米国のトランプ大統領が中国に高関税を課したことで発生した米中貿易戦争は、中国が報復措置を取る形でエスカレートしてきた経緯がある。トランプ氏は4月2日に「相互関税」を掲げ、対中関税を34%から一気に50%まで引き上げ、中国も報復関税を行い、双方が異例の100%以上の関税を掛け合う事態に至った。
この関税合戦は両国経済に悪影響を及ぼし、米国内の物価高や国民の不満も加速。崩壊寸前の貿易関係を修復するため、両国はスイス・ジュネーブで10日から12日の2日間にわたる交渉を実施した。
 交渉の結果、米中双方は115%の関税削減で合意し、今後90日間、関税の更なる調整に向けて協議を進める枠組みを設置。米国側は、対中国追加関税の一部を撤回し、中国側も報復関税の一部を削減、残りを90日間停止する措置を取るなどで、一旦は落ち着いたかに見えた。その一方で、米中間には依然として貿易赤字や規制強化による不満が残り、交渉が円滑に進む保証はないとみられている。

 今後の協議は、米国、中国、第三国で交互に行われる予定で、両国によるさらなる関税調整と関係改善が焦点となるが…。世界経済を揺るがし続ける、世界第一位と第二位の経済大国による貿易戦争はいつまで続くのか。元日銀副総裁の岩田規久男氏が詳述する(以下、岩田氏による寄稿)。

「これでよく大統領が務まるものだと呆れる」トランプ氏の“持続...の画像はこちら >>

対中国に対しての要求は妥当といえる

トランプ大統領は、外国が不公正な関税や非関税障壁を用いて、米国を搾取してきたと主張し、とてつもなく高い相互関税をかけて、米国の貿易赤字を減らし、外国に奪われた製造業を復活させようとしています。

その非関税障壁とは、①為替操作や②輸出増を図る政府の補助金、③過剰に生産して不当に安い価格で販売するダンピング、④欧州の付加価値税や日本の消費税、⑤科学的根拠に基づかない規制や基準、⑥知的財産権の盗難などを指しています。

そのうち、中国に対しては妥当な項目が多いと言えます。欧州の農産物価格支持政策である「直接払い方式」や日本の「コメ転作補助金」は②に該当します。

①については、中国だけでなく、日本も「為替操作国」であると米国は認識しています。
日本では’22年3月以降の急速な円安で、エネルギーや穀物などの輸入品価格の高騰に苦しんできましたが、トランプ氏は「日本は円安誘導している」と見ているのです。しかし、円安の原因は、FRB(米連邦制度準備理事会)が’22~’23年にかけて計11回も利上げを実施し、政策金利を’01年以来の高水準に引き上げたことにより、米日金利差が拡大したことでした。

④については、日本や欧州が輸出する場合には消費税や付加価値税が免除になり、米国が日欧に輸出する場合には消費税や付加価値税がかかります。しかし、これは米国企業だけを差別しているわけではありません。日本企業も欧州で販売する場合には付加価値税を負担しているからです。

トランプ支持層への約束は解決されていない

トランプ氏は目まぐるしく政策を変更しており、そのいい加減さは、これでよく大統領が務まるものだと呆れるほどです。改めて振り返ります。

4月2日:すべての国からの輸入品に10%の追加関税を課すベースライン関税、米国の貿易赤字額が大きい国に対してより高い追加関税を課す相互関税を発表。

4月9日:報復関税をかけない国・地域に対する相互関税の適用を90日間停止。対中相互関税率は125%に。

4月10日:中国からの麻薬性鎮痛薬の流入阻止を目的に20%を加算して対中関税を145%に引き上げ。

5月12日:米国は対中関税を115%引き下げて30%へ。
中国も対米関税を10%へ。

このような米中の大幅な関税引き下げが合意されたのは、ベッセント財務長官の「米中の高関税合戦は持続可能でない」という良識に、トランプ氏が説得されたからでしょう。世界はひとまず安堵しました。しかし、トランプ氏が支持者層に約束した対中貿易赤字の大幅削減と米国製造業の復活という根本問題はまだ解決のめどが立っていません。これを解決できなければ、トランプ氏の支持離れが進むでしょうが、彼はそれを甘受できるでしょうか。

貿易赤字の削減と製造業復活ができてない現状では、注意が必要といえます。

【岩田規久男・元日銀副総裁】
東京大学大学院経済研究科博士課程退学。上智大学名誉教授、オーストラリア国立大学客員研究員などを経て、’13年に日本銀行副総裁に就任。’18年3月まで務め、日本のデフレ脱却に取り組んだ経済学の第一人者。経済の入門書や『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社)、『自由な社会をつくる経済学』(読書人)など著書多数
編集部おすすめ