Text by Brittany Spanos
Photographs by THEO WENNER
新たな章の幕開け
4月某日、ニューヨークは季節外れの寒さに見舞われていた。マンハッタン南西部のウェスト・ヴィレッジにある建物の高層階では、窓際に取り付けられたエアコン設備の隙間から、風が音を立てながら入ってくる。寝室がふたつある飾り気のないアパートメントは、トープとアーシーなブラウンで統一されている。人のぬくもりが感じられる、心地よい空間だ。ドアの近くには、開けられたマルボロ・ゴールドの箱と小銭が散らばっている。冷蔵庫には付箋が貼られ、コーヒーテーブルの上には、溶けかけたキャンドルと雑誌、長い枝が活けられた花瓶。香木パロサントを燃やした香りがあたりに漂う。暖炉の横のウォールシェルフには、本がずらりと並んでいる。このアパートメントの主人は、まだ本を増やすつもりなのだろう。各シェルフには、まだ本を置けるスペースがある。
ここは10階だというのに、通りを行き交うニューヨーカーたちの話し声が聞こえてくる。

Bra by Yasmine Eslami. Under bra: NY Vintage. Earrings by Old Jewelry
ロードは、このアパートメントで本を読み、パーティーし、汚れた食器をシンクにためこむかたわら、約4年ぶりにリリースされるニューアルバム『Virgin』の曲を書いた。先日も、ここで28歳を祝う誕生日パーティーを開いたばかりだ。近所には、妹で同じくシンガーソングライターのインディ・イェリッチ(26歳)が暮らしている。妹が泊まりにくることもあれば、コアパワーヨガのトレーニングやダイブバー、ニューヨーク・ニックスの試合に連れて行かれることも少なくない。ロードは、自分が28歳であることを実感できるような──時にはそれよりも若いと感じられるような──行動を習慣にしてきた。「たばこなんて、10年ぶりかも」と、グレーのTシャツと黒いデニム姿のロードは、ソファに座って足を組みながら言った。「突然、吸おうかな?って思ったの。なんだかティーンエイジャーみたいな気分」
前作『Solar Power』(2021年)に取り組むにあたって、ロードは故郷ニュージーランドの人里離れた場所に逃げ込んだ。
『Solar Power』をリリースしてからの4年間、ロードはあまり表立った活動をしてこなかった。その一方で、そのプレゼンスがこれほど強く感じられることはかつてなかった。近年のポップス界最大のヒットソングの多くは、ロードの音楽を研究しながら大人になった世代のシンガーソングライターによるものだ。
さらにデヴは、表現力豊かでありながらも、秘密を友人に打ち明けるような親密さを感じさせるロードのボーカルスタイルは、若い世代のシンガーソングライターの礎になっていると指摘する。これについては、シンガーソングライターたちも首を縦にふる。「ロードの歌声は、ひとつの世代の声でもあると思う」とオリヴィア・ロドリゴはコメントし、「私は、近年のシンガーソングライターでロードの影響を受けていない人をひとりも知らない」と続けた。グレイシー・エイブラムスは、14歳の時にロサンゼルスでロードのライブを体験している。それはロードのデビューアルバム『Pure Heroine』(2013年)がリリースされる前のことだった。ロードとグレイシーは、いまでは友人だ。「あのライブは、私の人生を決定的に変えてしまった」とグレイシーは口を開き、こう続けた。「あの日、ああいうふうに彼女がオーディエンスを虜にしている姿を目にしていなかったら、自分もステージに立つための自信をこれっぽっちも見つけられなかったと思う。『この人は、別の惑星から来たんだ。
人口800万を超える大都市ニューヨークにおいて、ロードはグレイシーと同じような目で自分を見る人たちと交流することに慣れていった。それどころか、こうした交流は有益でさえあるようだ。「おかげで、ありのままの自分を受け入れられるようになった。私は、自分が他人に対して大きな影響力を持っていると感じることにものすごい抵抗を感じていたから」とロードは言った。日々、自分の歌詞をタトゥーとして彫ったファンたちと顔を合わせるなかで、自身のプレゼンスの大きさを無視することは不可能にちがいない。
「世界中が私のことを知っているわけじゃないけど、私のリスナーの多くは、私の音楽を熱心に聞いてくれる人ばかり。”にわかファン”みたいな人はいない気がする。自分がこういう人たちに影響を与えるほどのことをしたっていうのは否定しない。日々、こういう人たちと接して、それを実感しているから。でも、等身大の自分を受け入れたことで、物事を正しくとらえられるようになった」
このところ、ロードは周りの人や物にもっと関心を向けるようになった。『Solar Power』に取り組んでいた時は、スマホを海に放り投げ(もちろん、比喩的な意味で)、デジタル世界とは無縁の日々を送っていたが、いまはそうではない。この取材の翌日には、初めてTikTokに動画を投稿するという。

Outfit by Miu Miu. Shorts by Calvin Klein.
それでも、ロードがここまでたどり着くには、ドラマチックかつパーソナルな困難をいくつも乗り越えなければならなかった。その多くは、生々しくも美しい『Virgin』として結実した。ロードは『Virgin』を通して古い自分を分解、ひいては崩壊させようとした。それを示すように、リードシングル「What Was That」では、失恋したばかりの女性が喪失を悼みながらも、新しい人生に向けて歩き出す姿が描かれている。だが、『Virgin』に収録されているのは失恋ソングだけではない。収録曲のすべての歌詞には、再生というテーマが編み込まれているのだ。それによって、『Virgin』は野生的で荒々しい、かつてないほどロードが身も心もさらけ出したアルバムになっている。
アパートメントで話をしたり、街を散歩したりしているあいだ、ロードはニューアルバムについて語ること、それを世界に届けることが「怖くて仕方がない」と繰り返した。彼女いわく、ニューアルバムには「荒削りな曲」もあれば、自分の弱さをさらけ出したり、感情の収拾がつかなくなったりしたような曲もある。
「多くの人は、私がいい子ではなくなったと思うかもしれない。そういうのは、もう終わりなの」と、ロードは誰かに約束するように言った。その目は、強く明るく燃えている。「多くの人にとってニューアルバムは、ひとつの終幕になると思う。でも、一部の人には『待っていました!』って思ってもらえるものになるはず。私は、そういう人たちの期待に応えることができる場所にやっとたどり着いたの」
摂食障害と失恋の傷を乗り越えた先で
ある意味、『Virgin』のストーリーは『Solar Power』のリリース前夜にはじまったといえるかもしれない。その夜、ロードはニューヨークで行われた『Solar Power』のメディア向けイベントに出席していた。鮮やかな色が散りばめられたサマードレスをまとい、「自分は痩せている」と思った。だが、それでも「もっと痩せないと」という気持ちを抑えられなかった。その時のことを振り返って、「お腹が空いていて、自分が弱々しく感じられた」と言った。「その日は朝からテレビに出演していた。ドレスの上からお腹がぽっこりするのが嫌で、朝から何も食べていなかった。自分でもよくわからないけど、そうしなければいけないような思いにとらわれていた」
その後も食べ物を拒み、自分の体型を気にし続ける毎日が続いた。それは健康とは程遠いものだった。だが、周りの人たちに気づかれることはなかった。新型コロナのパンデミックを機に、カロリーを計算したり、タンパク質の摂取量を細かくチェックしたりするようになった。体重が減り、目に見えて痩せていった。2022年4月にSolar Powerツアーの北米公演がはじまった時も、自分が摂食障害であるとは考えていなかった。

Yasmine Eslami. Under bra: NY Vintage.
Solar Powerツアーがはじまる前、ロードは別の問題を解決するために闘っていた。その問題とは、地元の劇団で活動していた5歳の時から苦しめられてきた舞台恐怖症だ。結果的に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療に使われる合成ドラッグMDMAとシロシビン(マジックマッシュルームに含まれる有効成分)を組み合わせた心理療法が効果的であることがわかった(いまも研究者たちは、米食品医薬品局にMDMAを治療薬として認めさせようと奮闘している)。2022年から2024年にかけて行われたカウンセリング中にロードはこれらの薬を摂取し、心と体が多幸感に満ちていくのを感じた。
「生まれてはじめて、舞台恐怖症に苦しめられずにツアーをまわることができた」とロードは語る。ツアー中は、パニック発作に襲われてステージの上で気絶してしまうのでは、と怯えながらホテルの部屋で過ごすのではなく、はじめてミラノやパリといった街を散策した。歌う時の感覚も変わった。「たとえば『Supercut』を歌った時、お腹のなかにフックが引っかかったような感じがしたの。まるで会場の気圧が変わったかのように、オーディエンスも同じ感覚を抱いているようだった。おかげで、自分の音楽を表現するために、そういう体の感覚がいかに重要であるかに気づけた」
この間、ロードは親しみを込めて「キッズ」と呼ぶファンたちにニュースレターを配信し、Solar Powerツアーのおかげで抱えていた問題と「きちんと向き合うことができた」と綴った。その一方で、何かに取り憑かれたように食事制限やタンパク質の摂取量のチェック、カロリー計算を続けていた。「ライブをしてキッズのみんなに会うという、信じられないくらい素晴らしい経験をしている一方で、あとからライブの写真を見て嫌な気分になったり、ぺたんこのお腹を見て、どうして自分はもっと痩せられないんだろうって自己嫌悪に陥るなんて──あの時の自分が、こんなにも違うふたつの感情を抱いていたなんて信じられない」とロードは言った。
2023年には、別の困難がロードを待っていた。人生でもっとも長く交際した人との関係が破綻したのだ。2015年ごろから、ロードはユニバーサル ミュージック ニュージーランドのエグゼクティブを務めるジャスティン・ワレンと交際していた。ふたりが初めて出会ったのは、ロードがユニバーサル ミュージックと契約したころ。ワレンは、ロードより17歳年上だ。ふたりとも交際を公表したことはないが、ロードに寄り添うワレンの姿が頻繁に目撃されている。Solar Powerツアー終了後に配信されたニュースレターのなかで、ロードは「また失恋と生きている」と明かした。
「失恋したの」と、ロードはきっぱり言った。「とても辛かったけど、失恋には真の尊厳と優美さ、そしてたくさんの敬意があった。彼との関係は、いまもかけがえのない関係であり続けている」
そう思えるまでには時間がかかった。ロードは2023年5月にロンドンに渡り、失恋の心を抱えたまま、そこで5カ月を過ごした。その間、自分を見つめ、変えなければならないことを考えた。「私は、いままでひとりになったことがなかったと思うの」とロードは言い、「恋人に限らず、いつも誰かがそばにいてくれた。たいていの場合、それは私よりも年上の人だった。私はいつも、”神様”になってくれる人を選んでいた」と続けた。
そう言うと、アーティストとしてもそういう傾向があると明かした。それは、ティーンエイジャー時代に身についたものだという。「同じことを繰り返している自覚はあった。原因は、あまりに若い時、それもまだちゃんと自立できていない時に親元を離れてしまったからだと思う。自分を知るにはひとりにならなければいけないことも、心のどこかで感じていた」
ロードは、失恋の傷跡がまだ生々しく残っていたあの時──体もボロボロで、泣き疲れてあちこちが痛かった時のことを振り返った。ひとりでいることは「信じられないくらい辛かった」。だが、孤独は思わぬプレゼントを持ってきてくれた。ロードは、ひとり暮らしが大好きになった。ひとりで寝たり、ベッドサイドテーブルのキャンドルに火を灯したり、自分のためにバスタブに湯を張ったりすることに喜びを感じた。夜は、友達と出かけることもあれば、家で読書をしたり、紙という紙に歌詞を書いて、床の上に広げたりした。ロンドンでは、夏の夜にハムステッド・ヒースを訪れ、ヘッドホンをしたまま芝生の上に寝転んだ。まるで自分がティーンエイジャーに戻ったような気分だった。

Shirt by Prada. Underwear by Yasmine Eslami.
2023年10月にニューヨークに戻ると、ロードは自分が抱えている問題を整理してみた。いまだに嫌悪感なしに自分の姿を見ることができず、家にある鏡という鏡にカバーをかけていた。その一方で、痩せることへの執着心が自分の人生をコントロールしていることに気づいた。摂食障害を克服する方法を見つけないといけないと思った。それは、ロードがはじめて出口の光を見つけた瞬間でもあった。「でも、回復までの道のりは長い」と、ロードは食事と体型のことを気にしなかった、かつての自分に語りかけるように言った。回復への道のりは、カロリーを計算・記録せずにはいられない衝動と、あらゆる方法で痩せようとすることがほかの誰でもない、自分自身の思い込みであることに気づいた瞬間からはじまったのだった。
「カロリー計算や体重コントロールをやめたおかげで、いろんなことに注げるエネルギーが湧いてきた」とロードは言った。「こうした悪い習慣を断ち切ることができれば、仕事のために必要な何かを取り戻せると思った。実際、そのとおりだった。それどころか、それよりもっと多くのものを得ることができた」
ロードは、摂食障害を治すための心理療法を2024年にかけて続けた。その結果、ありのままの体型や自身の身体能力を受け入れられるようになった。「私は、生まれてからずっとこの体と生きてきた」と、心理療法で気づいたことを思い出しながら言った。「それをようやく理解できた。そうだ、この腕はジャングルジムを登ったんだ。テレビ番組で賞をもらった時も、この腕がトロフィーを受け取ったんだ、と。その瞬間、自分の体の広がりみたいなものがわかり、その複雑さや欠点を楽しめるようになった」
こうした発見を機に、ロードは自分自身の体とクリエイティビティが空間のなかでより自由に、そして大きく広がっていくのを感じた(ロードはこれを「何かがにじみ出てくる感覚と表現」)。その結果、自身のアイデンティティを解放できるようになった。「自分の体を解放したことで、ジェンダーアイデンティティの解釈も広がっていった」とロードは解説した。ロードのキッズたちも、こうした変化に気づいている。2024年から、ロードはマスキュリンなファッションを取り入れるようになった。
ロードは話し足りないようだが、次の予定が迫っていた。ニューシングル「What Was That」のリリースの数週間前から、ロードは共同ディレクターのテレンス・オコナーとこの曲のMV撮影に取り組んでいた。この日も、ふたりは道路が渋滞していない早朝から、朝日の下で撮影を終えたばかりだ。「自分を完璧に表現したいの。4時間しか寝ていないんだけどね」とロードは言った。「それでも、納得できるまでやりたい」
真の自分が”にじみ出てきた”ことに加えて、『Virgin』が形をなしはじめた。2024年の元日、ロードは目を覚ますと同時に、素晴らしい一年になると自分に宣言した。それは現実となり、2024年はロードにとって最高の年になった。
「ニューアルバムの歌詞は、キモさと紙一重」
地上では、ライトバンが私たちを待っていた。これからブルックリンのブッシュウィックにある撮影スタジオに移動するのだ。そこでは、MV用のシーンをいくつか撮影することになっている。撮影スタジオに到着すると、私たちは洞窟のなかを思わせる、暗い場所に案内された。目の前には、高さ4メートルほどの筒状の建造物がそびえ立っている。スタントコーディネーターがロードの到着を待っていた。よく見ると、筒状の建造物にはハシゴが掛かっている。「マンホールの内部を再現したものなんです」と、ロードのマネージャーが教えてくれた。「本物のマンホールの内部での撮影は、驚くほどコストがかかりそうだったので」
見上げると、チャーリーXCXやハイムとのコラボレーションで知られるフォトグラファー兼デジタル・ストラテジストのテレンス・オコナーが高所作業車の作業床の上に立っていた。iPhoneが取り付けられた長い棒の先を建造物の内部にかざしながら、照明チェックを行っている。どこを見ても、カメラなどの物々しい機材が見当たらない。なぜなら、オコナーのiPhoneが唯一の撮影機材だからだ。「まるで学校の課題のような、とても誠実な感じ」とロードは言った。「すごく旧式だよね。どんな結果になるかわからないけど……全然ダメかもしれない」
白いシャツとデニムのバギーパンツとコンバットブーツという衣装をまとったロードは、この日、ニューヨークでもっとも清潔なマンホールの内部をよじ登ることになっていた。演出上、このマンホールはMVの最後のシーンの舞台である、ニューヨークのワシントン・スクエア・パークにつながっている。公開されたMVを観て、オーディエンスの多くはその低予算感に驚いたかもしれない。ロードは、それがこのMVのねらいだと指摘した。彼女いわく、『Virgin』のテーマは「限りなく本質をとらえた、純粋な」自分への回帰なのだ。そして、コメディアンのフリオ・トレスの「いちばん好きな色は透明」という言葉を引き合いに出しながら、「『Virgin』を色にたとえるとしたら『透明』」と解説し、こう付け加えた。「それはこのアルバムの誠実さに欠かせないもの。私という人間と、ロードというブランドとのあいだのギャップは、できる限り小さくしたい」。
アルバムのジャケットを飾る、自身の骨盤のレントゲン写真や、歌詞カードが収められたブックレット(これもまた、学校の課題を思わせる要素である)に使用されているTimes New Romanフォントなど、アルバムを構成するひとつひとつの要素からは、包み隠さず、ダイレクトで、若々しくありたいというロードの意図が感じられる。「ある人にはカッコいいって思ってもらえるかもしれないし、ある人には『なんだこれ⁉︎』とか『変なの』って思われるかもしれない。いずれにしても、みんなの反応が楽しみ」とロードは言った。
『Solar Power』と『Melodrama』(2017年)と違い、ロードは明確なタイトルやコンセプトがない状態で『Virgin』に取り組みはじめた。そのねらいは、身体性を表現すること、リズム主体のパーカッシブなサウンドを創り出すことだった。ロードは、脳よりも先に体に作用するような音楽を作りたいと考えたのだ。「どうかしてるって思われるかもしれないけど、自分にこう言ったの『ちゃんと伝わる。あなたは賢いから。誰が聴いてもわかるような表現にしなくても大丈夫』って。昔は、いろいろ考えながら歌詞を書いていたけど、今回は、頭を使って基本的なことだけ書くようにしよう、飾らない言葉を使って、どんな結果になるか見てみようって思った」

Belt by Dehanche via Francesca Simmons.
『Solar Power』と『Melodrama』は、どちらもジャック・アントノフと共に制作されたものだ。ロード自身、「ポジティブで協力的なコラボレーター」とアントノフに信頼を寄せている。だが、そろそろ変化が必要なタイミングだと感じた。「私は、ヴァイブス重視の人間なの。だから、前に進みたいと思ったら、その直感を信じるしかない」とロードは言った。
『Virgin』のメインコラボレーターは、音楽プロデューサー兼ライターのジム-E スタック。ボン・イヴェールとダニエル・ハイムのコラボ曲「If Only I Could Wait (feat. Danielle Haim)」を手がけた人物だ。ロードがスタックにコンタクトを取ったのは2022年のはじめ、Solar Powerツアーに向けてロサンゼルスでリハーサルをしていたころだった。ふたりはサンセット・タワー・ホテルで顔を合わせ、ティーンエイジャー時代からドレイクのファンであることについて語り合った。「ぼくは、いままでずっとロードをポップス界の異端児、ないし正真正銘のポップスターとして見てきました。成功と称賛を手に入れても、世間に迎合しない人、それがぼくの思うロードです」とスタックは絶賛する。「そんな彼女をとても尊敬しています」
2022年に行われた最初のセッションでは、ふたりはのちに『Virgin』に収録される曲を書いた。だが、それ以上の進展はなかった。アルバムの具体像をつかむまでに思っていたより時間がかかった。翌年のロンドン滞在中、ロードは家に閉じこもって失恋の傷と闘っていた。その一方で、読書もたくさんした。
ニューヨークからロンドンに送った60冊ほどの書籍のほとんどは、人間の体、主に妊娠に関するものだった。こうした書籍を読むうちに、女性の体とそれがたどる変化に興味を持つようになった。アンジェラ・ガーブスの「Essential Labor」やシーラ・ヘティの「Motherhood」、スーザン・ボルドの「Unbearable Weight」などのノンフィクションのほかに、アニー・エルノーやレイチェル・カスク、ベン・ラーナーといった作家たちの小説も読んだ。フィクションと自伝のような誠実さの融合を得意とするこれらの作家のスタイルは、ロードのソングライティングとも合致する。以来、ロードは「素晴らしい夢」を見るようになった。寝ている時に見た夢を記録した”夢日記”は、いまは文字でいっぱいだ。さらには、博物館やギャラリーに連れていってくれる「年上の女性アーティストたち」とも友達になった。そこでマーティン・ウォンという、人種アイデンティティとクィアネスを探求する、中国系アメリカ人のアーティストのファンになった。「彼の作品に”切断された”」とロードは言う。
その間、ロードはニューアルバムが形をなすのを待った。「自分が(ニューアルバムに)呼ばれているような感覚はなかった。でも、いつかは呼ばれるという確信があった」

Underwear by Calvin Klein.
ロンドン滞在中、ロードは友人のチャーリーXCXとコラボレーション・プロジェクトについて話し合った。『Virgin』が一向に形をなさない一方で、チャーリーは『BRAT』(2024年)のリリースに向けて着々と準備を進めていた。だが、ロードが約束を毎回すっぽかしたせいで、その年、ふたりのコラボはついに実現しなかった。
「チャーリーが知らないところで、私はいろんな意味でどん底にいた」と、ロードは失恋と摂食障害に触れながら、当時を回想した。「そうした問題が私たちの友情に影響を与え、結果的にチャーリーを傷つけてしまった」。対するチャーリーは、ロードが苦しんでいることをまったく知らなかった。そのせいで、デビュー以来比べられ続けてきた友人に軽んじられているような気分になった。そこでチャーリーは、そんな鬱憤を「Girl, so confusing」にぶちまけた。〈みんな言うんだよね、私たちはよく似てるって / 髪の色も同じって言われる〉という歌詞を見て、チャーリーのファンはそれがロードについて歌っていることをすぐに理解した。
「Girl, so confusing」をリリースする前、チャーリーはロードにボイスメッセージを送り、破綻寸前のふたりの友情に関する自分なりの見解を歌にしたことを告げた。「それを聞いて『うわ、まじか』って思った。でも、それは公私両方の場で私たちの友情について語り合える、最高の機会だってことにすぐ気づいたの」とロードは言った。
それからまもなくして、ふたりは同曲のリミックス「Girl, so confusing featuring lorde」をリリース。ロードは、失恋や摂食障害との闘いと、十年以上憧れ続けてきたチャーリーに対する愛情を歌った。「ロードが私にあそこまで自分をさらけ出してくれたなんて、とても名誉なことだと思った」と、チャーリーはロードの歌詞に言及した。「これはとても貴重なこと。対話の本質と、自分の考えにとらわれるあまり、相手の視点をすっかり忘れてしまうことがある、という現実に気づかされた。勇気やコミュニケーション、友情など、今回のコラボでたくさんのことを学んだ」
2023年10月にニューヨークに戻ると、ロードはふたたびスタックに声をかけた。レコーディングスタジオで再会するや否や、ふたりは「What Was That」を書き上げた。結果的に、それは大好きなパズルを組み立てるような作業だった。ある時は、ロードが求めていたパーカッシブサウンドを再現するため、ふたりはレディオヘッドの「Reckoner」のドラムフレーズを拝借したりした。その結果、「What Was That」はロード自身が「ロード・カノン」と呼ぶ自身のポップアンセムにふさわしい、見事な曲に仕上がった。「『What Was That』は最高のバンガー。バンガーづくりって本当に楽しい。だって、誰かが作らなければならないでしょう? それが私から出てきたなんて、心の底から誇らしい」とロードは言った。
ロードのいう身体性は、ビート以外からも感じられる。『Virgin』の収録曲の歌詞はどれも鮮明で、時おりグロテスクでさえある。そこには、躍動感や液体、体の機能に関する言葉があふれているのだ。唾やマウスウォッシュ、排卵の描写に加えて、自転車に乗ったり、MDMAを摂ったり、たばこをくわえたりするロードの姿が散りばめられている。
「自分の体をより深く知る過程で、人体のグロテスクさや素晴らしさを理解できた気がする」とロードは語った。「ニューアルバムの歌詞は、キモさと紙一重。ぞっとするような感じや、気持ち悪さを表現しようとしたの。たとえば『私の下着を味わった』とか、そんな歌詞、いままで誰も聞いたことがないでしょう? それが『Virgin』のストーリーを語る正しい方法だと思った」
自分のいまのジェンダーアイデンティティ
マンホール内部のセットでの撮影の翌日、私はロードに招待されて午後9時ごろに再び彼女のアパートメントを訪れた。ロードは、アルバムのPRキャンペーン用の撮影を終えたところだった。撮影を担当したのは、ロードの共同ディレクターのシスル・ブラウン。ニュージーランド時代からの知り合いだ。コーヒーテーブルに置いてあったキャンドルに火を灯すと、ロードはミセラーウォーターでメイクを落とした。
ミーティング中に自分に関するWikipediaのページを読んでいたところ、過去の自分の発言が目にとまったそうだ。そこには「誰かが脱ぐことに関して、私はとやかくいうつもりはない……でも、自分が脱ぐことで自分の音楽がもっと良くなるとか、ストーリーをより効果的に伝えられるとは思っていない」とあった。
「ほら、昔の私はこんなことを言ってたの」とロードは言った。この数時間前、ロードはカメラを構えるブラウンの前で、下着姿でソファに横たわっていたのだ。
ティーンエイジャーだったころ、ロードは自身の体とセクシュアリティを守らなければいけないと感じていた。長袖のトップスやタートルネック、透けない色など、服はそのための鎧でもあった。だが、それは諸刃の刃でもあった。ロードがデビューした時期は、ティーンエイジャーのスーパースターたちの転換期でもあった。マイリー・サイラスやセレーナ・ゴメスらは、ディズニーの人気子役として強いられた清純や謙虚といったイメージを脱ぎ捨て、自身の体とセクシュアリティを受け入れようとしていた。その一方で、ロードは道徳的な清純さのシンボルに祭り上げられた。彼女の謙虚さは、同世代のアーティストたちを非難するための口実となった。

「有名になった最初の年のことをいまもはっきり覚えている。『あなたはいいわ! ほかのビッチたちと違って服を脱いだりしないから』って言われた」とロードは振り返る。「私は、同世代の子たちと同じツールを使っていなかったから、崇拝の対象になってしまった。でも、『私もいつか脱ぐから、覚悟しておいてね』って思ったことも覚えている。私は、とても若くして有名になれたからこそ、自分の体とセクシュアリティをオープンにすることは自分にとって重荷になるだけでなく、人々の心を掻き乱し、逆に遠ざけてしまうと思っていたの」
ロードの肩には、少女から大人へと成長する女性はこうあるべきだ、というプレッシャーがのしかかった。目立つことを避け、世間から好かれる善良な人間になろうとした。だが、真の自分が”にじみ出てきた”ことで、ロードは自分を見つめ直した。その結果、自身のジェンダーアイデンティティが拡張されていくような感覚を抱いた。再生を歌った『Virgin』のオープニングトラック「Hammer」の〈私には女性の日もあれば/男性の日もある〉という歌詞が、それをよく物語っている。
そんなロードに、私は「ご自身のジェンダーアイデンティティとは?」「何が変わったのか?」という質問をぶつけてみた。するとロードは「(チャペル・ローンに)こんなことを聞かれたんだけど──」と口を開いた。ふたりは、この数年で近しい間柄になった。「『あなたは、いまはノンバイナリーなの?』って。だから『私が男性じゃない日は女性なの』って答えた。答えになっていないかもしれないけど、言葉にして片付けることにどうしても抵抗を感じるんだよね」
ロードはシスジェンダーを自認しているが、その一方で「ジェンダー的には中間的な存在」と語る。要するに、自らのジェンダー表現が流動的であることに心地よさを感じるのだ。そんな彼女は、友達の大半が男の子で、服装やしぐさも自然だったティーンエイジャー時代に戻ったような気分だと言った。

2023年のある日、ロードはニューヨークのセレクトショップCHCMを訪れた。そこで男性向けのデニムを試着し、写真をスタックに送った。彼の意見が聞きたかったのだ。「『きみの音楽が表しているきみの姿を、この写真に見出したいんだ』って言われた。それは、私のジェンダー観が広がっていく前のことだった」
2023年の暮れに、ロードは15歳から続けていた避妊薬をやめた。「振り返ってみると、右翼的なプログラミングに影響されたのかなって感じ」とロードは言った。おそらく、避妊反対を叫ぶ極右インフルエンサーたちが避妊に関する誤情報を拡散させたことも影響しているのかもしれない。「でも、10年くらい排卵をしていなかった。だから、排卵した時の感覚は、言葉にならないくらいすごかった。どんな薬よりも効果があると思った」
その直後に、ロードは『Virgin』のオープニングトラックとシングル「Man of the Year」を書き上げた。避妊薬をやめたことで自分を覆っていた膜が取り払われたような、ものすごい力を手に入れたような気分になった。その一方で、「どんな薬よりも効果がある」と絶賛した排卵には、思いもよらない弊害もあった。月経前不快気分障害(PMDD)という、月経前症候群(PSM)のなかでもイライラや落ち込みといった精神的な影響の大きい症状が現れたのだ。それ以来、ロードは子宮内避妊器具(IUD)を装着している(アルバムジャケットのレントゲン写真には、この器具もしっかり写っている)。こうした経験によって、ロードは次から次へと新しいことを発見した。「避妊薬をやめたおかげで、自分自身と調整されたフェミニニティを切り離せたような気がした。変だと思われるかもしれないけど、フェミニニティの重要性にとらわれなくなったの。いろいろな新しい発見があったのは、そのおかげだと思っている」
「Man of the Year」を書いた時、ロードはリビングルームの床に座りながら、「自分のいまのジェンダーを完璧に表してくれる自分の姿」を視覚化しようとした。そこで思い浮かべたのは、男性向けのデニムを履いた自分だった。上半身は、ゴールドのチェーンと胸に貼られたガムテープ以外は裸だ。ガムテープを使ったことで、ある種のリアルさというか、「これが恒久的な解決策ではない」感覚が表現できたという。
「戸棚からガムテープを出して、自分で胸に貼った」とロードは明かした。「そして、自分をじっと見つめたの。その時の写真も保存してある。あの時、私はブロンドだった。自分を見て怖いと思った。理由はわからなかったけど、自分の中から何かが吹き出しているような気がした。どうかしてるよね。何かがおかしくなったというか。暴力的なものを感じた」

私たちの話題は、トランプ政権による反トランスジェンダー政策に移っていった。自身のジェンダーアイデンティティを明らかにした一方で、ロードは生まれた時から割り当てられた性別と自認している性別に違和感を感じている人たちと比べて、自分は恵まれた立場にあることも自覚している。
「正直なところ、私のジェンダーアイデンティティが急進的だとは思わない。私の周りには、とても勇敢な若い人たちがいる。それに、この問題はとても複雑。自分のジェンダーアイデンティティを心に留めておくという選択肢もあったけど、私が言いたいのは、ジェンダーアイデンティティを明確にしたことで、別の誰かの居場所を奪おうとしているわけではない、ということ。相対的に見ても、私は安全な場所にいる、裕福なシスジェンダーの白人女性だから」
キャンドルの火が消えようとするなか、ロードは2回目のカウンセリング後のことを思い出した。気づくと、パメラ・アンダーソンとトミー・リーのセックステープを探していたそうだ。理由はわからないが、最初から最後まで観た、とロードは言った。
「ものすごく美しいと思った。そんなの観るべきじゃないかもしれないけど、愛し合っているふたりの姿から、純粋さを感じたの。ふたりとも、ボートから飛び降りて……まるで子どもみたいで。すごく自由だった。それを観て、自由には危険が伴うことも感じた」
自由と危険について頻繁に考えるうちに、ロードは自由というリスクを取らないことで、もっと悪い結果が待っていることに気づいた。「すべてを閉じ込めておくなんて最悪。その一方で、『誰かの心に波風を立てない、静かで普通の人生を歩みたい』と思う時もある。でも、それは私の生き方じゃない」
「自分にしかできないことをする」という使命
今年4月の終わりごろ、ロードは「What Was That」の最後のシーンを撮影した。ワシントン・スクエア・パークの噴水の前で、ファンたちに囲まれながら歌って踊るシーンだ(ファンには、専用のメッセージアプリを介して告知した)。どれくらいの人が来てくれるかわからなかった。おまけに、全編iPhone撮影というコンセプトにも自信が持てなくなっていた。まるでパーティがはじまる前のように、心がざわざわした。
不安になったロードは、公園の噴水の写真をInstagramストーリーに投稿し、ファンたちに招集をかけた。すると、2時間も経たないうちに、何千人ものファンが公園に押し寄せた。あまりの数に、ニューヨーク市警察は公園を閉鎖しなければならなかった。それを知った時、ロードはアパートメントで身支度を整えていた。
ロードのチームと撮影クルーはパニックに陥った。何週間もかけた計画が水の泡になろうとしていたのだ。ロードは先ほどのストーリーを削除し、ニューヨーク市警察の言うことを聞いて帰るように、とファンに呼びかけた。その時は公園の数ブロック手前まで着ていたが、不安はなかった。「私って、ピンチの時には冷静になるの」とロードは言った。透明な『Virgin』のテーマが傷口を隠さないことであるとしたら、こうしたトラブルは、彼女が構築しようとする世界にいかにもふさわしいようだ。「逆に、すごい! なんて最高なの!って思っちゃう」とロードは言った。

Jacket by Saint Laurent. Shirt: Stylists own. Jeans: Talents own.
話は少し巻き戻るが、公園が閉鎖されたことを知った時、ロードはいつもワシントン・スクエア・パークを散歩するデヴ・ハインズに電話をしていた。ちょうど彼も、友達とサッカーをするために公園に向かっていた。デヴは足を止めて、公園に集まったファンたちに「What Was That」を聴かせ、その様子をビデオ通話アプリでロードに配信した。その時、ロードはアパートメントの屋上で夕陽を眺めていた。
午後8時半を過ぎ、日が暮れてようやく公園の人影もまばらになったところで、ロードが姿を現した。公園には、テロ対策か何かの名目で、警察の暴動鎮圧部隊が配備されていた。ロードと撮影クルーは、かろうじて3分間のシーンを噴水の前で撮ることができた。結果は一発OK。その日の夜に編集を終え、2日後に公開した。こうして『Virgin』に命が吹き込まれた。その週の終わりには、「What Was That」は「Royals」以来の1位をU.S. Spotifyチャートで獲得した。
ニューヨークに引っ越したばかりのころ、ロードはワシントン・スクエア・パークを避けていた。だが、いたるところに若い人たちがたむろするこの公園は、自分が生きる場所は、自分がアーティストとして生きる場所と同じだという現実を直視させた。
現実を受け入れた結果、ロードはファンとの親密な一対一の会話を楽しめるようになった。いまとなっては、それは彼女の日常の一部となっている。それだけでなく、自分と熱烈なファンたちをつなぐ、純粋で透明な絆の存在に気づけたのも、この公園のおかげだ。「私は、救いようのないビッチなの」とロードは言った。「自分にしかできないことをするという使命をようやく理解した。それで十分だと思う」
From Rolling Stone US.

ロード
最新アルバム『Virgin』
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