ここ1カ月ほど、中国のネット空間で話題を呼んでいる動物がある。ニューヨーク・タイムズやCNNなど欧米メディアには紹介されたが、なぜか日本のメディアには登場していない。


 その動物の名は「草泥馬」、欧米メディアでは「grass-mud horse」と紹介されている。「クサドロウマ」や「grass-mud horse」では何のことか分からないが、中国語をある程度学んだ人は気づいたと思う。「草泥馬(ツァオニーマー)」は中国の有名な「罵人話(ののしり言葉、隠語)」と同音なのである。英語の「f××k your mother」にも似た、極めて“どぎつい”言葉だ。有名な「ターマーダ」同様、かつて魯迅が論じたという「国罵」(中国独特のののしり語)の類である。

 ニューヨーク・タイムズ(オンライン版)3月11日の報道によれば、動画サイトYouTubeにアップされた「草泥馬」の童謡バージョンは140万ページビュー、自然科学のドキュメンタリー番組風に紹介(もちろん偽物)した動画は18万に達したという。これ以外にもシルクロードの民謡風のバージョンも有名で、YouTubeで「草泥馬」を検索すればいろいろな動画がアップされている。

 動画のバージョンはいろいろあるのだが、基本的なストーリーは同じだ。草泥馬は「馬勒戈壁(マーレーゴービー)」に群れをなして住んでいる。彼らは「臥草(ウォーツァオ)」と呼ばれる草を食べている。「馬勒戈壁」も「臥草」もいずれもどぎつい隠語と同音なのだという。

 そんな牧歌的な彼らの生活に、ある日侵入者がやってくる。
「河蟹」である。河蟹は「臥草」を食べ尽くそうとする。童謡版では、河蟹は草泥馬との戦いに負けて馬勒戈壁から退散するが、民謡版では「美しい草泥馬よ、どうしたらいいのだろう」と嘆き調で終わる。

 「河蟹(ハーシエ)」はご存知の方もいると思うが、「和諧」と同音である。「和諧」とは「調和」を意味し、胡錦濤中国共産党総書記が打ち出した執政理念として「和諧社会建設」などと使われるが、現在中国では「検閲」「言論封鎖」の意味で使われており、「このサイトは“和諧”された」といえば、要するに当局にとって都合の悪い情報を載せたサイトは、「和諧」のために封鎖されたということだ。

 つまりこの「草泥馬」は一見卑猥な隠語を入れたざれ歌なのではなく、中国当局のネットなどの言論封鎖に対する強い抗議の意味が込められた“プロテスト・ソング”と言えるものなのである。「草泥馬」や「河蟹」がなぜ生まれたのか、そしてこの問題への中国のブロガーたちの意見などは、次回詳しく紹介したい。(執筆者:内藤康 中国ウォッチャー)

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