スペイン・マドリード発インディーロックバンド、ハインズ(Hinds)が、ベック、フォンテインズD.C.のグリアン・チャッテンも参加した通算4作目のニューアルバム『Viva Hinds』をリリース。メンバー2名の脱退とマネージメント会社との決別、さらにはレーベルからの脱退……のカルロッタ・コシアルス(Vo, Gt)とアナ・ガルシア・ペローテ(Vo, Gt)がこうした苦難を乗り越えられたのは、互いの存在があったからだ。
最新インタビューをお届けする。

「マッサージもつけちゃおうかな」とカルロッタ・コシアルスが口を開いた。「いいよね?だって、私たちは”あの”ハインズなんだから!」

マンハッタンのミッドタウンには春の空気が漂っていた。私はいま、インディーロック界でもっとも陽気なデュオと一緒にネイルサロンを訪れている。椅子に座ってペディキュアを塗ってもらっているコシアルスとペローテに挟まれた状態だ。昨日ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に降り立ったふたりは、出だしからトラブルに見舞われた。預けた荷物が行方不明になり、午前3時まで空港で足止めを食ったのだ。「ニューヨークって、人を試すようなところだよね」とコシアルスは言い、さらに続けた。「心を折るか、成功へと導いてくれるか、ふたつにひとつって感じ」。それを聞いてペローテが「私は、もう心が折れてる」とぼやいた。

こうしたトラブルに加えて、たった1週間で18公演をこなしたことを考えると、マッサージをしてもらわない理由は見つからなかった。18公演中の15公演は、テキサス州オースティンで開催された世界最大級のビジネスカンファレンス&音楽フェスティバル、サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)で行われた。
SXSWでは、たった1日に複数の公演をこなすことは珍しくはない。コシアルスとペローテは終始エネルギー全開でステージに立ち、疲れをまったく感じさせない様子で楽しげなダンスやギターの超絶速弾き、そして抱腹絶倒のMCを披露した。ふたりが沸かすのは、なにも会場だけではない。ネイルサロンに足を踏み入れるや否や、部屋中が笑いに包まれた。ふたりと一緒にいるのは、本当に楽しい。

コシアルス:最近のポップアーティストの間では、ものすごく長いネイルが流行ってるんでしょ? わざわざそんなことをしてまで、不便な思いをする必要なんてないのに。ギターも弾けないし、木も植えられないじゃない。

ペローテ:だよね。人生でいつ木を植えることになるかなんて、誰にもわからないし。

コシアルスとペローテは、9月6日にリリースされる待望のニューアルバム『Viva Hinds』について語るために本誌の取材に応じてくれた。だが、ここまで来るにはいくつかの苦難——空港で過ごした長い夜もそのひとつ——を乗り越えなければならなかった。ベーシストとドラマーの脱退、マネージメント会社とレーベルとの決別に加えて、多くの若手バンドがそうだったように、パンデミック中は財政面でも苦労した。
2013年にバンドを組んで以来、初めて解散という言葉がふたりの頭をよぎったという。

ハインズが明かすバンド解散の危機、無一文の日々、ふたりの絆と不屈の精神

Photo by Sacha Lecca

「バンドを続けていく覚悟と理由という意味でも、ものすごく試された」とペローテは口を開き、次のように続けた。「私たちは互いの顔を見合わせて、『これ以上悪くなることはない。だから、いまあるもので、いまできることをしよう。流れが変わって物事が上手くいきはじめるのを待つのはもうやめよう。そんなことはあり得ないんだから』と腹をくくったの。そしたら、すぐに状況が変わりはじめた」。

それを聞いてコシアルスは、次のように言葉を添えた。「ニューアルバムには、とにかくやらなければ、という想いが込められている。どちらかというと、本能みたいなものかな。曲をリリースしなければ、私たちは消えてしまうと思ったから」。

だが、いまは自分を労ることが最優先事項だ。
コシアルスが指と足の爪の両方にクリアなネイルポリッシュを選んだのに対し、ペローテはスタイリッシュなブラックを選択。きらきらのイヤリングをぶら下げて、ラベンダー色のメッシュの長袖トップスを着たペローテと、赤いパーカーに白いパンツを合わせたコシアルス——ふたりのコーディネートは半端なくかっこいい。そんなふたりは、ツアー中は自分たちでスタイリングをするという。そういえば、コシアルスはステージ上でテニススコートをよく履いている。

「時おり、ステージ上で急に恥ずかしくなることがあるんだよね。あれはマジで最悪」とコシアルスは言い、さらに続けた。「だって、これ以上何を恥ずかしがる必要があるのって思わない? あんな格好で——おまけにポニーテールまでしちゃって、大勢の前に立ってるのに、いまさら何なのって感じ!」

捨て曲なしのニューアルバム

ハインズのふたりは、互いの絆を「百万ドルの友情」と表現する。だが、相手の言葉を補ったり、数分ごとにお腹を抱えて大爆笑をしたりする姿を見ていると、親友というよりも姉妹のようだ。個別で過ごす日はほとんどなく(「ある日曜日を除いて」とペローテ)、喧嘩をした記憶もないという。意見が対立すると、ピリピリした空気を和らげるために「Convince Me(私を説得して)」というゲームをする。その名の通り、相手を説得して意見を受け入れてもらうのだ。

「お互いを労り、愛している」とペローテは言い、さらに続けた。
「私は、CC(カルロッタ・コシアルス)に『大金が入る大事なライブをキャンセルしたい。いまは悲しい気持ちでいっぱいだから』って正直に言えるし、それを言ったところで私に腹を立てたりしないこともわかっている。私たちは、離れているときよりも、一緒にいるときのほうがもっともっと大きなものをつくれると信じているから。特に音楽業界に身を置く女性として、これはとても大切なことだと思う。大変な業界だからこそ、互いの存在が欠かせない。ふたりの女性が友人として支え合いながら働く姿を見るのは、若い子たちにとっても意味のあること——素晴らしいことなんじゃないかな」。

ハインズが明かすバンド解散の危機、無一文の日々、ふたりの絆と不屈の精神

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ふたりの固い絆は、遊び心あふれるヘヴィなリフが特徴のオープニング曲「Hi, How Are You」から、いきいきとしたロックチューン「En Forma」にいたるまで、ニューアルバム『Viva Hinds』全体から感じられる。バンド史上初となる全編スペイン語歌詞の「En Forma」は、コシアルスが恋人と別れたあとに書かれたものだ(それは30歳の誕生日を迎えた週のことだった)。「あんなやつのことを歌うのは1曲で十分。それより多くの曲を捧げるなんて、なんかムカつく」とコシアルスは振り返った。

そのいっぽうで、この曲には別の意味も込められている。それについてペローテは、本質的には女性として「その日をどうにかして生き抜くこと」について歌っていると解説した。
「女友達とおしゃべりをしているときは、『爪がしょっちゅう割れるんだけど』みたいなくだらないことばかりしゃべっていても、急に政治や社会課題について話したりするの。私は、そうやっていろんな話題を織り交ぜるのが大好き。男友達とは、こういうことはできないんだよね。もちろん、彼氏とも無理かな」(「交際中の人はいますか?」とコシアルスに尋ねると、満面の笑みで「ボーイフレンドはいっぱいいるよ。誰に会いたい?」とはぐらかされてしまった)。

『Viva Hinds』には、一曲として”捨て曲”がない。ハインズの新たな定番曲となること間違いなしの「Superstar」(マドリードの自己中心的なミュージシャンとの怒りに満ちた別れのキス)や、ベックをゲストに迎えた珠玉のサマーソング「Boom Boom Back」など、本作に収録されている10曲のひとつひとつが独自の光を放っているのだ。ふたりは、ロサンゼルスでドキュメンタリーを観に行ったときに偶然、敬愛するベックと出会い、なんとなしにコラボレーションを持ちかけたという。「今日も、一緒にタコスを食べに行かない? ってメッセージを送ったばかり」とペローテは言った。

もともとふたりは「Superstar」を先行シングルにしたいと考えていたが、チームに説得されて「Coffee」を2月に先行リリースした。シンプルで甘いこの曲は、コシアルスとペローテの実のきょうだいが出演するMVとともに公開された。”ブラックコーヒーとタバコが好き/寝た相手じゃない男の人からもらう花束も好き(I like black coffee and cigarettes/And flowers from boys that Im not sleeping with)”という歌詞が特徴的だ。


「頭を使って考えるタイプの曲じゃない」とペローテは言い、次のように続けた。「『ブラックコーヒーとタバコが好き』より誠実な歌詞なんてないと思わない? バンドを結成して10年以上になるけど、自分たちが面白くて深いバンドだってことを証明したいんだよね。だってハインズには、いくつもの”顔”があるから。ただ楽しい遊びだけのバンドじゃないの。でも、わざわざそれを証明する必要がないこと——深みやいろんな側面を見せなくてもいいことに気づいた。本当にそうしたものがあるのなら、必ず伝わると思っているから。正直なところ、ほかのバンドのこういうところが気に入らないんだよね。カッコつけるのもいい加減にしてほしい」

「それ以上、自分たちを面白く見せる必要はないよね。そのままで十分面白いんだから!」とコシアルスも口を揃えた。

苦難の時期を乗り越えた先に

『Viva Hinds』は、昨年の夏にふたりが2度にわたって訪れたフランスの田舎町でつくられた。それも、2軒の民泊施設でレコーディングを行ったという。ふたりは機材やラグをコシアルスの母親の古いワゴン車に詰め込み、マドリードから車を走らせた(「デス・ワゴン」と命名されたこの車は、2011年にふたりが旅行でスペインの地中海沿岸部をめぐり、デニア[地中海に面したビーチリゾート]でバンド結成を決意したときに乗っていたのと同じもの)。

ゆったりとした田舎町でのレコーディングは、まさにふたりが必要としていたものだった。ニューヨークのスタジオでレコーディングされた前作『The Prettiest Curse』(2022年)は、コストがかかったうえに不安な気分にさせられた、とふたりは振り返る。「最高にかわいい呪い」という意味のタイトルは、結果的にその後の”呪われた”時期を暗示していた。

「あの頃、私たちのマネージメント会社は、レーベルとの契約を取り付けるのに苦労していた。それに加えて、コロナのせいで貯金を使い果たしてしまい、私たちは無一文だった」とペローテは語る。「当然、マネージャーを雇うどころではなくなって……そのときに『視点を変えてみよう』って気持ちを切り替えたの」。コシアルスは、マネージャー不在の2カ月間を冗談を込めて「カルロッタ・プロダクション」と呼んでいる。

ハインズが明かすバンド解散の危機、無一文の日々、ふたりの絆と不屈の精神

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苦難はそれだけではなかった。2022年12月のバンドミーティングで、ベーシストのアデ・マーティンとドラマーのアンバー・グリムベルゲンが脱退を申し出たのだ。コシアルスは、ビールを片手に、楽観的な気持ちでミーティングの場を訪れたことを覚えている。仕事に取り掛かる準備はできていた。「いろんなことを整理して、再出発するために集まったと思っていた」とコシアルスは振り返る。ペローテも、高いモチベーションとともにその日を迎えた。「『ニューアルバムをつくりはじめないと! みんなは最近どんな音楽を聴いてるの? どこからはじめよう? どこか別の場所に行って曲づくりでもする?』みたいな気持ちだったのを覚えている。私たちにとっての最大の挫折だった」

ネイルサロンの椅子に座って黒いペディキュアを塗られながら、ペローテはあの日のことに思いを馳せた。「正直言って、かなりキツかった」と口を開き、次のように続ける。「すべてのミュージシャンがそうだったように、あんなにも長い間コロナの影響を受けたせいで……身も心もクタクタだった。バンドとして活動することは、遊びなんかじゃない——私たちのように、やることは山のようにあるのに、音楽が与えてくれる喜び以外に返ってくるものが少ないバンドにとっては、特にそう。それでも私たちは、何がなんでもバンドを続けていくことに意義があると思っていた」

翌年の春、ハインズは新たなツアーメンバーとともに再始動した。コールドプレイの2023年5月24日と25日のバルセロナ公演でオープニングアクトを務めたのだ。「コールドプレイのオファーを断るなんてありえない」とペローテは言った。ペローテとコシアルスは、ドラマーのマリア・ラサロとベーシストのパウラ・ルイスに出演を持ちかけた。「公演後に、実は断ろうとしていた、とふたりに言われた」とペローテは明かし、さらに続けた。「2夜連続で5万人の観客の前で演奏をするんだから、ふたりが怖いと感じたのは当然だと思う。実際、ふたりは恐怖を感じていたみたい。でも、ふたりとも信じられないくらいパンクというか——ハインズなんだよね。もしハインズが学校、あるいは文化だったら、あのふたりは正真正銘のハインズっ子だと思う」

『Viva Hinds』というタイトルは、ハインズにとっての大円団の瞬間を象徴している。結成当時はDeers(ディアーズ)を名乗っていた彼女たちは、当時すでに存在していた同名バンドに法的手段をとると脅されて「ハインズ」に改名した。コシアルスもペローテも新しいバンド名を好きになれなかったが、そんなふたりを応援するためにファンたちが「ビバ、ハインズ!」と唱えはじめたのだ。

苦しいこの数年間においても、彼女たちが愛してやまないファンたちはこの言葉を叫び続けた。「ステージに立つたびに、ファンのみんながこの言葉を唱えてくれた。その言葉を、今度は私たちの近しい友人や家族がかけてくれたの」とペローテは言う。「私たちが毎日涙を流し、助けを乞う姿を見て、あらん限りのものを与えてくれた。そんな彼女たちに贈るタイトルとして、これ以上ふさわしいものはないと思った」

私たちは、相変わらずネイルサロンの椅子に座っている。ペローテのネイルは乾き、コシアルスは念願のマッサージを終えたばかりだ。「私たちにとって音楽は単なる”フェーズ”ではなかった」とコシアルスは言った。「音楽は私たちの魂と骨、個性、そして情熱と切っても切れないもの。どれだけ音楽をやっても、一生飽きることはないと思う。18公演をやったいまも、その気持ちは変わらないわ!」

From Rolling Stone US.

ハインズが明かすバンド解散の危機、無一文の日々、ふたりの絆と不屈の精神

ハインズ
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