今シーズンのアーセナルで最も話題となっているのは「GK論争」だろう。
 
 20シーズンぶりのプレミアリーグ制覇に向けて好スタートを切ったアーセナル。
開幕からここまで6勝2分と無敗を維持しており、直近の試合では絶対王者であるマンチェスター・シティを1-0で撃破。8試合を終えた時点で、首位に走る“宿敵”トッテナムと勝ち点「20」で並んでいる。
 
 今夏の移籍市場では積極的かつ的確な補強も行った。複数クラブとの争奪戦を制し、イングランド代表MFデクラン・ライスを獲得。さらにドイツ代表FWカイ・ハフェルツ、オランダ代表DFユリエン・ティンバーという実力者をスカッドに加え、戦力拡充に成功した。しかし、物議をかもす補強もあった。
それがブレントフォードから引き抜いた28歳のスペイン代表GKダビド・ラヤだ。

 
 2シーズン連続で守護神を務め、高い評価を受けていた25歳のイングランド代表GKアーロン・ラムズデールがいるにも関わらず、新たなGKを獲得。そしてプレミアリーグ第5節からはラムズデールに代わってラヤが正GKを務めることになった。ラヤは足元の技術に定評があり、ミケル・アルテタ監督はその点を重視してGK交代に踏み切ったとされている。しかし、本当にラヤの方がラムズデールよりも優れているのだろうか? 二人の名手を比較してみよう。

[写真]=Getty Images
 
■足元の技術

 
 カップ戦を含めると、今シーズンはここまで2人とも6試合ずつに出場している。
その6試合のデータを見ると、確かにラヤの方がパス精度は高いようだ。プレミアリーグ公式サイトによると、パス本数は「241対167」とラヤが圧倒。さらにパス成功数は「192対111」でラヤに軍配が上がっており、パス精度に至っては「79.7%対66.5%」と明らかにラヤの方が高い数値となっている。
 
 そもそもボールに触る回数が違うという。ラムズデールが6試合で「211回」のボールタッチ数を記録したのに対し、ラヤは約1.5倍の「305回」。最後尾からのビルドアップを重視するアルテタ監督のもとでは、GKのパス回しへの参加が必須となっており、その点ではスペインの同胞であるラヤの方が指揮官との相性が良いのだろう。

 
 プレミアリーグに限定すると、両者はお互い4試合に出場しているが、ビルドアップ参加回数はラムズデールの「92回」に対してラヤは「125回」を記録。攻撃の起点という観点ではラヤに軍配が上がっている。しかし、当然のことながら最後尾でのビルドアップ参加にはリスクも付きまとう。
 
 今月8日に行われたマンチェスター・シティ戦では肝を冷やすシーンがあった。18分、自陣ゴールエリアでボールを保持していたラヤはアルゼンチン代表FWフリアン・アルバレスの猛チャージを受け、蹴ったボールが同選手を直撃。跳ね返ったボールは枠を外れて事なきを得たが、あわや失点という場面だった。
これについて『スカイスポーツ』で解説を務めた元マンチェスター・ユナイテッドのギャリー・ネヴィル氏は「ナーバスになっているのが分かる。当たったボールがゴールから外れたのは幸運だ。前の試合のミスを引きずっている」と指摘した。

 
 ネヴィル氏が指摘する「前の試合のミス」とは、マンチェスター・シティ戦の5日前に行われたチャンピオンズリーグ(CL)のRCランス戦でのことだ。右サイドバック(SB)へ入った日本代表DF冨安健洋へボールを供給しようとしたラヤだったが、そのパスをカットされると、相手選手にそのまま持ち込まれ失点。チームはその後、1-2で敗れている。
しかし、GKがビルドアップに参加する以上ミスは付き物であり、それはラムズデールについても言えることだ。
 
 昨シーズンのプレミアリーグにおいて自身のミスからシュートを打たれた回数を見るとラムズデールは6回。これはウルヴァーハンプトン(ウルブス)のポルトガル代表GKジョゼ・サと並びリーグ最多だったという。一方、ブレントフォードでプレーしていたラヤはわずか2回だった。
 
 アルテタ監督はリスクを承知で自分の信じるサッカーを展開しており、どちらのGKが出場してもミスは起こりうるだろう。ラムズデールはアーセナルに加入した当初について、こんなエピソードを明かしたことがある。
理想のビルドアップについて監督から映像素材を見せられた同選手は「これは黄金期のバルセロナじゃん。僕らにもできるの?」と半信半疑だったそうだ。それでも最後尾からボールを繋ぎ続けた結果、成績も好転した。
 
 さらにラムズデールは、練習中に「高い位置を取れ」と言われて少しポジションを上げると立つ続けに「もっとだ」、「もっとだ」と言われたという。「まじかよ。もうハーフウェイラインじゃん」と思ったそうだが、そのポジショニングにも次第に慣れていったという。

 
 一方、ラヤは子供の頃に足元のスキルを磨いたという。イングランドのブラックバーンでプロキャリアをスタートさせた同選手だが、生まれはバルセロナで16歳までをカタルーニャで過ごした。子供の頃は友達とフットサルに興じる日々を送り、ゴレイロ(サッカーでいうGK)ではなくフィールドプレーヤーとして遊んでいたという。「みんなキーパーは嫌だったので、順番にキーパーをすることにした。だから僕はフィールドプレーヤーをやりながら足技を磨いたんだ」とラヤは過去のインタビューで語っている。
 
■セービング

 
 ビルドアップも重要だが、GKの本職はゴールを守ること。今シーズンのプレミアリーグではそれぞれ4試合に出場し、ラヤが2失点、ラムズデールが4失点を喫している。被ゴール期待値(失点しそうな数値)を見ると、ラヤは2.9点分のピンチがありながら2失点。ラムズデールは3.7点分のピンチから4失点。クリーンシートもラムズデールの1回に対してラヤは3回。データ上では、今のところ守備面でもラヤに軍配が上がっている。
 
 確かに今シーズンの両者の印象的なシーンを思い返しても対照的だ。ラムズデールは第3節のフルアム戦で、開始1分も経たずに失点したシーンが思い出される。味方のパスミスでショートカウンターを受け、高い位置から慌てて戻るも早めにシュートを打たれて失点した。落ち着いて対応すれば、もしかすると防げたかもしれないというシーンだった。
 

 
 一方のラヤは第6節トッテナムとのノースロンドン・ダービーで見事なセービングを見せた。グランダーのクロスからのウェールズ代表FWブレナン・ジョンソンにシュートを放たれるも、上手く足を運んでダイビングセーブ。プレミアリーグ月間最優秀セーブにノミネートされたこのプレーに対しては、ベンチのラムズデールも手を叩いて称賛した。
 

 
 もちろんラムズデールだってこれまで幾度となく好セーブを見せてきた。昨シーズンに発足された「プレミア月間最優秀セーブ賞」を2度も受賞しているのはラムズデールとニューカッスル所属のイングランド代表GKニック・ポープの二人しかいない。だが、今シーズンについてはセービングでもラヤに分がある。セーブ数は互いに5本ずつだが、セーブ率はラヤの「71.4%」に対してラムズデールは「55.6%」となっているのだ。
 
 さらにラヤの強みと言われているのがハイボールへの対応力だ。188㎝のラムズデールに対してラヤは183㎝と5㎝も低いが、今シーズンのリーグ戦において高いクロスをキャッチした回数はラムズデールの2回に対してラヤは6回。昨シーズンも同データでラヤはリーグ2位の回数を記録しており、制空権もラヤの方が上かもしれない。
 
 アルテタ監督は、毎試合のようにどちらのGKを起用するのか質問を浴びたため、今後は「Rで始まる選手」と答えるようにすると冗談を口にしていたが、どちらの「R」も極めて優秀なGKに変わりはないようだ!

(記事/Footmedia)