もしもマナー違反を注意したら、どんな結末が待っているのだろうか……。
新幹線の車内で起きた小さな騒動
旅行会社の添乗員として、仙台の高校生の修学旅行に同行していた佐藤啓悟さん(仮名)。新幹線で新大阪から京都へ。たった15分ほどの区間だが、仙台から来た修学旅行生たちは車内の時間を楽しもうと窓の外を眺めたり、友達同士で語り合ったりしていた。
そんな賑やかな車内の一角で、ある“事件”が起きた。
通路を挟んで佐藤さんの反対側に座っていた中年のおじさんが、スマホで電話をしながら缶ビールを開け、おつまみを食べ始めたのだ。
声の大きさから電話で話している内容が周囲に筒抜けになっていた。手に持ったおつまみからは、カスがぽろぽろと床に落ちていく。
「さすが関西……」と思いながらも、佐藤さんは“学生たちが見ていますよ!”という視線を何度か送ったが、おじさんは通話に夢中で気づく様子はなかった。
マナー違反のおじさんに高校生が放った痛快な一言
その状況を見ていた佐藤さんの前に座っていたお調子者の男子生徒が、突然おじさんに近づいた。関西弁に馴染みのないはずの仙台の生徒だが、彼は完璧なイントネーションでこう言ったのだ。「おっちゃん、食べカスが床にぼろぼろ落ちとるで~! 拾わなバチあたるで~!」
車内の空気が凍りついた。しかし次の瞬間、あちこちから笑い声が起きた。
おじさんは「あ、ほんまや~!」と驚いた声を上げ、慌てて缶ビールを置くと、床に落ちたカスを拾い始めた。おじさんは顔を赤らめつつも照れ笑いを浮かべ、「気ぃつけるわ!」と続ける。
生徒は間髪入れずに「頼んまっせ~」と返し、車内は和やかな笑いに包まれた。
このやり取りがあったことで、忘れられない時間になったと佐藤さんは話す。
他人への注意は言い方が難しいものだが、あの生徒の言葉には不思議とカドがなく、状況を笑いに変える力があった。関西のおじさんも、どこか嬉しそうに見えたのが印象的だったとか。
京都駅に到着し降りる間際、おじさんはその生徒の方を振り返り、軽く手を挙げて「楽しみや」と笑顔で言う。生徒も笑顔で頷き、その光景を見ていた他の乗客までもが笑顔になっていたという。
新幹線の車内で激しい口論に…

林田智さん(仮名)は、友人との別れを惜しみながら新幹線に乗り込んだ。
その日は空席が多く、車内はのんびりとした雰囲気。
「静かな車内に男性の話し声が大きく響き渡り、周囲の乗客は誰もが不快そうな顔をしていました」と林田さんは振り返る。
そんな時、林田さんの後ろに座っていた若い男性が突然、声を荒げた。
「おい、うるせーな!」
通話中の男性は咄嗟に電話を切り、その場で相手を睨みつけた。
「なんだお前!」
「うるさいんだよ!」
口論が始まると、車内の空気はピリピリと緊張感を増していった……。
「俺はヤクザだ」脅迫してきた男性の末路
林田さんも我慢できなくなり、電話していた男に向かって声を荒げてしまったという。「大声出すな!」
すると、その男は急にこう言い放った。
「俺はX組のヤクザだ。新幹線を降りたら組員が待ってる。どうなっても知らんぞ!」
林田さんは、“ハッタリ”だと思った。もしも本当に彼が反社会勢力の一員だとしても、このような小さな騒ぎに組が動くとは考えにくい。
そもそも一般人を相手に暴力団の名前を出すのは、明らかに脅迫行為にあたる。
そこで林田さんは冷静に返した。
「それは脅迫罪ですよ」
男はその言葉に驚いた様子で言葉を失った。周囲の乗客も林田さんたちのやり取りに注目していた。
次第に林田さんたちに加勢する乗客が現れ、男を取り囲むような状態となったのだ。
「それでも男は引き下がらず、怒鳴り返してきました。このままでは埒が明かないので、乗務員を呼びにいくことにしました」
事情を話すと、すぐに本部まで報告するという。まさか、ここまでの事態になるとは……。
「やがて次の駅に到着すると、ホームから駅員たちが慌てた様子で駆け込んできました。男は渋々ながらも連行されていきました。駅員たちが車内をまわって、暴力を振るわれていないか、乗客たちに声をかけていました。
毅然とした対応と細やかな気配りに乗客の誰もが安心感を覚え、感謝の気持ちを抱かずにはいられませんでしたね」
新幹線の車内で何かあれば、乗務員に伝えるのがいちばんだ。
<文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。