった代表曲「Hero」が収録されているのだ。じつはこのバラード、創造主たるマライアに愛されていなかった。映画『靴をなくした天使』でグロリア・エスティファンが歌うために制作されたものの、あまりにもいい曲ということで歌わされることとなったというのだが、本人としては「ベタすぎる」歌だったよう。
ある種不遇な「Hero」こそ、マライアにファンとの強靭な絆をもたらす「シンデレラ」ソングとなった。つらく困難な時でも、あなたを救ってくれるヒーローはあなた自身の心にいる……そう歌いあげるこのエンパワーメントソングによって「命を救われた」と感謝する何千もの手紙が届いたのだという。そのなかには、死について考えていたり、大切な人を失ったりした人々も多かった。アメリカにおいては、とくに9.11以降、悲劇を乗り越える国民的アンセムとして大切にされている。
「コンセプトを依頼されてつくった『Hero』は、好きな曲ではなかったけれど、何度も歌っているうちに、こんな風に言われることが多くなった……『この曲をつくってくれてありがとう。私/家族の人生を救ってくれた』。だから、コンサートで絶対に歌うようにしてる。
天性の才能を持つマライア・キャリーだが、ファン至上主義、ひいては世界的スーパースターとしての責任感を決定づけたのは『Music Box』なのかもしれない。キャッチーなダンスナンバー「Now That I Know」や感動的なゴスペル「Anytime You Need a Friend」のほか、未収録曲やライブ音源まで網羅する30周年盤が、マライア入門、あるいは再会に最適なことはまちがいない。

マライア・キャリー
『Music Box』30周年記念エディション
デジタル配信中
CD/アナログ:2024年2月23日リリース
■完全生産限定盤 3CD+DVD ¥8,500(税込)
■通常盤 3CD ¥5,000(税込)
■アナログ盤 ¥4,180(税込)
再生/購入:https://SonyMusicJapan.lnk.to/MusicBox30thLW
日本公式ホームページ:https://www.sonymusic.co.jp/artist/MariahCarey/