―[言論ストロングスタイル]―

2025年6月に起きたイスラエル・イラン紛争は世界に緊張を与えた。その後、アメリカがイランの核施設を攻撃し、停戦にこぎつけている。
「12日間戦争」と呼ばれる舞台ウラでは何が行われていたのか。トランプ米国大統領は政治家として「見事、戦争を外交手段としてやってのけた」と言える。トランプ米国大統領のこうした行動からも、日本のリーダーに求めるものが見てとれる。果たして石破茂首相はトランプ大統領に認められるのか。憲政史研究家の倉山満氏がイラン・イスラエル紛争からひも解く。(以下、倉山満氏による寄稿)。

トランプは「戦争は外交の手段である」を見事にやってのけた

自分で運命を決められる政治家を好むトランプ大統領…石破茂首相...の画像はこちら >>
 プロイセンの軍人で『戦争論』を記したカレル・フォン・クラウゼヴィッツは「戦争は外交の手段である」との有名な言葉を残した。武力の行使はある政治的目的を達成するための手段であり、殺戮そのものが目的であってはならない。戦争は外交の延長なのだから、目的を限定して、達成したら無益な武力の行使は必要ないと説いた。

 この逆が、ベトナム戦争。アメリカは血みどろの抗争に引きずり込まれ、何の為に戦っているのかわからないまま、敗北に追い込まれた。これに懲りて、アメリカは戦後にクラウゼヴィッツのテーゼを取り入れた(導入当時の国防長官の名をとってワインバーガードクトリンと呼ぶ)。

 今回、ドナルド・トランプ米国大統領はイスラエルとともにイランを攻撃し、「12日間戦争」で見事にやってのけた。
大したものだ。

 一部にイスラエルが空爆を開始し、イランが反撃、アメリカが介入すると、「トランプは狂った」「中東大戦だ」「いや、第三次世界大戦の危険がある」と大騒ぎした向きがあったが、何を見て言っていたのか。

「イスラエルは国際法違反」空気を読めないでは済まない

 トランプ自らが「12日間戦争」と名付けた、この戦いを振り返る。時間が少し経っているから、わかってくる事実もあるので。

 そもそも中東では、ユダヤ教徒の国であるイスラエルは、周辺のイスラム教国と角逐を繰り返している。特にイランは、イスラエルの存在を認めず、「抹殺する」と宣言している。

 そんなイランが核開発を進めているとの疑惑は絶えなかった。そこで親イスラエルで知られるトランプは、イランに核開発をやめるよう交渉していたが、イランはのらりくらり。

 これに業を煮やしたトランプが、「やめないとイスラエルがイランを攻撃するぞ」と警告。この時点でイスラエルは、自己の生存を守る為に、イランへの攻撃をトランプに通達していたらしい。

 ちなみに、とあるマヌケな極東の国の首相が「先制攻撃をしたイスラエルは国際法違反」と非難したが、空気を読めないでは済まない。国際法では、「挑発もされないのに先制武力攻撃をした」場合を侵略(正確には侵攻)と呼ぶ。日ごろから自分を抹殺すると宣言している相手が、自分を抹殺できる兵器の保有を進めているのに、座して死を待つことを国際法は求めない。
サミットでもイスラエルの立場に理解が示された。

 トランプとしては、イスラエルを猟犬としてイランにけしかけた格好だ。イスラエルも望むところ。

ジリ貧のイランを揺さぶるトランプの言動

 そして6月13日、イスラエルが本当に空爆。イランの軍高官が少なからず殺傷され、後になって大統領も負傷したと発表された。戦前からイランの内情がイスラエルに筒抜けでなければ起こりえない事態だ。さらに、イスラエルの地上部隊が入り込んでいた。

 イランもそれなりに反撃はしたが、反撃力は弱い。完全に航空優勢をイスラエルに握られ、ジリ貧は明白となった。

 ここでトランプが「無条件で交渉に戻れ」と要求。イランがまだ曖昧な態度なので、トランプは「期限は2週間だ!」と発信。「無条件降伏」を要求までした。これにはイランも「徹底抗戦する」と宣言した。


 イランの核施設を破壊できるミサイルであるバンカーバスターを持つのはアメリカだけ。本当に介入するのか、注目された。この状況でトランプは「攻撃計画は承認しているが、私は最後の瞬間に決めるのが好き」などと嘯(うそぶ)く。

 ところが、アメリカは期限を待たずにバンカーバスターをイランにぶち込む。完全に奇襲効果があった。

イランのメンツと和平のバランス

 攻撃終了後トランプは「いくらでも目標はある。ただし今のところ、次の攻撃予定はない」と短く宣言。絶妙な言い回しだ。「今のところは」と。イスラエルに過剰攻撃をさせず、イランに譲歩を迫る脅迫だ。

 ここでイランはカタールにある米軍基地にミサイルをぶち込んだ。ご丁寧に、バンカーバスターと同じ数の14発。イランとしても、一方的にやられっぱなしでは、メンツが立たない。
ただ、本当に大損害を与えたら和平にならない。

 無事、全機撃墜。トランプは「イランから事前通告があった。感謝する」とまで述べた。これでは示し合わせがあったと自白しているようなものだ。

 ちなみに、カタールは小国だが外交上手な国。アフリカの紛争も調停しているほど。中東でも要所要所で顔を出す。カタールの米軍基地は、中東でのアメリカの作戦の中心。今回も、「ウチの国にある米軍基地を狙え」くらいの交渉はできる国だ。身を切る交渉ができるからこそ、信頼される。

最小限の軍事力行使で保たれた中東の秩序

 そしてイスラエルとイランの停戦が成立。

 トランプは見事に目的を達成している。
実際、イランの核施設の損害がどの程度のものか、直に確認してみないとわからないが、意思を挫いたのは間違いない。

 イスラム教国の盟主を自任し、中東最大の陸軍力を誇るイランが、張り子の虎だと露わになった。日ごろから宗教原理主義者が力ずくで国民を押さえつけているが、何十年も続く経済失政に民心は離れている。だからこそ、今の政権を潰してしまえば、中東全体の秩序が保てない。

 そこでトランプは最小限の軍事力行使で目的を達した。そして、バランスを保っている。

日本人の「問題を解決しなければならない病」

 ここで日本人だと「問題は解決したのか」などと言い出すが、中東では「解決しないからこそ問題」と考えられている。関わる国々も同様。むしろ日本人のように「問題を解決しなければならない病」の方が珍しい。これでは、国際社会でやっていけない。

 トランプは、我が国の石破茂首相を「仕事ができない相手」と見放している節がある。

 トランプは徹頭徹尾、政治家だ。
他人が決めた仕事をこなす官僚ではなく、自分の運命を決められる政治家を好む。

 では、我々の選択は。

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【倉山 満】
憲政史研究家 1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『噓だらけの日本中世史』(扶桑社新書)が発売後即重版に
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