来たる10月1日、先頃登場した4枚目『Everywhere I Went, Led Me To Where I Didnt Want to Be』を携えて、トム・グレナン(Tom Grennan)が一夜限りの来日公演を東京・duo MUSIC EXCHANGEで行なう。すでに昨年のGreen Room Festivalに出演済みだが、日本での単独公演が実現するのは今回が初めてだ。


ケンブリッジに近いイングランド東部の町ベッドフォード出身、将来有望なサッカー選手としてプレミアリーグのユースチームに所属していた彼は、18歳の時に自分がソウルフルな美声に恵まれていることに気付き、音楽活動をスタート。チェイス&ステイタスの「All Goes Wrong」(2016年)にフィーチャーされたことを機に脚光を浴びて、2018年にアルバム『Lighting Matches』でデビューを果たした。その後『Little Bit of Love』を始めとするシングルのヒットに押されてブレイクし、2nd『Evering Road』(2021年)以降は全作品が全英ナンバーワンを獲得するなど、英国を代表する若手シンガー・ソングライターのひとりへと成長を遂げている。

そんな彼にとって30歳の誕生日を迎えた今年は節目の年であり、『Everywhere I Went, Led Me To Where I Didnt Want to Be』では、やや破滅的な生活を送っていた彼が、様々な体験を経て着実にポジティブな変化を遂げていった20代を総括。その末に辿り着いた現在地の充実感を物語る、内省的にしてセレブレーション・モードのアルバムを完成させている。

ちなみに目下のトムは、来日に先立ってキャリア最大規模の全英ツアーを敢行しており、このインタビューが行なわれたのは初日公演の翌朝だった。「今夜も公演があるから大声で話せないんだけど、気分を害さないでね。インタビューをしてくれることに感謝しているから」と丁寧に前置きしてから話し始めた彼、地に足がしっかり着いたナイス・ガイだった。

アルバム制作で得た自己発見

―ツアー初日のパフォーマンスはいかがでしたか?

トム: 最高だった。エネルギーに満ちていたし、古い曲も新しい曲も大勢の人が一緒に歌ってくれていて、本当に美しい一夜だったよ。

―今回のツアーはアリーナ級の会場を周るキャリア最大規模になりますが、ステージ構成や演出にはどんな風にアプローチしたんですか?

トム:やっぱり、「これまでと同じようなコンサートじゃなくてスケールが違うな」とオーディエンスに言わせるようなビッグ・ショウを作り上げたかったし、そこに僕が込めたこだわりに気付いてもらいたかった。披露する曲のひとつひとつにマッチした演出が施されていることにね。
ニュー・アルバムは”変化”をテーマにしていて、試練を克服して新たな境地に辿り着いたことを祝福している作品だから、ステージにもそういう自分の現在地を反映させたかったんだ。これまでにどれだけのハードワークを重ねて、ここまで大きな成功を収めるに至ったのか──という経過を。今の僕は紛れもないビッグ・アーティストで、そんな自分に相応しいショウを見せなければならないんだという自覚があるからね。

この投稿をInstagramで見るTom Grennan(@tom.grennan)がシェアした投稿
―ニュー・アルバムから、特にステージで歌うのを楽しみにしていた曲はありますか?

トム:まずは「Somewhere Only We Go」かな。僕がものすごく気に入っている曲で、ライブできっと映えるだろうなと思っていたんだ。バラード寄りの「I Wont Miss A Thing」も楽しみにしていた曲だよ。

―あなたのおじいさんが重い病気を患った時に綴ったという曲ですね。

トム:そうだね。アップビートで楽しい曲なら、「Celebrate」や「Certified」。みんな踊ってくれるはずだと期待していたから。

―その『Everywhere I Went, Led Me To Where I Didnt Want to Be』が8月に登場してから数週間が経ちましたが、そもそも本作に着手した時期はどんな心境にあったんでしょう?

トム:当時の僕はすごく内省的な時期にあって、かつての自分を振り返って「こういう人間には決して戻りたくはないな」と確認したり、現在の自分と向き合ったりすることに時間を費やしていた。結果的には、努力を重ねて今の場所に辿り着けたことを誇りに思えたし、そこからアルバム作りが始まったんだ。
活動をスタートした21歳頃の自分に立ち返り、その後の約10年間の歩みを辿った上で、僕は「なりたくない自分」を見極める必要があった。それを知ることが、僕の人間としての旅に不可欠なステップだったんだよ。

―なるほど。ボクサーに扮して自分自身と闘っているジャケットのビジュアルにも、今あなたが言ったことは通じますね。

トム:うん。何しろアルバム全体が、20代の自分の歩みを検証すること、かつての自分、今の自分、今後目指すべき自分を見極めることに根差しているからね。以前の僕はいつも不安を感じていた。両肩に天使と悪魔が座っているかのような気分で、その時々に天使の言葉に耳を傾けたり、悪魔の声に惹かれてしまったり、行ったり来たりしてきた。つまり、自分の中で四六時中ボクシングの試合が繰り広げられていたんだ。でもジャケットの絵をよく見てもらえたら分かるけど、僕は勝利しているよね。ここにきてようやくそんな状態から抜け出て、「この闘いに勝てるぞ。もう大丈夫だ」という境地に立っていることを、アルバム・ジャケットは描いているんだ。


―今回はアメリカ人の売れっ子ソングライター兼プロデューサー、ジャスティン・トランターをエグゼクティブ・プロデューサーに迎え、数曲で共作もしています。なぜ彼に白羽の矢を立てたのですか?

トム:ジャスティンは言うまでもなく真に才能豊かな人で、これまでに多くの大物アーティストたちとコラボしてきたということもあるけど、それ以上に重要だったのは、彼はアーティストとしての僕をちゃんと評価してくれたってことだね。そして僕が欲していた形で自分を表現する手助けをしてくれたんだよ。実際すごく親しくなれたし、このアルバムでジャスティンが果たした役割はすごく大きい。作業を始める前に、人生についてじっくり話をしたしね。パーソナルな領域に深く踏み込む内容だったからここでは詳しく言えないけど(笑)、お互いについて多くを学んでから音楽作りを始めたんだ。初めて会った日に、ふたりで数時間喋った記憶があるよ。

―あなたのアルバムは、1stはインディロック寄りで、2ndはソウルの影響が強かったりと毎回サウンド志向が異なりますが、本作でジャスティンと鳴らしているサウンドは、総じてファンキーでダンサブルで華がありますね。

トム:今回は”グローバル・サウンド”と呼べるものを作り上げたいと、最初から感じていた。つまり僕は、グローバル・アーティストになるべく最大限の努力をしようと決意を固めていて、「世界中のあらゆる国で通用するサウンドとは?」と考えたんだ。どんな言語を話す人にも伝わって愛されるサウンドってどんなものなんだろうか──と。

1st『Lighting Matches』(2018年)、2nd『Evering Road』(2021年)、3rd『What Ifs & Maybes』(2023年)

―アルバムのインスピレーションとして挙げている、クイーンのフレディ・マーキュリーやジョージ・マイケルやプリンスはまさにグローバル・アーティストですよね。
ほかにもロビー・ウィリアムスの影響も感じました。

トム:うんうん。僕にとって彼らは若い頃からすごく重要なアーティストだったし、同時に、全世界にとって重要なアーティストだったわけだからね。このアルバムを作るにあたって、とにかく昔の古典的なポップ・ミュージックをたくさん聴いて、インスピレーションを得ようとしていたんだ。

―同時にこのアルバムは、あなたという人間の様々な側面を伝えていますよね。脆さも、遊び心も、センチメンタルさも。本作を作ったことで自分自身についてどんなことを学びましたか?

トム:僕はたぶん、自分をもう少し信用しても構わないんだってことを学んだと思う。そして変化を恐れなくてもいいんだとね。あとは、常に希望を失わないことだ。どんな試練もいつか克服できるし、常に野心と向上心を失わず、変化を受け入れよう──そういう気持ちになれたよ。だから聴く人にも希望が伝わればうれしいね。かつての僕と同じように、ネガティブな場所で身動きが取れなくなっている人がいるなら、どこかに必ず出口があることを知って欲しい。
光のある方に進んでいけば大丈夫だよってね。もっとも、自分を変えられるのは自分自身だけ。出口は自分で見つけるしかないんだ。

―では、このアルバムからあなたにとって最も意味深い歌詞を選んでもらえますか?

トム:オープニング曲「Full Attention」の〈Now the lines aint working for me/ And I needed something new/ All the hours in the chair, thats where she taught me what to do(もう回線は繋がらない/そして僕は何か新しいものを探していた/椅子に座って過ごした長い時間/彼女はやるべきことを教えてくれた)〉だね。このパートは僕にとってこの上なく意味深い。というのもここに描かれているのは、心理セラピストと話している僕なんだ。「人生の望遠鏡を覗き込んで、自分自身をしっかり見つめて下さい」と諭されている。自分の内側の深い場所にあるはずの安らぎを探し出すようにとね。

サッカー少年から音楽へ──人生の転機

―そう言えばあなたは昨年結婚し、今年に入って父親になるという重要な出来事が続きましたが、人生観に影響はありましたか?

トム:もちろんだよ。ただ、このアルバムに関しては娘が生まれる前に出来上がっていたから、父親になったことに直接影響されてはいない。結婚したのもアルバムが完成してからだった気がする。つまり、アルバムを作り上げてからリリースするまでの間に僕の人生は一変してしまったんだ。
このふたつの出来事は君が言う通り、全く新しい人生観を僕に与えてくれて、自分が目指すべき人間の姿も、この間にさらに変わった。何を考えるにしろ、何をやるにしろ、全ての基準は”いかに娘という存在に寄与するのか?”という点にあって、自分を利するか否かは関係ないし、全てが彼女を中心に回っている。ぶっちゃけ、さっき「グローバルなアーティストになりたい」という話をしたけど、その夢が叶わなかったとしても、現時点で自分が成し遂げたことだけで充分に満足しているし、もうすぐ日本に行って公演することひとつを取っても、まさしくグローバルだ。そんな活動が出来ている自分は本当に恵まれているよね。以前の僕は「あれも欲しい」「これも欲しい」って、すごく欲張っていた。でも今はただ穏やかな気持ちでありたい。いい父親、いい夫でいられたらほかに望むことはないよ。

―ならばこのアルバムはひとつのチャプターの終わり?

トム:そうだね。ひとつのチャプターを閉じようとしていて、次のアルバムに取り掛かるべくスタジオに戻りたい気持ちで一杯なんだ。まさに以前とは違う人生観に則って曲を書きたいんだよね。

―その日本ではまだあなたがどんなアーティストか知らない人も多いので、ここで幾つか基本的な質問をさせて下さい。元々サッカー選手志望だったそうですが、「自分が進むべきなのは音楽の道だ」と確信した瞬間を覚えていますか?

トム:うん。僕の歌を聴いている人々のリアクションを目の当たりにした時、「音楽をやらなきゃ」って確信した。彼らのエモーションが変化していくのが見て取れたんだよね。同時に、歌っている間に僕自身のエモーションも変わっていって、「うわあ、今までに感じたことがないエネルギーが発生しているぞ。これを追いかけみたらどこに辿り着くか知りたいな」と感じたんだ。より高次な大きな力が降りてきたかのような感覚で、正体はよく分からないけど、今もその存在を意識しているよ。

サッカーについて語った2018年の動画

― ”グローバル”という言葉が何度か出ましたが、活動を始めた当初から野心的だった?

トム:そうだね。自分には何かスペシャルなものを世界に提供できるという自信があったし、音楽を作り、ステージに立って歌うことが好きでしょうがなかった。だったら、できるところまで追求しようとする野心を持つのは当然だと思うよ。

―ソングライターとしてのモチベーションはどうでしょう? 自分は何のために曲を綴っているんだと思いますか?

トム:僕にとってソングライティングは自分自身とコネクトすることを可能にするプロセスであり、最も円滑なコミュニケーションの手段でもある。曲を書くことで、全世界に僕が感じていることを伝えることができる。それに、これはほかの多くのソングライターと共通している点だろうけど、心に溜まった想いを曲に吐き出すわけだから、セラピー代わりにもなるよね。とにかく、世の中には喋ることが得意な人もいれば、文章を書くのが得意な人もいて、僕の得意分野は音楽なんだ。曲を介して自分のエネルギーを世界に発信し、あとは、誰かが僕の言葉に共感してくれたらと願うばかりだよ。

トム・グレナンの人気曲「Little Bit of Love」(2021年)、「Remind Me」(2023年)

―故郷のベッドフォードについても教えて下さい。ポップスターとして成功したあなたを、町の人たちはどんな風に捉えているんでしょう?

トム:何しろ小さな町だから、中には斜に構えている人がいないわけじゃないけど、みんな応援してくれていて、優しく接してくれる。ベッドフォード出身であることを誇りに感じているよ。

―この町で育ったことはあなたのパーソナリティの形成に大きな役割を果たした?

トム:うん。住人の大半がワーキングクラスだから、すごくタフな環境にもなり得るけど、自分を形作ったことは間違いないね。僕もワーキングクラスの家庭で育ち、裕福だったわけじゃない。父はアイルランドから身ひとつでやって来た移民でね。彼がどれだけのハードワークに耐えて、家を建てて家族を養ってきたか、ずっと傍で見てきた。自分もそんな志を受け継いでいる気がする。上を目指して突き進み、自分自身と自分の家族を取り巻く環境を向上させたいという志をね。だからベッドフォードはハードワークの価値を僕に教えてくれたし、この町から永遠に出られないんだという気持ちに捉われている人が多いように思うけど、僕はそういうナラティブを変えたかったんだ。

―あなたはまた、メンタルヘルスについて積極的に語ったり、性的マイノリティの権利擁護やホームレス支援など様々な啓蒙・チャリティ活動に関わっていることでも有名です。必要としている人がいたら助けの手を差し伸べるという姿勢も、そういう生い立ちと関係しているんでしょうか?

トム:そうだね。助けを必要としている人に親切に接することは人間として最も重要な特質だと教えられて育ったから、そのことを忘れずに生きていきたいんだ。そもそも自分の意見を持って立場をはっきりさせることが大切だと僕は思っていて、その上で自分の影響力を駆使すれば、変化をもたらすことができる。僕には変えたいことがたくさんあるし、色んな動きを興したいと考えているからね。それにさっきも話したように、最近になって僕の人生が大きくシフトしたことで、世界にポジティブな意思を発信したいという気持ちはさらに強まったよ。

トム・グレナン参加の注目曲:チェイス&ステイタス「All Goes Wrong」(2016年)、カルヴィン・ハリス「By Your Side」(2021年)

来日公演への決意と「宮崎ジャージー」

―最後に日本公演への意気込みを聞かせて下さい。

トム:君たちの美しい国に行くのが待ち切れないし、ベリー・グッド・ショウを期待していて欲しいな。可能な限り最高のパフォーマンスを披露するつもりだよ。僕は日本でももっと多くの人に自分の音楽を届けたいと思っていて、真剣にそう考えていることが、観に来てくれる人に伝わればうれしい。できれば時間をとって長く滞在して、日本のカルチャーやファッションについて学べたら理想的なんだけど。とにかく、まずは日本の人たちと直に接して、あちこちを訪ねて、気合いを入れて日本と向き合いたいね。

―日本と言えばひとつ気になっていたことがあって、シングル曲でもあった「Full Attention」のMVの中であなたは、”宮崎”と漢字で書かれたサッカー・ジャージーを着ていますよね。

トム:そうなんだよ! あれはアディダスのビンテージでね。実は、漢字が何を意味するのか知らなかったんだけど。

―宮崎という地名を指しているのかもしれません。

トム:なるほどね。きっとそこのチームの名前なんじゃないかな。背番号は10なんだけど、ディエゴ・マラドーナの背番号として有名だから、それも絡めたコラボ・シャツじゃないかなと僕は踏んでいるけどね。1995年に作られたコラボ商品らしくて、僕が生まれたのも1995年だから、「これはいいな」と思って手に入れたんだよ。

全英No.1シンガーのトム・グレナンが語る、20代の総括と日本公演への決意
Tom Grennan 来日公演 | indienative

トム・グレナン来日公演
日時:2025年10月1日(水)
会場:東京・duo MUSIC EXCHANGE
OPEN 18:00 / START 19:00
チケット:オールスタンディング ¥8,500
詳細:https://www.creativeman.co.jp/event/tom-grennan/

全英No.1シンガーのトム・グレナンが語る、20代の総括と日本公演への決意
Tom Grennan - Everywhere I Went Led Me to Where I on Vinyl LP, CD | Rough Trade - (Black LP, Red LP, CD) | Rough Trade

最新アルバム
『Everywhere I Went Led Me To Where I Didn't Want To Be』
発売中
再生・購入:https://tomgrennanjp.lnk.to/EIWLMTWIDWTB
編集部おすすめ