新しくあり続けるための探究心
―今回は何よりも最新アルバム『Inertia』について訊かせてください。前作にあたる『Immersion』発表当時から15年もの年月を経ているわけですが、あなたは今作について「ペンデュラムの限界をどこまで押し広げられるかを試したかった」と発言していますよね。それは具体的に言うと、どういうことを意味していたのでしょうか?
ロブ:俺が常に想い描いているのは、ドラムンベースやエレクトロニック・ミュージックの世界とロック、メタルの世界の融合なんだ。ペンデュラムは以前からその両者の完璧な融合を目指してきた。実際問題、俺自身が頭の中で思い描いているものをそのまま形にすることは不可能だけど、それを目指しながら音楽に取り組むのは俺にとって何よりも楽しいことだ。つまり、何かを実現させたいと思いながら挑み続けることが、音楽をやる醍醐味だと考えているんだ。
―なるほど。今作は、以前からペンデュラムを知っている人たちにとってはすぐさま愛着の湧く作品になるはずだし、過去にあなた方の音楽に触れたことのない人たちにも”今の音”として受け入れやすいものになっているように思えます。言い方を変えれば”らしさ”を失わぬままアップデートされているということでもあるわけですが、そうしたことを目指していたという意識はありますか?
ロブ:いや、意識的にそういうアプローチをしていたとは思わない。
―参考までに、最近聴いた音楽で良かったのはどういったものですか?
ロブ:いい質問だね。Spotifyのプレイリストを開いてチェックしてみるよ。まず、バッド・オーメンズの新作はすごくいいね。それと、自分にとって最も好きなバンドのひとつであるケイヴ・インが少し前に出した『Heavy Pendulum』も良かった。今回、新作でコラボレーションしたエイウォルネイションがバーバリアンズ・オブ・カリフォルニアという新たな別バンドを始めていて、これもすごくいいんだ。エレクトロニック系アーティストのサミー・ヴァージも気に入っているし、オッド・モブが出しているものもすべて好きだ。オランダ出身のウィーヴァルというグループもめちゃくちゃカッコいい。
「完璧主義による行動不能」を経て
―詳しく答えていただきありがとうございます。ところで『Inertia』のブックレット内には「関わってくれたすべての人たちに感謝と謝罪を」「傷心、燃え尽き、完璧主義による行動不能、希望、後悔とカオスに感謝する」といった記述がみられます。この言葉からはアルバム完成に至るまでのプロセスがかなり混沌としたものだったことがうかがえます。
ロブ:そもそもアルバムの制作に5年かかったんだ。その間、マネージャーが4回交代して、所属事務所も2度変わって、恋人とも別れて、その後べつの出会いもあったんだけど、その相手とも別れた。とにかくいろんなことがあったんだ。アルバムに関わってくれた人たちにとっては、必ずしも成果に結びつかないこともあったし、どうにもならないこともあった。だから、貢献してくれたことに感謝を伝えたい対象もいたし、謝りたい相手もいた。いろんな感情が渦巻いていたんだ。それでスペシャル・サンクスのリストを載せるにあたって、普通に名前を列挙するのは無理だなと思った。だからそういう書き方をしたんだ。
―インタビューの冒頭、音楽的には「完璧な融合」を目指しているとの発言がありましたが、その記述に含まれている「完璧主義による行動不能」というのは、それとは対照的な言葉ですよね。あなた方の音楽は、時代の流れの中で「理想的な完成形」が変わり続けていくものでもあるはずです。制作過程において、ペンデュラムの名のもとで出すアルバムとしての正解がどんどん変わり続け、そうした模索を経たうえで完成に至った作品ではないかと想像するのですが、いかがでしょうか?
ロブ:ゴールが変わっていくというのは本当にそのとおりで、アルバムごとにそれが変わるばかりじゃなく、1枚のアルバムを作っている過程の中でも変わっていくものなんだ。最初に「こういう作品を作ろう」と思い描いたものは、必ずしもその最後の過程で目指していたものと同じではなかったりする。だから上手い落とし所を見つけないとならない。それこそ、もしも来年またアルバムを出すとしたら、今作とはまるで違う作品を目指すことになるだろう。常に変わり続けていくんだ。言ってしまえば、どんなものでも「理想的な完成形」というのは存在しないんだよ。可能な限り近いところまで持っていって、どこかの段階で手を放さないとならない。たとえて言うなら、鳩を両手で抱えていて、手を放すと飛んでいくよね。あんな感じだ(笑)。
―それがわかっていても、毎回できる限り理想に近付こうと努めるわけですよね?
ロブ:それが人生というものなんじゃないかな。実際、理想を完全に手にしてしまったら……。これはどんな仕事でも当てはまることだと思うけど、たとえばレストランのシェフが自分の理想とする完璧な一皿を作ってしまったら、残された道はもう引退しかなくなってしまうじゃないか。目指すべきものがなくなると、人はそうなってしまう。完璧を目指すのは、そこになかなか到達できないからこそだし、だからこそやりがいをそこに見出すことができるんだと思う。
―あなたの苦悩や葛藤は歌詞からもうかがえますし、絶望、裏切り、傷心といったものがその断片から伝わってきます。そうしたものが今作を作るうえでの困難さの理由でもあったのでしょうか?
ロブ:歌詞を書くのは大変だったよ。というのも、曲の中には、それを書いた時期に抱えていた思いを綴っていたりするものの、いざそれを仕上げる段階になると、その時とは同じ気持ちじゃなくなっていたりもするわけでね。そうなってくると厄介なもので、書き始めた時の状況に立ち返って、その時の自分が何を言おうとしたのかを思い出さないとならなくなってくる。それを踏まえて曲と歌詞を仕上げていくんだ。
―そこで興味深いのは、どれほど苦悩や葛藤が歌詞に綴られていようと、ペンデュラムの音楽はリスナーを踊らせ、高揚させるということです。逆に言うと、ネガティヴな感情を音楽に乗せて吐き出し、それによって人を踊らせることですべてが浄化される、というようなメカニズムであるようにも思うのですが、いかがでしょう? そう考えると、音楽作りはあなたにとってセラピーというか浄化作用を得られるものでもあるのでは?
ロブ:そのとおり! 今年に入る前まで、音楽は自分にとって唯一のセラピーだった。自分にとって唯一の浄化作用を得られる手段がそれだったんだ。自分が抱えている気持ちを伝えようと思った時、それを誰かに言葉でぶちまけることはできないかもしれないけど、それを歌にすることであればいつだってできる。つまり音楽を作ることは、俺にとって気持ちの整理をつけるのにいちばん手っ取り早い方法なんだ。実際、このアルバムを作っている間、俺にずっと癒しを与えてくれていたのは音楽そのものだった。
―とても興味深い話ですね。そして今作に掲げられた『Inertia』というタイトルにも興味をそそられます。
ロブ:『Inertia』というタイトルは、まさに今、君が言ったように「外部の力が作用しない限り止まらない等速運動」という意味で付けた。その言葉が、今作の曲ができあがっていった過程を上手く表していると思ったんだ。これまでの作品でやってきたように、改まった気持ちで「さあ、アルバムに向けて曲を書くぞ」ということは、今回はやらなかった。自分の中に何かしら抱えている思いがあって、そこから自然と曲が生まれてきた。「さあ、曲を作らなければ!」と自分の奥底から絞り出す感じじゃなくて、どの曲も、自分が何かを感じてた時におのずと湧き出てきたんだ。それが『Inertia』というタイトルの由来だね。
プロディジーの影響を公言する理由
―ところであなたはプロディジーからの影響を公言していますし、過去には彼らについて「進化を重ねた末にひとつのジャンルになっている」とまで言っています。ある意味、あなたが今作で目指したのもそれに通ずる「尖鋭的でありながら、同時に普遍的なもの」なのではないかと思えるのですが、いかがでしょうか?
ロブ:そうだね。プロディジーの何が好きかって、純粋にレイヴ・アクトとして出てきたはずなのに、唯一無二の存在にまでなったところなんだ。彼らのようなバンドは他にいないよ。彼らをコピーしようとしても、本人たちじゃない限り不可能だと思う。それと同じことをペンデュラムでやりたかったんだ。プロディジーと同じようなバンドになりたかったという意味じゃないし、それは無理な話だ。そして彼らのような唯一無二の存在になるには、自分たちがやりたいことを貫くしかないし、自分が聴きたい音を作るしかない。今作はまさにそういうものなんだ。多くの曲が、100%ドラムンベースでもなければ、100%メタルというわけでもない。俺が聴きたい音というのは、そのふたつが合体したサウンドなんだ。あとは、それをどう作るかだ。自分で作った音楽についてはあまりに身近すぎるから、それが達成できたかどうかを客観的に判断するのは難しいけど、それができていることを願っているよ。
―実際、まさにそういう作品になっていると思いますよ。ちなみにプロディジーは先頃サマーソニックで来日し、古くからのファンからの熱狂的反応を得るのみならず、彼らを過去に観たことのない世代をも巻き込んでいました。今、あなた方が目指そうとしているのもそういうことなのではないかと想像します。
ロブ:まさしく。実際、俺たちのライブにも若いオーディエンスは多い。嬉しいことだよ。それは、新しい世代にも自分たちの音楽が刺さっているということの証しでもある。ミュージシャンをやっている以上、新しいファンを取り込みたいという願望は常にある。それができずにいるとしたら、そこには何か問題があるはずだし、人の心に訴える曲が作れていないのかもしれないし、サウンドが古くさいと若者たちから思われているのかもしれない。俺はいつだって新しい世代のリスナーを惹きつけるものを作りたいと思っているし、それはとても大事なことだと考えている。俺たちの場合、ライブの時もDJセットでやる時も、若いファンが大勢来てくれている。また日本に行くことがあれば、そこでも同じような反響が得られることを願っているよ。
―音楽ジャンルを指し示す言葉は、次々と新たに生まれては消えていきます。あなた方の音楽は、当初はドラムンベースと呼ばれていましたが、今やその言葉は特定の時代性を指すものになっているようにも感じられます。あなた自身がみすからの言葉で今作でのペンデュラムの音楽にカテゴリー名を付けるとすれば、どんな名前が相応しいと思えますか?
ロブ:うーん。正直なところ、これまで一度も「これだ!」と思えるような形容を目や耳にしたことがないんだ。たとえばエレクトロ・ロックという言葉を聞いたこともあるけど、それはイマイチだなと思えた。ドラムンベース・メタルという形容を聞いたこともあったけど、そっちもなんだかパッとしないよね(笑)。どれも好きじゃないな。こうして考えてみると、確かにジャンル名というのは自分で考案したほうがいいのかもね。とはいえ、今こうして考えてみても何も思いつかないんだけど(笑)。

ロブ・スワイア
『Inertia』でのコラボレーション
―以前からさまざまなアーティストとのコラボレイト、フィーチャリングの機会を重ねてきたあなた方ですが、今回共演しているウォーガズム、ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインをはじめとするアーティストたちと、どのような経緯でコラボすることになったのかを教えてください。
ロブ:誰かとコラボレーションをしたいと思うのは、俺がその人達の音楽のファンだからだ。エイウォルネイション、ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインについては、もう何年にもわたってずっとファンでいるよ。エイウォルネイションに至っては2007年から聴いているくらいだ。彼の音楽を聴いていていつも思うのは、「もし自分にめちゃくちゃ勇気があって、人にどう思われようと気にしない人間であれたならば、きっとこういう音楽を作っていただろう」ということ。そういう意味で、昔から尊敬していたんだ。彼の音楽を聴けば、人にどう思われようとまったく気にしていないことがわかる。「自分が作りたい音楽を作る。以上!」という感じなんだ。そういうところを尊敬しているし、俺自身ももっとそういう気概を持ちたいと思っている。だからこそ、それを実践できている人を見ると、立派だなと感心させられるんだ。あと、ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインに関しては、よくツアーで一緒になるんだよね。特に2010年に前作を出した当時、いろんなフェスで一緒になった。彼らとは前々からずっとコラボしたいと思っていたんだけど、何しろ俺たちの側が活動を休止してしまっていたからね。今回ようやく念願が叶ったというわけさ。
―実際、エイウォルネイションのような「自分の信念を貫く」という姿勢を、このアルバムで貫くことができたという実感はありますか?
ロブ:ペンデュラムだからこういうサウンドにしなきゃいけないとか、そういったことは一切考えず、自分が何をしたいかということだけを考えて作った。その点においては、彼からの影響は作用していると思う。正直なところ、今回、彼にコラボ曲の叩き台となるものを送る際、不安もあった。だけど彼に「実際に聴いてみて、もしもロック過ぎる、メタル過ぎると思ったら、曲を変えてもいいから」と伝えたら、「これでバッチリだ。君の言う通りにやろうじゃないか」と言ってくれてね。あれは嬉しかったな。
―ウォーガズムとのコラボレーションはどのような経緯で?
ロブ:彼らとは家が近所なんだ(笑)。だから今では、コラボ相手というより友達と言ったほうがいいくらいだな。彼らは俺にとって「この世でいちばん好きな人たち」の部類に入るね。お互い、影響を受けてきたものが似てるんだ。彼らのアルバムを聴くと、毎回のように「このアルバムの制作に携わりたかったな」とか「この曲を共作したかったな」と思わされてきたんだ。だから今回、「じゃあ、誰とコラボレーションする?」という話になった時、真っ先に思いついたのが彼らだった。彼らも俺と同じようにプロディジーとかアタリ・ティーンエイジ・ライオットが好きで、好みがすごく被ってるんだ。だからコラボレーションもやりやすかったよ。
新旧を融合させたライブの展望
―ところで去る8月9日には英ミルトン・キーンズで『TRIBES UNITE』というあなた方自身の主催による大規模なフェスを開催していましたよね。あの公演は結果的にあなた方にとってどんな経験になりましたか?
ロブ:これまでやってきたライブの中でも最高のものになったよ。だだっ広い野原に3~4万人の人たちが集まって、俺たちが昔から聴いて育ってきたベテランDJのAndy Cとか、若手のHEDEX、BOUなんかにも出てもらって、しかもペンデュラムのファンもたくさん集まってくれた。かなりカオスな状況ではあったけど、これまでやってきた中でいちばんお気に入りのライブになったよ。
「Come Alive (Live At Milton Keynes)」
―そしてこのアルバムのリリースを経た上でのツアーというのがこの先しばらく続いていくことになるわけですが、このツアーはどのようなものになりそうですか?
ロブ:新作からの曲は全部やるつもりだし、昔の曲も今の音に生まれ変わらせて、双方がミックスされたセットリストを用意するつもりでいるよ。ミルトン・キーンズで一区切りをつけて、これからのライブについてはさらにワクワクするようなものに新調する予定だから、楽しみにしていてほしいね。
―願わくはこのアルバムに伴うツアーの一環としての来日公演実現についても期待したいところです。可能性はありそうですか?
ロブ:俺自身、行けることを願っているよ! 日本はライブをするうえでいちばん好きな場所でもある。だから是非また行きたいと思っているよ。日本にはずっと行くことができず、申し訳なく思っている。じきにそっちに行けるものと信じて、楽しみにしているよ。

ペンデュラム
『Inertia』
発売中
日本盤:SHM-CD、解説・歌詞対訳付
再生・購入:https://pendulum.lnk.to/Inertia