駅は通勤や通学などで、誰もが日々使う場所だ。利用者を選ばないだけに、クレームや泥酔者の対応など、駅員にとって精神的負担となる仕事は多い。
特に過酷な業務の一つに、体調が悪くなったり、酒に酔った客による嘔吐物の処理がある。現役の鉄道員「鉄道員K」さんに、その作業の実態を聞いた。

電車内での嘔吐は「1日1件もなければ奇跡」

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鉄道員Kさんは、大学卒業後、関西の鉄道会社で約5年間働いたのちに転職。現在は関東のとある私鉄で、ドアの開け閉めや、車内放送業務など車掌業務に携わる。

前職も含め、駅係員時代から乗務員として働く現在まで、嘔吐物の処理は日常茶飯事だったと話す。

「(客の嘔吐は)『1日1件もなかったら奇跡』というぐらい、時間帯を問わずよくあることでした。朝の場合、ラッシュ帯の満員電車に揉まれて、気分が悪くなってしまったパターンが大半。夜の場合はほぼ100%、お酒絡みです。嘔吐物は液体なので、上からおがくずをまいて、ちょっと固めてからほうきで取っていくのが基本的な流れです」

と、手慣れた様子で処理手順を話すKさん。人が吐いたものなど見るのも嫌、掃除なんてもってのほかーーというのが大方の感覚だろう。抵抗感はないのだろうか。

「もちろんあります。臭いはきついですし、嘔吐物を見ると、その客が飲み食いしたものまでわかってしまう。
そうは言ってもやはり業務上対処が必要なことなので、やっているうちに慣れてしまうんです。

まあ、忘年会シーズンなどは毎日のように処理業務が発生するので『だからワインばっかり飲んだらダメなんだ』とか、『吐いたやつが自分で掃除しろよ……』とか、内心ブツブツ言いながら処理をしていました(笑)」

今ではちょっとやそっとの嘔吐物には驚かなくなったというKさんだが、今でも鮮烈に記憶に残っている事件がある。

「GWのある夜のことでした。終電間際、駅構内に併設された事務所にいたところ、走行中の列車の乗務員から無線で『車両内で吐いた客がおり、他の客にも嘔吐物がかかっていると申し出があった』と連絡が入ったんです。内容が内容だけに面倒なことになる可能性があったので、ひとまず列車の到着を当時の上司とともに待ちました」

下から上に嘔吐物を「噴水」発射

「1日1件もなければ奇跡」現役鉄道員が語る“電車内嘔吐”の実情。下から上に噴水…壮絶現場の意外な顛末
式や飲み会の多いGWは、車内で吐く客が増えがちという
現場に到着し、車両に乗り込んだところ、目に飛び込んできたのは壮絶な光景だった。

「床一面に吐しゃ物が盛大に散らばっていて、吐いた本人を付き添いの連れが介抱している状態でした。客から話を聞いてみると、男性は酔ったまま車内の床に引っくり返り、下から上に『噴水』状態で嘔吐した。それで近くにいた客にも嘔吐物がかかり、被害が拡大してしまったそうなんです」

想像するだけでも強烈な光景だが、さらに悲惨なことがあったという。

「男性から最も近い距離に、披露宴帰りの若い女性が座っていて、よりによって『噴射』が直撃してしまったんです。基本的に、乗客間のトラブルに鉄道会社は介入しない決まりになっていますが、女性の側からすれば、自分に吐しゃ物を浴びせた男性と直接補償交渉するのは嫌なはず。この時ばかりは上司が気を利かせて間に入り、クリーニング費用を後日支払う形で話をまとめたそうです」

不幸中の幸いだったのは、吐いた本人が現場に残っていたことだ。

「特に深夜帯の嘔吐では、現場に着いた時点ですでに『犯人』は姿を消していることが多いです。
防犯カメラを使えば追跡できないこともないですが、全てのケースで犯人探しをすれば、事務処理だけでも膨大な時間を取られてしまう。なので、現実的にはシート交換で済ませてしまうことの方が多いです。運行の合間に作業が行えればいいんですけど、場合によっては営業終了後の車庫で仮眠時間を削って清掃をしています」とKさんは話す。

嘔吐物によって電車のシートや床を汚し、座席や車両が利用できなくなってしまう状態は、本来、鉄道会社にとって営業損失に他ならない。例え見逃されることがあっても、損害賠償の対象になりうるという認識は持っておきたいところだ。

<鉄道員Kさん>
 20代の現役鉄道員。大学卒業後に、西日本の鉄道会社で乗務員として数年勤務した後、関東の鉄道会社に転職。鉄道員としての経験する日常について、自身のnoteで発信中。

【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san
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