謎のドラゴンズファン回顧録を書いた中国研究者・富坂 聰氏
球団初の「3年連続最下位」を経て、中日ドラゴンズが迎えた2025年のシーズンは......やっぱり下位で苦戦中だ。ファンの心境いかなるや。
そんな折、ある中国研究者が書いた"中日本"がちょっと話題を集めている。これは日中をまたにかけ生きてきた男が真剣に語る「中日ファンという生き物」の話だ!
■"権威の外"にいる球団として
現代中国が専門のジャーナリストで、拓殖大学の教授でもある富坂 聰氏が、中日ドラゴンズファンが感じる"不条理"を綴った新書『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』が、竜党の間で共感を呼んでいる。
「全国的に勝ちを望まれていない」「何もかも中途半端」......そんな自虐しがちなドラファンの気持ちを、彼らを代表して(?)富坂氏が語ってくれた。ちなみに、インタビュアーはヤクルトファンです。
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――なぜドラゴンズの本を?
富坂 聰(以下、富坂) 物心がついた頃からドラファンの私は、そのおかげで社会に横たわるたくさんの理不尽を学ぶことができました。
例えば、"ミスタードラゴンズ"こと高木守道選手(当時、以下同)は、自身よりも打撃・守備共に劣っていた巨人の土井正三選手にオールスターのファン投票でかなわない。彼が"巨人V9戦士"だったからです。ここには民主主義の不完全さがある。
また、私は宇野勝選手の大ファンなのですが、名手なのにショートフライを一度ヘディングしただけで笑い者にされた。広島の山本浩二選手だって外野フライをヘディングしてるんですよ!
――確かに、山本選手のヘディングは、宇野選手のそれに比べて、そこまで世間でこすられている感じはしませんね。
富坂 それもこれも中日という球団が、巨人やスター選手という権威の外にある存在だからなんです。だからマジョリティに属せない人間の悲しみを本書を通して発信したかった、同じようにやりきれない人生を歩む人たちに共感してほしかった......というのは結果論で、とにかく中日について語りたかったんです。
そこで編集者にこの話を持ちかけたら割と軽いノリで企画が通っちゃって。
――先生の中国研究とは関係なく、あくまで"趣味の本"なんですね。
富坂 いえ、関係なくはないです。なぜなら中国を研究することと、中日を応援することには共通点が多いからです。
――というと?
富坂 まず中国研究はその他の地域研究と比べて人気が低い。メジャーなアメリカやヨーロッパ研究が巨人や阪神を応援することだとしたら、日陰なイメージがある中国研究は中日を応援することと同じなんです。
中国も中日も「不如意」(思うままにならないこと)です。中国での研究や暮らしは思いどおりにならないことばかりでした。コンビニへ乾電池を買いに行っても、店員さん同士が話し込んでいて、それを遮ろうものなら二度と売ってくれなくなる。そして中日を応援していても不如意なことばかりです。
――確かに、近年の中日は優勝はおろか、クライマックスシリーズ(CS)出場すらも2012年以来、遠ざかっています。これは12球団でぶっちぎりです(次点は楽天の21年以来出場なし)。
富坂 そうでしょう? 実は20年に3位になっているんですが、コロナ禍のせいでCSがなかった。こういう間の悪さも中日らしい......。
■"ステルス優勝"の望みは捨ててない
――ただですね、ヤクルトだって、2年連続で(23年、24年シーズン)ドラゴンズとゲーム差なしの5位ですよ。
富坂 しょせんは5位。悲壮感はドラゴンズには及びません。
――そのメンタリティはなんなんですか(笑)。
富坂 人生って大半のことはうまくいかないから、多くのドラファンは自分の人生とドラゴンズを重ねます。でも、だからこそ優勝を達成したときの喜びは他球団のファン以上なんですよ。中日が優勝したところで日本社会全体はしらけムードになりますけどね。
――そんなことは......。
富坂 私が『週刊文春』の記者だった04年、中日がリーグ優勝したときに同じフロアの『Number』編集部からため息が広がったと聞きました。
優勝特集号が売れないからです。
巨人・阪神はもちろん、広島だって優勝すれば地元が熱狂的に盛り上がるし、ヤクルトも巨人ファン以外の東京人がワッと湧いてくる。同志だと思ってたDeNAも去年大フィーバーだったじゃないですか。それに比べて中日はというと......。
そもそも名古屋という土地柄が全国的にそういう扱いなんです。ひと昔前は新幹線の名古屋駅なんて乗ってくる人はいても、降りる人はいなかった。東海工業地域は高いポテンシャルを持っているのにそれもあまり知られていない。
メディア的にも"名古屋いじり"がひとつの文化として成立してる。そういう土壌がある種の自虐精神を育んでしまったのかもしれません。

「ヤクルトは在京球団だから、ファンはスタバとかオシャレなカフェに行くでしょ。でも、ドラゴンズファンが行くのはコメダなんだよ」(富坂氏)
――ヤクルトファンの僕から見ると、なんだかんだ言って注目度や人気は中日のほうが高いと思いますよ。昨季は平均観客動員数が3万2951人で12球団中4位だったじゃないですか。
富坂 かつてドラファンは東海圏より外には広がらなかったんですが、近年、その傾向が少しずつ改善している感はあります。
――なぜですか?
富坂 わかりません(笑)。ドアラも決してかわいいマスコットじゃないのに全国的に人気が出たでしょう。同じような現象がドラゴンズにも起きているのかもしれません。
――ただ、今中日はセ・リーグ5位。今年もちょっと厳しそうですね(ヤクルトは6位)。
富坂 いえ、絶対に優勝します! 中日はマークされてないので、終盤に3位あたりにつけとけば、1、2位が潰し合ってる間にステルス優勝ですよ。ステルスだから、雑誌は売れないかもしれませんが。なんだかんだ言いつつ優勝を夢見る。これもドラファンのさがなんです!
●富坂 聰(とみさか・さとし)
1964年生まれ、愛知県出身。拓殖大学海外事情研究所教授、ジャーナリスト。北京大学中文系中退。1994年、『龍の伝人たち』(小学館)で21世紀国際ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。
■『人生で残酷なことはドラゴンズに教えられた』
小学館新書 富坂聰 1056円(税込)
「どうせドラゴンズは......」。強いときも、弱いときも屈折した思いを抱いてしまう。そんな中日ドラゴンズのファンは少なくないらしい。そこにはドラファンならではの「残酷な思い」を味わい続けてきた歴史があった。同書は中国問題を専門とする拓殖大学教授が綴った、「中日(ファン)問題」の回顧録である

取材・文/武松佑季 撮影/榊 智朗