文/椎名基樹

ちいかわブームを目の当たりに

人気漫画「ちいかわ」が“SNSでバズりまくる”意外な理由。「...の画像はこちら >>
 3月中旬、「ちいかわコラボキャンペーン」目的で、くら寿司に行った。店内の壁には、「ちいかわ」「ハチワレ」「うさぎ」「くりまんじゅう」「シーサー」など、主要キャラクターの巨大なポスターが額装されて飾られていて、ちょっとした“ちいかわテーマパーク”と化していた。客は子供も大人もみんなこぞって、そのやたらとかわいい、珍奇な動物の肖像画を写真に収めていた。


 このキャンペーンの目玉は、席ごとに備え付けられた、くら寿司独自のガチャポンシステムでオリジナルちいかわグッズが当たるくじ引きである(※現在は終了)。使用済みの皿がトークン代わりになり、皿5枚で1回ガチャポンができる。ある家族などは一旦会計を済ました後に、新たなカプセルケースを求めて席を変えて、再び食事を始めていた。

 私は、実はまったくちいかわには興味がなく、今回の来店は、妻のリクエストに応えて「ちい活」(ファンの間では、ちいかわの推し活をそう呼ぶことが定着しているらしい)に付き合っただけだった。

ちいかわ人気が「一過性のものではない」と思った理由

 くら寿司から帰宅して、これほどの人気になっている「ちいかわ」に興味が沸いた私は、Amazon Prime Videoで、ちいかわのアニメを見てみた。まったく期待しないで見始めたが、あっという間にその内容の深さに驚き、作者のナガノの才能に敬服した。そして、ちいかわ人気は「一過性のものではないだろう」と確信した。


 物語の内容は意味深長で、示唆に富んでいる。「生きていくために大切な事は何か?」をさりげなく問い、共感できる日常の心の機微の描写が、正確な観察眼を通して描かれていた。その哲学的な内容は、いがらしみきおの「ぼのぼの」を私に連想させた。

 この春、卒業式にちいかわの仮装で参加した京都大学生5人組は、テレビインタビューに応え「小さい事でもいいから変わり続ける。ちいかわの心が僕たちを成長させてくれました」と語った。

作者ナガノの「さくらももこを彷彿とさせる才能」

 最初にアニメを見た時、ナガノ作詞によるエンディングテーマソングを聴いて直ちに、ちいかわが一筋縄ではいかない作品であり、「ナガノはただ者ではない」と感じた。

 曲のタイトルは「ひとりごつ」。
「独り言を言う」の古語である。詞の内容は、日々の労働のルーティーンの憂さを、「生乾き」状態の地面の土や靴に重ね合わせている。生乾きの靴を履いている時は、とても不快である。人生は“脱ぐに脱げない生乾きの靴の不快さ”が、ずっとつきまとう。

 しかし、あの感触のやり場のないやるせなさを思い出すと、なんとも言えず笑けてしまう。ナガノのそんな、思わず脱力して笑ってしまう視点や言語感覚は、さくらももこを彷彿とさせる。


この勢いで国民的アニメになる可能性も

 説明が後になってしまったが、ちいかわは、2020年より、ナガノが開設したTwitterアカウントによって連載が開始された。そして2021年に大手出版社から単行本として出版。2023年12月時点で、電子版を含め累計部数が270万部を突破している。

 そして2022年4月より、フジテレビ系列「めざましテレビ」内にて、アニメ版の放送が開始された。私がAmazon Prime Videoで見たアニメーションはこの作品である。

「ちいかわ」は、SNS発信の初のメガヒット作品であり、この勢いはしばらく続くだろう。もしかすると、長寿作品となり、国民的な漫画・アニメーションになる可能性すら感じる。
これほどの作家が今までまったく世に出ておらず、いきなりSNSで大人気になるなんて、非常に驚かされる。ナガノさん、一体どこに隠れていたんだ? そして何歳なんだろう?

漫画家の権利が保障されていない状況を変えてほしい

 そこで、下世話な私は想像してしまう。ナガノは、一体どれぐらいのお金を得ることになるのだろう? ちいかわはSNS発信であり、大手出版社の力はまったく借りずに、ヒット作品を生み出している。

 DIY精神によって生まれたちいかわは、出版物やアニメ化のロイヤリティーにおいて、従来の作品とはまったく違う契約内容になるべきだ。私は「できればナガノに今までに前例がないくらいの大きなお金が支払われてほしい」と思う。

 メディア企業の力を借りずに自力で世に出てきた「ちいかわ」が、欧米に比べて格段に作家の権利が保障されていないという日本の状況を変えるきっかけに、少しでもなってほしい。先日起こった、漫画のドラマ化における不幸な出来事も、根本的にはそうした日本のエンターテイメント業界の構造が原因になっていると私は思う。


子供の声優を起用しているのも英断

 最後に、ちいかわのアニメーションについて少し書いてみたい。アニメ制作会社「動画工房」の作った、このアニメーションは非常に出来が良い。ちいかわとハチワレという、いわば主役の2人(2匹?)の声優を、子供に任せているのが英断だと感じた。

 特にハチワレは、登場人物(?)の中で、数少ない言葉をちゃんと話すことができるキャラクターであり、通常ストーリーを視聴者に伝える役目は彼が担っていて、声優を務める田中誠人くんの好演が作品の土台となっている。彼は、オープニングソング「ひとりごつ」も歌っていて、大変歌もうまい。

 それにしても、「サザエさん」「ちびまる子ちゃん」に続いて「ちいかわ」と、強力な女流コメディ漫画家作品を連続で引き当てるとは。
フジテレビの面目躍如といったところだろうか。

【椎名基樹】
1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中。ツイッター @mo_shiina