ケイトラナダが2016年にファースト・アルバム『99.9%』を発表してから来年で10年になる。ケイトラダマス名義での活動からだと15年が経つが、ハウスを基調としたダンス・ミュージックを作り続けるケイトラナダ(KAYTRANADA)のカッティングエッジなセンスはますます磨きがかかっており、現在も各方面からラヴコールが絶えない。


アンダーグラウンドとオーバーグラウンドを跨いで活動し、とりわけR&B作品のクレジットでは、ほぼ毎月ケイトラナダの名前を目にするほど。先日もテヤナ・テイラーの新作『Escape Room』に彼のプロデュース曲が収録されていた。女性シンガーとの相性の良さもよく知られており、それはロシェール・ジョーダン、ドーン・リチャード、ティナーシェ、ピンクパンサレスなどをゲストに迎えた2024年作『TIMELESS』を聴いてもわかる。

スウィング感のあるドラムや重低音のきいた機動力のあるベース音をトレードマークに、クリスピーなビートとサイバーなサウンドでR&Bやヒップホップなどのプロデュースやリミックスを行うあたりは、かつてのキング・ブリットも思い起こさせる。実際にキング・ブリットが提唱するブラックトロニカ(Blacktronika)のプレイリストでも、70年代フュージョン、シカゴ・ハウス、デトロイト・テクノ、ブロークンビーツ、LAビート・シーンを代表するアーティストたちとともにケイトラナダの楽曲が選ばれていた。ファンキーでエレガント、クラブもベッドルームも似合う彼の音楽は、卑近な言葉を使えばパリピもオタクも熱狂できるような間口の広さがある。

そんなケイトラナダが、新作『AINT NO DAMN WAY!』を発表してから2週間後の8月28日に東京・豊洲PITで来日公演を行った。2019年のフジロック出演以来6年ぶり。実弟のラッパーであるルー・フェルプスが同行するという意味では2018年の初来日公演と同じパターンだ。3日前の8月25日には33歳の誕生日を迎え、本人としてもハッピーな気持ちで臨むことができたステージだったに違いない。

ステージでは、まず兄の前座としてルー・フェルプスがパフォーマンスを行った。今年4月に発表したアルバム『Chélbé』からの曲を中心に、2020年の「Must Be」なども含めて兄ケイトラナダがプロデュースした曲を披露。
「I Dunno」のようなヒップ・ハウス的なサウンドでラップする姿は往時のジャングル・ブラザーズあたりも思わせたが、ヒップホップとハウスへの愛を原動力に音楽を作ってきたケイトラナダのサウンド・コンセプトを最も忠実かつ明快に体現しているのが弟のルーになるのだろう。30分近くのステージは『TIMELESS』に収録されたルーの客演曲「Call U Up」で終了。そんなルーほどケイトラナダのフロントアクトに相応しい人物はいないと改めて思う。

ケイトラナダ来日公演で示したダンス・グルーヴの集大成──新作『AIN’T NO DAMN WAY!』も徹底解説

Photo by Kazumichi Kokei

本人の指示かどうかは不明ながら、ステージ転換中の場内では90年代R&Bや00年代ヒップホップのクラシックが流れ、ボーイズIIメンのニュー・ジャック・スウィング「Motownphilly」などはケイトラナダの音楽が発する時代感や質感ともマッチしていて気分を高める。その後、大歓声を浴びながらステージに登場したケイトラナダ。結果から言うと、『TIMELESS』のオープニング・ナンバー「Pressure」で勇ましくスタートし、同作でのチャンネル・トレス客演曲「Drip Sweat」で終了した約80分(最後のサイン・タイムも含めると90分)、30曲を超えるDJセットは、ケイトラナダ・ワークスの総集編だった。アミーネとの連名ユニットであるケイトラミネを含めたリーダー・アルバムからの曲、プロデュース曲、リミックス・ワークなどが矢継ぎ早に流され、曲がチェンジするたびにオーディエンスの歓声が上がる。出たばかりの新作『AINT NO DAMN WAY!』からの曲も、早くもクラシックのような人気。中盤、折り返しのタイミングで流されたティードラ・モーゼス「Be Your Girl」のリミックスに対する反応もさすがに大きく、メジャー進出作『BUBBA』(2019年)からのカリ・ウチス客演曲「10%」はアタマから大合唱となった。

ロシェール・ジョーダンとの「Lover/Friend」、レイヴン・レネーとの「Video」、ティナーシェとの「The Worst In Me」といったリーダー・アルバムの曲や、ヴィクトリア・モネイに提供した「Alright」、リアーナ「Kiss It Better」のリミックス、H.E.R.との「Intimidated」などがプレイされるたびに、女性R&Bシンガーたちとケイトラナダのサウンドとの親和性に改めて感じ入る。彼女たちの華やかな歌声は往時のディスコやハウスにおける”ディーヴァ”たちのそれと同じで、今回のような大箱でのDJセットでも実によく映える。

スタッターをきかせてアクセントをつけながらグルーヴし、ドクドク脈打つような図太くタイトなビートに合わせて体をくねらせて踊るケイトラナダもご機嫌この上ない。
その姿は「Studio 54」や「Paradise Garage」といったNYの伝説的クラブで解放感に浸るフロア・ダンサーのようで、レーザービームの閃光の隙間からシルエットで浮かび上がる姿はマイケル・ジャクソン「Rock With You」のミュージック・ヴィデオも連想させた。

ピンクパンサレスとの「Snap My Finger」からビヨンセ「Cuff It」、ケレラ「Waitin」のリミックス、ゴールドリンク feat.ジャズミン・サリヴァンの「Meditation」、ジャスティン・スカイ「Oh Lala」をテンポよく繋いだ流れは後半のハイライトだったと思う。さらにサム・ジェライトリー「Assumptions」、ジャスティス&テーム・インパラ「Neverender」それぞれのリミックスも飛び出し、狂騒は最後まで続いていく。EDMのパーティーにも通じるぶち上げ方からは、伝説となっているボイラー・ルームのソウルフルなDJセット(「Boiler Room: Montreal」)でラリー・レヴァンやフランキー・ナックルズなどを彷彿させた初期の頃よりも、さらに一段高いステージに上がった印象を受ける。オーバーグラウンドで成功を掴んだ現在の彼は、すっかり大型のライブハウスが似合う存在になっていたのだ。メアリー・J・ブライジ、ジョイス・ライス、メイタなどに提供した曲も混ぜてほしかった……などと言い始めたらキリがないが、今回のDJセットでは「時間を忘れるような完全没入型のダンス・グルーヴ」(Apple Musicのキャッチコピーより)を大きなスケールで体感させてくれた。

公式セトリプレイリスト

ニューアルバム『AINT NO DAMN WAY!』徹底解説

フィットネスクラブでワークアウトするマッチョマン。DJをしながら踊るケイトラナダにはそんな雰囲気もあったが、まさに「トレーニングやダンス、勉強をする人たち、そしてビートが大好きな人たちのためだけに作られたものだって伝えたいんだ」(公式プレスリリースより)と謳うのが、新作『AINT NO DAMN WAY!』である。全12曲、ディスコ/ブギーやR&B、ヒップホップなどのレガシーをサンプリング・ソースとして用いた、シンコペーテッドするリズムのダンス・ミュージックは、紛れもなくケイトラナダ印。ただし今作は、サンプリング音源以外のヴォーカルは上乗せしないインスト集。彼のビートメイキングにおける作法をラフな感覚で伝えたこれは、地元モントリオールでストイックに技を練磨していた頃への原点回帰とも言えそうだ。

DJセットでも盛り上がった冒頭の「SPACE INVADER」から抜けのいいパーカッシヴな音が飛び出す。
90年前後のハウスを思わせるトランシーなレイヴ感のあるシンセが際立つこの曲では、2000年代初頭にネプチューンズが制作に関わるもお蔵入りしたラトレル(・シモンズ)のアルバム『Dirty Girl, Wrong Girl, Bad Girl』からケリスが客演した「My Life」のヴォーカル・リフ〈Gotta get away sometimes〉をサンプリング。また、ソウルフルでタイトなハウス「DON'T WORRY BABE / I GOT U BABE」でも、敬愛する故J・ディラの「The $(The Money)」のビートを使いながらラトレル「Wrong Girl」のヴォーカル・リフをサンプリング。これらはファレル・ウィリアムズと親交があるケイトラナダのネプチューンズ作品に対する愛とリスペクトの表明なのかもしれない。

#KAYTRANADA (ケイトラナダ)
昨夜の単独来日公演@豊洲PIT

今月リリースされた最新アルバム『AINT NO DAMN WAY!』より「DO IT! (AGAIN) feat. TLC」は会場人気がかなり高く、クラブのような盛り上がりに

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クラウトロックを代表するタンジェリン・ドリームの81年曲「Choronzon」を使ったドリーミーでコズミックなハウス「CHAMPIONSHIP」など、今作でもネタのチョイスと独創的なサンプリングのセンスが光る。ナイジェリア産アフロ・ディスコ/ブギーの秘宝として近年再評価著しいスティーヴ・モニートの『Only You』(84年)から「Things Fall Apart」をサンプリングして近未来的なディスコ・ブギーに仕上げた「THINGS」も上々の出来。このネタは以前ルー・フェルプス feat.ジャズ・カルティエの「Come Inside」(2018年)でも使われており、その意味で「THINGS」は姉妹曲と言えそう。また、「SHINE YOUR LIGHT FOR WE」では、ウータン・クラン一派のカパドンナ「Black Boy」(98年)からテキサ(・ワシントン)のコーラスを使うと同時に、その元ネタであるラヴ・アンリミテッド・オーケストラ「You, I Adore」(76年)の流麗なオーケストラを際立たせて70年代ディスコの高揚感を誘う。

人力のドラムを使ってエレクトロニクスの中に生のグルーヴを注ぎ込んだ曲もある。「HOME」ではバッドバッドノットグッドのアレックス・ソウィンスキー、「GOOD LUCK」ではカリーム・リギンスがそれぞれドラムを叩き、彼らは共作者としても名を連ねる。ミュージシャンシップを大切にするケイトラナダらしいアプローチと言えそうだ。

ラストの「DO IT! (AGAIN!) 」は”feat.TLC”とあるが、これはTLCの『CrazySexyCool』(94年)に収録されていたベイビーフェイスとジョン・ジョン(・ロビンソン)の制作による「Let's Do It Again」をケイトラナダ流に再構築したリミックス的な曲と考えてよいだろう。官能的なT-ボズと情熱的なチリのヴォーカルともどもピッチを速めてループさせたムーディーなダンス・チューン。
今回のDJセットでも「Dance Dance Dance Dance」からの流れで登場し、オーディエンスを沸かせた。こうして新作を聴いているとライヴの興奮が蘇る。そして、早くも次の一手が気になり始めている。

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ケイトラナダ来日公演で示したダンス・グルーヴの集大成──新作『AIN’T NO DAMN WAY!』も徹底解説

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ケイトラナダ
『AINT NO DAMN WAY!』
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