今回話を聞いた男性は、日々楽しみにしている昼食時に、そのような被害に遭ったそうです。
昼メシぐらい、自由に選ばせてほしい
「とにかく、サクッと食って次に行きたかっただけなんです」そう話すのは、都内で営業職に就く風間さん(仮名・24歳)。その日、午前のアポイントを終え、午後イチの商談前に腹ごしらえをするため、駅前の定食屋に立ち寄ったそうです。
「この店、古いけど雰囲気があって、惣菜のガラスケースを見ながら好きなものを選べるのが醍醐味で、よく利用するんです」
その日も変わらず、揚げたての唐揚げが目に入り、トングを手に取った風間さん。すると、タイミングよく後の方から声がかかったと言います。
「唐揚げ?それよりチキン南蛮セットにすればよかったのに(笑)。味噌汁も付いてくるし」
最初は誰か他の客に向けた声かと思ったそうですが、少し低めの男性の声は続きます。
「ごはん、大より中のほうがグラムあたりの値段安いよ」
さらにその男性の声が後ろから聞こえてきたため、ようやく「自分に言っているんだ」と気づいた風間さん。振り返ると、そこには白髪混じりの中年男性が立っていたそうです。作業着姿にねじり鉢巻き、テーブルにはビールの中瓶が置かれていたといいます。
親切の皮をかぶった“押しつけアドバイス”
「好きな惣菜を選びたいのに、こっちの都合なんかお構いなしなんですよ。ただでさえ貴重な昼休みで時間はないから”パパッ”と選んで腹ごしらえしたかたったんです」風間さんが冷や奴を手に取ろうとすれば、「それ、ちょっと前より小さくなったよ」とまた聞こえてくる男性の声。ごはんの量を選べば、「若いのに中?もっと食えよ」と余計なお世話。まるで自分が注文している気分で、逐一コメントをはさんできたといいます。
風間さんが迷惑そうな表情を浮かべていると、しまいには、「テメエのために言ってんだろうがよ!もっとありがたい顔しろよ」と、まるで怒ったような口調になった男性。
「絡まれても面倒なんで、もう目も合わせず、無視することにしました。相手にしたら終わりだって思ったんです」
ただ、心の中では湧き上がるイライラを抑えきれなかったそうです。何より、昼飯すら自由に選ばせてもらえない状況が情けなく、腹も立ってきたと語っていました。
まさかの”フォロー”に救われる
「困っている私に気づいてくれたのか、厨房の奥からおばちゃんが出てきてくれました」定食屋のスタッフらしき中年女性が、そっと近づいてきたと思ったら、申し訳なさそうにこう耳打ちしてきたそうです。
「ごめんね、あの人パチンコに負けたんだわ、きっと。そんな時は他のお客さんに当たるのよ」
そして、お詫びなのか、頼んでもいない小皿にエビフライを1つ入れて、そっと手渡してくれたそうです。
「ちょっとだけ、救われた気持ちになりましたね。気が利くって、こういうことだなって」
その言葉と行動に、風間さんの張りつめていた気持ちも少し緩んだようです。
「そのおばちゃんの気遣いに、こっちが感謝したくなりましたよ」
風間さんは、いつもは手が出せない大きなエビフライをトレイに載せ、自慢げにその男性の横を素通りし奥の方の席について食事を始めたといいます。
スッキリしたけど、なんか気になる……
エビフライを頬張りながら、風間さんはふと目線をずらしてその“アドバイスおじさん”を見ると、やや悔しそうな顔でこちらを見ていたといいます。「何か言いたげな顔してましたけどね。無視されて、さらに厨房のおばちゃんと仲良く話してる俺を見て、たぶん気に食わなかったんでしょう」
しかし、その視線を返すことはなく、最後まで背を向けて食事を終えた風間さん。
「店から出て歩きながら思ったのですが、あの男性は彼なりに親切心でアドバイスしてくれていたのかもしれません。でも、本人が善意だと思っていても、相手にとっては”ありがた迷惑”になるということを再認識させられました」
お店の中では勝ち誇った気分で一杯だった風間さんですが、翌週にお店を訪れた際に「あの人、あれから来なくなったわ。今日はゆっくり選んでね」とエビフライをサービスしてくれたおばさんの言葉に、なんだか複雑な気持ちになったそうです。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営