世界を襲ったトランプ関税交渉の「勝ち組トップティア国」はどこ...の画像はこちら >>

トランプ大統領と石破茂首相は6月に会談したが、そこでは最終合意に至らなかった

トランプ関税の交渉、今回の妥結内容は日本経済にとって大きな痛手だろう。だが、この〝関税攻撃〟を受けたのは日本だけではない。

世界中だ。日本の結果は、他国と比べるとどう?

■イギリスを除けば日本が最も交渉上手?

ようやく日本の合意も決着したが、振り回されているのは日本だけではない。トランプの関税攻撃に世界はどう反応しているのか?

国際政治学者で慶應義塾大学教授の鶴岡路人(みちと)氏は「めちゃくちゃなトランプ関税によって世界中がアメリカにまんまとしてやられた」と語る。

「そもそも『相互関税』とは名ばかりで、実態は一方的な関税措置で相手国を脅して、自分たちの貿易赤字を減らそうというのが狙い。日本の自動車を例に取ると、これまで2.5%だった関税を、いきなり『約30%に上げる!』と脅されたわけで、結果的に15%まで下がりましたが、それで『良かった!』と喜ぶべき話ではないはず。

しかし、日本を含めたどの国にとってもアメリカ市場は重要であるため、『関税をかけるぞ!』と脅されれば放っておけない。どんなに理不尽でも交渉するほかないし、関税の引き下げを求めるためには何かしらの〝お土産〟をアメリカに差し出すしかない。『いかにダメージを最小限に抑えるか』という発想です。

さらに、安全保障への影響も日本やヨーロッパの指導者や交渉担当者の脳裏をよぎったはずです。トランプを怒らせて、同盟が弱体化してしまっては困るというわけです。経済でも安全保障でもアメリカに依存してきたツケを払わされているともいえます」

では、そんな中、日本が妥結した関税の評価は他国と比べてどうなのだろうか?

「5月に関税率10%で早期に合意したイギリスを例外とすれば、日本は主要な貿易相手国の中で、アメリカとの合意をいち早く発表した国となりました。その後に妥結したEUとの合意内容を見る限り、『関税率15%+対米投資』という日本のパッケージが、他国との交渉における一種のモデルケースとなったと言えそうです。

ただ、日本とほぼ同時期に合意に至ったインドネシアやフィリピンは19%、ベトナムは20%と日本より高い税率で妥結。

さらにこれらの国は、米国製品に対する関税をゼロにする非課税での市場開放という条件をのまされており、日本に比べて厳しい内容となっています」

世界を襲ったトランプ関税交渉の「勝ち組トップティア国」はどこだ!?

世界を襲ったトランプ関税交渉の「勝ち組トップティア国」はどこだ!?

しかし、当初は27.5%と高い税率を提示されていたイギリスが10%に〝値下げ交渉〟することに成功しているが、これは?

「イギリスはアメリカにとって〝親戚〟のような国ですから、協調しやすい相手なのです。さらに、アメリカから見ればイギリスは貿易黒字国。つまり、関税という圧力で貿易赤字を削減するという狙いからすれば優先度は高くない。

その意味で、イギリスはやや特殊なケースとみるべきで、そう考えれば、日本は比較的悪くない条件で合意に至ったと評価できます」

世界を襲ったトランプ関税交渉の「勝ち組トップティア国」はどこだ!?
最も低い関税率である10%で合意したイギリスのスターマー首相(左)とトランプ大統領

最も低い関税率である10%で合意したイギリスのスターマー首相(左)とトランプ大統領

では、なぜ日本はそんな条件に落ち着いたのか。

「おそらく、トランプ政権としては当初、対日交渉を早期に、それもできるだけアメリカに有利な条件でまとめて、それをベースに他国との交渉を進めようと考えていたのだと思います。

ところが、そのもくろみとは異なり、日本側は交渉初期から一貫して関税の廃止や税率の引き下げを求め続け、アメリカ側の要求に対して安易な妥協をしなかった。

日本政府は25%の関税が適用された場合の国内経済への影響と、米側の要求に安易に譲歩した場合の損失を冷静に見極め、その上で、『関税よりも対米投資のほうが双方にとって有益だ』という立場を一貫して主張しながら、交渉を粘り強く引き延ばしていた可能性が高い。

一方、アメリカ側はというと、世界中に対してケンカをふっかけたわけですから、早いところ目に見える成果が欲しかった。にもかかわらず、〝くみしやすい相手〟とみていた日本との交渉が思うように進まず、一定の焦りがあったはずです。

15%という関税率と引き換えに日本が約束した80兆円規模の対米投資が、今後どうなるかわかりませんし、日米間の合意文書がないことも将来の火種です。それでも、日本側が安易に譲歩せず、対米関税交渉のモデルケースをつくったという意味では日本側の〝粘り勝ち〟と言ってもいいのかもしれません」

■トランプ政権が味を占めた可能性

上智大学教授でアメリカ現代政治が専門の前嶋和弘氏も日米の合意内容について「日本としてできることはやった」と評価する。

「もちろん自動車については15%でも従来に比べれば大幅な関税引き上げですが、台数制限といった数量規制は回避できました。

また、大豆やトウモロコシ、バイオエタノールの輸入枠拡大などの譲歩はあったものの、アメリカ側の農産物を輸入する際の関税を下げることはしなかった。

つまり、自動車も農業も実現可能な範囲でダメージを最小限に抑えた。その意味では、今回の交渉結果は日本が最もうまくまとめた国だったと言えるかもしれません。実際、アメリカの自動車業界からは『15%という日本車の関税率は手ぬるい』という声すら上がっているほどです。

もっとも、80兆円規模の対米投資については、日米それぞれが自国向けに都合のいい説明をしている可能性が高い。要するに、嘘でもいいからトランプが『俺のディールで勝ち取ったぜ!』とアピールできるネタがあれば、十分だったのでしょう。

今回、日本の交渉相手となったベッセント財務長官やラトニック商務長官は、いずれも金融業界出身。決して頭が悪い人ではありません。トランプ政権による〝関税攻撃〟が、へたをすれば自国や世界経済に深刻な悪影響を与えかねないこともわかっていた。

とはいえ、彼らがトランプという王様に仕えている以上、トランプが『俺がディールに勝ったんだ!』と主張できる材料が必要だったはずで、その調整で日米双方には相当な苦労があったと思います」

世界を襲ったトランプ関税交渉の「勝ち組トップティア国」はどこだ!?
7月末の米中経済貿易協議で握手するベッセント財務長官(左)と何立峰副総理(右)。米中の交渉はまだまとまる気配がない

7月末の米中経済貿易協議で握手するベッセント財務長官(左)と何立峰副総理(右)。米中の交渉はまだまとまる気配がない

ただし、これで安心というわけではないという。

「今回は一定のダメージを軽減できたとはいえ、問題は、この〝関税攻撃〟がトランプ政権にとっての成功体験になってしまったこと。

ベッセントも『合意内容が履行されているか四半期ごとにチェックし、場合によっては税率を引き上げる』と語っていますし、再び関税カードを切ってくる可能性は十分に残されている。

しかも当初、関税を上げれば米国内のインフレが加速し、最終的にアメリカの消費者が被害を受けるといわれていましたが、日本の自動車メーカーなどは関税分の値上げを企業努力で避けた。つまり、日本のメーカーが関税の値上がり分を負担した形となり、『関税は外国企業が払う』というトランプの主張どおりになってしまった。

ちなみに、カナダで生産されてアメリカ市場に入る自動車で最も多いのはトヨタ車ですから、日本の自動車業界にとっては、これから本格化するUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直し協議が大きな影響を持ちます。

また、おもちゃ業界など中国で製品をOEM生産してアメリカ市場に輸出している日本企業にとっては、近々、交渉期限の再延長が予想される米中の関税交渉が重要な意味を持つことになる。

これだけ世界経済がグローバル化した時代に関税で脅して各国とディールするというトランプの発想がそもそも時代錯誤なのですが、その対抗手段もまた一国だけでは難しいというのが、今、世界が直面している現実なのです」

取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社

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