「最近、カギをなくしたり、スマホをなくしたりして、物忘れが増えた」「どうしてもあの人の名前を思い出すことができない」
「会話をしていると、『あれ』や『それ』といった指示語が多い」

 最近覚えたばかりのことを思い出せなかったり、誰かの名前がなかなか出てこなかったり、年齢を重ねると、日常のなかで誰もがこんな経験はするだろう。

「こうしたちょっとした変化が、実は脳の働きに関する重要なサインかもしれません」と指摘するのは、著書に『科学的根拠に基づく最強のアルツハイマー病予防法』(扶桑社)を持つ、東京予防医療クリニックの森吉臣先生だ。


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体験そのものをすべて忘れるのがアルツハイマー病

「こうした物忘れが単なる加齢によるものなのか、それともアルツハイマー病の兆候なのかを見極めることは難しいものです。しかし、アルツハイマー病の物忘れには、一つの特徴があります。アルツハイマー病と単なる物忘れの違いを知ることが、アルツハイマー病への理解を深める最初の一歩になるかもしれません。

 近年の研究では、認知症の原因の7割を占めるアルツハイマー病では、単に記憶の一部が抜け落ちるのではなく、脳内の神経細胞が広範囲にわたって機能不全に陥ることが指摘されています。

 特に、短期記憶を司る海馬や前頭葉がダメージを受けると、体験そのものを記憶していたことさえ忘れてしまうことがあります。つまり、アルツハイマー病かそれとも物忘れかの最初のポイントは『記憶のどの部分をなくしているのか?』ということになります。

 アルツハイマー病の場合、自分が体験したことを自体全部忘れてしまうということです。たとえば、昨晩の夕食に何を食べたのかが思い出せない場合でも、通常の老化による物忘れならば、夕食を食べたこと自体は記憶にあります。物忘れでは、夕食で何のおかずを食べたことを忘れてしまっていることはあります。

 ところが、アルツハイマー病の進行によって引き起こされる記憶障害では、食事をした事実そのものが欠落してしまうのです。

 そのほかにも、『体験したことのヒントを与えられても思い出すことができない』『新しい出来事を記憶することができない』『現在の位置や時間の見当がつかない』といった症状があらわれるのです」(森吉臣先生)

 アルツハイマー病の進行の段階には、さまざまな段階がある。

「なかでもアルツハイマー病の一歩手前という段階が『軽度認知障害』(Mild Cognitive Impairment/MCI)という状態です。MCI(軽度認知障害)は、加齢による物忘れとは異なり、かなりアルツハイマー病への準備が脳内で進行している状態です。


 MCIの人は、周囲から見ても明らかな認知機能の低下はないように思われることが多いですが、本人が『以前よりも記憶があいまいになった』と感じることが増えます。

 MCIの段階では、まだ日常生活に大きな支障はありません。しかし、ここで適切な対策を取らなければ、数年以内にアルツハイマー病へと進行するリスクが高まります。実際、MCIと診断された人のうち、およそ半数が5年以内にアルツハイマー病を発症すると言われています。

 そこで、私が臨床の立場で活用している『MCIテスト』でチェックしてみてください。自分の脳はどれだけアルツハイマー病が進行しているのか、簡単に把握することができます。次の8項目に思い当たる症状があれば、自己申告でかまいませんので1週間ぐらいの頻度を数えてください」(森先生)

軽度認知障害のチェックリスト

「スマホを失くした」「人の名前が思い出せない」これらの症状は単なる物忘れか、アルツハイマー病の予兆?
①同じ質問を繰り返すようになる「この資料、どこに送ればいいんだっけ?」と聞いた直後に、また同じ質問をしてしまう人……。心当たりはありませんか? 忙しさのせいかと思うかもしれませんが、以前よりも頻度が増えている場合は注意が必要です。
 特に仕事のやり取りで、「これ、もう話しましたよね?」と言われることが増えているなら、記憶の定着が弱くなっている可能性があります。 本人はそのことをまったく覚えていないか、「聞いた気がするけど、いつのことだったかは思い出せない」という状況になっていることが多いです。
「質問を繰り返す」という症状が表れている方は、自己申告で頻度を確かめて、点数をつけてください。

なし→0点 時々→1点 高頻度→2点

②よく知っている場所で道に迷う

 通い慣れたオフィスビルでエレベーターの階を間違えたり、何年も住んでいる自宅近くで「あれ、この道であってたっけ?」と不安になることがありませんか。
普段何気なく歩いている道なのに急に違和感を覚えたり、なぜか目的地へのルートが曖昧になってしまう……。カーナビなしではたどり着けない場所が増えてきたと感じるようになったら、気をつけるべきです。
「道や場所に迷う」という症状が表れている方は、自己申告で頻度を確かめて、点数をつけてください。

なし→0点 時々→1点 高頻度→2点

③重要な予定や指示を忘れるようになる

 会議の日時をうっかり忘れたり、上司からの指示を「言われたっけ?」と覚えていないことが増えていませんか?
 カレンダーにしっかりと記録していたつもりなのに、その予定自体を入れたことを思い出せないことが増えている場合、記憶の働きに変化が起きている可能性があります。スケジュール管理アプリを開いて初めて、「え、こんな予定あったの?」と驚くことが増えているなら、注意が必要です。「予定・約束忘れ」という症状が表れている方は、自己申告で頻度を確かめて、点数をつけてください。

なし→0点 時々→1点 高頻度→2点

④日付や季節の認識が曖昧になる

「あれ、もう春だったっけ?」とカレンダーを見て驚いたり、曜日の感覚がズレてしまうことはありませんか? 数日前の出来事が遠い過去のように感じられたり、逆に何週間も前のことを「つい最近」と思い込んでいることが増えているかもしれません。また、祝日を忘れたり、年末年始の感覚がぼやけたりすることも特徴のひとつです。
「日付・時間の誤り」という症状が表れている方は、自己申告で頻度を確かめて、点数をつけてください。

なし→0点 時々→2点 高頻度→3点

⑤鍵や財布などの置き場所を頻繁に忘れる

「鍵がない!」と慌てて探すことが増えていませんか? しかも、机やカバンの中に入っているのに、気づかず探し回って見つからない……。以前ならすぐに思い出せたのに、どこに置いたかまったく見当がつかなくなることが増えている場合は注意が必要です。
 何度も同じものを失くしてしまい、「またか」とため息をつく回数が増えているなら、気をつけたほうがよいでしょう。
「持ち物の紛失・騒ぎ」という症状が表れている場合は、自己申告で頻度を確かめて、点数をつけてください。

なし→0点 時々→1点 高頻度→2点

⑥特定の言葉や名前が思い出せず、会話が途切れるようになる

「えーっと、あの人の名前……なんだっけ?」と、知っているはずの言葉や名前がすぐに出てこなくなることはありませんか。会話の流れが止まることが増えたり、仕事でよく話すクライアントの名前や、頻繁に使う専門用語が出てこなくなっているなら注意が必要です。
「あのー、ほら、あれだよ、あの……」と、言葉に詰まる場面が増えているなら、記憶の働きに変化が起きている可能性があります。「名前や言葉が出ない」という症状が表れている場合は、自己申告で頻度を確かめて、点数をつけてください。

なし→0点 時々→1点 高頻度→2点

⑦以前は簡単にできた日常的な作業に時間がかかるようになる

 エクセルの操作やメールの返信など、毎日やっていたことに妙に時間がかかると感じていませんか? 「こんなに手間取ること、なかったのに」と思うことが増えている場合、記憶や判断力が低下している可能性があります。手順を忘れてしまったり、ミスが増えたりすることも特徴です。
 これまではすぐに処理できていた仕事に、無意識のうちに何度も確認が必要になっているなら、気をつけたほうがよいでしょう。「日常作業の処理力低下」という症状が表れている場合は、自己申告で頻度を確かめて、点数をつけてください。

なし→0点 時々→1点 高頻度→2点

⑧集中するのが難しくなり、注意散漫になるようになる

 本を読んでいてもすぐに内容を忘れてしまったり、会議中に話が頭に入ってこず、気づいたら別のことを考えていることはありませんか?
 仕事中も、資料を読んでいる途中で気が散ってしまい、何度も読み直さないといけないことが増えているなら、脳の注意力が落ちてきているサインかもしれません。「集中力の低下」という症状が表れている場合は、自己申告で頻度を確かめて、点数をつけてください。

なし→0点 時々→1点 高頻度→2点

「森式簡易MCIテスト」が修了したら、すべての項目の点数を合計してみてほしい。


「スマホを失くした」「人の名前が思い出せない」これらの症状は単なる物忘れか、アルツハイマー病の予兆?
「合計点数を出せたら、現在あなたの脳はどのような状態になっているのか、次の物差しで調べてみましょう。5点以下は疲れが原因で、10点未満はMCI予備軍、10点以上の方はアルツハイマー病予防を真剣に考えたほうがいいかもしれません。これはアルツハイマー病の進行については加味しておらず、現在、自分が自覚している認知機能についての簡単なテストなので、あくまでも参考としてお考えください。

 こうした変化は、加齢による変化によるものもあれば、単なる疲れやストレスが原因のものもあります。しかし、もしこのようなことが頻繁に起こるようなら、脳の健康を見直すタイミングです。脳の老化は、体力の衰えと同じように、気づかないうちに進行するのです」(森先生)

【プロフィール】森 吉臣

「スマホを失くした」「人の名前が思い出せない」これらの症状は単なる物忘れか、アルツハイマー病の予兆?
1968年、日本大学医学部卒業、1972年日本大学大学院医学研究科修了。医学博士。
医療法人啓仁会追浜中央病院内科・皮膚科勤務。米国カリフォルニア大学医学部付属病院腎研究室勤務。日本大学医学部病理学助教。
1984年、獨協医科大学病理学教授、越谷病院副院長を経て、東京予防医療クリニックを開院。
著書に『科学的根拠に基づく最強のアルツハイマー病予防法』(扶桑社)などがある。


<取材・文/日刊SPA!編集部>
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