先月、中国広東省仏山市南海工業園区にある本田汽車零部件製造有限公司(CHAM)では、待遇に不満を持つ数百名の従業員によるストライキが起き、ホンダの完成品の組立工場4カ所が稼動を停止した。中国ではストライキの権利については不明確な点が多いため、日系企業であるホンダでの事件ということもあり、全社会の関心を呼んだ。


 CHAMのある作業員が公開した給与の構成から見れば、基本給に各種の手当を加えたしても、初級作業員の月収は1200元(約1万6000円)にすぎない。中国人の作業員にとっては福利厚生も整備・充実されておらず、昇給もあまり期待できないという状況である。一方、日本人社員は中国人の50倍もの給与を得ているという。しかし、ホンダの中国人作業員の給与は日本人社員のそれと比べられるどころか、公表された2008年の仏山市都市部住民の平均月給(約1872元)にもおよばない。したがって、こうした格差がストライキを招いたのであるというような分析が多く見られる。

 自動車メーカーの作業員における低賃金と対照的に、2009年、中国は米国を抜き、世界一の「自動車生産・販売大国」になった。中国が世界で最も儲かる自動車市場となったため、中国で活躍している自動車メーカーはより高い利益率をはじき出すことになるのは当たり前のことである。ホンダが4月28日に発表した2010年3月期連結決算は、純利益が前期比95.9%増の2684億円で、ほぼ倍増となった。ホンダの中国工場で働いている従業員の汗や努力がこういった業績の向上に大きく寄与しているのだろう。だが、ホンダは中国人社員の汗や努力に対して報いることに努めていないらしい。

 資本家(会社・株主)側が大きく儲ける、労働者の賃金水準が非常に低いレベルにあるというような中国の所得分配構造から見ると、中国社会科学院が発表した「2007年度企業青書」で指摘されたように、企業における利益の大幅な増加は従業員の低賃金を代価に得たものである。会社側が“強者”としての立場に立ち、労働者は賃金が安くても 食べていくためには働くほかない弱い立場となる。
報酬に対する交渉力がまったくないとも言える中国の労働者はこういった低賃金の代価を払わざるを得ないだろう。

 今回の十数日間にわたるストライキ事件の前半部で労働者、会社側、地方政府が続々と登場していたが、労働者の権利を最も守るべき労働組合はその姿を見せていなかった(この工場では労働組合が存在しているかどうかは不明点の一つ)。

 中国では一定規模の企業には「工会」と呼ばれる組織を設けることが義務付けられている。本稿では「労働組合」と訳している。「工会」は中国共産党の傘下に作られた中華全国総工会に属する機関である。資本主義国の労働者の自発的組織である労働組合とは違い、中国の「労働組合」は実に政府の末端機関なのである。

 共産党の指導のもとで動く社会団体であるともいえる中国の労働組合のスタッフの賃金や人事権などはすべて上級の労働組合総連合会と政府が決める。「一切を圧倒する穏定」を保持するということで、実は、政府傘下の労働組合が労働者の立場に立ち、労働者の権利を守ることは相当に難しい。

 事件の経緯から見ると、今回の同盟罷業は回避可能なことであったと思う。肝心な点は企業の経営者・管理者はどのような経営理念で会社を経営しているのか、会社の持続的発展という視点から、どのような考えで社員の利益と成長を見守るべきなのかということにある。

 2010年に入ってから台湾系電子機器・コンピュータ部品メーカー最大手の富士康(フォックスコン)深セン工場で従業員の飛び降り自殺が相次いでいることと、ホンダの従業員による同盟罷業の深層的な原因を追求してみると、“社会転換に伴う社会問題につながる”などが挙げられる。表層的な原因としては、「80後」世代と「90後」世代はすでに低賃金・低所得を我慢する彼らの親たちの世代と違い、権益に対する意識が高まっているなどが指摘されている。
富士康の深セン工場だけではなく連続自殺が発生していない中国各地のほかの工場でも労働環境や報酬状況は資本の原始的蓄積を特徴とする原始資本主義の段階のそれに酷似している。これは、社会転換に伴う社会問題の深刻さを反映していると思う。

 したがって、中国の政府傘下の労働組合の役目と組織構成(労働組合の人選方法など)は新しい情勢に適応するための改革とモデルチェンジに迫られている。現行体制のもとで各地の労働者における権益抗争をいかに指導・サポートするのかは政府傘下の労働組合にとっては一つの挑戦であろう。

 中国乗用車情報連合会副事務総長・崔東樹氏はCHAMにおけるストライキ事件に対して、日系自動車メーカーで推奨されているリーン生産方式(トヨタ生産方式)に潜んでいる潜在的な問題点に注目すべく、業界関係者の注意を喚起したいとの見方を示した。

 顧客満足を求めるとともに、絶えずコストを削減していく、というのがリーン生産方式への一般的な理解である。ここでいうコスト削減は決して単なる人件費の抑制ではなく、「持続的改善」や「ムダ・ムリ・ムラ」の排除、「自働化」などの手段で進められるものである。しかし、日本で成功を収めたリーン生産方式を発展途上国の中国にそのまま導入しても成功しない。というのは中国人の国民性や価値観、教育背景、文化背景などは日本と大分違っているからだ。

 リーン生産方式を実現するには、スキルや経験、改善意識、モチベーションなどの面で全社員の仕事に対する要求が高くなる。賃金の低い作業員に対する高い仕事の要求そのものは一種の「ムリ」ではないかと思う。長い目で見れば、作業員の定着率向上・レベルアップに不利な低賃金策は会社の発展を阻害するものとなる。


 企業は最小限のコストで最大限の利益をあげること、このこと自体は間違っていない。利益の最大化と作業員の合理的収入との間でいかにバランスを取るかなどの問題を考慮に入れる一方、リーン生産方式の具体的やり方を中国の国情に合わせるように調整せねばならないと筆者は思う。(編集担当:祝斌)

【関連記事・情報】
中国での自動車評価、ドイツ車に圧倒的強み、日本はアテンザ健闘(2010/05/21)
日中両国での自動車主要車種のブランドイメージ比較(2010/05/19)
広州ホンダ、操業再開の目処が立ったばかりでオデッセイをリコール(2010/06/03)
ホンダ部品工場、2日より操業再開か…4日に賃上げ発表約束-中国(2010/06/03)
ホンダの工場スト、実習生の賃上げ要求に「甘やかしたツケ」-中国メディア(2010/06/01)
編集部おすすめ