最近の中国の新語で「蟻族」というのがある。ちらほら日本のメディアでも紹介されているが「大卒なのに就職氷河期のせいで、就職できない、あるいは低所得しか得られないので集団で暮らす若者たち」のことを指し、全国で100万人はいるそうだ。
農民、農民工(出稼ぎ農民)、下崗工人(国営企業の失業者)に続く第四の貧困階層、社会的弱者と言われているが、前の3つと明らかに違うのは、蟻族はいわゆる知識分子であるという点である。

 蟻とは、昆虫の中で知能が高く25万の脳細胞を持ち、巨大な蟻塚を造ったり、分業したり、中には巣の中にきのこ農場を作る種類もいるそうだ。しかし一匹一匹は小さく簡単に踏みつぶされてしまう弱者の代名詞でもある。知能の高い弱者が集団生活することで厳しい社会を生き抜く。そういう比喩が込められているらしい。

 この言葉を生んだのは北京大学中国・世界研究センターの廉思研究員である。廉氏は著書「蟻族 大卒者集団居住村の実録」の中で、北京、上海、広州、武漢、西安の蟻族を調査し、その特性として、性経験が乏しく、思想情緒が比較的不安定、挫折感や劣等感が大きく、コミュニケーションをインターネットに頼り、ネットで不満をかこつといった特性を挙げ、今後大きな社会問題となると警告した。この研究に党指導部が非常に関心を寄せているという。なぜか。貧困層の急増が社会不満の増大につながり社会の安定を損なうというのは当然の話だ。だが、蟻族の場合はそれだけではない。

 日本在住の中国人評論家、石平氏はこう説明する。


 「学生の民主化運動を武力鎮圧した1989年の天安門事件以降、中国当局は知識層の心をいかに掌握するかに苦心してきた。組織だった民主化運動や国際社会に向けた発信力は大卒レベルの知性や知識があったればこそ可能だった。そこでトウ小平氏は二度と天安門事件を起こさないためには、知識層の関心を金儲けや豊かな生活だけに向けさせ、共産党の共同利益者にせねばならないということで改革開放路線をとり、そして実際、知識層の掌握に成功し自信を深めていたのだ。ところが再び現状への不満をくすぶらせる知識層の若者の集団が登場しつつある、これは脅威にちがいない」。

 折しも3年後の共産党リーダーの世代交代をにらんで水面下では権力闘争が激化している。かつての天安門事件が権力闘争と知識層の集団化の相互作用によって発生したことを思えば党指導部が心穏やかに蟻族を傍観してはいられまい。なにせ蟻は集団化し象をも倒す知性がある。

 写真はイメージ、中国の就職活動イベント。(執筆者:中国ウォッチャー 三河さつき 編集担当:水野陽子)

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