しかし、主力の「サンマルクカフェ」の店舗数は2019年3月末の404から2025年3月末の285まで激減しました。華麗な復活には巧みな戦略が盛り込まれています。
経営者の度重なる交代で混乱ぎみに…
カフェチェーンの中でもサンマルクは大苦戦を強いられ、コロナ禍を経て大量閉店に追い込まれました。サンマルクにポジションが近く、低価格のコーヒーを提供する「ドトールコーヒーショップ」は2019年2月末の店舗数が1113、2025年2月末は1073。多少の店舗減はあるものの、3割減少したサンマルクとは割合が違います。サンマルクが苦戦したのは商業施設内の出店に偏っていたため。繁華街・ロードサイドなどの店舗が独立しているフリースタンディング型の出店ノウハウに欠けていたために出退店のコントロールがとりづらく、不採算店舗への対応も遅れが目立ちました。コロナ禍という飲食業界の常識を覆す天変地異に、柔軟に対応することができなかったのです。
それに加えて、経営も混乱していました。実質的な創業者である片山直之氏が2018年に死去したことに伴い、専務取締役だった綱嶋耕二氏が社長に昇格。しかし、突然の社長就任に戸惑いを隠せず、体調不良が影を落とします。そこで、当時の執行役員管理本部長だった難波篤氏が2020年6月に社長となりました。
しかし、難波氏は監査法人出身で、管理畑のスペシャリストでした。難波氏は2021年に投資ファンドから70億円を調達し、危機を乗り切るための資金を確保するなど実績を残しました。そして次の世代へとバトンタッチします。
“超若手”の新社長の「証券会社出身らしい戦略」とは
2022年1月1日、取締役経営企画室長だった藤川祐樹氏が社長に就任しました。藤川氏は就任当時33歳と超若手。しかも三菱UFJモルガン・スタンレー証券出身者で、金融の専門家。学生時代にカフェでアルバイト経験はあったものの、飲食経営に精通しているわけではありません。しかし、証券会社出身らしい戦略でサンマルクの再生を実現します。投資の世界の格言に、「卵は一つのカゴに盛るな」というものがあります。一つのカゴに盛るとそのカゴが落ちたらすべての卵が割れてしまいますが、いくつかのカゴに分散して盛れば、カゴが一つ落ちても他の卵は無事だという意味です。これは分散投資の重要性を説いたもの。サンマルクの再生が正にこれに当てはまるのです。
ターゲットが良く似ていた「主力2業態」
サンマルクの最大の弱点は商業施設に偏重していたことでした。事業はカフェとレストランの大きく2つに分かれており、主力はカフェが「サンマルクカフェ」、レストランは「生麺専門鎌倉パスタ」です。
2019年3月期のカフェの売上高は313億円、レストランが383億円でした。売上が分散されているように見えますが、主力2業態ともに商業施設が中心であり、利用シーンは異なるものの、ターゲットもよく似ていました。
2025年3月期のカフェの売上高は267億円、レストランは441億円。カフェの比率が下がり、レストランが膨らんでいます。ポイントとなるのはレストランの内訳。実は2019年3月末と2025年3月末で「生麺専門鎌倉パスタ」の店舗数は207と、店舗数そのものはまったく変わっていません。
外国人観光客が「9割を占める」店舗も
レストラン事業の売上を押し上げているのが買収した牛カツ業態。「牛カツ京都勝牛」と「牛かつもと村」です。2社の買収前の売上は合計でおよそ140億円。増収はこの買収効果が働きました。牛カツ業態は商業施設にも出店しているものの、繁華街などの独立した店舗が中心。これで、商業施設偏重問題をいっきに解消したのです。そして何より違うのがターゲット。
Instagramで「#gyukatsu」と入力すると、サンマルクの傘下にある牛カツ業態の投稿で溢れています。M&Aによってターゲットをずらすことにも成功したのです。
ターゲットが被ると顧客の食い合いが起こるために出店のコントロールがしづらくなりますが、「生麺専門鎌倉パスタ」と牛カツ業態には明確な差があります。不採算店舗の業態転換もできるため、出店戦略を柔軟に練ることもできるのです。
これは経営計画には盛り込まれていませんが、牛カツ業態は将来的に海外進出も視野に入ってくるのではないでしょうか。SNSを見ると、海外の観光客の満足度が高いのは明らかだからです。
海外進出に成功すれば、エリアも分散できるというメリットが生まれます。
ファミレス、天ぷら、韓国料理…新業態が続々と
サンマルクは次なる成長の軸となるブランドをM&Aで手にする方針を掲げていますが、自分たちでも実験的に様々な業態を開発しています。2025年3月期はファミリーレストラン「FAMITERIA.8」と天ぷら専門店「天ぷら天清」を出店しました。2024年5月期は韓国料理の「韓と米」、クロワッサン専門店「RISTRETTO&CROISSANT LABORATORIO」などを開発しています。サンマルクの2025年3月期における営業利益率は5%で、かつての10%台と比べると大きく数字を落としています。
しかし、高速でPDCAを回しながら新たな成長機会を窺う姿勢は、従来の飲食店らしからぬものであり、中長期的な成長に期待感を持たせています。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界