俳優・石田えり(64歳)が、監督・脚本・編集・出演を兼ねた長編映画第1作『私の見た世界』が公開中だ。
 1981年公開の『遠雷』で日本アカデミー賞の優秀主演賞と優秀新人賞を受賞し、その後も数々の話題作に出演。
2021年には『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』でハリウッドデビューを果たすなど、一線で活躍を続ける石田が、「日本で“女優”は損。女優の終わりの地点が、男性の俳優の始まり地点」と率直に語った。

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「自分で作ったほうが早い」と思った理由

——『私の見た世界』は、松山ホステス殺人事件の犯人・福田和子をもとにした逃走劇です。立ち上げから動かれた企画と聞きました。出演だけでなく、なぜすべてご自身でやろうと?

石田えり(以下、石田)
:これまでにも違う企画で、何度も動いているんです。ひとつ、どうしても私自身が演じたかった企画があって、そのとき私はプロデュース業をして、脚本家を探しました。でも脚本家の方に何度も書き直しをお願いすることになってしまい……。

——過去にも進行していた作品があったのですね。

石田:
すごくよくは出来ていたんです。だけど、立派になりすぎてしまって。「私が求めていたのはこういう立派なものじゃなくて、もっとエネルギーが突き抜けているようなものなんだよな」と。話を聞きつけた人がいて、お金も集まってきていたので、その脚本で撮ろうと思えばできました。でも、どうしても自分自身がやりたかったものとは違ったので、それで完成したとしても意味がなかったんです。
ほかにも監督を見つけようとしても、なかなか実現までいかない。自分のやりたいこととは、どうしてもズレが生じてしまいました。そうした経験から、自分で作ったほうが早いなと思っただけの話です。

“逃げる”という本質そのものに迫った

「脱ぐ=いい女優」ではない…初監督に挑んだ石田えり(64)が「女優は損」と語る理由
『私の見た世界』より (C) 2025 Triangle C Project
——以前、脚本まで進んでいた企画も、結局、実現には至らなかったんですね。

石田:
そうです。演じたかったキャラクターの年齢を過ぎてしまいました。

——今回は、福田和子をモデルに“逃走”を見つめました。

石田:
今まで描かれてきたものは、彼女の人生をメインにした物語だったと思いますが、彼女が見る世間の人たち、その人たちが、彼女が逃げれば逃げるほど、どう変化していくかも見つめたいと思いました。さらに、逃げれば逃げるほど、風当りが強くなるだけでなく、自分の中の恐怖も増していく。“逃げる”という行為が一体なんなのか。“逃げる”という本質そのものに迫ろうと思いました。

「女優」と「俳優」の違い

「脱ぐ=いい女優」ではない…初監督に挑んだ石田えり(64)が「女優は損」と語る理由
『私の見た世界』より (C) 2025 Triangle C Project
——石田さんは、俳優として一線でご活躍されてきています。今回も、“女優・石田えり初監督作品”と謳われているものも目にします。けれど最近は、いわゆる女優呼びではなく、俳優呼びも多くなってきました。


石田:
私も女優という呼び方はあまり好きではありません。

——そうなんですね。どちらかといえば、石田さんは、女性“性”を強く感じさせる俳優さんという印象がありますが。

石田:
女ですからね。でも、男とか女とか、仕事をするのに関係ない。だから女優よりは“俳優”のほうが好きです。ただ、女性の役者と男性の役者では、役割というか、求められているものが明らかに違います。私は“女優”というのは損だなと思います。

——女優は損。

石田:
35歳を過ぎたら、もうおばさんというカテゴリーになってくるでしょう。ですから、この年齢でやめたり結婚したりする。キャリアを続けるとしてもほとんどお母さん役。
でも男性はそこから。女優の終わりの地点が、男性の俳優の始まり地点なんです。

「大人の女性の物語」が少ない理由

——比べるのもよくないのですが、少し前まで「海外、特にフランスなどの映画ではシニア世代を主役としたさまざまなジャンルの作品や、大人の女性を主人公にした作品がたくさんあるけれど、邦画には少ない」と言われていました。石田さんもそう思われます?

石田:
思います。海外には、恋愛モノや家族モノだけじゃなくて、大人の女性が主役のさまざまな物語があるけど、日本には少ない。それは社会自体が、いろんな年代の女性たちのキャリアを生かせていないからだと思います。だから当然、物語としても描きづらい。ヨーロッパなどでは、そうした人たちが、歳を重ねてもキャリアを生かせる仕事をしていて、成熟しているのだと思います。

——大人の女性を描く物語の数や幅がないのは、日本の社会自体の鏡だと。

石田:
本来は、どの年代の男の人も女の人も面白いはずなのにね。

「脱ぐ=いい女優」という評価は違う

「脱ぐ=いい女優」ではない…初監督に挑んだ石田えり(64)が「女優は損」と語る理由
石田えりさん
——ほかに“女優”は「損だ、マイナスだ」と感じたことはありますか?

石田:
日本の場合、若い時に脱ぎっぷりがいいと「いい女優だ」と言われがちですよね。私もどちらかというとそのタイプだったと思うので、言いづらいところではありますが。

——このところは、「そういうのは違うんじゃないか」といった声も聞かれます。

石田:
当然だと思います。
というか、脱いでも脱がなくてもどちらでもいいですし、必要だったら脱ぐのを否定はしません。ただ、「脱ぐ=いい女優」みたいな評価は違うと思います。やはり男性社会なんでしょうか。

——そうなんですかね。

石田:
だいたい私は、本当は任侠の世界の人とか侍とかを演じたいタイプなんです。だから今度は男に生まれ変わって、北野武監督の映画に出たいです。

2作目、3作目も撮っていきたい

——長編初監督を実現させたところですし、これからも俳優としての活躍ももちろん、監督としても、やりたいことをどんどん叶えていってほしいです。監督業に関して、2本目、3本目と撮っていきたいという意欲は増していますか?

石田:
もちろんです。本当は最初に撮りたいと思っていた作品があります。ただお金も規模的にも大変すぎて、当然ながらまだそうした作品を私に撮らせてくれる人はいません。その作品の実現だけを考えていたら、あっという間に人生終わってしまいますから。短編はこれまでにも作っていますが、こうして長編も作って、いろいろ勉強してその映画を作れるようになりたいと思っています。


<取材・文・撮影/望月ふみ>

【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi
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