一方、王者ナイキは苦戦を強いられています。オニツカタイガーがシェアを拡大するチャンス到来かもしれません。
オニツカタイガーの由来は…
オニツカタイガーは1949年に靴の卸問屋・鬼塚商会が日本初のバスケットシューズを開発したことから始まりました。工場長が遊び心で靴底に虎マークを入れると、創業者の鬼塚喜八郎氏がそれを気に入り、「鬼塚」と「虎」をとってオニツカタイガーと命名されました。ランニングシューズやトレーニングシューズをスポーツ選手が好んで使うようになり、1960年代に入って世界的な知名度を高めます。
第1次オイルショックの景気低迷を乗り切るため、1977年にジィティオ、ジェレンクという会社と合併し、総合スポーツメーカーのアシックスが誕生します。鬼塚氏は社長に就任しました。アシックスの誕生とともに、オニツカタイガーのブランドは一度消滅します。
映画「キル・ビル」で一躍脚光を浴びる
1990年代にハイテクスニーカーブームが起こりました。ナイキの「エアマックス」が数十万円で取引されるようになり、追い剥ぎのような「エアマックス狩り」が横行する事態にまで発展。その猛烈なブームがひと段落すると、揺り戻しのごとくローテクスニーカーに注目が集まるようになります。空前のアメカジブームの中、コンバースの「オールスター」は定番アイテムとなりました。このタイミングで復活したのがオニツカタイガーでした。
中国で“ナイキ離れ”が起きるワケ
2025年1-3月のオニツカタイガーの売上高は283億円でした。そのうち中華圏は77億円で、全体のおよそ3割を占めています。日本に次いで構成比率が高いエリアで、売上は前年比で1.3倍に拡大しました。さて、中華圏で大苦戦しているのがナイキ。2025年度は2割もの減収に見舞われました。中国のナイキ離れには複雑な事情が絡んでいます。
ナイキは労働環境を巡る懸念から、新疆ウイグル自治区をサプライチェーンから外す声明を発表したことで、2021年に不買運動に発展しました。
当時、中国のシューズメーカーであるANTAの株価が上昇しましたが、市場の反応の通り、ANTAは2021年度に2ケタの増収増益となり、飛躍的に成長します。ANTAはイタリアの老舗ブランド「FILA」を2009年に買収したメーカー。ナイキ不買運動の隙を縫ってシェアを高めました。
その後、中国ではインフレ圧力が高まり、消費者はコストパフォーマンスを重視するようになりました。ANTAやLI-NINGのような国内メーカーは消費者のニーズを丁寧に拾った一方、ブランド力に頼っていたナイキは製品力で差をつけることができませんでした。
こうした背景の中で、機能性が高く手ごろな価格で手に入るオニツカタイガーが受け入れられるようになったのでしょう。
直販比率を高める施策が裏目に
実はナイキの不調は中華圏だけではありません。2025年度はアメリカ、ヨーロッパも減収でした。自社によるEC化を過度に進めたためだと言われています。ナイキはコロナ禍によるデジタル化を背景として、ECサイトやアプリによる直販比率を高めようとしました。そして、小売店からの商品の引き上げを図ります。これにより、小売店の棚にはナイキ以外のスニーカーばかりが並ぶ結果となりました。
コロナが収束して小売店の勢いが増すと、競合や新興ブランドにシェアを奪われることになったのです。また、ナイキは値上げも行っており、コストパフォーマンス重視の時代にも合わなくなってきました。
オニツカタイガーはヨーロッパの売上が1.7倍に急拡大しています。ナイキの勢いが失われる中で、シェアを高めるチャンスを得たと見ることができるでしょう。
“追い風”に乗ってシェアを高められるか
オニツカタイガーの2025年1-3月における国内の売上は前年の2倍となる131億円。インバウンドが好調ですが、これはリーズナブルで製品の質が高く、機能性が高いというブランドを世界的に訴求してきた結果の産物。スニーカーは土産物に最適で、円安によって安さは一層際立ちます。ただし、ブランドの勝負はここから。アシックスの中期経営計画では、オニツカタイガーのカテゴリー利益率を20%台後半から30%台後半まで引き上げることを盛り込んでいます。つまり、ラグジュアリーブランドとしての地位を確立して高価格帯に参入しようというのです。この戦略がこの先どう響くのか。インフレ下での難しい舵取りが求められます。
ナイキが販売低迷に苦しんでいることは、オニツカタイガーにとっては追い風。スニーカーの勢力図が塗り替わる中で、どれだけシェアを高めることができるのか、和製ブランドの底力が試されます。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界