加害者は一体何者だったのか
――ご両親の離婚後、お母様のパートナーである“おじさん”から性被害を受けた橋本さんですが、意外にも彼に対する第一印象は良かったそうですね。橋本なずな:そうですね。実の父は自営業をやっていて忙しく、あまり遊んでもらった記憶がありません。翻って、結婚していた時代から所属していた卓球クラブで知り合ったというおじさんは、当時50代だったとは思えないほどスラッとしていて、白髪の似合うスマートな紳士でした。週末にどこかへ連れて行ってくれたり、小学校にいる好きな男の子の話を聞いてくれたり、面倒を見てくれました。あとから聞いた話では、母が離婚する際にも、いろいろと相談に乗ってくれていたみたいです。
――一方で、お兄さんは家出をするほど“おじさん”を嫌っていた描写もありますよね。
橋本なずな:兄は母を慕っていたので、「お母さんが取られてしまう」という寂しさがあったかもしれないですね。兄が10歳のときに家出をして、しばらくは近隣にある母方の祖父母の家にいましたが、中学生くらいになると友人宅を転々としていたようです。
兄が家出してから性被害を受けるように
――お兄さんとは、それ以来連絡を取っていないのでしょうか。橋本なずな:兄の家出以降は取っていないですね。ただ一度、鉢合わせたことはあります。私は高校時代、叔父が経営するレストランでアルバイトをしていましたが、私がシフトをしてるときに兄が客として来ました。
――橋本さんは、引き続きお母様とご実家で暮らし、そこに“おじさん”も頻繁に訪れる生活ですよね。どのようなタイミングで性被害に遭うのでしょうか。
橋本なずな:そうですね。兄が家出をすると、男性からの目線がなくなったからなのか、おじさんの性的な“スキンシップ”が始まりました。私がトイレに入るとドアを開けてきたり、「なんで隠すの」みたいなことを言ってきたり。直接的に触られたのは、2010年の冬のことだったと思います。母がお風呂に入っているときに、こたつのなかで私の股あたりをおじさんの足で弄ばれたんです。
「記事を読むまで」母は何も知らなかった
――その後、行為はエスカレートしていったのでしょうか。橋本なずな:いわゆる性交はないものの、性器を触られたり、逆に触らせられたりという行為はありました。期間にすると1年にも満たないくらいだったと思いますが、おじさんがそういうモードになると、恐怖で身体が硬直して、抵抗はできませんでした。その後、おじさんは家に来ることはなくなり、しばらくして、おじさんが病気で亡くなったことを知りました。
――お母様が橋本さんの性被害を知るのは、いつでしょうか。
橋本なずな:私がメディアに対して自分の性被害を公にしたのが2021年ですが、それまで母にも打ち明けたことはありません。したがって、母は記事を読んで、初めて知ったんです。
感情が爆発して、母に詰め寄ると……
――お母様の反応はどのようなものでしたか。橋本なずな:記事のなかには、起業に至るまでのことや精神疾患のことが書かれているので、そうした部分について「頑張ったね」と褒めてくれました。他方で、性被害についての言及はまったくありませんでした。私もそこについて追及することはなく、しばらく時間が過ぎました。
ある日、当時の母のパートナーと私が家に2人きりになるシチュエーションがありました。念の為に申し添えると、この男性には私も非常にお世話になっていて、性的なアプローチをされたことはありません。とはいえ、過去の性被害を知っているはずの母が、自分のパートナーと私を密室で2人きりにすることに憤りを覚えました。感情が爆発して母に詰め寄ると、泣きながら「配慮が足りなかった」と謝ってきました。
――事件後、橋本さんは性的なこととどう向き合ってきましたか。
橋本なずな:私はすぐにフラッシュバックが出るタイプではなくて、高校生になれば彼氏と性行為を行うこともありました。自分のなかで「性行為と性暴力は別」と仕切りを設けていたのだと思います。
また、何かうまくいかないことがあると、性的な行為をして自分を安心させようとする傾向があることは自覚しています。というのは、「もともと私は穢されているんだから」「性的な価値しか私にはないから」と思うことで、“ホーム感”を得ようとするんです。もはやそういうときの性行為は自傷なんですよね。しかし、心理学などを学ぶことによって、ある程度俯瞰してみられるようにはなったと感じています。
おじさんも「苦しんで、もがいていたのかも」

橋本なずな:心理学を学んだとき、「現在の加害者が過去の被害者であることは多い」ことに気づきました。もしかすると、おじさんも過去の何かに苦しんで、もがいていたのかもしれません。
もちろん、どのような理由があっても性暴力を働いていいはずはなく、私にしたことは到底許せません。一方で、おじさんが私にしたのがただの愉快な気持ちからではなく、彼の心の傷によるものであったほうが、私自身が救われるというのもあるんです。もちろん、今となっては「彼がどんな人物だったのか」を深層まで知ることはできないのですが。
性犯罪に対する日本社会の意識を変えたい
――橋本さんはお辛い過去を世間に公表して活動することを決められました。橋本なずな:大きな話でいえば、性犯罪に対する日本社会の意識を変えたいとは思っています。性犯罪と言うと、いわゆる性交を指すものだと思って、それ以外は矮小化されることが今もなおあります。たとえばお尻を触られる、無理に抱き寄せられる、キスをされる――これらはすべて性犯罪なのですが、「そのくらいは目くじら立てず」とする空気感がまだ残っています。
また、個々人についてフォーカスすれば、いまこの社会には性犯罪に遭ったけれども打ち明けられない人が多くいます。私が世間に出ることで、そうした人たちにも届く発信をしていきたいと考えています。性被害は、必ずしもパートナーに打ち明けなくていいし、自分が穢れているなんて思わなくていいんです。
過去に性被害に遭った人のパートナーになる人も、自暴自棄になったら「過去の被害と、今現在の悩みは関係ない」とはっきり言ってあげてほしい。つらいことを経験した人の人生の一部を担うのは勇気の要ることだけれども、打ち明けるのも同じく勇気がいることだから、覚悟を示して安心させてあげてほしい。私が発言することで、そんな優しさに溢れる社会を構築する助けになればと思っています。
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何十年生きたとしても、その地点に縛られてしまう出来事はある。性被害に遭った人が自分の人生を取り戻すためには、「強くあれ」「前を向け」以外の、真に心を満たす声掛けが必要になる。
<取材・文/黒島暁生>


【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki