ネクター・ウッド(Nectar Woode)の初来日公演が9月29日(月)・ 30日(火)恵比寿BLUE NOTE PLACEにて開催される。注目すべきUKネオソウルの新星を、文筆家/ライターのつやちゃんに解説してもらった。


もう一つの故郷、ガーナで見つけた雄大さ

ネクター・ウッドの3枚目のEP『its like I never left』が、すばらしい仕上がりだ。昨年発表された1st EP『Nothing To Lose』、2nd EP『Head Above Water』も優れた作品だったが、最新作ではさらなるクオリティへと飛躍している。深みのある緑色を背景に敷いた、スクラップ風のアートワークも良い。ビジュアルのクリエイティブ・ディレクションは、リトル・シムズやエズラ・コレクティヴといったアーティストを手がけてきたMarco Greyが務めており、トータルでのアート性が表現されている。まもなく来日を控える彼女にとって、このタイミングで生まれた渾身の一作と言えるだろう。

ネクター・ウッドとは何者か? UK×ガーナをルーツに持つネオソウル新星を徹底解説


そもそも近年のロンドンにおいて、アフリカン系ディアスポラの厚い地盤のもと、エキサイティングな音楽が多数生まれてきたのは周知の通り。中でも、ネオソウルとジャズが接近したシーンにおいて、実力ある才能が次々と出現している。ジャマイカ系の父とセルビア系の母を持つSault所属のクレオ・ソル、ナイジェリア系のルーツを持つエゴ・エラ・メイ、ジャマイカ系の血を引くピップ・ミレット(出身はマンチェスター、大学でロンドン拠点に)など、惚れ惚れするようなタレントが多数台頭してきている状況だ。その中でも、1999年生まれの26歳であるネクター・ウッドはガーナ人の父とイギリス人の母を持つシンガーソングライターとして、ネオソウルに西アフリカのリズムを取り入れてきた。前述したアーティストの並びにおいても、よりオーガニックでグッド・ヴァイブスな音楽を奏でる存在として、着実に注目を集めてきた実力派である。

そんなネクター・ウッドが7月にリリースしたEP『its like I never left』は、これまでの路線を踏襲しつつもより自身のルーツに立ち返ったことで、彼女の中に眠っていた可能性が大きく引き出されたような作品になっている。というのも、今作は彼女がイギリスを離れ、ガーナを旅したことが着想のきっかけになったから。
まず、ジョーダン・ラカイがプロデュースに参加したオープニング曲「Only Happen」から、そのヴァイブスの弾けっぷりに唸る。実は彼女が故郷のガーナに足を運んだのは今回が初めてだったそうで、父とともにルーツを巡ったことによって、実家に帰ってきたような気持ちになったという。「Only Happen」はそういった、混血でありどちらの文化にも受け入れられないと感じてきた彼女が、実存を獲得する過程で完成した曲なのだ。だからこその、堂々とした、どこか勇敢さを感じるムードに仕上がっている。このパワフルさは、近年のネオソウルとジャズの接近によって生まれたロンドンのR&Bの中でも、異色の雰囲気をまとっていると思う。

ガーナでのパフォーマンス映像、滝をバックに演奏

他にも、「LOSE」や「Light As A Feather」に漂うアフリカンなサウンドにも注目したい。この2曲は、彼女がガーナのグループ・SuperJazzClubとともに制作したナンバーで、ナチュラルだが芯に響くリズムと歌が印象的だ。特に「LOSE」の、ぐいぐい引っ張るベース音に絡み合うパーカッションは高揚感を生む。父がサックスで参加したという「Ama said」も、ソウルフルでリラクシングな佳曲だろう。こうやって聴いていくと、ネクター・ウッドの強みが、パーカッションと低音の造形センスに宿っており、そのリズムに負けないくらいの太く軽快な「声」が絡む点も魅力であることが分かる。そういったスキルが、今回は故郷に帰るという経験を通して磨かれていったのだ。EPタイトルの『its like I never left』とは和訳すると「まるで最初からそこにいたような感覚」という意味になるが、確かに今作を聴いていると、故郷の土着的なサウンドにフィールし、そこで初めから鳴っていたかのような雄大さを醸し出すスケールに胸を打たれる。


静謐さと力強さを持ち合わせたシンガー

彼女は、幼少期の頃からたくさんの音楽に触れてきたという。教会でゴスペル聖歌隊に親しみ、スピリチュアルなハーモニーを体感してきた。母はモータウンが大好きで、ダイアナ・ロスやアレサ・フランクリン、ソウルシンガーの曲をたくさん聴き、父はハイライフ(19世紀から西アフリカの英語圏に広まったポピュラー音楽)にストレートなジャズを混ぜるのが好きだったそうだ。他にも、ローリン・ヒル、エリカ・バドゥ、スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハサウェイといったジャズ~ソウル~R&Bなどを浴びるように聴きながら、思春期にはエイミー・ワインハウスにハマっていったそう。エルトン・ジョンがネクター・ウッドに対して「ニーナ・シモンを想起させる」と評したエピソードは有名だが、その音楽的ルーツからして、ジャズ、ソウル、R&B、ゴスペル、ブルース……のオーセンティシティを正しく受け継ぐシンガーなのは間違いない。

ネクター・ウッドとは何者か? UK×ガーナをルーツに持つネオソウル新星を徹底解説


いわゆる標準的なネオソウルと比較して、彼女の音楽は、プロデューサーとの共作で低音から高音まで豊かにレイヤーを積み上げる傾向にある。その結果、クラブや大きなホールでも鳴り負けしないスケール感を獲得している。これは、静謐な美学を持っている同世代の多くの女性シンガーたちとは異なる点だろう。一方で、ギター片手に弾き語りのように歌うライブも多く、さまざまな場でのステージ経験を積んでいる最中のようだ。今年6月に行われたグラストンベリー・フェスティバルでは、BBCラジオがキュレーションした、新進アーティストの才能を発掘するBBC Introducingステージに登場。最新EPからの楽曲をパフォーマンスした。静謐さと力強さの両方を高い次元で持ち合わせたシンガーとして、キャパシティに応じた異なる魅力が発揮できるバランサーでもあると思う。


活動開始からわずか数年で3枚のEPを発表し、すでにロンドン外にも評価が拡大しつつあるネクター・ウッド。彼女は、ローカル・シーンの美学を出発点にしながらも、国際的なリスナーに届くパワーを持ち合わせているのだ。クレオ・ソルやオリヴィア・ディーン、レイ、ケイティ・タッパー、UMIといったシンガーが好きなリスナーであれば、間違いなくこのサウンドは感性にぴったりとハマるだろう。まだまだこれから大きなアーティストへと飛躍しそうな予感が漂う、未完の大器。近く迫った来日ライブが、とても楽しみだ。

ネクター・ウッドとは何者か? UK×ガーナをルーツに持つネオソウル新星を徹底解説

ネクター・ウッド
『its like I never left』
再生・購入:https://NectarWoodeJP.lnk.to/ItsLikeINeverLeft

ネクター・ウッドとは何者か? UK×ガーナをルーツに持つネオソウル新星を徹底解説

ネクター・ウッド初来日公演
9月29日(月)・ 30日(火)BLUE NOTE PLACE
※1日2ステージ出演
詳細:https://www.bluenoteplace.jp/live/nectar-woode-250929/

ネクター・ウッドとは何者か? UK×ガーナをルーツに持つネオソウル新星を徹底解説
画像

Good Music Lounge with INCOGNITO DJs & Nectar Woode
インコグニートのブルーイ、フランシス・ヒルトンと共にDJとして出演
9月27日(土)BLUE NOTE PLACE
詳細:https://www.bluenoteplace.jp/live/incognito-djs-250927/

ネクター・ウッドのDJプレイ

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