サッカー界を席巻する超リッチな「サウジアラビアリーグ」現地ル...の画像はこちら >>

アルイテハドvsアルアハリ。人気と実力を兼ね備えた「ビッグ4」同士のジッダ・ダービーは、まるで欧州チャンピオンズリーグのような盛り上がり。
プレーのレベルも高かった!

札束で頬を叩きまくり! 欧州のビッグクラブで活躍する大物選手を爆買いし、世界の注目を集めるサウジアラビアリーグ。いったい、どんなリーグなのか? あまりに情報が少ないので、思い切って現地を訪問。その驚きの実態をリポートする。

* * *

■試合そっちのけでトランプをする若者

最近のサッカー界で何かと話題のサウジアラビア。

今年1月にポルトガル代表のロナウド(38歳)がアルナスルに移籍すると、6月には元フランス代表のベンゼマ(35歳)がアルイテハドへ。

さらに夏にはいずれもブラジル代表のネイマール(31歳)とフィルミーノ(32歳)、フランス代表のカンテ(32歳)、セネガル代表のマネ(31歳)、アルジェリア代表のマフレズ(32歳)ら、名前を挙げれば切りがないほど多くの大物選手がサウジアラビアリーグ(サウジ・プロフェッショナルリーグ。以下、SPL)に新天地を求めたのだ。

それも、ロナウドやベンゼマのような引退間近のベテラン以外に、30代前後でまだ欧州のビッグクラブでバリバリ活躍できそうな選手も多く含まれているから驚きだ。

こうした動きに対し、「ロナウドの年俸は約300億円らしい」「カンテも約150億円もらっている」など高額報酬のことばかり話題になっているが、リーグのレベルや、盛り上がり具合などはほとんど伝わってこない。そこで現地を訪れることに決めた。

早速、9月上旬からSPLの窓口に何度か連絡を入れてみるものの、1週間、2週間がたってもなんの音沙汰もない。中東や東南アジアでの取材ではよくあることで、だいたいは現地に行けばなんとかなるのだが、大物選手を集めているSPLの取材環境がそこまで緩いとは思えない。

保険をかける意味で、AFC(アジアサッカー連盟)管轄で行なわれるAFCチャンピオンズリーグ(以下、ACL)の試合も予定に組み入れた。

サッカー界を席巻する超リッチな「サウジアラビアリーグ」現地ルポ
首都リヤドで観戦したACLのアルフェイハvsパフタコール(ウズベキスタン)。観客は少ない。目の前に座っていた若者たちは、試合中にもかかわらずトランプに興じていた

首都リヤドで観戦したACLのアルフェイハvsパフタコール(ウズベキスタン)。観客は少ない。目の前に座っていた若者たちは、試合中にもかかわらずトランプに興じていた

10月3日、首都リヤド。ACLのアルフェイハvsパフタコール(ウズベキスタン)の一戦。結論から言うと、この試合からは現在のSPLの盛り上がりを感じることはできなかった。

アルフェイハはリヤド近郊の街を本拠にする小クラブ。

昨季リーグ11位ながら、一昨季の国王杯を制してACL出場を果たした。

ACLではリヤドをホームとしているのだが、ビッグネームがひとりもいないこともあってか、約2万8000人収容のスタジアムは観客もまばら。メインスタンドを中心に1000人いるかどうか。目の前の席に座っていた若者たちは試合そっちのけでトランプを楽しんでいた。

試合後、アルフェイハのスタッフに「1ヵ月前からSPLに連絡しているんだけど、なんの応答もなくて......」と事情を伝えると、担当者に連絡して取材許可の確認を取ってくれただけでなく、スタジアムから約15㎞離れた筆者の滞在先のホテルまで車で送ってくれた。

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2日前のACLと同じ会場で行なわれたアルリヤドvsアルシャハブ。やはり観客は少なかった

2日前のACLと同じ会場で行なわれたアルリヤドvsアルシャハブ。
やはり観客は少なかった

■CLを思わせるジッダ・ダービー

10月5日、SPL第9節のアルリヤドvsアルシャバブ。共にリヤドを本拠にする両チームの一戦の会場は、2日前のACLと同じ。そして、観客の数も同程度で、まるで日本の地域リーグでも見ているかのような牧歌的な雰囲気の中で行なわれていた。

試合は、元アルゼンチン代表のバネガ(35歳)、ベルギー代表のカラスコ(30歳)を擁するアルシャバブが押し気味に進めたものの、アルリヤドも少ないチャンスを得点につなげ2-2で終了。

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昨季からアルシャハブに所属しているキム・スンギュ。Jリーグでも長くプレーした

昨季からアルシャハブに所属しているキム・スンギュ。Jリーグでも長くプレーした

アルシャバブのゴールを守っていたのは2年前までJリーグの柏でプレーしていた韓国代表のキム・スンギュ(33歳)だ。

試合後、ミックスゾーンで声をかけると、日本語で「取材に協力したいのですが、日本語も英語も話せなくて......。

すみません」と申し訳なさそうに話しながらチームバスに乗り込んでいってしまった。その後、バネガやカラスコにも声をかけたが、彼らも無言でその場を後にした。

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日刊紙『Asharq Al-Awsat』のハイザマ・ゼヘム記者。リーグ事情を教えてくれた

日刊紙『Asharq Al-Awsat』のハイザマ・ゼヘム記者。リーグ事情を教えてくれた

せっかくここまで来たのに、収穫ゼロのまま帰るわけにもいかない。そこで、日刊紙『Asharq Al-Awsat』のハイザマ・ゼヘム記者に聞いた。多くの大物選手がSPLに来たというのに、なぜ盛り上がっていないのか。

「リヤドにはアルリヤド、アルシャバブのほかに、ロナウドが所属するアルナスル、ネイマールが来たアルヒラルと4つのクラブがあって、市民の90%以上はアルヒラルかアルナスルのファンだからね(笑)。

SPLには多くのスターが来ているけど、そのほとんどはサウジアラビア政府の公的投資基金(PIF)が投資をしている〝ビッグ4〟(アルヒラル、アルナスル、アルイテハド、アルアハリ)に集まっているんだ」

筆者は翌日、サウジ第2の都市ジッダに行き、SPL第9節のアルイテハドvsアルアハリのジッダ・ダービーを取材予定。それを告げると、ゼヘム記者はこう返した。

「今日と打って変わって相当な盛り上がりになる。すでに5万枚以上のチケットが売り切れているらしい。本当のSPLが見られるはずだ」

翌朝、リヤドから空路でジッダへ移動。試合会場のキング・アブドゥッラー・スポーツシティ周辺に着くと、車の窓から身を乗り出してチームフラッグを掲げる人がいたり、ユニフォームを着たサポーターの姿も多く、前日とは様子が違うことはすぐにわかった。

サッカー界を席巻する超リッチな「サウジアラビアリーグ」現地ルポ
ロナウドの所属するアルナスルのオフィシャルショップ。立派でそれなりににぎわっていた

ロナウドの所属するアルナスルのオフィシャルショップ。立派でそれなりににぎわっていた

サッカー界を席巻する超リッチな「サウジアラビアリーグ」現地ルポ
街中ではパチモノのユニフォームも売られている。1枚100サウジアラビア・リヤル(約4000円)

街中ではパチモノのユニフォームも売られている。1枚100サウジアラビア・リヤル(約4000円)

スタジアムはきらびやかにライトアップされ、エントランスを経てメディアルームに入ると、多数の報道陣がいるのはもちろん、無造作に水だけが置かれていた前日とは異なり、サンドイッチにサラダやスープ、フルーツジュースからデザートのアイスまでがすべて無料で振る舞われており、まるで欧州チャンピオンズリーグ(以下、CL)のような高揚感に満ちていた。

キックオフが近づくと上空に大きな花火が上がり、派手なレーザー光線や地元で人気らしいDJが出てきて観客を盛り上げていた。そして最後はサウジ国歌が流れ、いよいよ試合開始。

サッカー界を席巻する超リッチな「サウジアラビアリーグ」現地ルポ
昨季王者アルイテハド。ベンゼマ(右端)は推定総額300億~450億円の3年契約だとか

昨季王者アルイテハド。ベンゼマ(右端)は推定総額300億~450億円の3年契約だとか

サッカー界を席巻する超リッチな「サウジアラビアリーグ」現地ルポ
アルアハリは前列右端のフィルミーノほかマフレズ、ケシエら欧州クラブから8人を獲得

アルアハリは前列右端のフィルミーノほかマフレズ、ケシエら欧州クラブから8人を獲得

ホームのアルイテハドにはベンゼマ、カンテのほか、ブラジル代表のファビーニョ(30歳)の姿も。アウェーのアルアハリはフランス人のサンマクシマン(26歳)をケガで欠いたものの、フィルミーノ、マフレズのほか、セネガル代表のメンディ(31歳)、コートジボワール代表のケシエ(26歳)ら豪華なメンバーをそろえていた。

日中35℃近くあった気温は夜になって下がったとはいえ、暑さの残る中、両者の戦いは激しくプレッシングをかけ合うスタイルとはいかない。

それでも、昨季まで世界最高峰のCLを湧かせていたベンゼマやフィルミーノ、マフレズなど技術の優れた選手が多く、スタンドの熱気も後押しになってか随所に好プレーが生まれ、見ていてもその攻防のレベルの高さは伝わってきた。

正直、前日のリヤドの試合とは雰囲気やレベルなど、すべてが違いすぎて、とても同一リーグとは思えない印象さえ受けた。

試合は1-0でアウェーのアルアハリが勝利。この結果、第9節を終えて首位アルヒラルのほか、ビッグ4すべてが上位5位以内につける混戦となった。

サッカー界を席巻する超リッチな「サウジアラビアリーグ」現地ルポ
筆者同様に「興味本位」で香港から取材に来ていたふたりも、やはり取材に苦戦していた

筆者同様に「興味本位」で香港から取材に来ていたふたりも、やはり取材に苦戦していた

この日の記者席には、「BBC」(英国放送協会)や「ZDF」(第2ドイツテレビ)など海外大手メディアの取材クルーの姿もあった。香港から取材に来たというふたり組の記者に「どうしてSPLの取材に?」と尋ねると、こんな話で盛り上がった。

「僕らはよくACLの取材をしているんだけど、スター選手を爆買いしているサウジの実際のところはどうなのかが気になって取材に来たんだ。君と同じ理由だよ。10日間の滞在で(共にビッグ4の)アルナスルとアルヒラルの試合も見た。両チームとも豪華なメンバーをそろえていて、いい試合をしていたのは確かだ」

だが、選手取材は筆者同様に苦戦しているらしい。

「ロナウドやネイマールといったビッグネームに話を聞くのは、ほぼ不可能みたいだね。何人かの地元選手の話は聞けたけど......え~っと、なんて名前だったかな(苦笑)」

サッカー界を席巻する超リッチな「サウジアラビアリーグ」現地ルポ
外国籍の大物選手はことごとく報道陣の取材をスルー。ベンゼマに声をかけたら、一瞬振り向いてくれた!?

外国籍の大物選手はことごとく報道陣の取材をスルー。ベンゼマに声をかけたら、一瞬振り向いてくれた!?

■サッカーをきっかけに世界とつながりたい

地元のテレビ局のリポーター、アリ・アルカタニ氏は海外から取材に来た筆者らに自慢げにこう話した。

「次々にビッグネームがSPLに加入しているけど、次は(エジプト代表の)サラー(31歳)か、(フランス代表の)エムバペ(24歳)かもしれない(笑)。お金の使いすぎとの批判もある? でも、お金は市場の原理だからね。投資をしてスター選手が来れば、サウジにとっては宣伝にもなる。

確かに多額のお金を使っているけど、その善しあしを判断できるのは投資家だけ。サウジとしてはサッカーをきっかけに世界とつながりたいんだ。まずは今年12月にクラブW杯を初開催。そして、最終的には2034年のW杯招致を目指しているから、この流れは短期的なものではなく10年は続くはずだ」

とはいえ、SPLを取材する地元メディアは国に選ばれた媒体ともいえるわけで、彼らからイメージを下げるようなマイナスの声は出てこないのかもしれない。

そこで、事前にアポを入れていた、サッカーにも精通し、現地の政治や経済も取材するフリージャーナリストのアル・オムラン・アハメド氏にも話を聞いたが、答えはおおむねポジティブなものだった。

「サウジに来たビッグネームのうちの数人は、おそらく34年W杯の招致活動時にアンバサダーとして戻ってくるような条項も契約に含まれていると思う。もちろん、スター選手が大勢来たからといって、リーグ全体のレベルがすぐに(欧州並みに)上がるわけはない。

ただ、すでにSPLの放映権は日本も含め世界中に売られていて、将来的には海外から試合を見るためにファンが訪れるなどインバウンド効果も期待できるだろう」

大金を投じて獲得したスター選手たちのプレーぶりはどうか。

「ロナウドは移籍当初、フィットするのに苦しんでいたけど、今は得点ランク首位(8試合出場10得点)だ。所属のアルナスルは今季、マネや(クロアチア代表の)ブロゾビッチ(30歳)らを加え、戦力も整ってきた。

ネイマールはまだプレーし始めたばかりで、ようやくACLで初ゴールを挙げたけど、リーグではまだ3試合無得点(その後、ブラジル代表戦で重傷を負って離脱)。

ベンゼマはいい試合もあれば、ダメな試合もある。ただ、監督と仲が悪く、目も合わせないともっぱらの噂だよ(笑)。いずれにしても、シーズンはまだ始まったばかりだ」

ビッグネームの年俸や生活ぶりが現地でどう伝えられているのかも気になる。

「詳細な契約内容は公開されていない。ただ、普通の契約は年俸とボーナス(勝利給)だけど、それ以外にもいろいろあるといわれている。

ネイマールが移籍したときには、豪邸や複数台の高級車、プライベートジェットまで用意されたという報道もあったし、ファビーニョが取材エリアで何者かにロレックスの高級腕時計をもらっていたという噂も話題になったけど、どれも正確にはわからない(笑)」

ビッグ4とそれ以外のクラブでは現状、戦力や盛り上がりに大きな格差があるのは確か。だが、どうやら今後もサウジに大物選手が流れる動きは続きそうだ。

かつては、気軽に歩くこともできなかったサウジの街には、今やオシャレなカフェなどができているところもあり、Uberタクシーを利用すれば移動の不自由もなく、リヤドには間もなく地下鉄も開通予定。

SPLのチケット代は対戦カードによってマチマチだが、平均で50~70サウジアラビア・リヤル(約2000~2800円)と価格も手頃。中東の異文化を体感しながらビッグネームを間近で味わえるSPL観戦は、確かに今後、世界のサッカーファンの間で人気を集めるかもしれない。そう実感した。

取材・文・撮影/栗原正夫