ステキな映画。そしてステキな出演者だった。
12日に日本での公開が始まった日台合作映画の『南風(なんぷう)』だ。主要な登場人物は風間藍子(黒川芽以)、トントン(テレサ・チー)、ユウ(コウ・ガ)。偶然の出会いと自転車の旅を通じて、成長していく3人。美しい台湾の景色が目にしみる。ドジな失敗に笑ってしまったり、ハラハラしたり。物語後半で描かれる藍子のトントンに対する「心の底からの励まし」には心を打たれる。
そして場所を愛媛に移す。人生の次のステップに、見事に進んだ3人。楽しめて、考えさせられて、そして幸せな気持ちになれる作品だ。日本初日の12日、この3人にインタビュー取材に応えていただいた。「なるほど、この3人だからこそ、『南風』のステキな世界を作り出すことができなのだな」と、大いに納得することができた。

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黒川:自分にとって海外の仕事は初めてでした。
大部分が台湾での撮影でしたが、貴重な経験になりました。まず、台湾には親日家がこんなに多いのかと思いました。それから、夜、街を歩いていても安心。そして、台湾人って、マイペースでほがらかな人が多いんです。『南風』の世界どおりでした。

テレサ:日本人は真面目な人が多いと聞いていたので、緊張しました。
でも、撮影が始まったら違いましたね。もちろん、仕事に対しては真剣です。でも、例えばカメラがちょっと止まった時なんか、キャストの人もスタッフの人も、ふざけあったりする。とても楽しかったです。

コウ:日本人は確かに、仕事に対して真面目で厳格ですね。この仕事を通じて、多くのことを学びました。


――演技の上で、大変だったことはありましたか?

コウ:そうですね。自転車に乗ってのシーンが多かったでしょう。だから、出演者それぞれの距離なんかで、ずいぶん気を使いました。カメラとの位置関係とかアングルの関係がありますからね。
<黒川から、「それぞれの登場人物の距離が、心理的な距離を表すという面もありますから」との補足説明>

コウ:それから、とにかく暑くて大変でした。夏の撮影だったので……。
そうそう、この作品に出演するにあたっては、体づくりも行いました。クランクイン前までトレーニングを続けて、撮影時には、かなりがっしりした体に仕上げました。(撮影から1年が経過した)今でも、そんなには変わっていないと思います。

テレサ:たしかに暑かったですねえ。でも、サイクリングの旅を映す映画で、ロケも移動しながらだったんですよ。ピクニックみたいで楽しかった。
自転車での旅を映した、ドキュメンタリーみたいな作品です。

 長距離を自転車で走って、体力もつきました。ただ、私が今やっているのは、自転車というよりも走ることですね。撮影終了後、名古屋マラソンにも参加したんですよ。昨日の夜も、5キロメートルほど走りました。
<「えええっ! いつの間に!?」とのけぞる黒川。驚きつつも、冷静な表情はさして崩さないコウ。2人の「性格」の違いが垣間見えて興味深い>

黒川:「乗り物」といえば、前に車椅子でのシーンが主な作品に出演したんですけど、やっぱり乗り物にも魂が移るんですね。そのあたりも、いろいろ考えなければならないんです。大変でもあり、おもしろい点でもあります。

――実は「南風」を見て、最初の部分では、「このストーリー展開はありえないだろう」と、ちょっと批判的に思えた部分があったんです。ところが、藍子が自転車で走り始めた最初の晩、ホテルの部屋で「イタタタタ」なんてやっていたでしょう。あのシーンで、映画の世界が一気にリアルになったように感じました。「まさに“技あり”の演技だ」と感心ました。驚いたと言ってもよいぐらいです。

黒川:ありがとうございます。藍子は26歳、つまり20代後半という設定ですからね。ちょっとだけオバサン風の痛がり方をしてみたんですよ。

――それからもうひとつ。中国語についても感心しました。最初の部分では、いかにも「ガイドブックや会話本のカタカナを読んでみました」という雰囲気でしたね。ところが松山でのシーンでは、「仕事を持つ女性が、1年間かけて一生懸命に勉強しました」という中国語になっている。この中国語の“進歩”が、藍子が台湾に関心を持ち、好きになったということを、見事に物語っているように感じました。

黒川:私は台湾の言葉ができるわけではありません。なので、ビデオを見て勉強し、松山入りは撮影の前日だったのですが、台湾人のスタッフなんかにチェックしていただきました。

 台湾の人にも見ていただくことになる作品です。あのシーンで私の中国語がひどかったら、作品全体が台無しになってしまう。そんなことはできませんからね。頑張りました。

――それ以外にも、役づくりについてのご努力や工夫について、教えていただけますか。

テレサ:私が演じたトントン(冬冬)は、「お子様」なんですよね。シンプルで純粋。問題は、そんな16歳の少女をどう表現するかということでした。まず、「16歳だった自分は、こういう状況だったらどうするだろう」と思い出しました。「藍子と出会ったら、自分だったらどうしただろう」ということですね。

 それから、近くの高校に行って、女子高生の様子を観察しました。彼女らが勉強でノートを取る様子なんかも、観察したんです。

 トントンって、典型的な女子高生の雰囲気を持っています。単純でおバカさんで恐いもの知らずなんですよね。藍子と一緒だからこそ、危険を回避できたということもありました。

<テレサの説明に、ここでちょっと異論が入った>
コウ:ぼくとテレサが初めて出会ったのは、テレサが16歳、ぼくが15歳の時なんです。「危険心霊(危険な心情)」というテレビドラマでした。その後も仕事をしたことがありますが、「南風」ではひさびさの共演ということになります。

 ところで、16歳の時のテレサですけど、『南風』のトントンとは、違っていたなあ。当時のテレサはもっと引っ込み思案で、恥ずかしがり屋だった。デリケートだったと言ってもよい。トントンは違うでしょ。明るく大胆。だから逆に、テレサはトントンという役を、とても上手に演じたと思うな。

――コウ・ガさんは、自分の役をどのように理解したのですか。

コウ:ぼくが演じたユウは、日台のハーフという役柄でした。ということは、日本の文化も背負っているわけです。ハーフとしての雰囲気を出すよう、努力しました。

 それから、これはぼくの理解ですけど、ユウという登場人物は、ドラマを前に進める原動力と思いました。3人が刺激しあうんですけど、前に進める原動力はユウ。そういう雰囲気を出そうとしました。

――でも、ユウは小さなことでも大きなことでも考え込んでしまって、なかなかすぐに結論を出せないという面がありますよね。そのあたり、実生活におけるコウ・ガさんの性格と、重なる部分はあるのでしょうか。

コウ:ぼくは確かに、外向的な性格でないと言われますね。自分の気持ちをすぐに外に出すことはしない。考え込んでしまうタイプかな。

 ユウもそういうところがありますね。でも、藍子に会って変わるんですよ。藍子も、人生につまずいたわけですよね。それで2人とも、自分のそれまでの人生を反省する。そして、変わっていく。

黒川:実は、最初の構想では、藍子は29歳の設定でした。でも、監督とお話しして、藍子は私と同じ26歳という設定に変わったんです。

 26歳でも、藍子のように悩む女性は意外にいますから。いずれにせよ、20代後半であることに変わりはありません。「だったら等身大でいこう」ということで監督にも納得していただきました。

 それから撮影期間中、私は台湾の人たちと実際に片言の英語やジェスチャーで意思疎通をしていったわけです。これは、藍子を演じることに通じましたね。

 藍子は台湾で(周囲の人々とコミュニケーションをしながら)成長していったわけです。私も「自分自身が実際に台湾にいる」という経験を通じて、そんな藍子の成長を作っていけたわけです。

 ただ、日本人が「真面目」と言われると、私なんかは心にグサグサグサっときちゃうんですよー。

<黒川の役づくりについての説明を聞いて感心する表情を見せた周囲に対して、黒川はジェスチャーを交え、早口で語った。自分が頑張ったのは事実だが、まだまだ完璧とは思えないという黒川の謙虚な気持ち。そして、次の機会には、もっときっちりとやりたいという向上心を強く感じた>

黒川:最初に台本をいただきますよね。今回、特別だったのは、中国語部分が多いから、相手のセリフがよく分からないんです。

 普通なら、共演者のセリフをよく理解して、演技の際にも相手のセリフを受け止めた上で、自分が演じていきます。

 (演技の際に耳に入って来るのが)中国語のセリフだと、そのあたりが分からない。なのにテレサは、アドリブを入れるんですよ。「度胸あるなあ!」と思いました。

 私も、自分の仕事について、多少のプライドがありますから、相手がアドリブを出したからには、自分も対抗する。そんなやりとりが、芝居の魅力を増すことにつながったかもしれません。

テレサ:そうですね、日月潭で、食べ物の取り合いをしたときも、アドリブいれましたよねえ。

黒川:急にやるんだもんなあ。

テレサ:黒川さんなら、ちゃんと返してくれると信じていたから、私もアドリブをできたんですよ。

――さて、この「南風」ですが、特にどのような人に見てほしいと思っていますか。どういう所に注目してほしいですか。

黒川:この作品は、台湾の美しさを描いています。それから、自転車に特化した作品ですから、自転車を好きな人にも、見ていただきたいですね。それから、20代後半の女性にも見ていただきたいです。

 いわゆるロード・ムービーで、ドキュメンタリーみたいな作品です。「一緒に旅する」楽しさを味わっていただけると思います。(藍子とトントンの)2人の掛け合いも楽しんでください。

テレサ:夢を追う。でも、何かがちょっと足りない。そんな人物が登場します。そして、人と人の心のつながり、言葉を介さないつながりを描いています。夢はあるけど、自分が信じきれない。そんな人に見ていただきたいです。

コウ:台湾の景色、人情、それから食べ物についても見ていただきたい。がんばっている3人を見ていただきたい。勇気をもって、夢を追っていきたいと考える人に、この作品を是非、見ていただきたいですね。

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 上記インタビューの直後、3人は上映初日の舞台あいさつに臨んだ。

 台湾、そして松山での撮影は、3人にとって殊の外、“強烈”な経験になったようだ。黒川は、目をちょっとうるませながら「思い入れの強い作品です。(観客に対して)見ていただけて嬉しいです」と述べた。

 テレサは「東京のみなさん。コンニチハ」、「ヨロシク、オネガイシマス」など、かなり長い日本語を、一気に語った。

 コウも、日本語であいさつしたのは同様。さらに英語で「台湾ロケは1年前にクランクアップしました」などと説明した。

 舞台あいさつでも3人は、コミュニケーションを深めつつの「ロケの旅」だったと説明。テレサは「最初は通じなかった。撮影期間を通じて、だんだん通じるようになった。映画の中の藍子とトントンと同じ。友情が芽生え、育った。撮影後、黒川さんが帰るときには、本当に悲しかった」と述べた。

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 取材を通じて痛感したのは、「三人三様」の特長の違いだ。まず黒川だが「自分の内側にあるものを、常に他者に提供していく」という、女優としてのありかたを自分の肉とし、血としていることを強く感じた。

 「自分を他者に提供」ということに、強い使命感とプライドを持っている。しかし、周囲に対する気配りを忘れることは絶対にしない。他人の気持ちや立場を常に配慮している。幼少のころから芸能界に入ったというキャリアが、こういった彼女の特長を形成したのかと思った。

 テレサについて驚いたのは、反応の速さだ。周囲の人の言葉や表情に、たちどころに反応する。表情を示し、体が動く。私の経験では、こういうタイプの人は音楽家、特に器楽の演奏者に多い。例えば、「音符通りに演奏」が原則のクラシック系の奏者でもステージ上の演奏が、「思い描いていた通りに進む」ということはまれだ。なんらかの「想定外」が出てくる。

 ただし彼らは「想定外」でうろたえてはならない。逆に「思いもよらなかったこと」を、よりすばらしい演奏の結びつける能力が、演奏家としての重要な「資質」になる。テレサはまさに、そうだった。

 コウについては、誠実さが印象に残った。何事に対してもきちんと考える。その上で、反応する。持ち前の責任感の強さが言動にあらわれているようだ。

 考えてみれば、『南風』における「主役を演じた3人の個性と、その役柄」は見事にマッチしている。3人それぞれが、自分の特長を最大限に発揮できたのではなかろうか。言ってみれば、まさに「はまり役」だ。3人が持ち前のよさをそれぞれに生かし、さらに、「自転車の旅」を通じて、ロケを通じての「人としての変化」を、そのままスクリーンに描き出すことができた。この作品の魅力は、「原寸大の出演者を同時進行で描き出すことに成功した」ということが、大いにあるようだ。(取材・構成:如月隼人)


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