悲しみや喜びとともに「天国」を想う
シルヴァナ・エストラーダは昨年、絶賛された2022年のデビューアルバム『Marchita』に続く作品に取り組んでいた。だが、その制作の途中、彼女は壁にぶつかった。書けなくなったわけではない。ただ、書きたくなくなってしまったのだ。
『Marchita』の成功は、数年前までシルヴァナが夢見ていたようなチャンスをもたらした。ベラクルス州コアテペクの緑豊かな丘で弦楽器職人の両親のもとに生まれた彼女は、世界中をツアーし、アンドリュー・バードやアイアン&ワインらのオープニングを務め、ラテン・グラミー賞にもノミネートされた。そして2022年の秋、最優秀新人賞を手にした。
だが、その年は同時に、彼女がこれまで想像もしていなかったような困難にも満ちていた。まず、過労によって脊髄を損傷するというケガに見舞われた。さらに追い打ちをかけるように、最愛の友人とその兄弟がメキシコシティで誘拐され、殺害されたという知らせを受け取ったのだ。これまで音楽を通して感情を整理してきた彼女だったが、友人を失ってからの数カ月、そして1年ほどのあいだ、音楽を作ることが無意味に思えたという。「失った彼を取り戻せるような歌なんて存在しない、そう思い知らされました」と、彼女はRolling Stoneに語っている。
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今年10月、NPR「Tiny Desk Concert」に出演
彼女を絶望の淵から引き戻したのは、伝説的なコスタリカ生まれのメキシコ人歌手、チャベーラ・バルガス(Chavela Vargas)の魂だった。
2月、シルヴァナは友人に付き添って、メキシコシティの南、テポストランの谷にあるチャベーラ・バルガスの旧邸で行われていたアーティスト・レジデンシー(創作活動を行うための滞在プログラム)を訪れた。彼女は最初から「今回は何も作らない」と決めていて、ほとんどの日々をプールサイドでぼんやり過ごしていたという。ところがある日、ふとギターを手に取った瞬間、何かが起こった。「ほんの数分で、一曲まるごと歌い上げていたんです」と彼女は振り返る。「無意識のうちに、チャベラに助けを求めていたのかもしれません。気がついたら、私も友人も泣いていて、全身に鳥肌が立っていました」。
「Un Rayo De Luz(ひとすじの光)」は、厳しい冬を越えたあとに差し込む春の陽射しのように心震わせる一曲だ。静かなギターの音色から始まり、やがてシルヴァナの透きとおる声が、豊かに広がる弦のアレンジの上を舞うように響く。彼女がこの曲を書いたのは、偶然にもチャベーラ・バルガスのインタビューを目にした2日後のことだった。そこでチャベーラは、死について「誰も(現世に)帰ってきたことのない場所というのは、なんて美しいのかしら」と語っていたという。
「その言葉のイメージが、私をとても穏やかな気持ちにしてくれたんです」とシルヴァナは語る。
その曲をきっかけに、彼女の中でぼやけていたものが再び焦点を取り戻していった。『Vendrán Suaves Lluvias(やわらかな雨が訪れる)』と題された最新作で、彼女はこれまで胸の奥に沈めていた感情を、魂をさらけ出しながら美しく紡がれた詩篇へと昇華させている。
このアルバムは、怒りや悲しみ、そして時に驚くほどの喜びまでも抱きしめた、まさに”勝利”の作品だ。シルヴァナの明るくしなやかなソプラノは、痛みのヴェールを突き抜け、まっすぐに響く。「伝えたいことは山ほどあったけれど、それを受け止められるようになるまでには時間がかかりました」と彼女は語る。「自分自身と、光や幸福とのつながりを取り戻すまでに3年かかったんです。『自分が何を望んでいるのかも、この旅がどこへ向かうのかも分からない。けれど、ただ”いま”を生きたい』──そう思えるようになるまでに」。
「Dime」のような高揚感に満ちた楽曲が次々と生まれていった。シルヴァナは壊れかけた関係への苛立ちを、毅然とした問いかけへと昇華させて歌う──〈出ていくの? それとも居座るの?/今回は本気なの?〉。一方の「Good Luck, Good Night」では、フアン・ガブリエルの「Hasta Que Te Conocí」を思わせるメロドラマ的な情念を宿し、期待を裏切った恋人に別れを告げる痛烈なラブソングを紡いでいる。
アルバム中では、「Como un Pájaro」「Flores」の沈思的で繊細な美しさ、「Lila Alelí」の喜びに満ちた郷愁など、前作『Marchita』を特徴づけていた”ほろ苦い優しさ”も息づいている。しかし『Vendrán Suaves Lluvias』のシルヴァナは、以前よりもずっと大胆で、奔放で、本能的だ。
ラティーナには怒る理由がいくらでもある
彼女にとって今回のアルバム制作は、怒りと真正面から向き合い、それを押し殺すのではなく、自分の中の力として受け入れるための試みでもあった。「女性にとって、自分の怒りを認めること自体がとても難しいことだと思うんです」と彼女は語る。「古代ギリシャのフューリー(復讐の女神)の時代から、”怒る女は醜い”とされてきた。まるで私たちが怒る権利を奪われてしまったかのように。でも、私たちには怒る理由がいくらでもある」。
怒りを自分のものとして受け入れたことで、彼女はより強い主体性と自己決定の感覚を得た。アルバムのプロデューサーを探し始めたものの、候補の誰もが彼女のヴィジョンに口出しするか、もしくは本当に求めているものを理解してくれなかった。そこでシルヴァナは、自らプロデュースすることを決意した。
「当時の私は本当に迷っていて、音楽とのあいだに誰かが介在することに耐えられなかったんです」とシルヴァナは振り返る。「自分のヴィジョンを信じていたからこそ、エンパワーメントされる部分もあったけど、その一方で大きな迷いや不安も抱えていました」。
彼女は覚悟を決め、経験豊富なミュージシャンたちを率い、アレンジャーやエンジニア(ほとんどは男性)に自ら指示を出した。28歳の彼女にとって、それは大きな挑戦だった。「怖かったけど、自分のためだけじゃなく、他の女性アーティストやプロデューサーのためにもやらなきゃいけなかった」と彼女は語る。
『Vendrán Suaves Lluvias』は、最終的に3つの国、5つのスタジオを渡り歩きながら制作された。驚くべきことに、アルバムの多くのボーカルはデモ音源がそのまま使用されているという。3年に及ぶ旅路のなかで、彼女は自分を信じること、再び音楽を心から楽しむことを学び、数えきれないほどの発見と幸運な偶然に出会ったのだった。
「ただ純粋に楽しむことができた。それが一番誇らしいことですね」と彼女は語る。「このアルバムを自分の手でプロデュースし、自分らしくいられた。ラティーナとして生きていると、世界中から疑いの目で見られることがあまりにも多く、”楽しむこと”を忘れてしまうことがある。なぜこの仕事をしているのか、その理由さえ見失ってしまいがちだから」。
Photo by Jesús Soto Fuentes
シルヴァナにとって大きな指針となったのは、ジョニ・ミッチェルの名盤『Blue』だった。
「ジョニの音楽は、自分自身の姿を映す鏡のようなんです。その鏡は美しさで覆われていて、安心して自分と向き合える」と彼女は語る。「今回のアルバムでは、怒りや痛みと折り合いをつけようとしています。それらを美しさで包み込み、少しずつ愛せるようになりたいんです。自分の怒りを、悲しみを、痛みを愛したい──それらも私という人間の一部分だから受け入れつつ、自分に優しさを与えてあげなきゃ」。
From Rolling Stone US.
Silvana Estrada(シルヴァナ・エストラーダ)
『Vendrán Suaves Lluvias/ベンドラン・スアベス・リュビアス』
配信中
再生・購入:https://ffm.to/silvanavsl
・全曲作詞・作曲・プロデュース:シルヴァナ・エストラーダ
・モントリオール、バルセロナ、メキシコシティにてレコーディング
・オーケストラのレコーディング:北マケドニア・スコピエ
・アレンジ:オーウェン・パレット(「Dime」「Flores」「Un Rayo de Luz」)、Roberto Verástegui(「Como Un Pájaro」「No Te Vayas Sin Saber」)
・ミックス:Daniel Bitrán(El Desierto-Casa Estudio, メキシコシティ)
・アルバムタイトルの由来:サラ・ティーズデイル詩「There Will Come Soft Rains(1918年)」


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