早稲田大学在学中に「渡辺まお」の名前でセクシー女優デビューし、引退してから約3年。現在は文筆家として活動する「神野藍」が、初の著書『私をほどく~ AV女優「渡辺まお」回顧録~』(KKベストセラーズ)を上梓した。
これはWebメディア「BEST TiMES」で連載した全50編のエッセイを加筆修正し、書き下ろし原稿を加えたものだ。
 彼女はどんな思いで「私」をほどいてきたのか、話を聞いた。

初の著書の発売日、神野藍が「絶望」した理由


早稲田大学在学中にデビューしたセクシー女優の過去。“優等生の...の画像はこちら >>
 金色のボブに、ショート丈のトップス。黒髪だった「渡辺まお」時代とは、ガラリと雰囲気が異なる出で立ちでこの日、神野は現れた。

「久々に髪を染めたら、変なDMも減って(笑)。少し前には、タトゥーも入れたことを書いたんですけど、好きな自分でいる方がこんなに生きやすいんだって発見して、めっちゃラクですね」

 初の自著が発売された感想について聞くと、満面の笑みで神野は語る。

「Webで連載しているときも達成感がありましたが、いざ本という“モノ”となって手元に届くと、その達成感は格別でした」

 発売日には心踊らせながら、書店に向かった。

「女優時代からここまでの計5年間、いろいろと浮き沈みがあったわけですが、そんな日々も『今日で報われるな』と強く思っていました。でも、書店で棚に並ぶ自分の本を見たとき、ひとつの絶望を覚えました。『ああ~そういうことね』って」

 書き手にとって、自分の本が発売される日は特別な日。それが初の著書となれば、なおのことだ。しかし、なぜそこで神野は「絶望」を感じたのか。

「書店にはジャンルごとにさまざまな棚がありますが、この本はエッセイの棚に置いてあると思っていたんです。
でも、あえて言葉を選ばずに言うと、『イロモノ系』の棚にあったんですよね。

 これまでセクシー女優という枠組みに簡単に収まりたくない一心で、過去の出来事や現役時代の話を綴っていたんですが、いざ本になるとこうやって、また同じ枠に入れられる。別にエロいことは書いていないし、“ヌキドコロ”なんて一切ないのに(苦笑)。

 結局、自分って枠から飛び出せなかったんだな、と思いましたが、落ち込むというより、なんだか楽しくなっちゃって」

 もちろん、神野とて「イロモノ系」自体の是非を問うわけではない。それでも同じ棚に並ベられるのは本意でなかった。

「ここで諦めたら終わりだなって。そういう意味でこの本は、“区切り”であると同時に神野藍としての“始まり”だと思いますね」

パソコンの前で涙でぐちゃぐちゃに。「書くことは発散で“許し”につながる」


 本書の元となったエッセイは、「BEST TiMES」で2023年5月から1年間にわたり連載されていたもの。更新頻度は週1回。書き手にもよるが、かなりのハイペースな更新頻度といえる。

「連載の原稿を提出するのは、毎週木曜日。週末こそ解放感がありましたが、日曜の夜になれば『次はなにを書こうかな』と構想を練り始める……そんなサイクルを気づけば1年間、続けていました。
おかげで“考える体力”はついたと思います」

<初めの頃は、涙でぐちゃぐちゃになり、視界がぼやけて書けなくなくなってしまうことがよくあった>(P167)と本書で記されているとおり、執筆時は常に自己の内面と向き合っていた。

「思い返せば、執筆中はパソコンの前で泣いてしまうこともあったし、思い出したくない内容もありました。でも書くことはやめられなかった。

 書くことは、発散ですね。苦しい気持ちをそのまま吐き出しているし、書き終わると、それまで見えてこなかった自分が見えてきて、たいぶ呼吸がしやすくなる。それが積み重なっていくことが、自分にとっての“許し”につながっています。その繰り返しですね」

優等生でいい子ちゃん。でも自分は「ほったらかし」にしていた

早稲田大学在学中にデビューしたセクシー女優の過去。“優等生の仮面”をかぶって「自分をほったらかしにしていた」
神野藍
 神野いわく、セクシー女優時代もそれ以前も、自己の内面をこれほどまで掘り下げることはなかったという。

「私、よくも悪くも社会性があるので『こうすれば他人は満足するんだろうな』と考える、いわゆる『優等生』だったんですよね。

 学生時代は、親や学校が求める『手がかからないいい子』だったし、女優時代も撮影現場で機嫌が悪くなることもなければ、ノーと言うこともなかった。社会人としては、どれも当たり前のことですが(笑)、業界では『当たり前のことを当たり前にできる』だけで評価される側面もあるので。

 思えば長い間、だいぶ自分のことほったらかしにして、本心に蓋をして過ごしてきました。
女優時代は、それこそ休みもあまり入れなかったし、いざ本心を見つめてしまったら、『もう女優としてやってけない』という気がしていました」
 
 本書で神野は「成長の過程で自分の言葉を捨てた」と表現している。本心を心の奥に沈め、日々忙しく立ち回ることで「言葉を捨てる」のは、神野に限ったことではないだろう。

セクシー女優だった2年間を「なかったこと」にはできない


「引退後もセクシー女優だった2年間を“なかったこと”にしてしまえば、幸せなんじゃないかって思ったこともあります。けど、どんなに頑張ってセクシー女優だった過去を忘れようとしたところで、ラクになれなかった。

 むしろ忘れようとすればするほど、フラッシュバックみたいな感じで当時の思いが蘇って、かえって苦しくなる瞬間が増えてきて。そんなとき『もうこれは自分と向き合わないと、前には進めないな』と気づいた。

 自分のしたことは自分で責任を取らないといけないし、それを他人任せにしたり、誰かに幸せにしてもらうことで帳消しにすることはしたくなくて。

 そうやって覚悟を決められたからこそ、毎週毎週エッセイを書き続けられたのだと思います」

 その意味で本書は、神野が「捨てた」言葉をふたたび取り戻していく記録ともいえるだろう。

<取材・文/アケミン、撮影/藤井厚年>

―[神野藍]―

【アケミン】
週刊SPA!をはじめエンタメからビジネスまで執筆。Twitter :@AkeMin_desu
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