直木賞作家・辻村深月の青春小説『この夏の星を見る』が実写映画化。東映配給により7月4日から全国公開される。
本作のオリジナル・サウンドトラックと、haruka nakamura + suis from ヨルシカ名義による主題歌「灯星」、挿入歌「スターライト」、イメージ・ソング「この夏の光」のリリースを記念し、劇伴と主題歌を手掛けたharuka nakamuraにメールインタビューを行った。

物語の舞台は、新型コロナウィルスが蔓延した2020年。休校や緊急事態宣言によって、部活動を制限された中高生たちが挑んだのは、オンラインを駆使して日本各地で同時に天体観測を行なう競技「スターキャッチコンテスト」。茨城・東京・長崎五島の学生が始めたこの活動は、やがて全国に広がり大きな奇跡を起こす──。未曾有の事態に直面した少年少女の哀しさやもどかしさ、そして彼らが触れる人々の優しさと温かさを描いた感動作となっている。

監督と脚本は、共に今作が劇場長編映画デビュー作となる山元環と森野マッシュ。主人公で天文部に所属する高校生・溪本亜紗役を演じるのは、映画『交換ウソ日記』や『バジーノイズ』『大きな玉ねぎの下で』など、話題作への出演が続く桜田ひより。ほかにも、NHK 大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の水沢林太郎、『PERFECT DAYS』の中野有紗、『違国日記』の早瀬憩、『怪物』の黒川想矢など若手実力派俳優が出演する。

筆者はひと足先に映画を観て、テーマの斬新さや物語の緻密さはもちろんのこと、星や月などを映したシーンではプラネタリウムに負けない映像美に魅了され、中高生ならではの繊細な心の機微を表現したキャストの高い演技力に圧倒された。

そして、ぜひ注目してほしいのが、圧巻の存在感を放っている音楽だ。壮大かつ流麗な楽曲の力によって、実際に目の前で恒星を見ているような錯覚を覚えた。そんな素晴らしい劇伴と主題歌を手掛けたのは『ルックバック』でも高い評価を受けたharuka nakamura。
『この夏の星を見る』のオリジナル・サウンドトラックと、haruka nakamura + suis from ヨルシカ名義による主題歌「灯星」、挿入歌「スターライト」、イメージ・ソング「この夏の光」のリリースを記念して、nakamura氏にメールインタビューを実施。楽曲制作の背景について、たっぷりと話を伺った。

―nakamuraさんは映画『この夏の星を見る』の劇伴と主題歌を担当されています。依頼を受けた時の心境をお聞かせください。

nakamura:まず、この題材は是非ともやりたいと思いましたし、何より初回の顔合わせの時に映画チームの皆さんの情熱、圧倒的な熱量を感じて。その熱に真摯に応えるべく取り組みました。

―辻村深月さんの原作をお読みなった印象は?

nakamura:コロナ禍に少年少女の青春時代を過ごした彼らの時間というテーマは、作品に昇華してずっと忘れないようにしていきたいと思っていた題材でした。物語を読んだ時には原作の辻村先生が、そのテーマについて、ひとつの目指すべき旗のようなものを立ててくれたと思いました。

―作中で共感や感動された点は?

nakamura:僕も少年時代に、故郷で見た夕暮れから音楽が聴こえてきて、今もそのまま音楽を続けているようなものですから。物語に出てくる一人一人の細かな人物描写から、原風景の「少年の日」を投影、共感しつつ。僕らがあの時にもしコロナ禍を過ごした少年だったら、どうしていただろうと、想像をする部分は大きかったです。

haruka nakamuraが語る、映画『この夏の星を見る』の主題歌「灯星」と劇伴の誕生秘話

©2025「この夏の星を見る」製作委員会

―劇伴を担当する上で、最初に意識されていたことを教えてください。
また、楽曲制作を始める前に山元環監督やプロデューサー陣と、どのような話し合いをされたのでしょうか?

nakamura:「音楽には少年少女と等身大の熱量、エモーショナルな部分を素直に表現してほしい」とリクエストされました。世の中、社会というシステムに抑圧されてしまう悲しみから、自分で切り拓いて見出していく、希望へと進んでいくエネルギー、躍動感を感じるサウンド。そして光への祈りという慈しみの部分ですね。

―楽曲制作において、原作以外に”参考にされたこと・インスピレーションを受けたこと”はありましたか?

nakamura:何年か前に北海道の美瑛にある宇宙学者・佐治晴夫先生の天文台に行ったことを思い出しました。先生に「昼の星」を見せてもらったこと。明るい昼間なのに望遠鏡から輪っかを纏った土星が確認できた時の感動。真昼の空にだって、当たり前だけど本当はそこに星があって「目には見えないけれど、確かにそこにあるもの」への気づき。この映画のテーマと重なる部分を感じました。そして、音楽は目に見えないものですから。共感する部分も多かったです。

―本編冒頭で、桜田ひよりさん演じる主人公・溪本亜紗が月に想いを馳せるシーンで流れる神秘的な音楽、コロナ禍の閉塞感を感じる状況からそれぞれが希望を見出すシーンで流れる躍動感のある音楽など、各登場人物の心理描写や状況を音で見事に表現されていて、大変感動しました。それと同時に、月や星の壮大さもnakamuraさんの音楽によって、より立体的に感じることができました。


nakamura:ありがとうございます。そう言ってもらえると、制作にかけた時間が報われます。映像と音楽のリンクはとても大切にしていて。そこに映し出された光景や役者さんの演技と並走するように、まずは映像を観ながら譜面もなく弾いた即興的なテイクを元に、足したり引いたりして映像に合わせてタイミングを細かく修正していく。そんな作曲スタイルです。映画という総合芸術への尊敬と憧れは、昔から深く持っています。

haruka nakamuraが語る、映画『この夏の星を見る』の主題歌「灯星」と劇伴の誕生秘話

©2025「この夏の星を見る」製作委員会

―東京や五島列島など各土地ごとで流れる音楽は、どのように棲み分けをされたのでしょうか?

nakamura:監督からのリクエストと話し合いで、音楽に使用する楽器や、音楽性をそれぞれの土地によって分けようと決めました。例えば、五島列島はハーディガーディーという土着な民族系の古楽器などの音色を使いつつ、風や星を感じるアンビエントにする、とか。都会のシーンではエレクトロな音も使っています。手拍子をいくつかの場面で多用した若々しいサウンドの要素も監督のリクエストです。

―夜空を映したシーンでは、空間的な音の力によって、実際に星に包まれているような感覚を覚えました。音作りでこだわられた点を教えてください。


nakamura:プラネタリウムの劇伴やライブをしていた時期があって、自分の演奏会でもよく故郷・青森の星空を投影しながら演奏したりしていたので、その経験もあり。映画館で観るとまるでプラネタリウムのようなシーンになっていた場面もありましたね。その演出が出来たのはエンジニアの本谷侑紀さんによる、空間的な音の配置の素晴らしさにも助けられていると思います。

―レコーディングエンジニアの本谷侑紀さん、ストリングスアレンジの徳澤青弦さんとは、どのようなやり取りをされたのでしょうか? 

nakamura:本谷さんは今回が初めてでしたが、映画音楽のお仕事をたくさんされてきている方で。豊富な経験から配置される心地よい空間的なミックスは、とても勉強になりました。僕らは最初から息もぴったり合う感じがして、スタジオでの作業もスムーズで楽しかったですね。今作におけるありがたい出会いでした。青弦さんは、昔からライブなどをしてきた尊敬する先輩ですが、映画のストリングスアレンジを依頼するのは2作目で、やはり今回も素晴らしく、要所要所で「ここに欲しい!」というところで持ち上がるように助けてくれていて。映画館で観ていると、本当にストリングスの大切さがよくわかるんですよね。アレンジについても色々な学びを教えてくれます。頼れる先輩にいつも感謝しています。あと、エンドロールで流れる主題歌「灯星」は、映画上映の最後の音が青弦さんとの、ピアノとチェロの2人の残響で終わっていくんですよね。
そこは個人的なお気に入りポイントです。

―映画で使用された劇伴そのままに組曲のようなロング・バージョン「starry night」と、歌の部分だけを独立させた「スターライト」はどのような想いを込めて作詞作曲をされたのでしょうか?

nakamura:この曲は映画のとても大切な場面、クライマックスに近いようなシーンの楽曲ですよね。青春を駆け抜けていくような疾走感。星空がそれぞれの土地にいる彼らを繋いでいく。星の光は瞬きのように見えますが、およそ8分間で届く太陽の光と違って、遠い光年をかけて届いている。彼らの想いは、光という希望に向けて、永く切実な祈りであるということを楽曲に込めました。主題歌の「灯星」とは、意義は同じようでも対極のエモーショナルを持った、まさに流星の一瞬のようなスピード感のある曲になっています。

―「灯星」は生きることの光々しさやノスタルジアを感じました。この曲を作られた背景や、込めた想いを教えてください。

nakamura:ラストシーンとイントロの繋がりは監督からのリクエストもあり、学生の吹奏楽部の続きの演奏のような始まりにすることだけは決まっていました。辻村先生の原作からインスピレーションを受け取った歌詞は、作曲と同時に弾き語りで生まれていました。前半は五島列島の丘に吹く心地の良い風のように。
テーマでは主人公たちの等身大の切実なメッセージを込めて。音楽が聴こえてきた夕暮れに、ひとつ星が昇るイメージ。最後にこの歌が、御守りのように見守ってくれている。

―主題歌を歌われたsuisさんの歌声や表現力は、どのように感じられたでしょうか。

nakamura:僕は自分で弾いて歌うシンガーソングライターではないのですが、デモは自分で歌うので、suisさんはその時点で想像していた歌の枠組みを遥かに越えてくる大きな世界観を表現してくれました。それは切なさや憂いのような成分の中に、優しさ、芯のある希望を感じられる歌声でした。このニュースが発表された時も、多くの好意的な驚きの量のメッセージを受け取りました。そのような意味でも、とても嬉しいコラボレーションでしたね。

haruka nakamuraが語る、映画『この夏の星を見る』の主題歌「灯星」と劇伴の誕生秘話

©2025「この夏の星を見る」製作委員会

―完成した映画をご覧になられて、どのような感想を持ちましたか?

nakamura:初号試写会ではスタッフの皆さんとその喜びを共有したのですが、それぞれの役割の方々が素晴らしいお仕事をされていて深く感銘を受けましたし、音楽チームとしてはやはりエンジニアの本谷さんのミックス、特に主題歌の音響はエンドロールを見ながら感動しました。上映後すぐに本谷さんが駆け寄ってくれて「どうでしたか?」と言ってくれた、同じ作品を共に作った仲間の表情は記憶に残りました。

―近年では劇場アニメ『ルックバック』の劇伴と主題歌を担当されていますが、音楽を作る際にアニメと実写で違いはありますでしょうか?

nakamura:『ルックバック』は点描のシーンが多く、音楽で心情を語る役割を多く求められていました。元々、ソロ作品でのMVや曲のイメージでは映画的な情景を思い描いていたのと、原作を読んで主人公たちの心情に近い原風景を持っているような気がして、本当に親和性がありましたし、一生忘れられない作品だと思います。今作品は実際に役者さんが演じている映画で、もちろんアニメーションとも、原作ともまた違う角度の新たな表現が生まれているような気がして、そこに刺激も多くありました。主演の桜田ひよりさんをはじめ、黒川想矢さんや、河村花さん、星乃あんなさん、朝倉あきさんなど、たくさんの素晴らしい、個人的にも注目していた役者の方々が多く、魅力的な俳優さんの演技に多くのインスピレーションを受けました。

>>関連記事:劇場アニメ「ルックバック」押山監督が語る 「絵描きやクリエイターの賛歌」に込めた想い

―劇伴や主題歌を作られる上で、nakamuraさんが思うご自身の強みは?

nakamura:映画が昔からとても好きなので、個人的な趣向としては一歩引いたような余白のある劇伴も好きなのですが、今回は求められている音楽性もあり、エモーショナルな熱量が溢れ出してしまう点が、この映画においては結果的にマッチしたのかもしれません。譜面を書いてから作るタイプではなく、物語や映像を見たインスピレーションだけで作っているので、タイミングや、呼吸のようなものに寄り添うことはとても大切にしています。マネージメントの山口響子が根気強くタイミングを測り、意図を話し合ってくれたおかげで、二人三脚でこの劇伴は生まれています。

―nakamuraさんのクリエイティブの中で、『この夏の星を見る』はどのような位置付けの作品になりましたか?

nakamura:人は昔から星に大切な人を想像したり、何かを投影したりします。星というのは僕が10年以上前から根源的に取り組んできていたテーマで、星を題材とした曲を作りライブも多く行なってきましたが、映画という表現でそれを出来たことはとても意義深いことでした。

―ほかにも今作の魅力を伝える上で大事なポイントがありましたら、お伺いできますと幸いです。

nakamura:パンデミックというのは、世界中の様々な人たちに多大な影響を与えた出来事だったと思うのですが、僕も、もちろんその一人で、生活スタイルや音楽活動は大きく変化しました。長く住んだ東京から北国に移住しましたし。ただ、ネガティブなことだけだったのかと言うとそうではなく、希望や想像をすることでポジティブな方向に転換したことも多いようにも思います。大切なのはどんな時も、主人公たちのように想像することだと学びました。人は苦しい時にこそ、その姿勢を求められている。あの時間には大きな気づきを与えてもらいました。どんな時も希望を想像していく、大切なことをメッセージとした作品に関われたことをとても光栄に思っています。

haruka nakamuraが語る、映画『この夏の星を見る』の主題歌「灯星」と劇伴の誕生秘話

「灯星」
M1. 灯星 ※主題歌 M2. スターライト ※挿入歌 M3.この夏の光 ※イメージソング
配信中

haruka nakamuraが語る、映画『この夏の星を見る』の主題歌「灯星」と劇伴の誕生秘話

オリジナル・サウンドトラック『この夏の星を見る』
発売日:2025年7月4日(金)
発売元:ランブリング・レコーズ

haruka nakamuraが語る、映画『この夏の星を見る』の主題歌「灯星」と劇伴の誕生秘話


『この夏の星をみる』
7月4日(金)に全国公開

■ストーリー
2020年、コロナ禍で青春期を奪われた高校生たち。茨城の亜紗や凛久は、失われた夏を取り戻すため〈スターキャッチコンテスト〉開催を決意する。東京では孤独な中学生・真宙 、同級生の天音に巻き込まれその大会に関わることに。長崎・五島では実家の観光業に苦悩する円華 、新たな出会いを通じて空を見上げる。手作り望遠鏡で星を探す全国の学生たち 、オンライン上で画面越しに繋 り、夜空に交差した彼らの思いは、奇跡の光景をキャッチする――。

原作 : 辻村深月「この夏の星を見る」(角川文庫/KADOKAWA刊)
出演 : 桜田ひより
水沢林太郎 黒川想矢 中野有紗 早瀬憩 星乃あんな
河村花 和田庵 萩原護 秋谷郁甫 増井湖々 安達木乃 蒼井旬
中原果南 工藤遥 小林涼子 上川周作 朝倉あき 堀田茜 近藤芳正
岡部たかし
監督:山元環
脚本:森野マッシュ
音楽:haruka nakamura
企画:FLARE CREATORS
総合プロデューサー:松井俊之(FLARE CREATORS)
プロデューサー:島田薫(東映)
配給:東映
©2025「この夏の星を見る」製作委員会
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