良好な心理的素質をもつパイロットは、普通の人には遙かに及ばない論理的思考の能力や心理的圧力に耐えうる能力を持っているのが通常だろう。一体、どんな原因で優秀な機長が生きていく勇気を失ってしまったか?
最近、辞職願を出したため、厦門航空に告訴されている陳建国氏(厦門航空の機長を務めていた)はマスコミの取材に対し、「以前、馮機長と雑談したことがある。彼はずっと前から厦門航空を離れようとしていた。しかし、こうなに悲壮な“辞職”という結末になるとは思いもよらなかった」と話していた。
しかし、こんなに重苦しい仕事の環境から脱却するのに、なぜ辞職という正常な方式を選ばないのか? これに対して、陳氏は「パイロットの辞職は困難を極める。航空会社は例がなく法外な値段でパイロットに損害賠償を求める。例えば、私が会社を辞める場合、厦門航空は私に900万元(約1億3000万円)もの賠償を求めた。900万元というのは私が厦門航空にパイロットを務めた12年間の収入総額の5倍を超える金額だ。こんなに巨額な賠償金を、パイロットはどのように払うというのか?」と悩みを吐露した。こうみると、馮機長の自殺は、パイロットにおける現行雇用体制に係ることだと思わざるをえなくなる。
「金領(ゴールドカラー)」とみなされるパイロットがなぜ辞職を願うのか? 具体的にはもちろん、人によって辞職の理由が違っている。
中国で一般の「白領(ホワイトカラー)」よりエリートだとされ、「金領(ゴールドカラー)」という造語の代名詞ともされるパイロット、その年俸は日本円にして中国では破格の1000万円以上にもなる場合がある。羨望の対象であり、多くの若者が目指すべき職業とされている。その上、中国ではパイロット不足のため、多くの航空会社は高給を含むいかなる手段を駆使してでもパイロットの定着率を維持しようとする。だから、パイロットは「引っ張りだこ」なのだ。
「引っ張りだこ」の機長の自殺は一般の人を不思議がらせた。パイロットとしての辛さが一般の人にはよく見えないためだ。現在、金融危機の影響により深刻な経営難に直面している航空会社のパイロットへの需要はある程度減ってはいる。多くのパイロットは「跳槽(辞職してほかの会社へいく)」をやめ、「不満があっても我慢するしかない」という現在の仕事をキープすることを選択しがちだ。
こうした状況を受けて一部の人はパイロットがすでに「引っ張りだこ」から安い「ハクサイ」になってしまったとも指摘する。だが、筆者はこういう言論には首をかしげる。昨年熱く議論された東方航空のパイロットによる集団的帰航事件や巨額な賠償金額が絡むパイロット辞職事件などは、パイロットという特殊な職業の社会的イメージに影を落とした。現時点では、帰航事件が引き起こした騒動も沈静化してきたが、不景気によりパイロットの辞職も減ってきた。しかし、この一時的に安定しそうな状態は決して「天下太平」を示すものではない。
上述の事件の再発を防止するにはパイロットによる辞職・移籍に合法的な保障とルートを提供しなければならないと思う。労働契約法を厳格に守るべき航空各社はこの不景気な時期に、パイロットが安定した仕事を持ちたいという心理を利用して、火事場泥棒的に思う存分パイロットの合法的権益を侵犯しようとも見受けられるが、法的な縛りが必要になっている。
憲法はすべての国民に平等な権利を与え、いかなる公民の合法的権利も剥奪されてはならない。特殊な職業と称されるパイロットも、労働者には違いない。彼らは労働契約法が規定するすべての権利を享有する。各方面で優位に立つ航空会社がパイロットの権利を侵害することも一種の違法行為だろう。しかし、パイロットが法律という武器で自分の権利を主張する時、航空会社は往々にしてあらゆる手段で裁判の公正を妨げ、辞職しようとするパイロットを死地に置くようにする。
パイロットが辞職することで航空会社から巨額な賠償金が請求されるため、何年間にわたり航空会社と対峙するという不利な局面に陥るケースは思いのほか多い。多くのパイロットが会社に辞職願を出した後に、種々の仕返しを受ける。辞職しようとする、辞職に成功したパイロットに対する誹謗中傷も時に発生する。堂々としたパイロットが、長期間にわたり辞職で航空会社と戦わざるをえないため、新しい仕事に就けず、結局毎月の生活を最低生活保障金に頼らなければならないという悲惨な状況さえある。
それだけではなく、時には家族がこのために巻き添えを受ける場合もある。家庭の幸福は彼らが正当な辞職権利を行使することですっかりなくなる。甚だしきに至ってはこのために一家が四散することさえある。
確かに、乗客の命に関わるパイロットは特殊な職業とされているため、パイロットの辞職・移籍に関する特殊な規定があってもおかしくはない。しかし、中国で実施されているパイロットの辞職・移籍に関する特殊な規定の中にある新労働契約法と労動法と矛盾する部分は、まだ廃止されていない。これも近年パイロットが辞職するのが困難になってきた原因となっている。主管部門はこれに対してひたすら回避することではなく、積極的な態度で問題を分析・解決すべきだと筆者は思う。
写真はイメージ。
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