馬鹿げた「バトル論争」が拡散した経緯
インターネット。
だが、ときおり私たちは、デジタル・プラットフォームに秘められた本来の可能性を思い出すことになる。ひとつの強烈な問いが雑音を切り裂き、まるで生死に関わるかのように、あるいは私たちが出会った理由そのもののように、皆の関心を一手に集める。それは想像力を掻き立て、白熱した議論を巻き起こし、明確な答えが出ないがゆえに夜更けまで私たちを眠らせない──そんな「もしも話」だ。
数年前にTikTok上で初めて提起されたとされる今回の思考実験は、古典的な「勝つのはどっち?」という構図に属する。人間と野生動物の仮想ノックアウト戦をめぐるおなじみの妄想だ。今回の対戦カードはこうだ:一方は「特に特徴のない男性100人」、もう一方は赤道アフリカに生息する、高貴な草食類人猿である「ゴリラ」1頭。この対決がなぜ起こるのか、なぜ彼らがこんな運命に巻き込まれるのか──そんな前提は重要ではない。議論すべきは、筋力とパワーの勝負でどちらが勝つのか、その可能性である。
予想通り、意見は真っ二つに分かれた。多くの人は「たかが男100人がゴリラに敵うはずがない」と断じるが、この話題に火をつけたのは、X(旧Twitter)上のある異端的な投稿だった。
@tredouglass
そこからミームは爆発的に広がった。人々はあらゆる結末を妄想しはじめた。たとえば、「100人のバカを倒したあとでゴリラがクラブに行く」とか、「最後の一人を生かしておいて”何が起きたかを語らせる”」といったもの。また、400ポンド(約180kg)の類人猿をみんなでどうやって拘束するか、人間たちが「死んだふりをする」戦略に出る、あるいは「人類を裏切ってゴリラと手を組む」なんて展開まで想像された。
コメディアンのナイルズ・アブストンは、「俺はゴリラを助ける」と書き、「くたばれよ。いまの労働市場は人が多すぎだ」と皮肉を込めて付け加えた。また別のXユーザーは、ゴリラと手話で意思疎通をはかるというアイディアを投稿した──「ミー・マイケル。マイケル、ゴリラ友達。ゴリラ、戦わない。
一方で、ブリタニカ百科事典は「100人 vs. 1ゴリラ学習パック」なる資料を公開。人間とゴリラの解剖図を並べて提示した。また、YouTuberのMrBeastは、このネタに基づいた架空の動画のサムネイルを作成し、「この実験に100人必要です。志願者は?」と冗談めかして投稿した。
さらには、テック界の寡頭支配者であるイーロン・マスクまでもがこの呼びかけに応じ、「参加するよ、どうせ大したことにはならないだろ?」と返信したのだった。
Sure, whats the worst that could happen?— Elon Musk (@elonmusk) April 29, 2025
こうした荒唐無稽な仮定を、バーの雑談やグループチャットで素人なりに盛り上がるのは、それはそれで楽しいことだろう。だがこの議題がここまでインターネット上の議論を支配している以上、同じソーシャルメディアを使って専門家の見解にあずかってみるのも悪くない。そこでローリングストーン誌では、100人対1頭のゴリラという対決が実際どうなるかについて、プロ3人の貴重な時間を無駄にする覚悟をもって取材を敢行した。
1. 「勝てるかもしれない、ただし犠牲は大きい」
「野生動物保護の立場として、こんなことが実現してしまうのは絶対に見たくありません」と警鐘を鳴らすのは、マイアミ動物園の広報ディレクターであり、野生動物写真家・保護活動家としても知られるロン・マギル氏。彼は地元のスポーツ番組『The Dan Le Batard Show with Stugotz』で、こうした突飛な動物に関する質問にしばしばコメントを求められる存在でもある。
マギル氏によれば、現実的に見ても「ゴリラは”優しい巨人”であり、基本的にはこうした争いを避けようとする生き物」だという。銀背(シルバーバック)と呼ばれるオスが攻撃的になるのは、自分の家族を守る必要があるときだけだ。「この問いが明らかにしているのは、”暇を持て余して奇妙な想像にふけるのが好きな人たち”が世の中に一定数いるということですね」とマギル氏は皮肉を込めて語る。「……とはいえ、僕もこうしてその話に乗っかってるわけですが」
殴り合うゴリラ
マギルの見解によれば、20代で体力・身体能力ともに優れた100人の男性が「本気で団結して挑めば」、最終的にはゴリラを打ち倒すことも可能だという。ただし、その光景は到底「美しい」とは言えない。
「人間側の攻撃部隊は、深刻な”巻き添え被害”を覚悟しなければなりません。首の骨が折れる、動脈を噛みちぎられる、致命的な脳出血を伴うような強烈な脳震とう、あるいは仲間が上にのしかかって窒息する……そういった死が容易に起こり得ます」とマギルは述べている。「とくにゴリラに最も接近する男性たちにとっては、ほとんど自爆覚悟の任務になるでしょう」。たとえ生き延びたとしても、麻痺や顔面の損傷など、重い後遺症が残る可能性もある。
「それでも彼らがそのリスクを受け入れる覚悟があるならば」、ゴリラを制圧できる可能性はあるという。「強烈な打撃と首や頭部への激しいねじりを同時に加え、さらに腹部への重いパンチを連続的に浴びせることで、最終的には首の骨折、内臓損傷、または窒息によってゴリラは命を落とす可能性がある」と彼は分析する。
ただし、これは完全にチームで連携し、「ゴリラを包囲して”人間製の拘束具(ストレートジャケット)”のような状態を作り出す」ことが前提だ。
2. 「ゴリラはそもそも戦わない」
ミシェル・ロドリゲス氏は、霊長類学者であり保全科学者、そして国際自然保護連合(IUCN)の霊長類専門家グループに所属し、人類と霊長類の相互作用に特化して研究している。その彼女もまた、「通常の状況であれば、ゴリラが100人の人間と対決するようなことはまずない」と語る。
「ゴリラはたしかに非常に力が強く、その犬歯で大きなダメージを与えることもできますが、それでもこの戦いはフェアではありません。まともなゴリラなら逃げようとするでしょう」と彼女は語る。「ただ、数の優位という観点から見れば、100人の人間を相手にゴリラが勝つ可能性はほとんどないと思います」。
ロドリゲス氏によれば、ゴリラが単独で戦うという時点で、数的不利以上のハンデを抱えているという。「ゴリラも人間も、もともと社会性のある動物です。戦うかどうかの意思決定において、”数の安全性”は非常に重要な要素なんです」と彼女は説明する。
「ゴリラは群れで暮らす生き物であり、オスのゴリラは雌の群れを率いる立場にあるか、あるいは他の雄たちとともに”独身オスグループ”で生活しています。完全に単独で行動するのは稀であり、戦うかどうかもその社会的文脈に大きく左右されるんです。
さらに、霊長類はテリトリーを巡る意思決定の際、「数の優劣」を考慮することがわかっている。たとえばチンパンジーは、時に致命的な領土襲撃を行うことでも知られるが、「敵対する群れの個体数を鳴き声などから判断し、自分たちに数の優位があるときに攻撃する傾向がある」と彼女は述べている。
もちろん、100人の人間が意思疎通し、協力できるのであれば、ゴリラを倒す可能性は高まる。それは、我々もまた霊長類であることを思い出させてくれる。だが、もしこれが「同じくらいの頭数を持つ哺乳類の群れ」に対する挑戦だったら? それはまた話が違ってくる。
ロドリゲス氏は「March Mammal Madness」というバイオロジー教育者主催の毎年恒例イベントを引き合いに出す。そこでは動物たちが一対一で戦い、勝者は綿密な研究と確率的な要素で決まるというものだ。「ある年には”社会性哺乳類部門”があり、群れで暮らす哺乳類がグループ単位で戦ったことがありました」と彼女は言う。そのときは古代人類であるネアンデルタール人も登場したが、「意外にも、彼らは決勝までは進めなかったんです」。
3. 「ゴリラは平和的だが、人間に勝ち目はない」
100人対ゴリラという設定には、他にも現実的な検討事項がある。
「この100人は”平均的な男”なのか? それとも”99人の普通の男とドウェイン・ジョンソン(ザ・ロック)1人”なのか?」という彼女の問いには皮肉がこもる。ここでは前者、つまり「平均的な男100人」と仮定し、さらに戦うスペースも限られているとする。そのため「一度にゴリラに向かっていけるのは6~8人くらい。しかも武器は使用不可」という条件になる。
「多くの人がまず注目するのは”サイズ”です」とホベイター氏は言う。「ゴリラはたしかに大きい──大型のシルバーバックで体重は約200キロ(440ポンド)ほどですが、100人の男と比べて極端に巨大というわけではない。もっと重要なのは”パワー”の方です」。
霊長類の筋肉には「スロウ・ツイッチ(持久力系)」と「ファスト・ツイッチ(瞬発力系)」の2種類の筋線維があるが、「人間はこの2種類が半々くらい。一方、他の類人猿はファスト・ツイッチの割合が多く、特にゴリラは筋肉の85%以上がファスト・ツイッチで構成されていて、これは霊長類の中でも最多なんです」。つまり、同じ筋肉量で比べた場合、ゴリラのほうが圧倒的に強靭な筋力を発揮できるという。
さらに、状況によっては他の適応能力がゴリラに有利に働く可能性もある。「たとえばマウンテンゴリラのように標高3000メートル以上の高地に生息する個体であれば、その標高に適応した身体を持っており、普通の人間なら階段を上るだけでも息が切れるような高さです」とホベイター氏は補足する。
マギルの計算にもあったように、「100人全員が一斉にゴリラへ突撃する」ことが制限されている状況では、人間側の勝算はかなり低い──そうホベイター氏は考えている。「正直言って、100人がかりでもゴリラには勝てないでしょう」と彼女は断言する。「人間たちは、息を切らした子どもみたいに手を振り回すだけで、ゴリラのパンチ一発で吹き飛ばされます。そして、もし最初の8人が何の抵抗もできずに倒されたのを見ても、残りの92人が”これは勝てない”と気づかないようなら……それはもう、”賢く立ち回れる人たち”じゃないという前提で話をするしかありませんね」。
このコメントからもわかる通り、専門家の間ですら「霊長類 vs. 霊長類の殴り合い」については見解が分かれる余地がある。ただし、ホベイター氏もまた、そもそもゴリラがこのバカげたシチュエーションに加わるとは思えないという点では一致している。
「人間に勝ち目があるとすれば、ゴリラが”これまで私が関わった中で最もリラックスしていて、平和的で、楽しいことが大好きな類人猿”だという事実だけですね」とホベイター氏は語る。「たいていのシルバーバックは、昼寝して、美味しいものを食べて、子どもと遊んで、また昼寝する……そんな生活を好むんです。ゴリラは本当に豊かな暮らしを知っています。そしてその中に”自分は100人の人間をノックアウトできるだろうか”なんて無駄な考えは一切ありません」。
なぜかって? 彼らの世界にはまだSNSが存在しないから。
From Rolling Stone US.
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